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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(29)冷え切っている面会

「母上、ただいま戻りました」

 室内に通されたエルネストが挨拶すると、彼の顔を目がけて勢いよく閉じた扇が飛んでくる。しかしエルネストは慌てず騒がず、僅かに横に足を踏み出してその直撃を避けた。その直後、広い室内に神経質な女の声が響き渡る。


「遅いわよ! 何をグズグズしていたの! 戻ったらすぐに顔を出しなさいと言いつけておいたのに、本当に主従揃って愚鈍だわね!」

「……申し訳ありません」

(相変わらずだな。周りも、辟易している風情を隠そうともしていないし。まあ、隠さなくとも、この人は周りがどんなことを考えているかなど、気にするはずもないか)

 ここで下手に弁解しようものなら余計に拗れるだけと分かっていたエルネストは、一応謝罪の言葉を口にしてソニアに向かって足を進めた。そして母親と向かい合う位置で悠然と腰を下ろすと同時に、罵声を浴びる。


「エルネスト! お前がここまで役立たずだとは思わなかったわ!」

 その非難の声に、エルネストは溜め息を吐きたいのを堪えつつ神妙に問い返した。


「申し訳ありません。何に対してのお叱りでしょうか?」

「一々言われないと分からないわけ!?」

「はい、一向に」

「どうしてフレイアの味方をしないで、公爵の娘などに好き勝手をさせているの!? フレイアは私の姪でナジェル国の王女で、ユージン王子の婚約者なのよ!?」

「ああ……、その件ですか」

 一番どうでも良い件だったなと思いながら、エルネストは義務的に言葉を返した。当然その反応はソニアの満足するものではなく、彼女は益々金切り声を上げる。


「クレランス学園に入学するとき、あれほど言ったわよね!? どうせあなたが立太子されることはないのだから、ユージン王子の婚約者になったフレイアを助けなさいと!! それなのに同じクラスであの子が嫌がらせをされても傍観しているなんて、どういうことなの!?」

(嫌がらせをされた? 嫌がらせをしたの間違いだろう。どうせあることないこと母上や国元に書き送って、泣きついているのだろうな。馬鹿馬鹿しい)

 早くもまともに会話をする気が失せたエルネストだったが、何とか気合いを振り絞って話を続けた。


「傍観と言われましても、フレイア嬢の交友関係となると女生徒中心になります。そこに私が下手に口を挟んだら、却って彼女のためにならないかと思います」

「どういうこと?」

「女性には女性同士での付き合いがありますし、社交の面でも同様です。一人前の女主人と認められるためには、それなりの判断力と対処能力が必須です。たかが学園での生徒同士のやり取りを上手くこなせなかったり、好意的ではない相手をやり過ごせないと言うのであれば、そちらの方が遙かに問題だと思うのですが」

 もっともらしい口調で、エルネストは反論した。すると一瞬押し黙ってから、ソニアが再び喚き立てる。


「……っ! それは確かにそうかもしれないけど! フレイアからの手紙を読んだ兄が激怒して、大使経由でこちらへの送金を減らすと言ってきたのよっ!! 建国記念式典に向けて気合いを入れて衣装を新調していたのに、その支払いが滞ってしまうわ!! どうしてくれるのよっ!!」

「……それは困りましたね」

(そんなこと、私が知ったことか。やはりフレイア嬢をサポートするという名目で、ナジェル国から送金して貰っていたんだな。この人にそんな立ち回りができる筈もないし、私に適当に命じるだけにしておいて、財務局からの予算で不足する分に補填していたんだろう。というかこの人にそんなサポートができると本気で信じていたのなら、国王を筆頭にナジェル国の上層部は相当おめでたいな)

 完全に他人事の口調で、エルネストは素っ気なく返した。それにソニアの泣き叫ぶ声が続く。


「全く、なんてことなの!? 私は王妃なのよ!? 本来だったら周囲から崇め奉られる存在なのよ!? それなのに側妃風情に馬鹿にされるし、この国の貴族達は鼻持ちならない者達ばかりだし!! 本当だったら私が産んだ子が次期国王で私が王太后になるのに、お前が役立たずの出来損ないだから王太子になれないし、だから誰も私に敬意を払わないのよ!」

 そのまま周囲への悪口雑言を垂れ流し始めた母親を、エルネストはただひたすら冷めた目で眺めていた。


(この人の他責思考は相変わらずだな。私が王太子に推されない理由の半分は、確実にあなたのせいですよ)

 心の中でそんな悪態を吐きながら、エルネストは室内に控えている侍女達を見やった。しかし彼女達はこのようなソニアの醜態には慣れており、駆け寄って宥める事もなく、ただ無表情で無言のまま推移を見守る。


「そもそも! 私はこの国とナジェル国との同盟のために、輿入れしてきたのよ!? それなのに蔑ろにして良いと思っているの!? 陛下が一番、心を砕いてしかるべきじゃないの!! あんまりだわ!!」

(そんなの、いつの話だ。確かに父上が自分の父王を叩きだして即位した当時は内憂外患が山積で、ナジェル国との国境紛争を抑える意味でしかたなく縁談を受け入れたのは私だって知っているぞ。ナジェル国でも、評判が悪くて自国内では嫁ぎ先が見つからなかったあなたを、体裁を付けて厄介払いする事ができたからな。だが父上が国内を平定して周辺国との関係改善を果たした頃には、ナジェル国と優位な貿易協定を結ぶくらいに国力が回復して、とっくに力関係は逆転しているのに)

 冷静にそんな考えを巡らせながら、エルネストは自分自身を悲劇のヒロインだとでも思い込んでいそうな母親を、無言のまま見つめていた。





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