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90話 2度目のゼーヴィル




 港町ゼーヴィルの入り口。

 りり達は、一晩でここに舞い戻ってきた形となる。


『落ちたら死ぬのよ!?』


 ケイトが叫ぶ。

 もっともな物言いだが、惜しむらくは文句をぶつけられる相手がりりしか居ないという事だ。


『仮に落ちても、今は昼だから大丈夫ですよ』

『……んん???』


 りりの言い分にケイトは困惑で答える。


『折角だから見せましょうか。これが私の魔法です』


 念力を用いてケイトを浮遊させる。今は日中なので人ひとりを浮かせる程度の出力はわけがない。


『浮いてる! いや、何かに掴まれてる!? 何よこれ!』


 ケイトは暴れるが、りりの念力からは逃れられない。


「何やってんだ?」

「いや、落ちても大丈夫だったんですよー。ていう説明をね?」

「はーん……そっちの会話聞こえないの不便だな」

「こればっかりはどうしようもないかなぁ」

『下ろして。下ろして』


 ケイトはそう訴えるも、りりは離そうとはしない。考えがあるのだ。


『下ろして。ねえ? 聞こえてる?!』


 流石に、ケイトを見上げて返事をする。


『いや、ほら、空でジタバタして焦ってる姿見たら、町の人達も少し和むかなあって思ってですね』

『和むわけないでしょう! 誰も見てないわ! 下ろしてよ!』


 言われ、りりは辺りを見渡す。

 人はそこそこに居るのだが誰も、ただの1人だってりり達の方を見てはいなかった。

 ギョッとして、ゆっくりとケイトを開放する。

 自由になったケイトは、激しい違和感に困惑するりりに向かって歩み寄り、その顔面を左手でつねった。


『危ないでしょう? あと、辱めるのはやめてもらえないかしら?』

『はーい。ごめ……』「いだだだだだ!」


 ケイトはりりの態度に少し灸を据えてやろうと、つねるのを止め、そのまま二本角を避け頭を鷲掴みした……そこへ、聞き慣れない声が大量になだれ込む。


『魔人が増えた!』

『魔人が魔人連れて来た』

『あの魔人は爺さんに良くしてくれたけど、黒い方はどうだろう』

『魔人だ』

『気をつけないと』

『怖い。怖いよー』


 声はあちらこちらから。聞こえるそれはケイトが精霊の声と信じていたもの……念話だ。

 だが念話は偶に出来る生き物が居る程度。だというのに、届く念話は偶にというには度を超えた数聞こえてくるのだ。

 りりから手を離し、矢を一本取り出して握りしめる。


『何? 何でこんなに声が多いの? この町何なの!?』

『あぁ……痛かったぁ……あーケイトさん。これ多分猫です』


 辺りを見渡せばチラホラと、決して少なくない数の猫がゼーヴィルの人を惹き付けていた。その動きは自然に懐いているようにも見えたが、猫が住人達の気をりり達へと向けないようにしているようにも見えた。


『ていうか私も何故か聞こえるようになってますね……何でだろう? 念話のコツでも掴んだのかなぁ? ちょっと試してみますね?』


 りりはケイトに掴まれていた頭を擦りながら、意識を前方の塀の上にいるトラ猫に向けてみた。


『猫さん猫さん聞こえたら返事してください』


 意図せずコックリさんをする時の掛け声のようになってしまう。

 猫からの返事はない。


『そっちはどうですか?』

『あなたの、コックリさんっていう謎の名前は聞こえたけど、猫はサッパリよ。こんなものよ。動物からは声は聞こえるけど、こっちからの声は基本的に届かないのよ』

『んー。じゃあハズレかなぁ? でも一応』


 りりはアーシユルに手をかざす。


「アーシユル。ちょっとそのままじっとしてて」

「ん? おう。良いが?」

「オッケーオッケー」

「……なあ、りり何してるんだ? 念力か?」


 アーシユルは、りりという紛れもない魔人に意味ありげに手を向けられているのだから、何もされていないとは思わない。しかし、何かされているという実感は持てない。


「あともう1~2分そうしててもらえる?」

「いいけど、何してるんだそれ」

「実験かな?」

「説明は?」

「後でね」


 じっとしていてとの言葉通り、アーシユルはそこから一切動かず黙って従う。

 ケイトも矢をしまい、何が起こるのかとアーシユルをじっと食い入るように見ていた。




「そろそろ3分だぞ」

「体内時計すごいねアーシユル。もうそろそろ溜まる頃だよ」

「何が?」

『ケイトさん。アーシユルに何か話しかけてみてくれない?』

『良いけど……アーシユル。あなた、ズボンのお尻の部分が裂けてるわよ』

「え!? 本当か!?」


 アーシユルは、慌てて尻を確認しようとするが、正体不明の何かに包まれており体が動かない。


「……りり、動けないんだが、何してるんだこれ。念力か? て言うか今の声ケイトか? どう言えばいいのか……頭に直接聞こえた感じだが」

「あ、聞こえたんだ。実験成功だね」


 りりは両手でVサインをニキニキと動かすが、意味は通じない。


『私にも、アーシユルの声が聞こえてるんだけど……一体、何をしたの?』

「フッフーンそれはですね」

「文脈繋がってないな。それ念話でケイトに言うやつじゃねえのか? 口に出してるぞ」

『そうだった』

『あなたドジね』

「ぐぬぬ……」


 アーシユルと話すならば口で、ケイトと話すならば念話になるのだが、同時に会話を展開しようとするとそれを使いこなさねばならない。これをしだしたのは昨日からだ。まだまだ慣れてはおらずミスが多発した。


『えー、取り敢えず何をやったかというと……』


 りりはアーシユルに試した実験の詳細を説明する。


『ほう? つまり、あたしの周りにエナジーコントロールで受け皿を作って、あたしに擬似的に魔力を纏わせたわけか』

『そういうこと。私とケイトさんは無意識で体に念力を纏ってる状態みたいだけど、他の人は出来てない。つまり、逆に言えば魔力の貯留槽を作ってしまえば、誰でも擬似的に魔人になれるって事』


 それはエナジーコントロールの新しい使い方だ。

 同時に、念話は魔力を持った相手になら使える事が判明した。ケイトが猫の声を大量に受信できたのもこのためだ。


『……それ危なくないかしら? 擬似的にとは言え魔人化でしょう?』

『大丈夫ですよ。魔法って、使い方が解らなければ、ただの光みたいな何かですから』

『ところであたしの尻は破けてるのか? 今動けないから見れないんだが』

『アレは冗談よ?』

『これだからエルフは……』


 ケイトは大人気(おとなげ)なくニマニマとした表情を浮かべる。

 それは、りりに続いてアーシユルとも会話ができているのが嬉しくて仕方がないという表情でもあった。


『ところで、アーシユルは猫の声聞こえてないの?』

『聞こえないな』

『まだ慣れてないのか、他に条件があるのか……解らないなぁ』

『気になるところだが、あたしそろそろじっとしてるの辛いぜ?』

『あ、ごめん解除するね』


 アーシユルに纏わせていた念力で作っていた器を取り外すと、瞬く間に魔力が拡散してゆく。それは強い光が流れ出すという形で輝いた。


『魔人だ!』

『魔人が何かした!』

『逃げろー!』


 念話と重なり、フギャアという慌てる猫の声があちこちから聞こえ、一瞬で一帯から猫の気配が消えてしまった。

 猫には魔力が見えていたため、アーシユルに貯めていた魔力が拡散するのを見て、慌てて逃げ出したのだ。


 同時に、猫にに首ったけだった住人達が、残念がりながら日常へと戻ってゆく。

 それは即ち、今まで見もされなかったりり達に注目が集まるということだった。

 人々の目が見開かれる。そこには、頭からつま先まで真っ黒なエルフが居たのだ。


 りりにはメラニズムに対する知識があった。と言っても、ネットで(かじ)った程度のものだ。だが、これは物知りなアーシユルでさえ知らなかったものだ。そこらに居る一般人が知っているものではない。

 しかも、体に特殊な色が付いているというのはゴブリンの特徴に近いのだ。


 ごくりと息を呑む。

 住民達からの視線が集まり、場はシンと静まり返る。下手をすればここで外敵騒ぎが起きかねないものであった。

 りりは己が軽薄さを呪う……ことになる前に、予想の外から声がかかる。


「あなた、ダークエルフね。久し振り。さらに黒くなったわね」


 声の主はエルフだ。背後より声をかけて来た。

 りりよりも少し背の高い程度のエルフだが、漁師のつけるエプロンと、魚の生臭さを身に纏っている。

 エルフの美貌こそあるが、醸し出す空気は肝っ玉かあさんといった印象だった。


「……無視とはひどくないかい?」

「あ、すみません。この人耳が聞こえなくて。ケイトさん、後ろ後ろ」


 りりは言いながら、直ぐにケイトに念話とジェスチャーを送る。

 ケイトも気付いたようで、エルフの方へと振り返り……直ぐさま殺意を、憎しみを込めた表情を浮かべた。

 だが、人前で害する気はないらしく、少し距離を置くだけに留まる。


「音が聞こえないってどうしたのよ。私がエルフの集落に居た時はそんなことなかったのに……それとその腕……なにが……ああ、でも聞こえないのね。困ったわ」


 ケイトが少し話したエルフという存在とは違うのか、言っていることがチグハグに思えた。だが、知り合いであるのは確かなようなので問いかける。


「すみません。貴女はケイトさんのお知り合いですか?」

「違うわ。私が昔エルフの集落に居た時に見かけただけよ。と言うのも、私はゼーヴィル生まれのエルフでね。昔に少しエルフの里に居たこともあるけど、長く居なかったし、あまり詳しくもないの」

「ああ、それで……」


 つまり、ケイトをほぼ知らない他人だ。それでもケイトを一方的に知っている程度には知っている。


「でも、私が見た時はまだ腕はあったし、肌はまだこんなに黒くなかったわ。呪い? 病気?」


 そのエルフは、頭を左右に揺らして、ケイトをしげしげと観察している。


「病気と言うよりは身体的特徴なんですけど、感染したりするものじゃないので安心してください。腕のことは……私達もまだ……」


 ここでようやく、ケイトが念話をよこす。


『つまり、このエルフは私の事をほぼ知らない上に、エルフの里のエルフではないのね?』

『そうなりますね』

『………………考えておくわ』


 少々の思案の後、ケイトはそう言い、りりの腕を掴んで街の奥の方へと歩き出した。

 他のエルフと会話したくない様子が伺える。


「ごめんなさいエルフの人。ケイトさん、ちょっと色々あったようなのでこれで!」

「私こそ、ごめんなさいねー! 私は漁港にいるから、何かあったら訪ねてきてね! 相談にのるわよ!」


 そう叫び、気さくに手を振ってエルフは日常へと戻っていった。


 一方でりり達はその場から離れてゆく。

 先程のエルフのおかげか、好奇の目には曝されているものの騒ぎになったりはしなかった。


「名前聞きそびれちゃった」

「漁港にいるらしいし何時でも聞けるだろう。それより宿を借りるぞ。お前寝不足だろう?」

「あ、そうだね。ありがとう」


 アーシユルとは話がついたので、ケイトにも了承を取る。


『宿とるけど、ケイトさんもそれで良いですか?』

『宿……良いの?』


 ケイトは、憎しみの表情をしていたが、りりの提案に毒気を抜かれ、ぽかんと口を開き驚いたという表情を見せた。

 宿に泊まれること自体が想像の範囲外だったのだ。


「決まりー。ケイトさんも良いって」

「便利だな。その念話っての。隠密に適している」

「もー、またそんな話ししてー」


 アーシユルのこれは多少強めではあるがハンターの職業病だ。ハンターとして慣れれば自然とこうなっていく。


これは本来りりが学ばなければならない点だが、りりはその能力と平和ボケしているズレからこれが身につかないのだった。




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