8話 魔法という概念の差
扉を出て見下ろすと、1階の出入り口付近のテーブルで、料理がトレイと皿ごと盛大にぶちまけられていた。
それで服を汚された男性はプリプリと怒っている。
「頼んでいない料理で洗濯物増やされたら、いくらクリアメ様相手でも怒るぞ!?」
「いやあすまないね。疲れてたんだろうね。注文ミスした上に転けるとは思わなかったね」
「転けると言うか投げてなかったか?」
「転けたと言っているだろう? それより怪我はなかったかい? 服と装備品はこっちで綺麗にしておいてあげるよ」
「ほう? 綺麗にしついでにどうだい?」
男は、やや助兵衛な顔をしてクリアメににじり寄った。
行動自体はあまりモテなさそうなものだが、フロアの全員が生唾を飲み込み注目する。
誰もがりり達の方を見ていない。
「注目の的ですね。クリアメさんってモテるんですか?」
「そりゃあ女性っていうこともあるけど、あの明るさや才能も相まってというのもあるだろうな。男女問わず憧れの対象だ」
アーシユルはまるで自分の事のように喜んで話す。
「へぇー。まあ確かに格好いいかもね」
「ああ。仮に同世代で "男になっていたとしたら" 迷わず求婚するだろうな」
妙な言い回しに少しばかり違和感を覚える。
「魔性の女ってやつですね」
「魔法は使えないぞ?」
「そういう意味じゃなくてね?」
「?」
言語こそ通じれど歴史が違うのだ。それと共に育ってきた言い回しという言語文化はこちらでは通じない。
それを心に留め、視線が集まっていない今がチャンスと動いてゆく。
男からお誘いを受けたクリアメは軽く男をあしらっていた。
「ハハハ。それとこれとは別問題だね。申し訳ないとは思うけれど、私くらい強くなってから出直しな」
「私より……ですらないのかクソッ!」
「ハハハ」
男のアプローチが失敗に終わったことで、酒場からは笑いがあふれる。
そんなやりとりを横に、りり達は裏口を抜けていった。
外にはリュック。
それと、ナイフを始めとした、先程の男達が付けていたような装備品等が置いてあった。
アーシユルはそれらを拾い上げて装備していく。
革製の軽鎧にして重武装。
年齢にそぐわない格好のはずだが、その出で立ちはしっかりと馴染んでいた。
アーシユルは最後に「動くなよ」と言い、りりの首にガチャリと金属製の首輪を取り付け、先がアンク状になっている杖を持って歩き出した。
「は!?」
突然の事態に、りりは自身の首元とアーシユルの方を何度も往復させて見る。
「さあ付いてきな。歩きながら説明してやる」
「ちょ、ちょっと待って! コレ! コレ何ですか!?」
「首輪だ。騒ぐな。普通にしてろ」
ただ抜け出して行くのだと思っていた予想は裏切られる。りりは突然の首輪に混乱するばかりだった。
歩いてゆくと、アーシユルは約束通り説明をしだす。
「お前は目立つからな。奴隷っぽくなってもらった。実際の奴隷の首輪じゃないからよく見られたらバレるから気をつけろよ」
「えぇ……」
「今からツキミヤマは、あたしの奴隷兼研究対象ってことにするからな。あたしは亜人研究者だ。お前は亜人だ。いいな」
「あ、はい」
ぶっきらぼうに話すアーシユルにタジタジになってしまう。これではどちらが年上なのか判らない。
「ところで、これはどこへ向かってるんですか?」
「服を買いにな。今着ているのと鞄のとのだけでは困るだろう?」
「それは嬉しいですけど、私お金ないですよ?」
服をバサバサとして、お金は持ってませんよアピールをする。
財布は鞄ごと会社に忘れてきているので実際に無一文なのだ。何ならりりはこちらに来てから通貨自体をまだ目にしていないくらいだ。
「それはツキミヤマを研究した成果を金にするさ。どちらにせよいずれは稼いでもらうがな」
「まあ確かに異世界人とか格好の研究対象でしょうけども……」
「異世界……人?」
なんだそれ? と、前を歩いていたアーシユルはしかめっ面で振り向いた。
「私、この国…というかこの大陸とか世界の人間じゃなさそうなんですよね」
途端、アーシユルは困った顔をして片手で頭を抱える。
厄介事が思いの外大きかったのだ。誰でもそうなる。
「……聞いてないぞ」
「今言いましたからねぇ……」
「いや、クリアメからだ」
「あー。そこまでは……」
説明をする時間が無かったのか面倒臭がったのか……。
何にせよ、クリアメはアーシユルに重要情報を伝えていなかった。
どの程度が伝わっているのか判らないりりは何も言えなくなる。
「着いたぞ。そういう話は後で聞こう」
着いたのは、路地裏にある誰も来なさそうな小さな古着屋。
個人商店なのか店内はごちゃごちゃしている。
カウンターには初老の男性が座って転寝しており、暖かな気候だからとはいえ、不用心極まりないように思えた。
アーシユルは「クリアメめ……」と、悪態をつきながら、ささっとフード付きのローブを手に取る。
そのまま、流れるようにカウンターの箱へキラリと輝く金貨を1枚突っ込んで戻ってきた。
ローブはりりへと手渡される。
30秒とかかっていない早業に呆気にとられ、りりは服を渡されたのに気づくのに少しかかった。
「ありがとうございます……あの、金貨って……この服そんなに価値有るんですか?」
金がレアメタルであることくらいは知っている。
金貨は小ぶりではあったが、メッキでないのならば1万円くらいの価値にはなってそうな代物に思えた。
「こういう事をしていると毎回言われるから言っておくが、あれは口止め料込みの値段だ。店主がわざわざ寝たフリをしてるのも古着を扱ってるのも亜人用にだ。この国ではこういうのは合法でありながら非合法に近い。説明したんだから他で言うなよ」
「……亜人の扱いってそんなに酷いんですか?」
「まあな。そんな目にあいたくないなら、ちゃんとフードを被っていろ」
その口振りから、過去に誰かが喋ってしまいエライ目に遭ったのだと想像した。
だが、その内容自体はあまり想像は出来ない。
具体的な事を聞きたくもなかったので、深くは追求しないまま次へと向かう事にした。
「次は馬車を手配して西へ行くだけだ」
「水とか食料とかはどうするんですか?」
「……なるほど本当に知らないのか。確かに、この大陸の住人じゃないと言うのも納得だな」
りりとアーシユルでは文化どころか生まれた世界が違うのだ。
アーシユルにとってこの質問自体が奇妙なものになる。
「すみません。教えてもらえると嬉しいです」
「これだ」
アーシユルは持っている長いアンク状の杖を見せる。
木製で、鈍器として使えない程度の作り。
横に広がった板の部分には、指2本分程の金属板が2対4枚貼り付けられていた。
金属板にはそれぞれに蝶番が付いている。
それらは形は違えど、神子の部屋で見た金属と同じものに思えた。
「ここに付いている金属板は[ヒトジンギ]と言うんだ。大体ジンギって言われてる」
アーシユルがジンギの留め金を外すと、心粋な金属音と共に板が開く。
中には、小さな1本の棘があり、その周囲に文字が彫られていた。
「ジンギを使う時、この棘に指を刺して、術式溝に血を注げばジンギが起動する。そこから数秒後には火や水が出るんだ。ちなみにこれは水ジンギ。攻撃補助兼飲料用だ」
「え、火とか水って……ちょっとそれ! そっちの方がずっと魔法じゃないですか! 納得いきません! 念力の方が可愛いじゃないですか!」
エスパーの代名詞が念力やテレポート等というのなら、魔法の代名詞はファイヤーにサンダーにウォーター等。
そんな事が出来る道具を使っておいて、念力を使う存在を魔人扱いするという事に納得できなかった。
そう物申すのだが、りりの非常識はこちらの常識。さらりと否定の言葉が返される。
「念力が何かは知らんが、これはジンギだと言っているだろう。それに、魔法と違ってジンギは道具だ。"ヒト" は皆使える」
「え、じゃあ私も魔法使いになれるとか!?」
"人" が使えると言うなら、自分にだって使えるはずだ。
りりはそう大きな勘違いをしつつテンションを上げるのだった。




