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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
75/208

75話 王城会議2

 



 時は遡り、りり達がシャチという人魚に遭遇した前後。


 ここは王都キューカにあるイロマナの執務室。

 応接室とは違い綺羅びやかな装飾はなく、観葉植物や程よい日当たりの落ち着いた部屋に仕上がっている。


 そこに居るのは、クリアメの姉たる大貴族。イロマナ = I = ソーボ。

 本日は、待ち人が半刻程遅刻してきているので少々苛立っている。


 そこへ、なんら慌てる様子無く、ジンギ研究であるエディが到着した。

 これをどやす上司は病欠。彼は叱る人が居なければこんなものだ。


「報告を聞こうか」


 イロマナは、言っても無駄とする代わりに、ややカリカリとした声を隠そうとしない。もっとも、これがエディに通じることはない。


「はい。報告班によりますと、人魚は魔人化したそうです」

「ふむ……つまり、魔法とは知識さえ知ってさえいれば使える……と、そういう事になるな……長きにかけて[月光を背負う者]を(たぶら)かした甲斐があったというものよ」


 待たされたイライラはどこへやら。イロマナは、いつもの不遜な態度で研究者としての側面を見せ始める。

 彼女のこの切り替えの速さは有名であり、幾度か会議に顔を出している者ならもはや見慣れたものだ。

 が、発言の内容が内容だけに、いくらエディでも聞き逃すことは出来ない。


「確かにアレは[月光を背負う者]の能力ではありますが……となると、もう例の狼は……」

「始末済みだ。(つい)ぞ討伐には至らなかったが、我々で培養している寄生虫を使えば何ということはない……時間はかかるが殺すというだけならば可能だったということだ」


 そう言って、イロマナはデスクの上に追いてあった物をヒョイと手に取り、部屋の端に置いてあった漆黒の箱に鋭く投げる。

 それは、迷うことなく付いている穴にはまり込んだ。


「お見事ですね。ところでそれは?」


 エディは達人的な投擲術にまるで興味を示さず淡々と話す。

 一方で、イロマナはそれも気にならないと言わんばかりの上機嫌だ。


「フフ。これは技術部に作らせたものだ。とりあえず黒箱と名付けてある。破壊困難な保管箱だと思えば良い」


 箱自体は非常に強固で、りりがこちらに迷い込んだ際に一緒に来た[巨大鉄塊]と呼ばれる貨物車。その運転席の鍵が解析され複製された結果、この世界に初めて鍵が生まれたのだ。

 つまり、これは金庫だ。


 その黒箱は、イロマナの手によって開かれる。

 中には、ガラスケースに入った白いカプセル状の小さな物体が2つ。そして、隣に2つの別のカプセル。

 これには、ジンギ開発馬鹿のエディも興味を示す。


「ほう。それが例の寄生虫の卵ですか……」

「ああ。それも、あの憎き "月光を背負う者" の……だ」




 月光を背負う者。

 ボクスワにて、月暈(つきがさ)を背負って暴れまわる狼の群れのリーダーである魔物の事だ。


 これによる被害は大きかった。

 手に負えないという報告がイロマナの元まで及ぶと、イロマナは切り札たる寄生虫を寄生させた兵士を送り込ませた。

 兵士は食い殺され、寄生虫は無事月光を背負う者に寄生し……やがてそれを取り殺したのだ。

 そして、その寄生虫の産み落とした卵がこれになる。




「寄生虫は食い殺した宿主の記憶を次へと伝えると聞き及んでおります……つまり、海水人魚にこれを?」

「ああ。排除すべきは他国の亜人ではあるが、逆に言うならば他国の者だからこそ遠慮なく実験できるというものでもあるからな」

「しかし、実験が成功してしまった今、魔人化した人魚など驚異にしかならないのでは?」

「まあ待て。追加でこの薬を食わせてやれば寄生虫の成長が早まるのだ」

 言いながら不敵な笑みを浮かべ、隣においてあったカプセルを投げ渡す。


「寄生虫と違い、こちらはいくらでも増やせる。飲ませる手段などいくらでもあるのだ。それさえかなってしまえば、これを増やし、我らがボクスワは魔人を従える国へと変貌を遂げる。おまけに、お前のやっている転移ゲートの実験が進めば、神出鬼没の魔人部隊が出来上がる事になる……そうなれば……」

「恐らくハルノワルドは容易く落ちるでしょう」


 エディは興味無さそうにそう零す。


「僕はジンギの研究が進めば良いだけなんで」

「ふむ……ならば、研究の方はどうなっているのだ?」

「成功しました」


 今度はエディがニンマリと顔を輝かせだした。


「エルフの里の外れの工房より、キューカの兵士訓練場にゲートが繋がりました。データをもう少し取ればですが、この大陸上であればどこでもジンギゲートを開くことが可能となるはずです! 元に今回、里にある家まで帰って嫁に菓子を焼いてきて貰ったのです! これが証拠になります!」


 テンション高く話すエディのポケットから焼き菓子が取り出される。

 イロマナは、まだ温かいそれを受け取り口にすると納得の声を上げた。


「確かにエルフの里の菓子のようだ。やるではないか。実験用の人員をくれてやろう。いくらが良い?」

「10で良いです。ゲート接続の際に生じたズレにより、前回の25中22が死にましたが、座標をある程度絞れましたので最終チェックまでにそのくらいかと」


 エディの研究していたゲートジンギ。空間の歪みから何も召喚しないというジンギだ。

 ジンギの術式に座標を刻めば、そこに繋がる空間の歪みを作り出し、理論上好きなところへと移動できるという、ジンギの新たなる術式だ。

 これは、りりをこの世界に呼び込んでしまったものであり、同時にりりが元の世界に戻るために必要になる物でもある。


「よかろう。お前の転移により、我らがボクスワはハルノワルドに遅れを取らぬものとなるだろう。よくやった」

「いえいえ。妻と娘に手軽に会えるようになったのです。後はおまけですよおまけ」

「フ……」

「ふふふ……」


 2人は笑った。

 1人は自らの信仰する神へ、敵国の神の治める地を差し出せるという歓びから。

 1人は純粋なジンギという、神から(もたら)された物を発展させる事ができた達成感と栄誉から。


 片や、金と研究場所と人員を手に入れ。

 片や、その頭脳と研究結果を手に入れる。

 2人の仲は、お互いがお互いを利用しているのを承知しているが故の良さと言えた。




 ふとエディが笑うのを止める。


「しかし、良いのですか? あの晩、突如巨大鉄塊と共に現れたあの少女、伝説上にしか居ない魔人だったと聞きましたが……」


 その要領を得ない問いに、イロマナも笑うのを止めた。


「それは報告にあった黒髪のことだな?」

「ええ」

「結果論になるが、そのための寄生虫を用いた魔人生産計画だったと思っている。何処とも知れぬ土地よりやってきた未知の魔人だが、やった事と言えば、死に体で騎士の目と喉を潰しただけだ。[月光を背負う者]のように討伐不可能というものではなさそうなのでな。同じく魔人をぶつければ容易かろうが……そうだなひとまず様子を見てみるとしよう」


 言いながら、イロマナは黒箱に寄生虫の卵を片付けて鍵をかけ、指でそれを弾いてポケットで受け止める。

 非常に鮮やかな動作だ。

 そして、デスクの椅子に腰掛けて言い放つ。


「お前はもうかえって良い。黒髪の小娘へは部下から人を送らせる。報告はお前が受け取れ」

「またですか。僕は研究だけしていたいのですが……」

「ほう?」


 イロマナが睨めば、いくらエディでも観念する。他ならぬ大貴族に逆らえば碌な事にならないからだ。

 とは言え、そもそも他の者なら異を唱えようという気すら見せないので、そういう意味ではエディは大物とも言える。




 かくして、りり達の元へと刺客が送られることとなった。




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