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98話 思いがけない遭遇

 



 ガラガラと音を立ててトナカイ馬車がゆく。


 ゼーヴィルから国境は近いので、りり達は、出発してすぐ国境を越え、既にボクスワ領に居た。

 手綱を引くのはゼーヴィルの運転手なので問題はなかったが、乗り合いの馬車なので同乗者が居る。

 りり達以外には、男性のエルフが1人と、20歳前程の男性のハンター1人と、老夫婦1組の計4人。

 気を使って、りりは奴隷服と首輪を、ケイトはローブを被って見えない様に奥に座る。


 既に出発してから半日が経過していた。




「あのさ、あんた達、喧嘩でもしてるの?」


 話しかけてきたのはハンターの男性だ。

 槍と大楯を持っている。

 恐らく馬車自体の護衛だ。


「いえ、そんな全……」

「りり。黙ってろ」


 アーシユルはりりの話を遮る。

 これは飽くまで、奴隷と主人の関係であるという事を見せつける行為だ。


「あたしらは喧嘩なんかしてねえぜ? すまんな、話すのを忘れていただけだ」『りり。魔力プール解除してくれ。頭が動かせない』

『あ、ごめん』


 りりは、今は奴隷なのだという事を思い出し、アーシユルに従う。

 会話に関しては、本当は念話で会話をしていたのだが、それを説明するのは憚られた。


「そんな事あるか? まあいい。それよりあんたの奴隷珍しいな。どこで買ったんだ? そんなに珍しい奴隷なら話題なりそうなんだけど」


 アーシユルの眉がピクッと動く。


「あんたは奴隷に興味あるのか?」

「それどころか持ってるさ。高かっただけある。ところで、その子の種族は?」


 男は嫌らしい笑みを浮かべる。


「……鬼人だ」

「聞いた事ないなぁ。あのさ、その奴隷幾らで売れる?」

「売らんぞ」


 アーシユルの口が淡々と動く。が、肩で呼吸をしている。

 怒る心を落ち着けているように感じられた。


「金なら糸目はつけないよ」

「売らん。例え金貨100枚出されても売らん」


 少しジンとくるが、逆に迷われたら迷われたで困るところだったので良かったと言える。


「1000枚でもか?」


 途端にアーシユルの顔が険しくなる。


「お前、さてはイロマナの息子か」

「お、なんだ? イロマナ様だろ? 無礼じゃないか」


 ハンターは指をくるくる回して、人を小馬鹿にしたような態度を取る。

 あまり、りりの得意なタイプではない。


「だがそのとおり。僕はイロマナ様の息子だ。だが、道楽でハンターしてるわけじゃない」

「ああ、そうだろうな。大真面目にやっててるんだろう……ところで、あたしもハンターだ。後で模擬戦しないか?」

「構わないさ。あまり僕みたいなシールダー(大楯持ち)とは戦う事は少ないだろうからね。参考にするといい」

「……ああ。そうさせてもらうぜ」


 イロマナと呼ばれる人物の息子を名乗るハンターは、飽くまでも上から目線で物を言う。

 その物言いも、アーシユルが子供なのだから当然といえば当然なのだが、きっとこのハンターは誰相手にでもこうなのだろうと、そんな先入観を抱かずには居られなかった。


「それと言葉遣いは改めたほうがいいと思うよ。僕は寛容だから良いけど、他の人は気にするだろうからさ」

「……そうだな」


 会話自体はハンター同士の会話だが、アーシユルから出る雰囲気がピリピリしていた。これは相手には伝わっていないように感じる。

 短い期間ではあるが、近くでアーシユルを見てきたりりだ。アーシユルから異変を感じ取り、魔力プールを展開させる。


『アーシユル……何かあったの?』

『解除してくれ。頼む』

『……』

『頼む』

『……分かった』


 アーシユルからの初めての拒絶。動揺を隠せない。

 しかし、これで確定した。

 アーシユルとイロマナの息子、又はイロマナ本人の間には何かがある。




 昼。

 木陰で休憩が入り、トナカイの運転手が全員に水を配る。


 かつて馬引きがこれをしなかったのは、やはり秘匿の意味があったのだ。

 こちらの方が普通なのだそうだ。




 エルフの森まで、あと丸1日。

 昼ご飯は、りりだけ飯盒でご飯を炊いてもらっている。アーシユルがりり用に用意したものだ。


 りりは、ケイトに狩りのノウハウを施されつつ肉の調達をしようと森へ入ったのだが、何故かハンターが付いてきてしまった。


「驚いた。奴隷くんはハンター兼任なのかい?」

「えっと……はい」

「そんな格好で狩りなんて危ないと思うよ。ジンギも持ってないようだしさ。それとそっちの人は、何故顔を見せないんだい?」


 確かにりりの見た目はただの奴隷服。

 そこにポーチをつけて、サバイバルナイフを1本持っているだけという、素人ですらそんな姿では森へ入らないというような格好をしている。


 しかし、りりは魔人だ。

 鎧を魔法で賄い、攻撃もやはり魔法で行う。


 人間は便利な事を覚えると、そこで努力を辞めやすい。

 りりの場合、肉体がこの星に適応していないのだ。努力をしても身体能力はこれ以上見込めない。故に便利であろうとなかろうと、魔法を用いての戦闘に慣れる他ないのだ。


 しかし、りりの思考は今そういう所にない。


『どうしよう。この人面倒臭い』


 りりの感想はこれであった。


『親切心か好奇心かは知らないけど、ボクスワの偏見に満ちたタイプの人間よ。絶対に魔人と悟られてはいけないわ』

『なんとかやってみます』


 念話で軽くアドバイスを受け、場を乗り切ろうと画策する。


「えっと、こちらの方はわた……ご主人様の護衛をしてくれている方で、とても恥ずかしがり屋さんなんですよ」

「それにしては肌の1つも見えない大層なローブじゃないか。別に理由があるのだろう?」

「いえ、本当にそれだけなんですってば。あ、そう! そう! 神子嘘つかない!」


 咄嗟に自分がフラベルタの神子(メル友)になった事を思い出し、それを告げてみる。

 無闇に神子を名乗らないとは言ったが、ここは使いどころと判断した。


「神子? あんたがかい? 居るんだよね。直ぐに確認が取れのをいいことにデタラメ言う人」

「あ、信じてない感じですか。ちょっと待ってくださいね」


 フラベルタに何度目かになるメールの返信を返す。

 最初の方はちゃんと返信をしていたのだが、物凄くどうでもいい話が多いので、多少無視していたりしているのだが、かえってそれが "良い" ようで、余計にメールが来ては無視をすると言う形が多かった。




 フラベルタに事情を説明すると、快くなんとかしようという返事が来た直後、日本語ではなく、この大陸の言語が文章としてメールに送られて来る。

 スマートフォンには本来入っていないタイプの文字列だ。ナニカサレタヨウダ……。

 続いて、これを見せなさい。と日本語で追記が入る。


 神様ありがとう!

 りりは生まれて初めて、神に実感のある感謝をした。




「まだかい? 自称神子さん」

「お待たせしました」


 そう言って無線太陽充電式の、若干オーパーツ化したスマートフォンを見せる。


「何だこれ……板から光が……文字になってる……何だこれ……」


 顔をしかめ、まるでアーシユルのように様々な角度からスマートフォンを眺めるハンター。


「いいから呼んでくださいってば。日本語……あー、前後に書いてあるのは私と神様だけが解かる文章なので、気にしないでくださいね」

「あ、ああ……えー……」


 《アイン = I = ソーボさん。私はハルノワルドのフラベルタといって。皆から神と呼ばれてるわ。貴方の誕生日は1月1日。好きな事は奴隷を使い潰すこと。あまり良い趣味とは言いかねるわね。さてここまで書けば信用してもらえるかしらね? そこに居るりりさんは名目上。私の神子となっているけど。実際の所。お友達なの。とても良い子なので。変な勘ぐりはやめてあげてほしいわ。ではお気を付けて。》


「なん……だと……」


 ハンターが苦悶の表情を見せる。


「これは……どうやって知ったのだ? 場合によっては……」

「えっと……何が書いてあったんですか?」


 りりの予想外の反応に、アインの殺意にも似た威圧が解かれる。


「……あんたは、いや、あなたはこれが読めないの……ですか? というか、本当に神子……なのかい?」


 途端に喋り方がおかしくなるアイン。

 状況に困惑している様子が伺える。


「喋り方そのままで良いですよ。まぁ、神子なんですけど、神子って言っても友達ですから。それと文字ですけど、私ここの文字読めないんですよ。紹介された通り鬼人という種族でして、自分の扱う言語しか読めないんです。それでまぁややこしいから奴隷という形を取っているだけでして……」

「そうでし……そうだったのか。失礼しま……したね」

「いえいえ。では私達は自分達で狩りをするのでこれで」

「ああ……わかったよ」


 呆然と立ち尽くすアインを置いて、りり達はさらに森の奥へ進む。


『アイツは要注意かも知れないわね』


 ケイトは振り返らずにそう言う。


『いやあ、私達自体がやっぱり怪しいと思いますし、割と正常な反応だと思いますよ』

『そうだと良いけど……そうだ。さっきの文書見せて見せてほしいわ。なにが書いてあったの?』

『はい』


 完全なるプライバシーの侵害だが、りりもなにが書いてあるか知らないのだ。

 これは仕方のないことだった。




 ケイトが文字を読み上げる。


『え、ひっどい』

『彼、良い趣味してるわね』

『使い潰すって具体的になにするんだろう……エッチなこととか……?』


 りりには、奴隷を酷使する等という発想はない。


『恐る恐る言わない。まあでも、それも含まれてたりするのかもね。基本的に奴隷は高い買い物だから、普通は大事に扱うのだけどね。彼にはカリスマ性があるようには見えないし、今奴隷も連れてないならやっぱり性行為がメインなのかしらね?』


 エロ漫画のような事をしている人。りりの中ではアインはそういう人になった。

 ネットで見た、奴隷相手に好き放題する漫画のイメージだ。

 妄想こそすれ、実際にやるとなると引くものがある。


 が、ふとそういうものを思い出してしまい、頭の中でちょっとばかり妄想してしまう。


『あなた、私が念話してる間、考えてる事が筒抜けなのは教えたでしょう?』

『アーッ!』


 ケイトには、りりが頭の中で考えているモノが明け透けになっているのだ。

 りりは羞恥で顔が真っ赤に染まるが、後の祭りである。




『さあ、馬鹿なことはやってないで実践よ。左前方、狼が2頭。群の可能性があるから、援軍に警戒しながら殺しなさい。逃したら仲間が来る可能性があるから一気にね』

『お、狼!?』


 左前方。

 りりから見て、茂みしかない。

 目線の高さが違うのか、茂みの合間を縫って見えているのかは分からないが、とにかくりりからは見えない。


 ゴクリと唾を飲む。

 ハンターになってから初めての実践訓練が始まる。




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