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92話 明闇

 



「どうするんだよこれ」

「どうしようかー」

「考えるの止めただろ」

「バレた?」


 あれからほんの少し。

 りりとアーシユルの視線の先には、布団にくるまり天使のような寝顔で眠るケイトの姿があった。


「これは起こせないよねぇ」

「りりも寝とけ。あたしは……そうだな。クリアメに手紙でも書くかな」

「そうしようかな。あと手紙に、ご迷惑おかけしました。って書いておいてね」

「へーい」

「じゃあ、私ちょっと寝るね。あー、ベッドー」


 りりは隣の部屋へ。アーシユルは手紙を貰いに受付まで行った。




 数時間後。


「りり。起きろ。もう昼過ぎだぞ」

「あい……」

「お前寝起き鈍いよな。普通はそれで良いのかもしれんが、ハンターになったんだ。目覚めは良くしろ」

「あい……」

「……」

「……」

「起きろ!」

「っはい!!? …………起きた」

「ようやくだな」


 アーシユルの活を入れるかのような声の目覚ましは効果抜群で、寝ぼけ眼はどこへやら、りりは一瞬で目が覚めた。




『何これ美味しい。食が進むったらないわ!』


 アーシユルは、りりを起こした後、そのまま問答無用でケイトを起こし、適当に宿の料理をご馳走しているのだが……、


「こいつ凄ぇ食うな」

「一体どこに入ってるんだろう……」


 ケイトの食事は既に5皿目に突入していた。

 りりもアーシユルも1皿で腹一杯になるので、ケイトは単純に5人前を食べていることになる。


『焼き加減といい香辛料といい最高ね。あぁ、これがいつものお肉なんて嘘みたい』

「なんかもう凄い侘しいこと言ってる。泣きそう」


 冗談ではなく目が潤んでくる。

 ケイトは比較的に安い宿のまぁそれなりという程度の料理で舌鼓を打っているのだ。それがそのまま今までの食事の劣悪さを語っていた。


「翻訳なら要らないぜ。この顔見てりゃあ何言ってるかくらい判るからな」

「うん。ケイトさんもポーカーフェイスは出来なさそうだよね」

「ポーカーフェイス?」

「あ、そうかポーカー無いのか……んん?」


 ポーカーの説明をしようとしたところで、りりの脳内でとある閃きが走る。


「どうした?」

「この世界ってカジノはある?」

「カジノ?」


 カジノという言葉が通じない。

 まだそういう文化や施設が無いのだ。


「カジノは賭け事をするところだよ。賭博場って言ってもいいかな?」

「そういう施設は無いな。だが、強いて言うならハンターギルドがそうだ。ハンターが生きて帰ってくるかどうか賭ける不謹慎なやつがある」

「あー、じゃあダメかー。ルーレットとかならイカサマしてお金稼げたかもなのに」

「りり。詳しく話せ」


 食いついてしまった。

 ケイトは食に。

 アーシユルは金に。




 ケイトが食べ終わるのを待つついでに、アーシユルへちょっとしたトランプのイカサマの方法や、念力を用いてのルーレットの操作等の話をして時間を潰す。その後、ケイトとの約束のショッピングへと出かける。


「りり。これは稼げる。貴族相手はこの手の賭け事が大好きだ。ぼろ儲け出来るぞ!」

「アーシユル。今はケイトさんが主役なの。その話はドワーフの村でしても遅くないでしょ?」

「いや、こういうのは先に練っておくものなんだよ!」


 アーシユルのいつもの熱弁は、りりの「今は違うでしょ?」と言わんばかりの冷ややかな目で徐々に冷めてゆく。


「わかったから、その顔やめてくれ。キツい」

「わかればいいのですわかれば」

「あー、惚れた弱みっていうのはこういうことを言うのか……にしてもコイツ、まだ食うのか」


 そう。ケイトはあれだけ食べたというのに、なおも屋台のメニューに目を輝かせて買い食いしているのだ。


『ケイトさん、食べ過ぎじゃないです?』

『大丈夫よ。こんな美味しいもの、食べなきゃ損だわ』

『ケイトさんがしたかったショッピングって買い食いだったの?』


 ジト目で睨む。

 ケイトはギクリとして、捨てられた子犬のような表情で、しかしそれでも串焼きを食べながら、りりを見下ろす。


『……違……わないけど、確かにこれだけじゃないわ。服も下着も、あと良いナイフや砥石だって欲しいわ』

『ハイじゃあ全部回りましょうねー』

『ごめんなさいね。案内してくれるかしら?』

『いいですとも』


 りりが謝罪に表情を直すと、ケイトもパッと花が咲いたように笑顔になる。アーシユル以上に表情が豊かだ。




 服屋。


『これオシャレですよ』

『こっちも捨て難いのよ』

『黒は夜にいいかもですけど、白を、それも少し灰色に近い色のが良いです。これなら、ケイトさんの肌の色に干渉することもないし、オシャレな感じに映りますよ』


 女の子同士でのショッピング。ケイトにとっては初めてのことだが、りりにとっても久し振りのことだ。

 アーシユルは見た目は女子のようにも見えるものの、基本的に少年のような性格をしているので、あまり女子のショッピングに乗り気ではない。

  故に、単なる娯楽に勤しめる今、りりは俄然盛り上がっていた。


『りりは合わせるのが上手いわね……アーシユルにも聞いてくれないかしら?』

「アーシユルはどれが似合うと思う?」

「緑。暗い緑だ。真っ黒は闇夜に溶け込んで良いかもしれんが、黒と緑の混ざったような色は木々に溶け……」

「はいありがとうございました」


 アーシユル言う似合うとは機能美のことだ。オシャレの話ではない。身体が黒いのだから闇に溶け込む方向に特化させた服装が有利というそういう話をしている。


 アーシユルはこの点効率主義者だ。必要なものを過負荷なく所持し、それでも足りないものは現地調達するなり作成するなりするというスタイル。謂わば機能美を追い求めるタイプなので、りりの質問をちゃんと正しく理解できてはいなかった。故に若干邪険にされてしまう。

 だが、りりも着やすいだけ、動きやすいだけという理由でワンピースを選んで着ている。完全にホームウェア感覚だ。故に、人のことをとやかく言ったりはしない。

 それはそれ、これはこれの精神なだけだ。


『アーシユルは白が良いだって』

『この子まだ喋ってるように見えるけど……』

『気にしない気にしない。じゃあ次!』


 アーシユルの意見は誤魔化し伝え、その服を購入し次の店へ。




 武器屋。


「うわ、ナイフ高っ……」


 並ぶナイフは投擲ナイフから肉きりナイフまで様々だ。

 刃物の値段は包丁くらいしか知らないりりからすれば、そのどれもが目新く、そしていい値段をしていた。


「ナイフは値段の安いのから高いのまで。あたしのは刺突切断用のサバイバルナイフと、刺突投擲の小型ナイフだ。切り裂くための物じゃない。でもケイトが探してるのは大型の肉切りナイフだ。切れ味が鋭い解体用だ。ナイフと言いながらでかいし、その用途だって殆ど剣だ。高いぜ」

「うわ何これ高い」


 目にするそれは所謂ブッチャーナイフ。包丁よりも一回り大きく重量もしっかりとしたもので、値段も他の安物ナイフより0が1つ多かった。


「これ買ってやるほど、あたしの金は無いぜ?」

「でも蛸1匹分あればお釣りがくる」

「お前その蛸人計算やめろ」


 この世界に於いては金貨1枚はそれなりに大金だが、稼ぐ方法を確立してしまったりりの価値観は若干狂ってしまっていた。


「あ、でもナイフ置いたよ」

『高くて買えないわ』

『やっぱり? 払ってるのはアーシユルだけど』

『私は借りてるだけよ。返せなさそうな物は買わないわ』


 ケイトは、先程までの生き生きとした表情から一変、キリとした顔になる。

 感情を出した際の言動が幼いせいでそうは見えにくいが、ケイトはりりより遥かに年上だ。

 不意に気品あふれる毅然とした物腰になるので、まだ慣れていないりりは驚くばかりになる。




 買い物を終え、一行は宿に戻る。

 もうすぐ日が落ちる時間だ。


『アーシユルが、出世払いの気があるならハンターになれって言ってるけど、どうします?』


 アーシユルとケイト間での会話は、りりが仲介に入って行う。


『馬鹿ね。そんなものは私の目的の邪魔になるだけよ』

『目的?』

『当然。エルフの森のエルフの抹殺よ。わかってたでしょうに。貴女、そんなに馬鹿じゃないでしょう?』


 ケイトの表情が冷たくなる。

 そこから漏れ出すのは強い殺意と悲しみ。りりの背は一瞬で凍りついた。


『でもあの人達はそんな』

『……エルフは健康で長生き。女性しか居ないとか美形ばかりとか神に愛されているとか……そういうのは全部タダの特徴。本当に危険なところは、長い寿命なの』

『……どういうことですか?』


 寿命が長いのが危険というのは、よく解らない評価だ。

 少し思案するも、それの何が危険なのかが導き出せない。


『エルフはその長い寿命故に娯楽を欲しているの。身体能力も高くて、神からの恩恵も存分にある。食べるものですら芯に逼迫すれば最終手段でだけど神様お願いでどうにかなる……そんな彼女等が持て余すもの……何だと思う?』

『……時間……ですか?』

『時間というか暇ね……暇って恐ろしいのよ。暇だから戯れに必要のない狩りをする。暇だから哲学にふける。暇だから刺激的なトラップでも作ったりするし、暇だから人の耳に木の枝を突っ込んでみたりもするの』

『それって……』


 ケイトは耳が聞こえない。にもかかわらず念話ではちゃんと話せている。

 つまり、ケイトの失聴は後天的なものだ。先天的なものであれば、そもそも言葉をキャッチボールするという概念から持てない。

 更に言えば、会話が出来ている以上、聴覚を失うまでは普通に話せていたものであるというのは予想がついた。そして失聴の経緯も同じく……。


『陽のあまり当たらない森の中に住んでいる色白のエルフ。そんな中、身体の色がどんどん黒くなっていって薄くもなる気配もまるで見せない……そんなエルフ。刺激に飢えた長者質の格好の玩具だとは思わない?』


 それはケイトから語られる物語……体験記だ。


 いじめ。

 学生時代にチラホラと目につく程度にはあったものだが、エルフのソレは苛烈を極めていた。


『なぜ極端かっていうと、生まれてきた子供は一から暇を潰さないからよ。既に親がやってきた苛烈な暇の潰し方を教わるの。つまりそれすら飽きてくると、更に苛烈な暇つぶしを欲するのよ……理解できたかしら?』


 内容自体はとても単純なもの。

 前世代の物より次世代位の物の方が精錬され優秀になって行くのと同じで、負の方向へと特化した娯楽は次世代で更に影を濃く落とす。

 ケイトはそんな[影]の被害者だったのだ。


『解った? エルフは殺す。これは決定事項よ。だからこそ、ハンターになってからそんな事をしたらハンターギルドの人達に迷惑がかかるでしょう?』


 ケイトがニコリと笑う。

 その顔はどこか泣いているように見えた。


 ケイトは[影]の被害者だ。

 だが、ただの被害者ではない。彼女は復讐者になることによって、その影を追いやろうとしていた。

 その事に気付きはしたが、自分程度の人生経験では何も言えない……と、神妙な面持ちになる。


 そこへ、ケイトと反対側を歩いていたアーシユルから声がかかった。


「なあ、りり」

「何?」

「お前の念力って身体に纏わせたら見えない鎧になるんじゃないか? もし出来るなら、一切を阻む神秘とか(いう名前は)どうだろうか!」

「アーシユルそういうとこあるよね」

「何がだ?!」


 念話はアーシユルには聞こえないので仕方がないが、神妙になっていた空気の全てが吹き飛ばされた。

 念力を纏わせる鎧のネーミングを考えるのに夢中で余計に空気が読めていなかったのだと理解は出来たが、その激しい温度差に、ため息交じりに苦笑し、壁に手をついてヘロヘロと崩れ落ちるりりであった。




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