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悪役令嬢は優雅に微笑む  作者: 篠原 皐月
第3章 悪役令嬢の真実

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(27)待ち構える落とし穴

 その日の全ての授業が終わり、教授を見送った後、生徒達が帰り支度を始めた。すると何人かの生徒と入れ違いに、ゼクターが相変わらず側付き達を従えてマグダレーナ達の教室に入ってくる。


「やあ、メルリース。待たせたな」

 集団の先頭にいたゼクターは、上機嫌に婚約者に声をかけた。対するメルリースも、嬉しそうに言葉を返す。


「とんでもありません。ゼクター様に出向いていただけるだけで、光栄ですもの」

 それに頷き返したゼクターは、思い出したように少し離れた場所にいたフレイアに視線を向けて挨拶した。


「これはフレイア殿下。お元気そうで何よりです」

 わざとらしい笑みを向けられたフレイアは、一瞬不快そうに目を細めたものの、淡々と言葉を返す。


「ごきげんよう、ゼクター殿下。何も体調に支障はございませんが」

「そうでしたか。ユージン兄上の失策ぶりが噂になっておりますので、婚約者たるあなたが、日々心を痛めておられないかと心配していたのです。取るに足らないことと思われていたのでしたら、余計な気遣いでしたね。大変失礼いたしました」

 彼の台詞は完全に嫌味であり、フレイアはその顔に怒りの色を浮かべた。しかしさすがに怒鳴りつけるような愚は犯さず、素っ気なく応じて踵を返す。


「そうですね。本当に取るに足らないことですわ。それでは失礼いたします」

 取り巻きの女生徒を引き連れて、フレイアは廊下に出て行った。それを確認したメルリースは、わざとらしく溜め息を吐く。


「最近学園内でも、ユージン殿下の失策が漏れ伝わっておりますもの。それに従ってフレイヤ様のご機嫌が悪くなってしまって、仕方がありませんわ」

「そうだろうな。だから彼女が君にきつく当たっているのではないかと、心配しているのだが。その辺りは大丈夫かい?」

 それなりに心配していたらしいゼクターが尋ねたが、メルリースはそこで満面の笑みを浮かべた。


「心配していただけるのはありがたいのですが、ご心配されるほどではございませんわ。適当にあしらっておりますので、お気になさらないでください」

「それは頼もしいな」

「ゼクター殿下の伴侶となる以上、これくらいの対応ができなければ周囲に侮られると言うものです」

「確かに、その通りだな」

 婚約者の反応に、ゼクターは至極満足そうに頷いてみせた。そして余裕の笑みで、異母兄をこき下ろし始める。


「全く兄上にも困ったものだな。過大に自己評価して、身に余る役目を引き受けるとは。その役目を満足に果たす事ができずに失策を重ねた上、それを周囲に責任転嫁して自分一人だけ涼しい顔されるなど。同じ国王陛下の血を引いている身としては、恥ずかしくて身の置き所がない。本当に他人の迷惑というものを、考えていただきたいものだ」

「ゼクター様は己をわきまえない兄上がおられて、本当にご苦労されておりますわね。お察し申し上げます」

「冷静に諭しても、聞き入れてくださらない方だから仕方がない。しかし、そのうちに嫌でも己の力量を認めざるを得ない時が来るだろうさ」

「本当にそうですわね。エルネスト様も、そう思いませんこと?」

 周囲の者達は、この間迂闊な事を言えずにゼクターとメルリースの会話を聞いていた。しかしここで、いきなりメルリースが教室に残っているエルネストに意見を求めたため、一気に緊張しながら話の流れを見守る。対するエルネストは、ゆっくりと鞄を手に立ち上がりながら、冷静に問い返した。


「メルリース嬢、何についてのお尋ねですか?」

「あら、お聞きになっていらっしゃいませんでしたの? ユージン殿下が、今年に入ってから任されている数々の公務で、様々な失策をしているというお話ですわ」

 平然と答えたメルリースだったが、エルネストは淡々と彼女の発言について指摘した。


「メルリース嬢。ユージン兄上はれっきとした王族です。その兄を公衆の面前で声高にあげつらうのは、いささか問題なのではありませんか? 王族に対しての不敬と捉えかねませんし、発言者の見識を疑われないとも限りません」

「は? いえ、ですが……」

 王族であるゼクターの台詞に同調しただけの認識だった彼女は、戸惑ったように婚約者に視線を向けた。それを受けて、ゼクターが異母弟に向かって呆れ気味に声をかける。


「エルネスト。そこまで四角四面に物事を考えなくても良いだろう。彼女は私との、私的な会話に応じただけだ。何も大衆の面前で、殊更に兄上について非難したわけではない」

 それを聞いたエルネストは、薄く笑って応じる。


「そうですね。兄上との私的な会話であれば、私の意見など不要でしょう。それでは失礼いたします」

 軽く頭を下げたエルネストは、そのまま何事もなかったかのように廊下へと出て行った。そんな異母弟を、ゼクターは辛辣に評する。


「相変わらず愛想のない。ああいうところは、あの王妃にそっくりだな。それではメルリース、行こうか」

「はい、ゼクター様」

 再び取り巻きを引き連れて、ゼクターとメルリースが教室を出て行くと同時に、教室内に安堵の溜め息が漏れた。そして室内にざわめきが戻る中、マグダレーナも帰り支度をしながら考えを巡らせる。


(すっかり我が世の春と言ったところね。卒業して実際に自分も公務に携わることになったら、とてもそんなふうに笑っていられなくなるのが確実だけど。大叔父様達が、手ぐすね引いて待ち構えているのが目に見えるようだわ)

 そこまで考えたマグダレーナは、ある可能性に思い至った。


(万が一、ゼクター殿下が意外にも使えて、これでも良いかと大叔父様達が思ってくれたらありがたいのだけど……)

 しかし次の瞬間、彼女は心の中できっぱり否定する。


(ありえないわね、。一瞬だけど、くだらない妄想だったわ)

 あっさりと結論づけたマグダレーナは、すぐに思考を切り替えてその場を後にした。




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