66話 浜辺の2人
りりが寝付いた頃、アーシユル達は商談を続けていた。タフさはりりの比ではない。
「いいか? あたしらは魔人の友人だ。りりに至っては、神の方からお友達になりましょうだ。あいつ本当にとんでもない」
「たしかにな」
賢さだけで言うならアーシユルの方が、魔人としての出来ならばシャチのほうが圧倒的に優れているにもかかわらず、神のお眼鏡にかなったのはりりというおてんば娘だった。
二人共、りりこそがより神を理解できるという認識でいる。
「そこでだ。あたしは個人的にだが商人と仲良くしておこうと思うんだよ」
「なかよくしてどうする?」
「先行投資だ。実は商人ギルドに行く前にハンターギルドで良さそうな商人の情報をいくらか仕入れてある」
話は、アーシユルとりりの持ってる情報や、シャチの体験談の本の発売の手助けをさせようというものだ。
命が容易く失われるこの大陸では、その分命を守るための情報が高値で取引されている。
アーシユルはりりを通じてではあるが、情報の中でも弩級の物を手にしているのだ。安定と言うには十分すぎる金が手に入るのは確実だった。
金貨50枚。日本円にして50万。これはアーシユルの持つメモの最小価格だ。
りりの持つブレイクスルーに当たる情報を纏めたものだ。魔人としてのりりの情報をまとめたメモとはまた別の物になる。そちらは金貨10枚。
それに加えて、未知数だが、シャチが本を出せば売り上げの一部も流れ込む。
「これだけあれば生活には困らん。これを元手に更に金を手に入れることも可能だ」
実際にはアーシユルがうまく聞けていないだけで、りりの持っている情報はまだまだ尽きない。
これを無償で配って世界を良くしようだとかそういうつもりはさらさらないので、これらは全て財産になる。
アーシユルは金貨50枚以上どころか無限の金を入手しているに等しいので、これらを元手にとしなくても、引き出した情報を買い取ってくれる場所に持っていくだけで億万長者になれるのだ。
アーシユルはまだまだ りりという存在を見誤っていた。
そんな金に貪欲なアーシユルと打って変わってシャチは冷めた返事を返す。
「なるほどな。だがおれは、かねはあまりいらんぞ」
「なんでだ?」
アーシユルは思わぬ返事にキョトンとしてしまう。
「それはヒトのかねだ。おれたちニンギョは、かいぐいをするくらいでしかつかわん」
ボクスワの、ヒトの文化に従う亜人の多くは奴隷だ。それを多く見てきたアーシユルにとって、これは予期せぬ答えだった。
アーシユルの知る亜人とは、ヒトに合わせて生きる者達と言って違いのない存在だったのだ。
なので、自由に使える金があると亜人というのは、それだけで凄まじいアドバンテージだと思ったのだが、この常識はシャチには適応されなかった。
陸でも活動できるとは言え、シャチは水生生物だ。宿も家も食事処も必要ないのだ。
「じゃあなんだ……金は要らないってことか? それともこの話はいいって事か?」
断られると莫大な金を、みすみす見逃す事になってしまうと思っているアーシユルの心配を他所に、シャチは独特のエコー音を立てて笑う。
「アーシユルにあずけておこう。かわりに、どちらのギルドでもいいから、たまにうまいものを、くえるていどのかねをいれておいてくれ。おれはそれでいい」
「ハンターギルドの預かり処を使えばいいんだよな? ……それってどのくらいなんだ? 解らんぞ」
ヒトの感覚でなら解るが、相手は全長5メートル近く体格のある人魚だ。食べる量など検討もつかない。
「つきに、きんかいちまいでいい。それも、ほんのうりあげからだけのぶんでな」
「あ、あれ? 少ない?」
金貨1枚。ヒトの大人が5人程で高い料理を食べればそれだけで届きかねないくらいの値段だ。シャチなら普通の食事1食でそれくらい食べそうに見えるので面を食らう。
「おれたちが、ヒトのしょくじでいきようとするなら、きんかが、なんじゅうまいあっても、たりんぞ」
何百枚とは言わない。人魚は大きな数を数える機会がないので3桁の数字は非現実的なのだ。
「そうだよな。でかいもんな。だが本当にそれでいいのか?」
「いい。うまいものは、すこしだけくうのがいいのだ」
そう言って、シャチは大きな舌で舌なめずりをする。
舌で叩くだけで小柄なアーシユルくらいなら突き飛ばせるくらいのサイズだ。
そのシャチが、ひとつため息を吐いて真面目な表情になった。彼もアーシユルに負けず劣らず切り替えが早い。
「だが、ちゅうこくしておこう。アーシユル。おおくをのぞむと、しぬぞ。ヒトはとくにな」
「……ああ。わかってるさ。嫌という程な」
アーシユルの表情が歪む。
恐怖からか憎悪からか、それとも狂気からか。あるいは全てか。
シャチはヒトの事に詳しいとは言えないが、アーシユルの過去に何かがあったことくらいは想像に難くなかった。
「ヒトもおろかないきものなのだな」
「……も? 海水人魚もそういうのあるのか?」
「……いや……だがそういうことにしておこう」
少々思わせぶりだが、人魚達のことを愚かと言っているわけではないように思える。
どちらにせよ語る気はないのだと、アーシユルは無理やり納得する選択をした。
「……あたしが大人になったら酒でも飲みかわそうぜ」
「そうだな」
「そう。酒と言えば、りりが人魚用のあの黒っぽい酒を飯にかけて食ってたんだぜ!」
「ほう。まじんもなかなかだな」
くだらない話に切り変わってゆく。
ずっと金の話をしているのも疲れるというのもあるが、今回の出来事で少々打ち解けたというのもあった。
「そういえば、きになったことがある」
シャチが割と深刻そうな顔をして前のめりになるので、アーシユルもつられて前のめりになる。
「なんだ?」
「りりは、かみをくわなかったな」
「あ、あたしもちょっと思ってた」
りりのした米の一粒々々にも神様が居るという話で、りり達の種族は神を食べる種族なのだと2人が曲解した話だ。
一応は誤解だと説明を受けたものの、もしかして……と思ってしまっていた。
「本人は否定してたけど、やっぱり食うのかどうか見ちゃうよな」
「ほんとうにくわないのか、あるいは……フラベルタさまが、まずいかだ」
「あいつ魚は生で食うが……いやまさかな……」
夜は更ける。
りりの与えた神喰らいの誤解は未だに解けていない。
それどころか、神は美味しくないという新たな説を生むことになる。
少し。
2人の頭上の空間が歪みが生まれ、そこから金ダライが降ったのは無関係ではなかった。




