65話 痴話喧嘩
シャチのスワンプマン騒動で浜辺からフラベルタが去って少し。
アーシユルはシャチとの商談を中断し、ブスッっと不機嫌な顔をしていた。いつものアーシユルらしくはない。
気になって声をかける。
「どうしたのアーシユル」
「なんだよ……フラベルタ様ともそんな関係になりやがって……」
アーシユルはプイと顔を背けてどうにも拗ねた返事を返す。
フラベルタに名前呼びさせることが気に食わないのだ。
これには、りりのテンションが爆上がりする。
「もしや……もしや嫉妬ですかアーシユルさん」
手を口元に持ってきて、ププと笑うのを堪えながら誂えば、アーシユルは恥じらいつつも睨み返す。
こんなのでも、りりとしては可愛くて仕方がない。
「お前……解っててもそういうのは言ったらダメなんだよ」
「あははごめんごめん」
ヘラヘラと笑い返すと、アーシユルは「あたしだけだと思ってたのによ……」と、ボソリとこぼす。
りりは、恋人が他の人と仲良くしているのが不満だと取っていたのだが、アーシユルの口ぶりは友達が別の友達と仲良くしているのが気に食わないというようなニュアンスであった。
いつもの齟齬なのだが、りりとしてはこのズレは気に食わない。
笑うのを止めて真剣な顔で見つめる。
「……アーシユル。友達とはキス……しなくない?」
「え? そうなのか? りりの文化では友達とするものじゃなかったのか!?」
アーシユルが目を丸くして驚くので、りりの心のモヤも霧散する。
「しないしない! ……いやする人も居るけど、私は恋人……とだけ……かな……」
恥じらいつつも言える範囲でストレートな表現を使う。齟齬が発生している時のお約束だ。
実際にはアーシユルとのファーストキスは友達という状態でやっているのでこの表現は嘘になるが、それ以後は気持ちが伴っているので完全に嘘かと言われればNOとなる。
言っておきながら、流されやすい故に絶対と言い切れない自身の不甲斐なさを感じ言葉を濁した。
だがそれはそれとして、ここでようやく2人の間にあった齟齬が明らかになる。
「……と言うことは、アーシユルは私のこと恋人として見てなかったってこと?」
片手で口を覆ってそんなまさかというポーズを取れば、アーシユルは顔を赤くして反論に出た。
「デートって言葉、勇気出して言ったら否定しなかったから、逆に友達同士でもするものなんだと微妙な気持ちになってたんだぞ! 謝れ!」
「わ、私!?」
照れ隠しの逆ギレに少々たじろいでしまう。
「え、ごめん。私はアーシユルを恋人として見てたんだけど」
「あたしもだが!」
少し沈黙が流れる。
お互い、若干パニックになっていた頭を整理しているのだ。
「えっと……なら良くない?」
「……良い」
丸く収まる。2人共顔は真っ赤だ。お互いがお互い相手の顔を直視できない。
りりはイケメンが好きという明確な好みは持っているが恋自体はしたことがなかった。
アーシユルは、普通ヒトが属している[グループ]にそもそも居ないので恋愛の駆け引きなぞ知るはずもない。
ここに関して言えば2人共が恋愛下手と言える。
が、齟齬さえ解消されてしまえばアーシユルはいつもの雰囲気に戻る。切り替えの速さはピカイチだ。
「そうか……あたしはりりの唯一の恋人って認識でいいんだな?」
「そ、そうだけど」
ちらりと見れば、顔を真赤にしていたかわいいあの子が、瞬く間に不敵な笑みを浮かべたイケメンに早変わりする。りりとしては動揺を隠しきれない。
そこに追い打ちがかかる。
「おまえたち、そういうかんけいだったのか」
「あぴゃああ!?」「うおお!?」
シャチだ。
居ます。シャチは居ます。ずっと居ました。よろしくお願いします。
「あまり、ひとのいるところで、するはなしではないな」
諭され、りりは顔から火が出そうになる。こんなにくだらない喧嘩をしているところを見られたのだ。恥ずかしいなどというものではない。
「……穴があったら入りたい……」
「……成る程その言い回しなら解るぜ。何故ならあたしも今そんな気持ちだからだ」
2人共が苦笑いをしているところ、シャチはその口を割いて笑う。
「いいことだ。つがいがみつかったのだ。ヒトはハーレムを、けいせいするときいた。かたほうがまじんだからどうかとおもっていたが、ちゃんとつがいだったのだな」
りり達にとってシャチが異種族であれば、当然シャチからしても2人が異種族になる。
自分達にとってわかり易い概念に落とし込む事で得られる納得も等しくだ。
死の恐怖を誤魔化しているようにも見えるが、さっきの今でこれ程に取り繕えるのがシャチの強さと言えた。
「ええい。ああそうだそういう認識でいい。さ、商談に戻るぞ!」
恥ずかしさを誤魔化すかのように、アーシユルはシャチと本の打ち合わせに戻る。
「わ、私は先に帰っておくね」
「お、おう」
二人共が少しギクシャクしての解散。
りりの脳内ではシャチのスワンプマン騒動によるショックは少々浮上するものの、アーシユルの恋人肯定の言葉にほとんどかき消されてしまっていた。
帰った宿屋で布団にくるまりしばらくニヤニヤじたばたしっぱなしだった。




