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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
74/208

74話 宴

 



 帰ってきたりりの身体をチェックしアーシユルが口を開く。


「怪我は!?」

「無いよ。無傷の大勝利!」


 りりの持ち帰った蛸人の死骸は、擬態の頭部から、本体の口まで引き裂かれており、言葉に違わず真っ二つ。

 死体の破損はそこのみ。ただ裂けているだけだ。

 アーシユルに秘匿した部分は少々危うかったものの、結果を見れば無傷の完全勝利だった。

 それに気を良くしたりりは、続けてシャチ達に蛸人を探して貰い、同じ手法で持って蛸人を仕留めてゆく。


 同じ手法を取れた理由は、単に蛸人の慢心だ。


 蛸人を海の最強足らしめている理由は毒と怪力。相手が海水人魚であろうとも、接近して窒息を狙うなり毒を与えるなりだけで完封出来てしまう。

 ところが、蛸人から見てりりはヒトだ。海水人魚のように巨体であったり素早く泳げるわけでもない。

 つまり毒を攻撃に使う必要がないので、先制攻撃を行なうための煙幕に使う者が全てだった。

 そうなれば後はりりの戦法に飲まれるばかり……。


 そうしてりりは問題なく5匹の蛸人を狩り、3匹を人魚達に渡し、残り2匹を受け取った。




 討伐された2匹の蛸人がハンターギルドへ持ち込まれる。

 小さな子供に見える2人が、2メートル近くある蛸人を担いできたのだから、当然のようにギルドは騒ついた。


 状態の良いとされる状態の2体は、合計で金貨2枚と銀貨400枚入りの袋に変わった。

 本来の値段は1匹頭金1の銀300だが、りり達が受け取ったそれは銀貨100枚少ないというよりは、暗黙の了解で金貨1枚だったものが、非常に状態が良いということでアーシユルが値上げさせたものだった。

 つまり、銀貨200枚づつ多いのだ。


 しかも、海水人魚達により新たに3匹の蛸人が運び込まれた。

 1日に蛸人が5匹も狩猟されるなど、ゼーヴィルのハンターギルド創設以来、一度もなかった大事件だ。

 あげく、後からの3匹は討伐証明だけで海水人魚達がその場で買い取っていったので、ギルド職員達はなにが起きていたのかを察した。

 すなわち、海水人魚達が魔人の悪食に影響を受けた……だ。


 ハンターギルド受付で起きた混乱は食堂でもそのまま起きた。


「りょうりちょう。これを、くいやすいおおきさに、きってくれ。ぜんぶのこらずだ」

「は、はい?!」

「それと、さけだ。まじんのくっていた、さしみをつくれ!」


 これだ。職員達も「あぁやっぱりね」という表情をしている。

 そこにアーシユルもが口を出す。


「足3本と目玉1つ。余った内臓全部を寄付する。料理のオーダー金額はそれで足りるな?」

「は、はい。十分です」

「交渉成立だ」


 つまり物々交換によるタダ飯が成立したということだ。




 その日のハンターギルドは賑わった。


 ハンターギルドは決して狭くない。

 しかし、それはヒト基準での話だ。

 全長5メートル前後の人魚が10人。話を聞きつけて最終的には13人。

 そんな大柄な海水人魚達が、邪魔だとテーブルを端に運び、円をかいて座った。

 そこへ巨大な皿に盛りつけられた、薄く輪切りにされた蛸人の刺し身が運ばれてくる。流石に下半身部分のみだ。

 それを囲うように、海水人魚が13人、ヒト1人に魔人が1人。更に居合わせた他のハンターにギルド職員も含み、それはもう宴に昇華されていた。


 円形に広がる巨大な尾びれが嵩張っているが、宴は無礼講だ。

 ハンターもギルド員も迷惑そうにしていたが、それは経費。

 それに、迷惑で言えば時間経過により加速してゆく。

 何せ騒ぐのが海水人魚という種族だ。

 話す内容自体は大したことはない。


 精々、どう食べたら美味いかや、これならもっと積極的に狩りをしたほうが良いかもしれない。等だ。


 しかし、その声は音声変換器により二重音声で聞こえている声であり、先に届くのは……。


 クカカカ

 キュイイイイ

 クルルルル


 といったような、タコ料理に酒を煽ってテンションの上がったシャチ達の声だ。

 本来人類の耳には言語に聞こえない音の塊。さらに、繰り出すのが巨体に見合った大きと甲高さを誇る。控えめに言ってもやかましい以外の何物でもない。

 そんなのが13人も集まって宴会をしているのだ。


「うるせえ……」

「仕方ないよー。宴会だもーん」

「りり。お前酔ってるな?」

「あー、多分よってるー。なんか、フワフワするんだー」


 りりは、人魚に囲まれてゆらゆらと左右に揺れる。


「前も言ったけど、お前が醤油って言ってるそれ、酒だからな」

「そう。そうなの! これ、醤油なんだけど面白くて」


 りりは顔を赤くし、フワフワした表情をしていたのだが、突然キリッとした顔でアーシユルに詰め寄る。


「これ、ちょっとだけ舐めれば醤油なんだけど、こんな風にグラスで飲むとね……」


 アーシユルの目の前で黒い液体を浴びるように飲む。


「このように、味が、ヒック、違うんですよ! なんの味だろうなー。私お酒わかんないからなぁー」

「ん? お前酒飲んだことないのか?」

「ないよー。て言うか、これもお酒だと思ってなかったしー。皆が美味しそうに飲むから飲んでみたら美味しいの」




 月見山りり18歳。

 彼女は現在、日本に居ない。

 日本でなら犯罪だが、こちらでは違う。

 こちらでは、りりは立派な成年なのだ。

 そして蛸人への恨み、ヒトに似た生き物を殺したという事、ここ最近の濃厚な日々。

 それらを全て楽しい事で流しさってしまおうと、これを酒だと理解した上で、人生初の酒を呑んで、そして呑まれていた。


 呆れるアーシユルだが、りりが無事生きて帰ってきたので、多少のことには目を瞑るつもりだった。


「おっかっみっさーん! お水とお醤油追加でー!」

「醤油はなしだ! 水だけくれ!」

「えーなんでよー。お醤油ちょうだいよー! くれなきゃひどいよー」

「ダメだ。ほれ水だ」


 アーシユルは、店員から水のグラスを受け取ると、そのままりりに手渡す。しかし、りりはそれを横へ置いてアーシユルに向き直った。目が座っている。

 そして、その表情はいつか見た淫魔じみた顔になっていた。


「おい。りり? お前まさか」

「おしおきー」


 嫌な予感を感じ、アーシユルは逃げようとしたのだが……。

 現在は夕方。念力は弱まってきているものの、座っているアーシユルを捕らえることなど、今のりりには容易い。


「んふふー。いただきまーす」


 酔っぱらい、夢見心地でアーシユルの頭を鷲掴みにしてキスをする。

 既に何度もしたこの行為だが、今回に限っては回復のためではない。ただの快楽に弱い酔っ払いのやらかしだ。


 しかし、そこは相性。

 人とヒトの作りの差が引き起こす現象に、2人ともあっという間に力尽きた。


「これは……ひどいな」

「まったくだ」

「ちゅういしたのだがな」

「まあ、このサイズで、あれだけのめばな」


 りりが呑んでいたのは小さなグラスでではない。普通のコップに並々と醤油モドキを注いだものを3杯も飲んでいたのだ。

 人生初の酒にしては些か量が多かった。


「ゆうじんのつとめだ。おれがかたづけよう」




 酔い潰れるのとは全く関係なく気絶した2人は、シャチの両脇に抱えられ宿のベッドに連れていかれたのだった。




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