(26)些細な衝突
放課後に気の置けない友人達と談笑したり一緒に勉強する事も多かったが、エルネストが教授棟や管理棟に入り浸っているのは入学から二年近く経っても相変わらずだった。グレンとレベッカ経由でその日程を押さえることはできていたものの、それに付き合わされるマグダレーナとしてはたまったものではなかった。
(本当に相も変わらず、自由奔放でいらっしゃること! 迷惑を被っているのが学園の一部の職員と私だけで、一般市民の数多くに迷惑をかけている事態ではないから、なんとかギリギリ許容範囲ですけれど!)
エルネストが正門から講義棟に向かって伸びている並木道の、剪定後の枝を掃き集めている様子を樹の陰から眺めながら、マグダレーナは心の中で悪態を吐いていた。すると手を止めたエルネストが、箒を手にしたまま歩き出す。
(あら? どうしてこちらに真っ直ぐ向かって来るのかしら?)
マグダレーナが困惑し、どうすれば良いのか考えあぐねているうちに、彼は目の前にやって来た。
「やあ、マグダレーナ嬢。そろそろゼクター兄上が卒業する時期だね」
唐突に話しかけられ、マグダレーナは不審に思いながらも平然と答える。
「そうでございますね。それがどうかしましたか?」
「いつまで続けるつもりかな?」
「仰る意味が分かりませんが」
「いい加減、私の体面を取り繕わなくても良いと言っているんだ。君の評判が落ちるだろう」
それを聞いた彼女は、わざとらしく目を見張って笑い返した。
「あら、私の評判を慮っていただいておりますの? ありがたいお言葉ですが、本当に自分を理解して貰いたい方々にはきちんと理解していただいておりますので、全く支障はございませんの」
それを聞いたエルネストは、常日頃の温厚さを消し去り、小さく舌打ちまでしてから低い声で呟く。
「思った以上に頑固者だな」
「まあ、怖い」
(取り敢えず、表面上の取り繕った顔を引き剥がせたみたいだから、はっきり言ってしまっても良いわよね?)
ここで初めてあからさまに鬱陶しげな表情を見せたエルネストに、マグダレーナは逆に闘争心をあおられた。
「殿下だって同様ではありませんか。自分を理解して欲しい人間にきちんと理解して貰えるなら、その他大勢の評価など道端の小石程度にしか思っておられませんよね?」
「……君は想像していたより、あまり賢くはないな」
エルネストは両目を細め、彼女を凝視しながら告げる。しかしその程度で気を悪くするような彼女ではなかった。
「頭が良いと言うことと賢いと言うことは、別物だと認識しております。ですが、少なくともあなたの兄君達よりは賢いと自負しておりますわ」
「それは認める」
「あら、実の兄君に対して辛辣なお言葉ですわね」
「比べるべくもない」
「光栄です」
「何を企んでいる?」
如何にも不快そうに詰問してくるエルネストを、マグダレーナは鼻であしらった。
「企んでいるなど、酷い言われようですね。単に、あなたの兄君達を毛嫌いしているだけですわ。それでお二人が格下に見ている殿下が気の毒で、これ以上見下されないように殿下の行動をフォローしているだけです」
「だから先程、ゼクター兄上がもうすぐ卒業すると言及した。兄上が卒業して在籍しているのが私だけになったら、君が私に纏わり付く必要もなくなるだろう? それとも、まだ兄上達の息がかかった生徒が在籍しているから、私の卒業までフォローを続けると詭弁を弄するつもりか?」
「お気に召しませんか?」
ここでマグダレーナはわざとらしく尋ねた。それにエルネストが、更に探るような視線を向ける。
「ああ、気に入らないね。君単独の意志とも思えない。キャレイド公爵家が絡んでいるのは確実として、他に誰が、どこまで関与している?」
「何のことを仰っておられるのか分かりませんので、はっきり仰っていただけませんでしょうか? 申し訳ありませんが、あまり賢くはないもので」
「ああ言えばこう言う」
「申し訳ありません。可愛げのない性格で。一応お断りしておきますが、迷惑だと言われても勝手にさせていただきます。目障りに思われるかもしれませんが、そちらにご迷惑はかけておりませんので」
「かも、ではなく、はっきり言って目障りだ」
「まぁ! 殿下でもはっきりものを仰ることができたのですね。新たな発見ですわ」
そこでマグダレーナは、如何にも楽しげに笑った。そんな彼女を険しい目で眺めたエルネストだったが、少ししてから溜め息を吐く。
「……勝手にすれば良いよ」
どうやら説得を諦めたらしく、彼はいつもの表情で呆れ気味に呟いてから元の場所に戻って行った。その背中を眺めながら、マグダレーナは自問自答する。
(さすがに、自分を推す勢力が存在しているのを、うっすらと気付いていたみたいね。でも「殿下をお慕いしていますから、他の方から誹謗中傷を受けないか心配で」とか言って誤魔化せば良かったかしら?)
そこまで考えた彼女は、その場面を想像してみて小さく首を振る。
(駄目ね。どう考えてもそんなしおらしい演技は、私には似合わないわ)
そう結論づけたマグダレーナは、再びエルネストの行動を見張りつつ、周囲に人影がないか警戒を続けたのだった。




