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89話 救済

 



 ケイトは一通り話を終えると少しスッキリしたようで、恨みや憎しみに歪んでいた表情は徐々に落ち着き、穏やかに変わっていった。


『怖かったかしら? 魔人と言ってもまだ子供だものね。ごめんね話しすぎたわね。つい……ね。こっちの声を聞こえる人なんか全然居なくて……嬉しかったの。ごめ……』

『あの』


 一方的に身を引き話を終わらせようとするケイトを制止する。これにはりり自身驚いていた。


『……何?』

『えっ……と……お買い物しませんか? ゼーヴィルでなら私っていう魔人に耐性が出来てますから、比較的居やすいと思うんです!』


 ケイトは目をパチクリさせた後、嘲笑的な笑顔を見せる。


『魅力的ね。叶えば楽しいでしょうね……でも私の見た目では……』


 ケイトは被虐たっぷりに顔を落とす。

 りりはそれに、間髪入れずに叩き込んでゆく。


『それともう1つ。ゼーヴィルには魔物が巣食っています。猫なんですけど、ゼーヴィルの猫は魔物でありながらヒトと共生しているんです! その謎を知りたいんです。ケイトさんなら出来るかもなんですよ! お金なら払います! 来てもらえませんか。お仕事だというなら! ね!』


 ケイトの事をこのまま放ってはおけない。せめて普通の、女の子としての楽しみ知って欲しい。そう思ったのだ。

 だが、これはりりの我儘。断れれてしまえばそこまでになってしまう。


『……(わずらわし)いわね。貴女、心の声がダダ漏れなのよ。ヒト……いえ、鬼人だったわね。鬼人っていうのは世話焼きでズケズケと人の心を荒しまわる輩のことを言うのかしら? 最悪ね』

『はい。その通りです』


 言葉だけ捉えるなら拒絶のそれだが、ケイトの表情は、僅かに見えた光に手を伸ばさんとする少女のそれだった。助かりたいが、助かるのだろうかという曖昧なものに縋る気持ちもあって手を伸ばし難いのだ。

 つまり、これはそれを誤魔化すための冗談であり、同時に拒絶を突破して救ってほしいという願いになる。りりはなんとなくの感覚でこれを掴んでいた。


『……ふふふ。あなた、冗談が通じるのね。私の大嫌いなエルフそっくりよ』

『ありがとうございます』


 そこで、ケイトはりりに背を向け、念話をプツリと切り、そのまま魔力を全て吐き出し、一時的にただの人になった。


 りりは念話の具体的なやり方を聞きたいなと思っていたが、一先ずそれは止めておいた。何故なら、この身体だけ大きくなってしまったケイトというエルフは、りり達に(はばか)らず、その下手な声を張り上げて泣きだしたのだから……。


 りりがケイトを背からそっと抱くと、泣き声は大泣きと呼べるものへと変化していった。

 そこに居たのは復讐に燃える黒いエルフではなく、幼い頃この自然の中に放り出され、他ならぬ自分自身にすら捨てられたケイトという小さな少女だった。




 一夜が明け目覚める。

 山が近い為まだ少し暗く冷えているが、太陽自体は登り始めていた。

 やや睡眠は足りないが、目覚めとしては悪くない。


『いやあ、本当にありがとうございます』

『貴女まるで貴族ね。虫が苦手なんて』

『よく言われます。でもケイトさんの血だけで虫が寄ってこないなんて……毒の力もですけど、虫の本能もなかなかですよね』


 あの後、ケイトが落ち着いたのを見てからアーシユルの提案で念話の実験をした。

 離れていても魔力の放出さえ強くすれば、目で見える範囲くらいでは平気で念話は届くことが判明したのだ。

 その実験を終え、軽い雑談に羽虫が苦手で寝づらいという話をケイトにしたら、ケイトはりりの周りに血を数滴垂らした。それだけで羽虫がきれいさっぱり消えさってしまったのだ。

 毒により死んだのか、あるいは単に寄ってこなかっただけなのかの判断はつかないが、結果として気持ちよく眠れたのは事実なので御の字とした。


「さて、じゃあゼーヴィルに蜻蛉(とんぼ)帰りするかなぁ」

「グライダーって3人乗って大丈夫なのか?」


 アーシユルの疑問にハッとし、ゆっくりと振り向く。


「……ダメだと思う?」

「知らん。あたしはグライダーがどうやって飛んでるか今だに解ってないなんだから」

「うーん」


 悩む。

 考えてみれば3人乗るのは無理はあるとも思うが、サイズがサイズなので不可能ではなさそうだとも思う。

 しかし、安全面で言えば限りなくアウトに近くも感じる。


「あたしが悪かった。大丈夫かどうか聞いたけど乗らないと遠い」

「えーなにそれー」

『これがどうかしたの?』


 ケイトは初めて見るグライダーに興味津々だ。回り込んだり覗き込んだりして観察している。

 その表情や仕草はアーシユルの研究者モードの時のソレにそっくりだが、動きに何処か品性があった。


『そう言えば木の上からあれだけ精密射撃できてたって事は、バランス感覚かなり良いですよね?』

『ええ。悪くないと思うわよ』


 この一言が決め手となった。




 数分後、空を飛ぶ白い翼から、りりだけに聞こえる悲鳴が上がったのだった。




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