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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
79/208

79話 勝利者の夜

 



 凄惨な場に打ちひしがれるりりの元へアーシユルが駆け寄る。


「りり! 大丈夫だったか!?」

「……うん……でも……でも……」


 涙が溢れる。

 それは事故に近いものだったが、自分が原因で4人も病院送りにする惨劇を引き起こしてしまったのだ。罪の意識がりりを(さいな)む。


「泣くな。そもそもだ……ッチ! おい! ギルマス! 何故止めなかった!」


 アーシユルは怒りの形相を浮かべ叫ぶ。

 アーシユルが[竜の爪]が本気と感じ取り、いち早く水流ジンギを観客から奪い、試合を強制中断させなければ[竜の爪]は今頃死んでいただろう。

 いや、今でも命の危機に瀕しているのだ。死ぬ可能性がある。


「済まない……謝罪しても謝罪しきれない……一応、止めるようには叫んでいたのだが、炎で聞こえていなかったのか、無視していたのか、やめる気配がなかった」


 これに関しても仕方がない。

 当のりりでさえ、観客から発せられる声援で聞こえなかったのだ。


「……っ! 攻撃してでも止めるべきだった! 偶然洗濯屋が居て水流ジンギを持ってたから良かったようなものだぞ!」

「……その通りだ。本当に申し訳ない」

「この件は後でゆっくり話をするとしよう。今は……」

「いまは、おれとのじかんをつくってもらおう」


 アーシユルの言葉を遮るように、突然シャチがのしのしと、りりに近づき、泣いているりりの胸ぐら掴む。

 りりも突然の出来事に目を丸くして驚く。同時に、悲観に浸っていた状況から脱した。


「おい、シャチ、何を……」

「りり。おれとしょうぶしろ。てかげんはせんぞ」

「え……なにを……」


 りりが言い終わる前に、シャチはりりを軽々と振り回し放り投げた。片手でだ。

 りりは、咄嗟に念力で着地点にクッションを設置して受け身を取る。


「何するんですか!」

「しょうぶだ!」


 シャチが走ってくる。

 蛸人を追いかけたあの時のあの速力でだ。


 顔は本気。

 本気でりりに攻撃を仕掛けるつもりだ。


 わけもわからぬまま、迫るシャチとの間に壁を展開し固定する。

 固定した次の瞬間、シャチの拳が固定バリアにぶつかり、鈍い音を立てた。


「いいぞ。さあ、たたかえ!」


 ギュイイイイ

 と、シャチの咆哮が上がる。

 喧しいと思うや否や、凄まじい速力で回り込まれてしまった。


「早い!? 防御をおお!」


 バリアを発生させる。だが空間に固定している暇がない。

 シャチの拳が、急造のバリアに当たる。

 続けて左、右と、拳がどんどん繰り出されてゆく。

 不完全な小さな壁を作っては、拳に掻き消され、掻き消されは作ってというループに入った。

 と思いかけたその時、シャチの顔がニヤリと歪む。


 ターンだ。

 ただ勢いよく、その場でターンをしただけだが、それをやっているのは人魚なのだ。


「ぐっ……はっ!?」


 不完全な念力の壁など易々と突破して、シャチの巨大な尾がりりを襲い吹き飛ばした。

 受ける衝撃は重く、骨こそ折れていないが、状況を把握できないりりは、混乱から戻ってこれない。


「なんで……なんでこんなことを……」


 シャチの頭部めがけて鉄塊が飛んでくる。

 シャチは、それを片手で受け止めると、追撃の電撃を読んでいたのか、大きなバックステップで雷撃を躱してしまった。


「どういうつもりだ。シャチぃ!」


 アーシユルが杖を突きつけて、シャチを睨む。


「おれは、いま、ゆうじんとして、りりをたたいたが……りりは、ここまでのようだな」

「お前が戦いたかっただけだろ?! 嘘つくんじゃねえ!」


 アーシユルは怒りに任せて吠える。

 だが、一応話をする姿勢をとっていた。


「あたりだ。そして、はずれだ。りりはそのままじゃ、ハンターになっても、すぐにしぬぞ。こいびとなのだろう? おまえが、とめるべきだった」


 冷水を浴びせられ、アーシユルは苦い顔をしながら構えを解く。否定できないのだ。


「りり。おまえは、このままだと、しぬことになる。やるきがでたなら、おれのところにこい。あいてをしてやろう」


 そう言い残し、シャチは去って行った。




 夕方。

 りりは、宿で布団にくるまっていた。

 昼は食べていない。とてもそんな気分にはなれなかったからだ。

 だが、腹は減っていた。

 そんなおり、アーシユルが部屋に帰ってくる。


「りり、起きてるか?」

「……うん」

「元気ないな。無理もないか……取り敢えず話ししてきたぜ。あとこれ、パンだ。食っとけ」

「……ありがとう」


 気分は進まないが食欲には勝てない。

 もそもそとベッドに座り、パンをチマチマと齧ってゆく。


「[竜の爪]な、あいつらボクスワ出身のハンターたちだったみたいだ。全員命は助かってる……曰く、魔人を放置しているなんて正気の沙汰じゃない……という言い分だ」

「……」


 ボクスワは差別主義……というよりは、ヒト至上主義だ。

 そんな教育を受けてきた人々が、人知を超えた力を持つ魔人を放っておく理由がない。

 今回りりが殺意を向けられたのもこの為だ。


「ただ、ギルドマスターは要件全部飲んでくれたぜ」

「……要件?」

「1つは、まあ当たり前だが[竜の爪]のハンターライセンスの剥奪と、犯罪者としての投獄。1つは、りりのハンターライセンス上級の資格。1つは、貸しだな」

「要らない」


 ライセンスはアーシユルの言う通り要る物だ。それは頭で理解していた。

 しかし、りりは今、ハンターになろうと言う気持ちが消沈している。頭ごなしの拒絶をしてしまう。


「要る。有ると無いとじゃ全然違う。この世界で生きていくなら有る方が絶対に良い」

「要らない」

「じゃあずっと働かないつもりか?」

「私アーシユルみたいに、人を傷つけても平気な人間じゃないの」


 心にも無い言葉が出た。こんなことを言いたかったわけではないのだ。

 言った瞬間、自己嫌悪で涙がこぼれ落ちる。


「お前、あたしをなんだと思ってるんだ。ヒトがヒトを傷つけて楽しいわけないだろ」


 アーシユルの声色に怒気が含まれる。

 素直に怒られた。だが、この場合は逆に助かった。


「……ごめん」

「許さん。罰として、お前はハンターになってあたしとパーティを組むんだ」

「でも……」

「でもじゃない。お前が頑張らないなら、あたしはいつか死ぬぞ。又はその逆もあるかもしれん」

「嫌!」


 反射的に少し強く声が出る。

 アーシユルはそれを予期していたかのようにニマと笑って、りりの頭を撫でる。


「そうだろう。あ、因みにあたしはハンターを辞めるっていう選択肢はないぜ。他にもっと稼げる仕事があるなら話は違うがな」

「……アーシユルは何でそんなに稼ごうとしてるの?」

「まぁ……理由はあるが、家が欲しいのさ。目標は金貨100枚だ」


 笑いながら言うアーシユルに少し影が差したような気がした。

 しかし聞く勇気は出なかったので、話を続ける。


「マイホームってやつだね。でもなんで?」

「……ちょっとな。話さなくてもいいことだ……話すにしても、その時だ」


 思い違いではなかったのだと確信する。

 訳ありのようなので無理に聞き出すということはしない。


「まあそんな訳だから、りりに手伝って貰えると嬉しいとかそういう気持ちもある。でも、もっと大きな理由はやっぱり、りりに死んでほしくないからだ」

「……」

「返事は出来ないか……仕方ないな。あの炎がわざとじゃないっていうのはわかったさ。幸い死人は出ていない。奴らもあんな目にあって当然の奴らだった……」

「……」

「でもそんな事じゃ納得出来ないんだろ? ほら泣け。ここでならいくらでも泣いていい」


 アーシユルは、撫でるのを止め、ベッドに腰掛け、りりを抱きしめる。


「……怖かった……」


 散々泣いたにも関わらず、まだまだ涙がこぼれ落ちてゆく。


「そうだな。りり自身は悪くなくても、お前には敵が多い」

「なんで……」

「魔人だという偏見だろうな。ボクスワに蔓延する亜人の撤廃主義者どもだ」

「こんなに怖いのやだよ……」

「なら強くなれ。りりが元の世界に戻らない限り、こういう敵は少なからず現れるだろう。解決法は、強くなってボクスワを乗っ取るか、ウビー "様" を倒して、元の世界への戻り方を聞き出すとかするしかない」


 様を強調して言うアーシユルに、少し笑いがこぼれた。


「そうだね……明日……か、明後日。気持ちの整理がついたらシャチさんのところに訪ねてみるよ。あの人はあの人で、私の心配してくれたみたいだし」

「すまんな。あたしが不甲斐ないばかりに」


 アーシユルは、犬であれば耳と尾が垂れているだろうと思うほどしょげる。


「ううん。あの時アーシユルが止めてくれなかったらあの人達死んでたと思うし……ありがとうアーシユル。私の落ち込みがコレくらいなのもアーシユルのおかげだよ」


 りりの顔から笑顔が溢れる。


「あ、もう泣いてなかったな!? 抱きしめたのが恥ずかしいじゃないか」

「ううん。嬉しかったな。あ、そうだアーシユル。落ち着いたところで思い出したんだけど、少しいい?」


 抱きついていたが、少し離れる。


「何だ?」

「[月を呪う者]って言うの、あれ言ったのアーシユルかな?」

「格好良かっただろう?」

「恥ずかしいに決まってるでしょう!」

「えー?」


 少し元気になったりりの咆哮が轟く。

 その声は宿屋の食堂にまで響いた。




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