83話 不穏の片鱗
アーシユルにより隙きを見せたソードは、他のハンターにより容易く捕縛される。
戦闘経験はあるようだが、実力は中級上がり程度のものだった。
ジンギを起動する前に構えるなど対人戦では愚の骨頂なのだが、それをしていたことがその裏付けとなる。
だが、持っていたジンギは爆風ジンギという、風だけで辺りを壊滅させられる程の強烈なものだった。
このアンバランスさに気づいた者は、その不気味さに何かを感じてしまう……。
なお、捕縛したパーティには、これ以上の価値はないと金貨1枚がピッタリと支払われた。
「何だったのあの人?」
「さあな? これから調べるんだから、今は判らんさ。とりあえず捕まったのは偽造のハンターカードを持っていたからだぜ」
あくびをしながらそんな事を言うアーシユル。
「あれ偽造だったの?」
「ああ。あいつ、上級ハンターってなってたんだが。上級昇格試験の相手が[竜の爪]って書いてあったんだよ」
「それ何かおかしいの?」
りりには、何がおかしいのかが判らない。
「[竜の爪]って、最近ゼーヴィルで上級になったんだぜ? あのおっさんがゼーヴィルに来たのって、話聞く限りは昨日か今日だろ? どうやって上級になれるんだよ」
「あ、そうか。なるほど……って事は[竜の爪]の仲間?」
「多分な」
剣王ソード。昨日りりを害そうとしてきた[竜の爪]の仲間と捉えるのが自然。
きな臭くなる。
「なあギルマス。あたしらは被害者だ。連続で狙われてる。あたしらはもう今日経つ予定なんだが、何か解ったことがあったら、王都アルカの方のハンターギルドに手紙でも寄越してくれないか?」
「ええ。しかし場合によります。騎士団に情報を止められてしまってはそれまでなので、そこは了承願いたい。それと[竜の爪]ですが、約束は反故する事になりますが、奴らが話せるようになった後、一度ギルドで取り調べる事にします。騎士団に突き出すのは後回しにしますが、宜しいな?」
「構わん。むしろその方が有難い。そうなれば長居は無用だな。行くぞ、りり」
「う、うん。チャップリンさんありがとうございました」
奴隷の首輪で捕縛された胡散臭い男を置いて、りり達はハンターギルドを後にする。
「……チャップリンさん? 私のことか?」
勝手に付けた呼び名を言って去ったりりに、変に混乱するギルマスであった。
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りり達が去った後のギルドでは……。
「あれ本当に上級ハンターになった子だよな? 全然動けてなかったぞ」
「ギルマス。判断誤ったんじゃないですか?」
「誤りましたな」
ギルマスは髭をいじりながら目を細める。
「あーあ、認めちゃったよ」
「まあ、4対1とはいえ、殆どボコボコにやられてたからなぁ」
「勝ち負けが基準になるのは、そもそもある程度の実戦経験や実力があるの前提だからかね。ギルマスを責めてやるな。ルールの方が追いついていなかったんだ」
口を挟んできたのは、りり達の泊まっている宿の食堂御用達の5人グループ。魔人さんファンクラブの面々だ。
例の2人は今回は飯にありつけている。
「フォロー感謝し……」
「と、言いたいところだが、そもそもいきなり上級ハンター試験に持って行ったのが悪い。せめて中級だったね」
「……面目ない」
フォローと思いきや、しっかりとした正当評価を叩き込まれ、ギルマスは天井を仰ぎ見た。
流石に可哀想と思ったのか、女性からは今度こそフォローが入る。
「大丈夫だ。パートナーが鉄塊のアーシユルだ。昔ボクスワの闘技大会でチラと見たけど、あんな見た目してそこそこ強いからね。勝てない試合はしない。勝てる試合には確実に勝ちをもぎ取っていく。そういう奴は大会では不愉快だが、実戦でなら頼もしいんだよ」
「……確かに。ソロの中級と言う割に、身体欠損も何もなかったですからな」
そういう意味では、アーシユルは強いのだ。
これも単にクリアメにより生存戦略を叩き込まれているからなのだが、周りはそれを知らない。
「しかも、動きはアレだが、魔人の魔法が絡んでくる。はっきり言って何をしているのか全く解らない。戦闘経験はなさそうだけど、そんなのは関係ないね。魔人がノホホンと後衛に居てみろ。魔法で牽制されるだけで一瞬でパーティが瓦解するね」
「こえー」
飯抜きによくあっている男性が震え上がる。
「こえー。じゃないよ。あんたもハンターなんだから、対策とかも考えな。じゃなきゃ……」
「飯抜きですね解ります。って言っても、目に見えないものに対策できるかよー」
飯抜きの男は、頭をボリボリと掻く。
「失礼ですが、貴女は?」
「私はりりちゃんを気に入っただけさ。ちょいと追っかけでもしようかな……とね」
「ええ!? 本当ですか! いつから!?」
リーダーの女性の言葉に、飯抜きの男が驚く。
「何でお前気づいてなかったんだよ」
「あんなに判りやすくご機嫌だったのに」
「だから飯抜きなんだよお前」
残りの3人からボコボコに言われるが、1人だけ棚上げして喋っている者がいる。
「いや、お前も飯抜き仲間だろ!」
「ところであの子達、絶つって言ってたけど?」
「さあ? どこに行くのかは情報屋なら知ってるんじゃないですかねえ?」
ギルマスははぐらかす。
一応の守秘義務もあるが、ハンターたるもの情報は自分の手で手に入れるものだ。安易に教えるものではない。
そもそもギルドで仕事をしている情報屋の仕事を奪ってはならないというのもある。
「そういう感じなのかい?」
「ハンターならそうですね」
「情報屋はアイツですよ姉さん」
「飯抜き坊やの癖に役に立つじゃないか。今日はご褒美かな?」
「ホーウ! やったぜ!」
とても素直に飛び上がり、拳を振り上げ喜びを表現する飯抜き男。
「くそ。俺だって知ってるのに」
「ハハハ。こういうのは早い者勝ちって言うんだよ。覚えておきな」
「へーい」
ワイワイしながら情報屋に向かう5人。
それを見送る職員とギルマスだが……。
「あの、ギルマス。教えなくてもいいんですか?」
「私は何も。その方が面白そうでしょう?」
「ギルマス性格悪いっすね」
ハハハと笑い、ギルマスは職員達と共に、捕縛されたソードを引き連れ、部屋の奥に去って行く。
「あんたやっぱり飯抜きだわ」
「はい。本当すみません」
飯抜き男は平謝りする。
「お前やっぱりそうだよな」
「あんたもハンターだろ。言わなかったあんたも飯抜きだ」
「そんな!?」
飯抜き男は毎回この2人。いつもヘマをするか機嫌を損ねるかで飯抜きに合う。
「当たり前だよな」
「何でお前らハンター務まってるんだよ。不思議だわ」
何があったのか? 簡単だ。
情報屋に、魔人の次の行き先を5人で聞いたので、5人分の料金を取られた。ただそれだけだ。
「本っ当! あんたらは!」
「反省しろよ」
「そうだぞ」
そう言う飯抜き以外のメンバーは本気で怒っているわけではない。
飯抜き勢は、何だかんだコミカルでお茶目なムードメイカーなのだ。
ただし晩飯は抜きになるのだった。




