76話 朝チュン
「んん……」
りりは眉間にシワを寄せ、軽い頭痛で目を覚ます。理由は言うまでもなく酒だ。
「水ぅ……んで、トイレぇ……うぅ寒……」
布団をめくり目を開けると、肌寒さを覚える。
隣には下半身裸のアーシユル。
見間違いかと思い、思考を停止して窓の外を見る。丁度夜明けのようで、小鳥が鳴き始めた頃合いだ。
「……裸!?」
停止した思考が動けば、隣のあられもない姿を直視することになる。そして、自身の状況も……。
そう、りりも裸なのだ。ブラだけ付けている意外は何一つ纏っていない。
「え………………なんで? ……え?」
いくらか考えてみても記憶にない。
キスはした。記憶の消えるタイプではないようで、事細かにしっかりと覚えている。
だが、同じベッドに覚えのない裸という現実がそこにはあった。
「完っ……全に事後!」
服を探せばベッドの横にくちゃくちゃで置かれており、余計に事後の物的証拠が集まる。
そうしてしばらく慌てていたりりだったが、股の痒みがからの連想ゲームで真実に気づく。
「あ、成る程。キスして漏らしたのか……そんでシャチさんが服脱がせてベッドに……なんだー……………………あー……死にたい……」
アーシユルはまだ目が覚めないが、その左手は、りりの右手を掴んでいた。りりはそれに今更に気づいた。
照れくさくもあるが、それを見ていると、視界の端にアーシユルの下半身にあるアレが映る。
りりもお年頃だ。興味がない訳ではない。
アーシユルが寝てる隙に観察してしまえと、頭をのぼせさせながら直視する。
「……あ、本当に子供なんだ。へぇー」
ソレの見た目は、親に連れられて女湯にくる男の子のそれだった。
決してアダルティーな形状ではない。
大人になるまでは勃起もしないと言っていたが、大人になったら大きくなるのか? それとも皆このサイズなのか?
謎に思うも、こういうのは聞くべきではないだろうと思い、今度は寝ているアーシユルの顔をじっくり見ようと思い視線を動かすと、寝ているはずのアーシユルとバッチリ目が合った。
僅かな時間、沈黙が流れて……2人の顔がゆっくり赤くなっていく。表情も歪む。
先に切り出したのはアーシユルだった。
「……りり」
「……なに?」
「大体判った。まず、服着ないか?」
「あ、そ、そうだね!」
「あ、その前に洗わなきゃな。タオル貸せ。絞るから」
顔を赤くし、部屋に置いてあるタライに、ジンギで水を張り、タオルを浸けて、絞り、体を拭く。
これが最近のりりのお風呂事情だが、これを2人同時にするのは初めてだ。
恥ずかしい思いをしているが、かぶれるのも嫌なので無言でこなしてゆく。
「りり」
「……なに?」
「お前、酒飲まない方がいいぞ」
「ごめん」
責められている訳ではない。忠告してくれているのだ。
アーシユルが優しい分、りりはもう酒は飲まないようにと心に誓った。
実際、アーシユルが未成年だったから良かった様なもので、もしこれが成人していた場合、そのまま発展して日本で言うところの公序良俗に基づいた逮捕もあり得たのだ。
新しい服を着る。
着ていた服は洗って、窓枠の外側のフックに引っ掛けて干す。
ほぼ日課だ。どこの宿もこのスタイルだ。
「よしっと。さて、メモ帳良し。飯の前に、昨日の蛸人を狩った時のことを聞かせてくれ」
「トイレ行ってからね」
「あたしも行こう」
「いいって」
「良い悪いじゃない。あたしが大丈夫じゃないんだ。このあいだ、昼までちょっと別行動しただけで死にそうになってた奴の言葉なんて信用できるか? あたしは出来ない」
アーシユルは、りりの蛸人との初遭遇事件の時からこうだ。
といっても、りりの方も実際に1人になると心細くなるので、実は主張は変わらない。
トイレを終えるとアーシユルの魔人研究の素材として付き合う。
これも日のどこかしらでやる日課のようなものだ。
「ハハーン。つまり、念力で滑り台や武器や壁を作ったりできる様になったと?」
「うん。というより、知らなかっただけで元々そういう魔法みたい」
今しているこれは、蛸人を狩った時の出来事の報告というよりは、りりの念力の新しい運用考察だ。
「……強くないか?」
「強いと思う。見えない盾と剣が空飛んでるだけでも怖いと思うけど、グライダーの発射台とか、蛸を裂いた時みたいに、空中に固定出来る……っていうのが割とやばい気がする」
「なんで?」
「それってつまり、物理干渉受けるかどうか、私次第って事じゃない? あんな小さなナイフが蛸に当たって弾かれずに裂けたのだってそのせい」
昨日、蛸人を空中で裂いたアレだ。
射程内ならば固定された念力は[空間に固定されている]という事実を優先する。
その為、高速で蛸人がぶつかろうが、一切ブレることなく、強力且つ鋭利な障害物として効果を発揮したのだ。
「だとしたら、硬さとか要らないんじゃ?」
「固定してる時はそうだと思うけど、してない時は硬さ要るかな」
「ナイトポテンシャルに続いてコレも2つの効果があるのか。というか、魔法はどれも凄いな……なんだよ。最初、物を浮かせるだけの能力って言ってたじゃないか」
「言ってたねぇ。知らないって怖いね」
以前、りりは本当に念力はその程度の事しか出来ないと思っていたのだ。
責められても、知りませんでしたと答えるしか出来ない。
「お前、この魔法、使い方によっては最強だぞ?」
「うん。色々アイデアはある。それこそ一騎当千できるようなのとか」
「一騎当千……?」
「1対1000でも勝つほどの実力の事だよ。あーでもヒト相手だとジンギがあるからなぁ。電撃とかみたいに早すぎるのは対策無理かも」
「電気は水ジンギ撒けばいける」
「なるほど相打ちを狙うんだね?」
「そういう事だ」
エナジーコントロールやジンギで出来るあれやこれやを話しあってゆく。口に出すことで相互理解が深まっていくのだ。
アーシユルは今回の話し合いで、メモ帳の価値が一気に上がったと漏らすが、それはりりにも納得できるものだった。
「でも。この魔法危険すぎるな。エナジーコントロールは武装猪が持ってるのは情報として確定してるから、脳食い虫を規制させたら一年限定でりりのような魔人が作れてしまう……」
「それ言ったらシャチさんのナイトポテンシャルもだよ。ていうか全部だよ」
りりやシャチが使える以上、他の人が使えないとも限らない。
特に、エナジーコントロールとナイトポテンシャルに関しては、すでに魔物という形で複数件確認されているので、脳食い虫を利用すれば魔人が簡単に出来上がってしまう。
「そうだな……この情報売れなくなったか……いや、逆に売って禁書指定してもらう方が良いな。情報が無いと困る事が出てくるかもしれないし」
「その逆もあるかもね。お金に困ってるなら考えてもいいかもだけど、安易に売らない方向の方がいいかも」
「ボクスワに売るのは論外だ。過去にドラゴンに襲われたからとはいえ、安易に国宝級の武器を持ち出したりするからな。だが、ハルノワルドに売るかどうかもなぁ……国王の人柄や、国庫の管理体制とかの探りを入れてからだな」
「いいと思う」
そもそも、エナジーコントロールやナイトポテンシャルの情報は、情報として解っても対処のしようがないものだ。
エナジーコントロールに対しては1つ1つになら対処はできるだろうが、今回話し合っただけでも攻撃に使えそうなものが軽く10は出てきたのだ。搦め手も合わせれば更に手数が増えるのは想像に難くない。
ジンギを使えないりりでこれなのだ。
もしもヒトが魔人化すれば、攻撃バリエーションの中にジンギが追加されてしまう。
それは即ち、りりを上回る魔人の誕生に他ならない。
アーシユルがメモを書き終え閉じる。
「情報をどうするかはまた考えるとして、そろそろ飯にしよう。その後、定食屋の修理代払ってからドワーフの村に行こうぜ」
「そうだね。何食べようかな」
その発言に、アーシユルに緊張が走る。
「酒は止めろよ?」
「いや、飲まないよ。大丈夫だよ。それに、そんなに露骨に嫌がられたら、飲もうと思ってても飲もうなんて気持ちにならないし」
「あ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだが」
アーシユルは申し訳なさそうな顔をする。
「アーシユルは表情が豊かだから、すぐに何考えてるか判るよ」
「りりもかなり態度に出てると思うがな」
「ええ? そうかな?」
りりとしては自覚はないが、言われたということはそうなのだろうと、心に留めておくことにした。




