82話 刺客
シャチが去った後、りりに人影が近づく。
「君がツキミヤマだね」
「あ、はい。どちら様でしょうか?」
2本角を付けた、金髪でオールバックの筋肉質の中年男性。
軽鎧を着ており、一目でハンターと判る。
「私は[剣王ソード]と言う。覚えなくて良い。君はここで私に切られるのだからな」
「はい……はい?!」
剣王ソードと名乗る人物がスラリと剣を抜く。
突然の出来事に訳も分からず相手の顔を見る。その表情は本気だった。
とにかく防御をと思い、ソードとの間に壁を張り固定する。
「待ってください! 何故ですか!?」
「問答無用!」
斬りかかるソードに、身体の痛みからぎこちない動きで構える。
しかし、ソードは壁にぶつかり、バランスを崩して転倒してしまった。
両者唖然とする。
「な、何だ!? 何が起きた?!」
ソードはすぐさま体を起こして体勢を立て直した。
しかし、鎧のせいか、アーシユルよりは鈍く見える。
というより、アーシユルの方が素早すぎるので比べるのは酷ではあった。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。少し何か不可解な事が起きただけだ」
少々コミカルに頭を押さえ、ソードは首をかしげる。
とてもではないが、たった今斬りかかろうとしてきた人物には見えなかった。
「……もしかして、私が魔人だって知らない人なんですか?」
「知っているとも。ボクスワで善良な騎士団を害した指名手配犯だ」
「え!? 神様にそれ許されたはずなんですけど!?」
「何?」
「んん?」
齟齬が起き、少し沈黙が流れる。
「今の話は本当なのか?」
「……はい。それに対する罰はもう受けました……罰を乗り越えたら許してもらえるとの話だったので、私はもう許されているはずですけど……何でしたっけ……ウビーさん……様? が約束破ったなら知りませんけど」
「ウビー?」
「ボクスワの神様の名前です」
再び沈黙が流れる。
「……確認を取ろう。やましい事がないならハンターギルドまで来れるな?」
「勿論。私ハンターですから」
「何だと?」
今度は疑いの眼差し。
無理もない。
鞄とポーチしか持っていない上にワンピースの者が「自分はハンターだ」と言っているのだ。
説得力など皆無に等しい。
りりは義理などないが、放っておくと面倒くさそうだと、ハンターギルドまで移動することにした。
どうせアーシユルと合流するので、もののついでだ。
しかし、また斬りかかられても怖いので、大丈夫なように空を歩いてハンターギルドまで移動した。
空を歩いたことによって、自称剣王が騒いでいたが、だからと言って攻撃してくる様子はなかった。
「アーシユルただいまー。どうだった?」
「りりおかえり。そしておめでとう。今日から上級ハンターだ……と言っても、慣れるまでは初級と中級のクエストしか受けさせないがな……ところで後ろのおっさんはなんだ?」
「さあ? いきなり襲いかかってきた人」
「あん? なんだと? ウチのりりに何してくれたんだてめぇ!?」
アーシユルは途端にガラが悪くなった。普段からやや粗暴だが、今回は特に酷い。まるでチンピラのそれだ。
なんとか宥め、会話を進める。
纏めると、ソードはゼーヴィルに来たばかり。持っていた情報は、りりが魔人だということと、ボクスワで手配されていたということだけである。
情報のすれ違いが起きたようで、その経緯はアーシユルとギルド職員の面々も証言した結果、無事、事無きを得た。
「済まなかった。許して欲しい」
ソードはプライドが高いようで、なお不服そうな表情をしているも、形としてはきちんとした謝罪をする。
こういうヒトは多く、いちいち「心から謝罪しろ」などと言うのは不毛というのがこちら流。
「こればっかりは仕方ねぇ。りりも許してやって欲しい。あたしからも頼むよ」
情報の行き違い。
通信手段が限られるゆえに稀に起きることであり、例えば依頼のブッキング等が起きてもキャンセルが効かないことがある。
今回のコレがそうだ。
「納得出来ません。私たった今それで殺されそうになったんですよ!」
「私もこういうことは初めてなのだ……どうだろう? 私のジンギを1つやろう。爆風のジンギだ。それで許してはくれないか?」
ソードの誠意に、アーシユルは拒否で応える。
「受け取れねえな。幸い、りりは無事なんだ。それはハンターの信条に反する。と言うか、おっさん何だ? ハンターじゃねえだろ」
「いや、間違いなくハンターであるぞ」
「……ん」
アーシユルが手を前に出し、何かを渡せとジェスチャーをする。
ソードがジンギを渡そうとするが。
「違う。ハンターカードを見せろって言ってんだ。あ、りりのハンターカードはこれな」
アーシユルから手渡されたのは、クレジットカードより少し大きめのカード。
全ての文字が読めないので、りりにとっては只の嵩張る邪魔目な物だ。
見てても仕方ないのでポーチにしまう。
ソードは渋々とカードを差し出す。りりの物とは色の違うカードだ。
アーシユルが受け取り、少し見るや否や。
「おい! 受付のにいさん! ちょっと来てくれ!」
「ハイ。なんでしょうか?」
小走りで受付がやってきて、アーシユルから耳打ちを受けて、大きくうなずき、1階の奥へ小走りで行く。ギルドマスターの部屋の方だ。
「どうしたのだね?」
「おっさん。その前に、あたしの名前分かるか? 二つ名の方だ。結構有名だと思うんだがな?」
「さあな。興味がないのでな」
少し目が泳いでいる。
「ふうん? 質問を変えよう。昇格試験の時は誰と戦った? 相手の名前くらいは覚えているだろう?」
「ずいぶん前のことなのでな。覚えておらんよ」
「そうか。悪かったな」
不思議な質問が終わる。
アーシユルは、椅子から立ち上がり、ソードの横に立った。
「来たようだな。ギルマス。こいつだ」
「こいつか。舐めた真似をしてくれましたね」
「な、何のことだね」
ソードは戸惑う。りりだってそうだ。事態が飲み込めない。
「たった今より、緊急クエストの受付を行う! この男の捕縛! 撮り逃した場合は無しだが、強さに応じて金貨1枚からだ」
素人のりりにも分かる。ギルド内がいきなり殺気立った。
人の良さそうだった者も、仲の良さそうなパーティの者も、受付も厨房もクエストを見ていたハンター達も。全員がソードと名乗る男を獲物として捉えたのだ。
りりは、その気配だけで背筋が凍る。
殺気。
感じられるのならばコレがそうなのだと確信する。
普段は温厚だが、ここに居るのは皆ハンターなのだ。狩りの対象が居るならば全力でもってこれを狩る。
「あたしが先方を行かせてもら……と、思ったが、やめておくぜ。お姫様が怖がってるからな」
りりは無意識のうちにアーシユルの腕を握っていたようで、アーシユルは、りりのために棄権し、りりと共にソードから離れた。
アーシユルが金を諦めるとは珍しいが、それは今とても有り難く思える。
少し不安が減退する。
「バレてはしょうがないですな」
「りりすまん。ちょっとだけ離せ」
ジンギを起動しようとするソードに、りりの腕を引き剥がしてアーシユルがナイフホルダーより投擲用ナイフを取り出し、滑らせるように投げた。反動で真っ赤な髪が美しく靡く。
投げたナイフは、数分違わず男の指に命中し、持っていたジンギを落下させることに成功する。
「カッコいい……」
「だろ? 惚れ直したか?」
頭をコクコクと縦に振る。
振った後に、今自分のした行動に気づいて、ボッと湯気が出るかのように顔が熱くなった。




