63話 取引の終わり
巨大な歯車が回転を緩め、逆回転。そこから更に逆回転をしてようやく止まる。爆音も同じく伴ってだ。
それは、遠心力故か汚れの一切を受け付けておらず、今し方シャチをこの世から抹消したようには思えないほど煌々と輝いていた。
フラベルタは無表情のまま、事を終えたと言わんばかりに展開していた光とシュレッダーを消しさる。
ここは海の上。
あとに残るのは、吹く風と波の音のみが響き渡る暗黒の世界。
りり達は絶句していた。
あっという間の出来事に圧倒されるアーシユルはまだ良い。
りりなど、涙目になってへたり込んでしまっていた。
アーシユルは徐に、しかし震える手で光のジンギを起動させる。
丁度10秒し、空間の歪みより発生した淡い光が2人を照らしだす。どうやらフラベルタによるジンギ封じは解除されているようだった。
起動を終えると、アーシユルは自分より先にこちらだと、りりの肩を持って揺さぶる。
「泣くなりり。これはシャチの望みだ」
「でも、こんなの……こんなの……」
「確かにな……でもそれも込みでだ」
放心状態だったりりは、アーシユルにより徐々に現実に引き戻され涙をこぼしてゆく。
そこへ、フラベルタが干渉する。
「意気消沈しているところ悪いわね。けれど。シャチさんのフィードバックが終了したわ。出すわね」
「……は?」
「……へ?」
2人が間抜けな声を上げる中、フラベルタが指を鳴らす。
10秒丁度。シャチが何もない空間より、りり達の居る足場の上に小さく落下して倒れ込んだ。
小さくクククゥゥゥという弱々しい鳴き声と共にだ。
あっけに取られている2人を余所に話は進む。
「お帰りなさいシャチさん。目覚めはどう?」
「………………さいあくなきぶんだ」
「望み通りだったかしら?」
「ああ……もう、むしをのもうとも、まほうをえようとも、おもわないだろう」
シャチはこの世の終わりの様な顔をしているが、実際にこの世から一度サヨナラしているのだ。
正にこれこそが、真のこの世の終わりを見た者の表情と言える。
「これで。対価は払えたわね。ツキミヤマさんの方も。アイツにちゃんと生きてるって伝えたら許すって言ってたわ。もうグライダーも使えるはずよ」
「だってさ。りり……りり?」
アーシユルに揺さぶられ、とりあえずと口を開けば。
「あの……シャチさんが死んだのに生きてて、悲しいやら嬉しいやら、そんなに言うほど接点ないはずだけど、スワンプマンで元通りっていうのも釈然としなくて」
混乱したままの纏まらない思考が、口から零れ出てゆく。
「落ち着けりり。シャチが復活した。神さまスゲー! これで良い。そうだろ?」
「……うん」
「だから喜べ」
「……わーい?」
気持ちを整理出来たとは言い難いものの、りりとてアーシユルの言葉を無下になどしたくない。
そもそも、考えれば考える程ドツボにハマっていくのは思考実験のタチの悪いところというのを知っているので、大人しく言葉に巻かれて抑揚のない形だけの喜びを示す。まだ感情が追いついてきていないのだ。
記憶の継承はリアルタイムでしっかりとなされていたようで、足場ごと浜辺へと向かっている間、シャチはずっと震える体を抱えて蹲っていた。
海岸に到着し足場から降りる。シャチはげっそりしたまま這いつくばってズルズルと。
全員が降りれば、足場は展開されていた空間の歪みに引っ込んで消えていった。
「大丈夫かよ……」
「だいじょうぶだ……すこし、ぎんぱつが、にがてになりそうな……だけだ」
声を絞り出しながら起き上がる。
が、さっきの今だ。その身体はまだ硬直しているのかぎこちない。
「凄いですね……私がやられていたなら、エルフの人を見るだけで吐いちゃうかもしれません」
「おそれは、しにつながる。なんじゃくものは、えさになるしかない。ここは、うみなのだ」
言って、シャチは歯を食いしばって大きな身体を持ち上げた。
言うは易し行うは難し。それは虚勢に近いが、それでもシャチはやってのける。これこそが、シャチの強さの根幹だ。
「強い……ですね」
「そうでもない。げんに、まほうのつかいかたは、おぼえていても、いまのメンタルでは、まったくゲッコウをせおえるきがしない」
シャチはニッと口を裂いて笑う。よく見れば、気丈に立ってはいるが足は震えているのが見て取れた。
「あはは。強いんだか弱いんだか」
気が抜けて、思わず皆で笑ってしまう。
「楽しそうね」
一息ついたタイミングを見て、フラベルタが話し始める。
場の空気は一瞬で引き締まった。
「シャチさんは。これで終わりよ。私に殺されたことは。自分の失敗を合わせて言うなら許可するわ」
「ああ。せっきょくてきに、いわせてもらおう」
そこへ、アーシユルが乗っかる形で話に入る。
「フラベルタ様。シャチの今回の死んだ経験、本にしたら売れると思うのですが……構いませんか?」
シャチへの確認はなし。つまり、勝手に言っているのだ。
アーシユルは商人ではないが商魂たくましい。それを改めて認識する事になった。
「良いんじゃないかしら? 私は基本的には人類に干渉したりしないわ」
「はい。なら勝手にやります。シャチ。早速相談しようぜ。口で言うより紙に残した方が確実だし良いものだぜ。語れるものは語っていった方がいいんだ」
「いいだろう」
アーシユルは情報は金になるを地で行っている。一度、文無しになったせいもあってか、稼ぐことに余念がないようだった。
出来たばかりの傷口に塩を塗るかの如くの商談に入った2人を尻目に、神の取引は2人目へと移る。
「次はツキミヤマさんね。ハイどうぞ。スマートフォンは直しておいたわ。太陽光発電は。直接くっつけると熱で壊れそうだったから。こっちのプレートに分けたわ。そっちで発電してね」
言われ、手渡されたものは、見た目変わらぬスマートフォンと、同サイズ程の柔らかい板。板は音声変換器と同じ材質のようだった。
話の流れからこちらが太陽電池なのだと推測するが、このような物は見たことがない。おまけに、ケーブルのような物は付いていない。差し込む穴も無い。
「ありがとうございます。でもこれ、充電するケーブルが無いんですけど」
「む せ ん よ」
「え、マジで?」
こんな些細なことで、シャチのスワンプマンショックが多少上書きされる。
りりはりりで現金だ。
「対応距離は50メートルにギリギリ届かないくらいよ」
「何それ凄い高性能!」
「あらそうなの? かなり性能を落としたつもりなのだけれど。判らないものね」
期待感を道連れに、スマートフォンを起動する。だが、中身は物の見事に初期化されていた……と言うよりは、アプリのアイコンや名前がよく見ると若干違う。つまり、似ているだけの別物だ。
「似せて作らせてもらったわ。使用感は変わらないはずだわ。でも。こんなの違うっていう文句はナシね。私だってツキミヤマさんの記憶の中にある朧気な物しか知らないのだから」
「いえ、ありがとうございます。使えるようになっただけ嬉しいです」
確認してみると、アプリの数が半分以下に減っていた。つまり、りりの意識に無かった物が消えているのだ。如何に不要な物が多かったのかがわかる。
「とりあえず、約束ですし写真撮りましょうか。カメラは……おー、早い」
使い勝手は、そのままどころか寧ろ上がっている。
神の持つ技術をダウングレードさせて作られた物だ。それは、本来の物よりもブラッシュアップされていた
「ハイじゃあ皆集まってー」
陰鬱な気持ちは残るものの、シャチは既に留めるべきエピソードにしようという意志を見せているのだ。自分だけがズルズルと引きずるわけにはいかないと、少々無理矢理にでもテンションを上げていく。
「お、アレか」
「あれとはなんだ?」
りりがスマートフォンを構えているのを確認すれば、アーシユルは目を輝かせて商談を中断する。そうすれば、シャチも興味を示し寄ってくる。フラベルタに至っては満面の笑みだ。
「後で。ツーショットもお願いするわね」
「じゃあ、後で皆とツーショットしましょう」
皆が集る。
せっかくなのでセルフタイマーを使って、遠隔でやってみることにした。遠隔というのは勿論……。
「念力ぃー!」
インナーカメラにしてフラッシュもオンにする。
既に深夜なので念力は弱い。だが弱いと言っても日本の時より調子は良いのだ。スマートフォンくらいのサイズを浮かせる程度ならば苦労しない。
「コレが。ツキミヤマさんのエナジーコントロールね。聞いていたよりも弱そうね」
「夜ですから弱いんですよ。っと、そろそろきますよー」
「なにがくるのだ? ……うおっ!?」
「うわっ!?」
強いフラッシュと共に、カシャ! と、小気味良い音が響いた。
りりだけ正面にピースを、商談組はフラッシュに目をやられ、フラベルタはそもそもりりの方を見ていてカメラ目線ではない。という、まとまりのない写真が撮れた。
それも醍醐味と、そのまま保存する。
次に1人づつ撮り、最後にツーショット。
ここまでくれば、皆これがどういう物なのかが理解できたようで、アーシユルもシャチもノリノリでポーズを決めて、初めて見る自分の写真というものにいたく興奮していた。
アーシユルもそうだが、シャチも切り替えは良いようだ。
フラベルタは りりと一緒に何かをするのが嬉しいらしく、どことなく終始微笑んでいるように見えた。




