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87話 黒いエルフ

 

 


『貴女はなに!?』


 巨大な猪の死骸を前に、森へ入るまで聞こえていたあの声が、脳内に感覚的に、そして上品そうだというイメージを伴ったものとして響く。

 それは先程の遠く掠れたような小さな声ではなく、近くはっきりと聞こえた。

 方向と距離から、りりが背にしてへたり込んでいる木の後ろからに思えた……が、腰が抜けて動けないので確認ができない。


「えっと、ハンターなりたてのリリ = ツキミヤマと言います。えーと、鬼人という種族でヒトに近い感じで……あ、あの、どうやってるか解らないんですけど、この距離なら直接話しませんか?」

『何者かと聞いているのよ!』


 怒鳴られる。

 一瞬、声の主は短気なのだろうかと過ったが、それにしても会話が成立していないように思えた。

 駄目で元々だと、心のなかで言葉を丁寧に組み立てて念じてみる。会話がしたいのだと……。


『私はハンターなりたてのリリ = ツキミヤマと言います。鬼人という種族で亜人に当たります』

『取り敢えずエルフではないのね? それで貴女の目的は? 私と会話ができているのは何故?』

『通じたんですね。よかった。目的ですけど、私は声が気になって来ただけです。それと、会話が出来ているというのがよく分かりません。特殊すぎることをしていると思うので』


 先程までは遠く小さくでの言葉が一方的に聞こえていただけだったのだが、今は一切の支障がない状態で会話が成立していた。

 通常の声と同じく、聞こえづらかったのは距離が問題だったのだ。


『特殊と言えば確かにそうね……貴女に敵意は……?』

『全く。これっぽっちもです』


 自身が魔人であるということは無意味に話す必要はない。

 今はアーシユルだって居ないので、うまく説明できる気もしなかったので無難に止める。


『……』

「……」


 少し沈黙が流れ、風に揺れる木々の音が嫌に大きく聞こえ出す。

 夜の森に強く醸し出される不安感と、トラウマとも遭遇したショックから、またどんどん心細くなってゆく。


『あ、あの、それより、森の出口どっちか教えてもらえませんか? 情けないですけど、迷ってしまって……』

『……敵意はないようね。ただし、貴女が前を歩きなさい。振り向かないでね? 振り向いたら容赦なく攻撃するわよ』

『あ、はい。それで構いません。ありがとうございます』


 抜けた腰に鞭を入れ、よろよろと立ち上がり、声の誘導の通り先行して歩く。

 後ろに着いて来る人物は矢を携帯している為、歩く度に矢束同士がぶつかる音がわずかに聞こえた。


 猪の突然の死に対しての問がない事に対しての違和感を感じながら少し歩くと、直ぐに森の外に出る。

 たったこれだけ離れているだけで、こんなにも分からなくなるものなのかと驚いた。


『案内ありがとうございました。あの、何かお礼がしたいのですが、さっき弓を射ってくれたのってあなたですよね? おかげで助かったんです。何かありませんか?』

『……まともな奴のようね。ならば、有り金全て貰いましょうか』

「ええ?!」


 驚いて振り返る。


 そこに居たのは背の高いエルフ。僅かだがクリアメより高い程度だが、筋肉質な彼女とは違い、とても引き締まったモデルのような肉体をしている。

 エルフはりりの方に左肩を前面に突き出しており、ナイフ代わりにと、矢そのものを1本構えている状態だった。

 だが、外見的な特徴はそれだけではない。

 衝撃的な光景としてまず目に飛び込んでくるのは色だった。肌も髪も、服までもが黒一色だったのだ。

 より正しく表現するならば、烏や炭が濡れたような光沢のある黒だ。


 りりよりも黒く艶のある髪。りりと長さは同じくらいだが、やけに整っている。

 黒い服は染料ではなく、闇に溶け込むためにわざわざ汚された物。

 そして引き締められているその肉体は……。


『振り返るなと言ったのに! この姿を見られたからには』

『綺麗……』

『生かしてはおけ……何?』


 一瞬、矢をしならせかけた漆黒のエルフだったが、りりの興味津々な表情と心の声に撃たれ、勢いを折られてしまう。


『エルフの方ですよね!? 肌それメラニズムですよね! すごい初めて見た! うはー。黒い! 烏みたい! キレー! 格好良い!』


 ここで言うところの綺麗、格好良いは、このエルフ自体に向けてというよりは、色自体や、エルフという造形に向けられている。

 かなり失礼なことを思い走らせているのだが口には出していない。そして、当のエルフは呆気にとられており、それに気付いていない。


『貴女、私が気持ち悪くないの?』

『んー。そりゃあ、一瞬びっくりしましたけど、シャチさんの……あ、人魚もくっきり白黒じゃないですか? 私からしたらメラニズムの人より、亜人の方がよっぽど人間離れしてるんですけど、その亜人の人ともお友達になれたんで、ちょっと黒いくらいなんともないです』

『……失礼な子ね』


 そう言って、エルフはクスリと笑った。

 月の光が降り注ぐ中、白い歯が浮かぶかのように輝いたのが強く印象に残る。


『あ、ごめんなさい。えっと、そんなつもりではなく』

『敵じゃないというのがわかっただけで良いわ。こんな馬鹿な奴が敵なわけないからね』

『……それはそれで失礼じゃないです?』


 失礼には失礼を。やり返された形にはなっているが、そこに敵意は籠もっていない。ただの冗談だ。


『礼がしたいと言ったわね。なら、これを買って欲しいわ』


 そう言って手渡されたのは、握り拳大の透明な瓶に入った透過性のない液体だった。

 暗いので液体の色はよく判らず、液体からは少々の粘性を感じる。


『これは?』

『知らないの? 毒よ。さっき猪を殺したのを見たでしょ? あれよ。私はこんな見た目だから、町に売りに行くってことができないのよ……それにしてもさっきのは効きすぎだったけど……』

『毒……』


 猪の死について言及されなかった理由がこれになる。

 漆黒のエルフ自身が毒矢をけしかけたのだから死んで当然だと思っていたのだ。

 だが実際はりりの呪いで殺しているのだ。与えたのは即死と言えるほどのものだったので相乗効果もあった。故に、エルフは顔を(しか)めている。


『有り金全部というのは変わらないけど、代わりにそれをあげるわ。本当ならそれを売ったお金も貰うところだけど、それは勘弁してあげる。貴女にとっては得なことよ』

『……有り金ですけど、今、手持ちに銀貨60くらいしか無いんですけど』


 毒と聞いて少々ギョッとするが、これは命の対価として渡されたものだ。

 こちらでの銀貨60枚は日本円にして6000円相当。こんな値段で命は買えない。安いだなどというものではない。


『手持ちは……でしょう? ここにそんな軽装で居るっていう事は、近くに荷物が置いてあるのでしょう? そこから貰うわ』


 アーシユルの持つ金も巻き上げようとの魂胆だ。

 言葉遣いは丁寧なものの、表情と言ってることは蛮族のそれと変わりがない……だというのに、りりはあまり不快には思わなかった。

 それは、響いてくる声がどこか(すが)るような、強がっているような印象を与えるからだった。


『にしても、こんな何もないところでどうしたの? 何かワケあり?』

『いやそういうわけでは……説明が難しいですんで、それは着いてから』

『良いわ。ところでメラニズムって何かしら?』

『あ、それはですね……』




 話をしながら野宿の場所へと歩いて戻る。

 黒いエルフの名前はケイト。荒い考え方や、りリに対する警戒行動とは裏腹に、その所作からは育ちの良さが垣間見えた。


『いでんしいじょう?』

『深く考えなくて良いです。生まれながらに持ってる珍しい特徴っていう感じです。それよりそろそろ頭に響いてくる、この魔法の原理教えてもらえませんか?』

『原理? これは精霊の力なんじゃ……? え、待って、魔法?』


 ケイトは足を止めて困惑の表情を浮かべる。

 しかしそれでいて、月光を浴びて浮かび上がる眼は猛々しい獣の眼光を感じさせた。


『逆になんで精霊の力って思ったんですか?』

『だってハルノワルドの神様が……精霊の力かもって言って……』


 エルフは種族全体が神子(みこ)のようなもの。神が言ったというのはそのままの意味。この大陸に於いて神は絶対者な上、魔法はりりのような特別な目を持つ者にしか見ることは出来ないし、魔人というものが神話の中の存在なのだ。

 ケイトは誰も知らぬ魔法ではなく、神の言う精霊の力と言うのを疑う余地などなかった。


『あー、神様なら魔法の事よく知らないはずですからねぇ……仕方ないのかも。あと多分、エルフなら精霊と交信できるみたいな先入観があったとかかも?』

『なぜエルフだと精霊なの?』

『なんででしょうねぇ?』


 りりだって知らない。友達がやっていたゲームを横で見ていたらそうだったというだけなのだ。




 そんなこんなを喋っている内に野宿していた場所に着いた……が、そこに片膝を付いて座って眠っている筈のアーシユルは居なかった。


「あれ? トイレかな? ちょっと待って下さいね。連れが何処か行っちゃってるみたいで」

『すまないのだけれど私は耳が聴こえないのよ。出来ればこの精霊の言葉で頼める?』


 ケイトが声を発さないのは耳が聴こえていなかった故だと知る。

 耳が悪いと言うことは自分の言葉も聞こえないということだ。自分でちゃんと喋れているのかの答え合わせが出来ないのでは正しく喋れるわけがない。


『すみません分かりました。えっと、じゃあこれ便宜上、念話って言っていいですか? またはテレパシーとか』

『何でも』

『わかりました。さて、それでは……』


 咳払いをして息を吸い込む。


「アーシユルー! どこー!?」


 何もない草原に叫び声が染み渡る。




 少し。

 淡い光を携え、アーシユルが駆け足で寄ってくる。

 近寄った際、手に持っていた鉄塊をポイと投げ捨て、りリの腕に掴みかかった。


「どこ言ってたんだ阿呆! 心配したんだぞ! トイレかと思ってたら、少し待っても帰ってこないし! あたしは…………はぁ……」

「ごめんごめん。一言、言ってから動くべきだったね」


 アーシユルは心底心配していたようだが、大事なさそうなりりの顔を見上げると、続きを止めて大きなため息を吐いた。


「で、そっちの黒いのは何だ? 隻腕のエルフのようだが、なぜそんなに黒いんだ? そういう化粧か?」

「こちら、ケイトさんと言って、多分アーシユルが前に言ってた毒売りの出所の人で、テレパシー……か念話? は分かるかな? それが使えるの。早い話が魔人だよ」

「はああああ!?」

『はああああ!?』

「ですよねー……って隻腕!?」


 3人が3人共驚く。


 改めてケイトを見る。

 光ジンギに照らされ顕になった右腕は、肘に行かない程度の長さで途切れており、その代わりに黒い布が巻かれていた。




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