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99話 ご飯を作ろう

 



『ルールを設けるわ。魔法でして良いのは接近戦のみ。空中への避難は禁止。これだけよ』

『そんな! 接近戦なんて無理です!』


 りりは戦闘経験が浅い。

 距離を取って戦っても思考が追いつかないのに、接近戦を仕掛ける等、不可能とも言えるような出来事だった。


『貴女が回復出来るのはもう知ってるわ。そしてちゃんと痛いのもね。痛いのが嫌なら、ダメージを受けないように立ち回りなさい』

『でも……』

『戦いは待ってはくれないわ。さあ、行った!』


 なかなかスパルタだ。

 ケイトに背中を蹴飛ばされ、前に向かってよろめく。

 文句を言おうと後ろを振り返ると、既にケイトの姿はそこには無い。身を隠したのだろう。

 仕方がないので、前方に視線を向けて立ち上がる。


 迂闊以外の何者でもない行為だが、りりはまだ何も教わってはいないのだ。


 茂みの先に確かに狼が居るのを確認した。

 距離にして15メートル程。

 りりが普通に身を隠さずに立っているので、既に目が合っていた。


 落ち着いたつもりで、前方にバリアを展開しながら前進する。

 それと共に、狼2頭がりりに向かって駆け出す。

 戦闘開始だ。


 忍び寄って奇襲をかける方法もあるが、今回は戦う事が目的なのだ。奇襲の選択肢はない。




 狼の速度は昼間のシャチより少し早い。

 しかし、ここが森の中だということ加味するならば、平地なら更に早いであろう事は想像に難くない。

 全く油断ができなかったが、そもそも狼と比べられてしまう時点で、シャチの身体能力がおかし過ぎる事に気付き、意識が多少散る。




 距離が3メートル程に近づいた辺りで、狼は二手に分かれ、りりを中心にゆっくり旋回を始める。

 狙いはどう考えても背後からの不意打ちだ。


 ならばと、後ろにもバリアを展開する。とても柔らかい層状のバリアだ。

 これなら後ろから来た場合でも、防御をしつつ感触も伝わる。


 背後にバリアを展開して直ぐに接触の感触が伝わる。

 背後に回った狼が速攻を仕掛け、バリアにぶつかったのだ。


「おおお! 私やるじゃん!」


 少し浮かれつつ、背後のバリアを消して振り返り、ナイフを横薙ぎに刺そうとする。


 だが、その余りにもお粗末なナイフ捌きに、狼は直ぐに姿勢を立て直し、バックステップをして躱してしまう。

 そして、りりが空振りした直後に飛び込んで来て、見事に噛み付いた。


 りりのナイフにだ。




 弱い者は弱い者なりに強くあろうとする。

 りりもアーシユルもそのタイプだ。

 恵まれない体格は他のものでカバーする。

 アーシユルならそれが投擲技術であり、りりならそれが魔法なのだ。




 空振りしたナイフ。

 ナイフ自体は確かに刺すつもりだったが、りりの下手くそなナイフ捌きなど、躱されるのは計算の内だ。

 りりは、狼のバックステップを見るや否や、ナイフを手放し念力により操作をして目の前に持って来たのだ。


 完全にナイフを躱したと思った狼は、りりの腕に噛み付こうとした結果、物理法則を無視した動きをしたナイフに飛び込んでしまった。


 固定ができるほどの猶予はなかった為、全力の念力でナイフを狼の口の中へ送り込んだ。

 ナイフは狼の口の中から入り、上顎を突き破り、額で止まった。


 あと少し刺されば即死まで持っていけただろうが、これで十分と、勢い良くナイフを引き抜く。


 キャインキャインと鳴き声を上げながら狼は後ずさる。


 痛がっている。

 当たり前だ。攻撃したのだから。

 胸がチクチクと痛む。

 りりは無闇に生き物を殺す事に快楽を覚えたりする性格ではない。

 しかし、間接的にナイフを刺した手応えに対して感傷に浸る間もなく……、


『後ろ!』


 ケイトの念話が響く。


「っ!」


 驚き、咄嗟に目を瞑りしゃがむ。シャチに悪手と言われたそれだ。しかし、これは癖なのだ。言われたからと言って、直ぐに解消できるものでもない。


 バリアを張ってはいるが、目を瞑ってしまったせいで何も見えていない。

 隙間を縫ってこられいたりするとどうしようもないので、バリアにぶつかって止まってくれることを祈る。

 しかし、狼はバリアを縫って来たようで、りりに大きな衝撃が伝わる。

 来た衝撃は体当たりによるものだった。爪や牙によるものではない。


「え? え?」


 驚き、目を開く。

 爪や牙のある狼が、その武器を使わずに体当たりを仕掛ける等、考えにくかったからだ。


 前方には、りりのナイフで上顎を貫かれ、苦しむ弱った狼。

 そして衝撃を受けた背中を確認する。

 そこには、頭に穴が空き、りりにのしかかったまま動かなくなっている狼の姿。


 ケイトの矢だ。

[屍抜き]の名は本物のようで、狼程度の頭蓋なら貫通してしまう程の威力のようだ。

 見渡す。

 どこから見ているのか判らないが、この援護射撃がなければ無防備な背中を切り裂かれていたに違いなかった。


『休まない! トドメを刺しなさい!』

『っ! はい!』


 背中にのしかかる狼を振り落として、傷ついて暴れる狼に駆ける。


 遅い。

 森の中を走るだなど子供の時以来だ。仕方がない。

 しかし、仕方がないで失敗しては堪ったものではないので、やるからには全力だ。


 ジンギを起動させる。

 走るその位置に、念力で足場を作り出す。

 走りながらでも、この程度の事ならば、りりには造作もない事だ。


 念力の足場を作ったことにより、足場は安定し、走る速度も上昇する。

 更に低い階段を作り、駆け上がってゆく。

 そして、高低差を利用し、狼の頭上へ飛び込み、そのまま突き刺すようにナイフを構える。


 しかし、立体的であろうと、それは直線的な攻撃だ。

 狼には容易く避けられてしまった。


 りりは、そのまま狼とは反対側に跳び退き、少し距離を取る。

 狼がその気になれば直ぐにでも攻撃できる距離だが、先の事もあり、狼は逃げ出そうと身体を捻った。


 逃すまいと、首から下げたペンダントを少し傾ける。

[リリジンギ]が発動する。時間ピッタリだ。


 前上方の空間が歪み、グライダーが狼の真上に落下する。

 重量、サイズ共に申し分のない質量攻撃だ。

 そのまま狼はグライダーの下敷きになってしまう。


 ゆっくりと下敷きになった狼に歩み寄る。

 狼は脱出しようと踠いているが、ちょっとやそっとでは脱出できるようなモノではない。


「ごめんなさい!」


 トドメだ。

 念力で操作したナイフでグライダーの下敷きになった狼の息が絶えるまで滅多刺しにする。

 りりには力がない。

 一撃でトドメを刺せないのだ。




 アーシユル達の元へ戻る。


「ただいまー」

「おかえり。りり。飯なら炊けたぜ……えええ!?」


 アーシユルは振り返り、同時に言葉を失う。


「まあ、狼を2頭も。あなたのところの奴隷さんは怪力なのねぇ」

「いやぁ……ハハハ……」


 老婆の抜けた発言に、アーシユルは苦笑いをするしかない。

 それもそのはず。

 小柄で子供に見えるりりが、自分の体格に届く程の狼を2頭担いでいるのだ。

 実際には念力で、担いでいるように見せかけているだけだが、そのインパクトは物凄かった。


「傷一つ無しかい……ナイフ1本で……あんたの奴隷は凄いな……」

「本当だよまったく……あたしも見たかったぜ」


 アインの問いに、アーシユルは遣る瀬なさそうに返事をする。


「強いのか?」

「さあな。あたしも直接は戦った事はないから、どっちが強いか……いや、考えるまでもなく負けるだろうな」

「僕はあんたの実力を知らないんだけどな」


 もっともな意見に、アーシユルは今まで名乗っていなかった事に気づく。


「……あたしは[鉄塊]のアーシユルだ。そういえば判るだろう」

「ソロハンターのか? 確かに赤髪だね……本当にか? あの奴隷の子供がソロで中級やってる奴より強いのか!? いや、お前も子供だが……」


 アインは何度もアーシユルとりりを交互に見る。


「断言は出来ないが、多分な。実際、狼を担いできているだろう?」

「信じられないな……」

「アーシユルー! お肉おねがーい」


 少し離れた位置からりりが叫ぶ。


「ウチのが呼んでるから行くぜ。じゃあな」

「あぁ……」




 そして昼食。

 ケイトの仕留めた、狼の綺麗な方はアインが買い取り、残りの1頭を全員で分けて食べるのだが、ここで全員がドン引きする。

 勿論りりにだ。


「うおぉ……本当に生で食べてる……」

『りり。あなたおかしいわ』

「まさか肉も生とはな……」

「も、ってなんだ!?」

「こいつ魚も生で食うんだ」

「「「「ええ!?」」」」


 アーシユルとりり以外の全員から声が上がる。


「だよなぁ。そうなるよなぁ」

「良いじゃん。食べ方とか人それぞれだし、これも馬肉みたいなものと思えば……それに買ってきた調味料が無かったら、私も生でお肉なんて食べないし!」


 りりの食べている物。

 狼肉の刺身である。


「いやでも、それはないと思うぜ」

「臭みは割とあるんだけど、これはこれで……身も引き締まってるし脂っこくないし……でも正直、調味料のおかげ感あるかなぁ」


 言いながら、野性の臭みあふれる肉を、塩ダレに付けて頬張ってゆく。


「今からでも焼くか?」

「じゃあ炙りで」

「「「「ほぼ生!」」」」

「いいじゃないですかー」


 こうして、りりだけは、生、炙り、焼き、と狼肉のフルコースを食べたのだった。


「野生的な味でした!」

『その表現良いわね。使わせてもらおうかしら』

「あれは臭いと言うんだ」


 アーシユルは、りりの食べ方を取り敢えず真似をする。そして毎回撃沈して落ち込むのだ。

 いつか、これならいける! という料理に巡り会えるその日まで。




「模擬戦はどうする? 正直に言うと気分じゃなくなったのだが」

「……あたしもだ……だがやるぞ。実戦じゃ気分なんて関係なしだ」

「確かにだね」

「さぁ……やろうか……」


 昼飯が終わり、少し。

 始まるのは何やら因縁のありそうな2人の模擬戦だ。




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