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97話 意外な決断

 



 いつもの宿屋。

 ベッドの上でケイトは沈黙を貫く。

 意識はあるが、念話に反応する気配がない。

 理由は明確で、ケイトは今エナジーコントロールを行なっていない。

 つまり魔力がゼロの状態なのだ。

 これは、無意識下で魔力を貯めてしまうりりには出来ない芸当だった。


「まだ反応なしか?」

「うん。ショックだったんだと思うよ。プライド高そうだったし。あと何よりも……」


 チラと横を見る。


「おれがいるから、だろうな」


 そう。シャチが居るのだ。

 ケイトにしてみれば、負けるはずのなかった相手に、それも切り札である猛毒を用いて殺せなかったのだ。

 ワーウルフという1つの種族を滅ぼした程の実力があるだけに、そのショックは計り知れない。




「すこし、こうふんしてな。すまん。とっさに、てかげんはしたが、きたえていないものなら、しんでいたところだろう。よくいきてたな」


 ケイトに謝罪するシャチ。

 りりの目には優しさに映った行動は、ケイトのように鍛えていないと死に繋がりかねないものだったようだ。


「本当シャチさん優しいよね。過激だけど」

「りりのメンタル凄えな。食い殺されかけた相手に優しいなんて言葉、普通でないぞ」

「おれも、そうおもうぞ」

「そんなことないですよ。例えば私、遠目ならともかく、シャチさんの顔をアップで見れません。流石にトラウマになってます。あと牙とね」


 実際りりはそう言いながら、直ぐ側に居るシャチの顔を見て話せていない。

 多少失礼と思ってもなかなか出来かねる事だった。


「むっ。そうなのか。だが、おれはでかいからな。ちかくで、みることもあるまい。きばは……そんなにみえるものだろうか?」


 そう言ってシャチは1歩後退する。


「そういうところです。そこが優しい。気遣い100点です」

「判らん……」

「わからん……」

「そんなもんですって」


 アーシユルとシャチ。仲良く一緒に首を傾げる。




 実際にシャチは無駄な殺生はしない。

 りりやケイトとの模擬戦も、武闘派故の観察眼で、力量を見て、重傷を負わない程度の攻撃しかしていなかった。

 仮にシャチが本気を出していたとしたら、りりは顔が粉砕され、ケイトは足払いの際に足は折れ、投げられた際に首の骨が折れ死んでいたはずだ。


『人の心をズタボロにするのが、優しさなわけないじゃない……』


 ケイトがやっと会話に参加する。

 しかし首は鞭打ちになっているのか、その動きはぎこちない。

 りりにとっては、今のケイトは何時ぞやの自分を見ているようだった。




「ん? 話し始めたのか? りり頼む」

「はーい」


 アーシユルの周りに魔力プールを展開してゆく。

 これが溜まりきって会話に参加できるのは数分後であるが、ここで閃いた。


「これもしかして、頭の周りだけ展開したら良いんじゃ?」

「……判らんが、やってみてくれ」


 言われてアーシユルの頭の周りにだけ魔力プールを展開する。

 まるで金魚鉢を被っているような見た目になってしまったが、これも、りりにしか見えない為、面白さを共有出来ないもどかしさに苛まれた。


『聞こえる?』

『聞こえるぜ。でも頭が動かん。長時間はキツイな』

『成る程』

『さて、ケイトはなんて?』


 サクッと説明を入れる。


『……ははーん』

『そこの人魚のせいで、毒や矢が万能じゃないと解ったわ……惨めだわ……絶対に負けないように死に物狂いで生きてきたのに……絶対に……』


 喋るうちに涙声になってゆく。

 ケイトにとって、負けとはそれ程に意味のある事だったのだろう。

 しかも、アーシユルの時のように油断したわけではない。


『いちどまけたのならば、にど、まけないようにすればいいのだ。いきているかぎり、えいえんに、かちのきかいは、おとずれる。エルフならなおさらだ』


 シャチは軽く腕を組み見下ろす。

 巨躯故仕方のないことなのだが、その圧迫感と見下す形になってしまうのが更にケイトの心を傷つける。


『黙りなさい! 強靭なエルフの身体能力で、そして毒という圧倒的な力で攻撃して負けたのよ! しかも海洋生物に! これ以上どうしろというのよ!』

『落ち着けケイト。情緒不安定なんてものじゃないぞ』

『あなたも魔人じゃない癖に会話に参加してるんじゃないわよ!』


 りり達が見てきたケイトの落ち着いた態度は影を潜め、ヒステリックな女性が、いや、少女がそこにはいた。


『まけなければいい』

『何言ってるのよ! 勝負したら勝つか負けるかしかないのよ! あなたはそんな事も解らないの!?』

『……そうですよ。さっきのは模擬戦だったから勝敗が有りましたけど……えーっとえーっと』


 言葉に詰まる。

 励まそうとするのだが、上手く言葉が出てこない。


『ケイト。お前の復讐って言うのはエルフ全体へなのか? それとも、お前をそんなにした奴、又は奴等へなのか?』

『……っ! …………』


 アーシユルの一言でケイトが沈黙する。


『やはりな。エルフという種族全体への攻撃はお前のただの八つ当たりだ。ワーウルフを滅ぼしたという話は信じ難い事だが、実際に滅んでいるから確かめようがない。だが、そう言うからにはエルフにも同じ事をしようとするはずだ』

『それが……なんだと言うのよ……』

『復讐しよう』

「ちょ!? アーシユル何言ってんの!?」


 念話ではあるが、アーシユルの口から信じられない言葉が飛び出す。

 しかし、アーシユルはりりを無視して続ける。


『なに、復讐と言っても、ケイト。お前に手を下させるわけじゃない。作戦がある』

『どう言う事……?』


 ケイトは、復讐が肯定されるとは思ってはいなかったのか、涙を拭い食いついた。


『成功するかは分からんがな……なに、エルフと言う種族と魔人という未知の存在。どちらが恐れられているのかの実験も兼ねてだ。さて、復讐されるのはどの範囲までなんだろうな……』


 ククとアーシユルがらしくない顔で笑う。

 その笑顔には影が落ちているように見えた。


『あくしゅみだな』

『そうだな。あたしもそう思うぜ』


 何やら理由がありそうだったが、その怪しい気配に、理由を聞き出すことは出来なかった。




 数日後の朝。

 ケイトの首がある程度動かせるようになったのを見て、りり、アーシユル、ケイトの3人はトナカイ馬車に乗り、再びエルフの森を目指す。

 全てはこの放っては置けない、大きな少女の為に。




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