84話 二人旅
「これが空か!」
「気持ちいいよねー!」
「あー! 最高だ!」
ドワーフの村を目指す2人。
居る場所はグライダーの上。空である。
アーシユル用にもう1つゴーグルを買い、そのアーシユルを布で巻き付けただけという強引な2人乗りをしているのだ。
とても不測の事態があれば即ち危険になる行為だが、その時は念力で何とかするつもりでいる。
空を切り裂くグライダー。
風がゴウゴウと吹き荒れ、少し肌が冷える。
その風故、叫ばなければろくに会話もできない。
「どれくらいで着くだろー!」
「この速さだとー! 夜には着くんじゃないかねー!」
「長い! 途中で休憩して明日また飛ぼう!」
グライダーの操縦自体は苦でないものの、ずっとうつ伏せ姿勢であるので長時間は疲れてしまう。風も当たり続けるので余計にだ。
故に、なにも急ぎとでもないので大人しく音を上げた。
「あー! づがれだー!」
着陸したグライダーにもたれて力を抜く。
見ると、アーシユルも縛られていたので柔軟体操をしていた。
「お疲れ。結構来たな」
「私、土地勘ないから、どれくらい来たかわからないんだけど。てか、村まで結構離れてるね」
日が高い段階から飛び続け、降りたのは夕方前。
場所は、近くに森が見えるだけの草原のど真ん中。グライダー自体がそれなりに巨大且つ着陸に平坦な道を必要とするので広い場所にしか降りられなかったのだ。
飛んでいたのは、時間にして3時間程。
アーシユルに倣い柔軟体操で凝り固まった身体を解しつつ、よく飛んだものだと自賛する。
「まあな。ドワーフは嫌われてるからな」
「どうして?」
「と言うよりは、親世代に嫌われてるんだ。ゴブリンもエルフもヒトの子供を成さずに自分の種族だけ増やす天敵だからな」
「親心……っていうか……」
子供の結婚相手にケチをつける親の心境。それが種族規模で起きている。言ってしまえばそれだけのことだが、数が増えればそれは種族間戦争に繋がる危ういものだ。
「自分の子が他種族の子を孕む孕ませるっていうのは、如何ともしがたいみたいだぜ? 逆に子供や、グループから外れたハグレ者、こだわりのない奴等は嫌ってないな」
「複雑だね」
「まあ、男女の関係にならなければお互い幸せだ」
「お互い?」
お互いという事は、ドワーフ側にもデメリットがあるという事だ。
「ドワーフはドワーフ同士でしかドワーフを産めないんだ。それ以外でも子を為せるが、その場合だと、生まれてくるのはゴブリンかエルフの2択。しかも、生まれてみるまでわからん」
「愛があれば種族差なんて……とはならないのかな?」
お互いの愛の結晶が他種族。それは一種の先祖返りと呼べるものであるが、それ故に親の特徴を継承していない。
それでもドラマや漫画では美談として描かれるものではあるが、実際のところはどうなのかが気になる点だ。
ただし、デメリットとして語られる以上、美談には落ち着かない。
「さあな。人間はどうなんだ? 生まれてきた子が別種族だとかは」
「人によるかなあ。でも、お話の中では基本的には苦難が待ってる感じだよ」
人間には白人、黒人、黄色人種と居るが、その何れもがヒューマンという種であり、他が存在しない。それ故に子を成せない点がヒト達と大きく違うところではある。
だが、異類婚姻譚という伝説や御伽噺は存在する。りりの言ってるのはこっちだ。故に話はすれ違っていた。
「だろうな……」
そこから少しアーシユルは考え込んだ。
それは研究者モードとしての集中のしかたではなく、どこか悩んでいるようにも見えた。
邪魔しては悪いと、リリジンギによだれを垂らして塗り込みグライダーを片付ける。最後に布で拭いて終わり。
改めてなんて便利なんだろう……そう思った。
部屋の片付けをする際は念力を使ってズボラにやっていたのだ。これが自由に使えるのならば……と、素敵な自堕落生活に思いを馳せる。
だが、現実は自堕落ではいられない。今など噛みちぎるのも疲れる干し肉等の携帯食料はあるものの、基本的には自給自足だ。
飲水の確保はジンギで出来るのでそちらには気を使わなくていいが、食べ物は別。携帯食料は基本的に食料の確保ができなかった場合の非常食的な側面が強い。
よって、時間的にそろそろ狩りに行かねばならない……のだが、りりはゼーヴィルにてハンター資格を得ている。いつまでもアーシユルに任せっぱなし、甘えてばかりいてはいけない。と、思い切って声をかけてみる。
「ね、アーシユル。狩り、私もやってみようかなと思うんだけど……」
「ん、良いんじゃないか? りりも元気になった……というよりは適応したというべきだろうか? とにかく動ける以上やっておくべきだな。いい機会だ教えてやろう」
アーシユルは悩んでいた何かを一旦横に置き、テキパキと狩りの道具を広げ始めた。
「これが投げナイフ。あたしの主力その一だ。一応切れるが飽くまで刺すことに特化している……が、使いこなすには練習が要る。今は使えんだろう」
「物なんてボールか、水切りに石を投げたくらいしかないしナイフ投げるのは無理かな」
「だろうな。出来ると言われたら驚いていたところだ。で、こっちがサバイバルナイフ。刺す、切る、抉るといろいろ出来る……が、少々重い。持ってみろ」
手渡される。
刃渡り含めて全長が30cmを超える大型の刃物で、捌くことに特化している包丁とは違い殺傷力に特化しているそれはずっしりとした重量を携えていた。
試しに軽く振ってみるが、即座にダメ出しを食らう。
「全力で振れ。そこに大型の獣が居ると、そう考えて殺す勢いでやるんだ」
簡単に出る殺すという言葉に少々たじろぐ。
だが今更だ。もう自分はとっくに無意味な殺生をしたんだ……と、言われたとおりに黙って振り抜いた。
両手でナイフを握り締め、全力で放ったその一振り。その一振りでバランスを崩す。重さに引っ張られてしまうのだ。
「駄目だな。こっちも素振りから練習あるのみだな」
「一振りで分かるんだ?」
「そりゃあそれだけよろめいてたらな。なんなら今のだけで腕痛くなってるだろ」
言われ、腕に意識を向ける。
手はプルプルと震えており、腕の筋肉は引き絞られたかのような弱い痛みを訴えていた。
長時間のグライダーの操縦に、ナイフを力いっぱい握って、それを全力で振り抜く。それらは全てりりが今までにやってこなかった、やらなくてよかった動きになる。
慣れない動きはそれだけで筋肉を傷つけるのには十分なのだ。
「確かに。明日これ筋肉痛になってるかもしれない」
「思った以上だな……マルチグラスで見たステータスは子供のそれだったが、その数値は飽くまで単なる目安だ。りりは実質的には子供よりもずっと弱い……というのがあたしの見立てだ」
「そんなに……」
「だが、りりは魔人だ。念力がある。グライダーだってある。グライダーで遠距離から体当りするだけで、見えない壁で防御するだけで十分に強い……ってなわけで、鍛えるのは体力と、魔法を使うための集中力になるな。シャチが稽古をつけてくれただろ? アレを思い出してやってみろ」
「……なるほど」
投げナイフを数本借り、それらとサバイバルナイフを念力で掴み、振る。
腕で振るよりはスピードは出ないが、手数が圧倒的に増える。更にここに不可視のナイフも紛れさせた上で相手との間に壁を作れば、歩いて近寄るだけで勝ててしまえるように思えた。
もちろん、シャチレベル相手では通用しないのは実戦済みだ。だがそれを踏まえても……。
「……もしかして私って強い?」
「そう言ってるだろ。少なくともあたしは戦いたくないと思うぜ?」
「ちょっと自信ついたかも……早速行こ!」
「さっき空から見た時、向こうの方に雉が見えた。そいつを狩れるかどうかやってみようか」
善は急げと、2人は意気揚々と向かう。
その結果は……。




