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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
60/208

60話 デートのつづき3

 



 念力を使い始めてから少し。2人はパフォーマンスを切り上げて近くのベンチで休憩していた。

 集まった銀貨は21枚。りりがこちらに来てからの初稼ぎだ。


「疲れた……こんなに長く念力使うの初めて」

「お疲れ。制限時間付けなかったのは良くなかったな。あれじゃ打ち切らない限りずっと居るに決まってるだろ」

「今度するときは5分とか制限つけるよ」


 時間制限を付けていなかったがために、金を支払った客の半数は終わるまで退くことはなかったのだ。

 一部の客は感覚に馴れなかったのか、少しすると帰っていったので、数こそ減りはしたが、最終的には念力クッションの同時18個展開をするという羽目になった。


「時間制限を付ければ、追加料金とかも取れるからな。それより、その帽子どうしたんだ?」


 アーシユルの視線の先には、支払い箱代わりに使われていた麦わら帽子。


「あー、これはさっきの服屋さんに、前で大道芸やるから宣伝料代わりにって貰った物なんだ。丁度いいかなって思って」

「はーん……ちょっと待ってろ」


 アーシユルは、そう言って相変わらずのフットワークで先程の服屋のテントに入って行き、1分そこらで灰色のポーチを持って出てきた。


「ほれ」


 アーシユルより粗雑に手渡されたポーチは、飾りっ気の無い物だが、作りが丁寧で物持ちの良さそうな雰囲気が出ていた。


「これは?」

「対価が少ないとちゃんと丁寧に説明しただけだぜ?」

「その親指の出血は?」

「いや、素直に渡すかどうか選ばせただけだぜ?」


 アーシユルはニヤリと悪い笑みをこぼす。

 つまりは、ぼったくろうとした店主に謝罪代わりに電撃を浴びせてきたというのだ。


「恐喝じゃんか!」

「いや、そもそもの対価が少なすぎたんだ。商人は凄いぞ。お前が物価を知らないって一瞬で見抜いてたからな。気をつけろ」


 そんな事を言われても、りりは服を手にとって値段を確認して戻したりというような事を2~3回しただけだ。

 どこで嗅ぎつけられたのかがまるで理解できず、困った顔を浮かべる。




 だが、こういうアーシユルも実は騙されていた。

 先程服を買った際、本来の品と似ているワンランク下の服を渡されていたのだ。

 つまり、2人して見事にボラれていたことになる。

 電流を浴びたものの、服屋の商人は内心高笑いだ。

 アーシユルは商人顔負けの交渉術を持ってはいるが、結局本業には敵わなかったのだ。




 そんなことはつゆ知らず、りりは少し悪いなと思いつつ、ポーチを腰につけて、全財産となる銀貨21枚を入れる。


 安物の水色のワンピースに、ちょっとだけ良いポーチ、そして使い古された鞄。

 これがこれからのスタンダードファッションだ。




 旅に必要な物はもう買い揃えた。これをまとめて明日にはゼーヴィルを出発するのみとなる。となれば、後は本来の目的であるデートを楽しむだけだ。

 お互いにはにかみ、手を握り、意気揚々と歩き出した。




 デートの内容は、目的のないショッピング。

 雑貨屋では、アクセサリーや、エルフや神を象った木彫りを見たり。

 家具屋では、人魚用の丈夫な大椅子を見たり。

 屋台では、見知らぬ魚のフライサンドを食べたり。

 量こそ少ないが、バリエーションは豊かな市場を体験したのだった。




 そして夕方。

 ウィンドウショッピングを満喫し帰路に着く。


「流石に疲れたねー」

「いや、数日前まで寝込んでたとは思えないくらい動けてたぞ」

「ナイトポテンシャルのおかげかな? それでももうへとへとだよ」


 自然回復力の増加。

 それは同時に、この世界への適応をも意味する。

 流石に骨格までもとはいかないので限界はあるものの、今のりりはすっかり健康体だ。長時間の活動でもそこそこには動ける。


「ハンターとしてはまだま……」

「……ん? どうしたの?」


 アーシユルが言葉に詰まったのが気になり、原因であろう視線の先を見る。りり達の宿泊する宿の前だ。

 そこには、立て札を手に持って佇む黒髪……りりの姿があった。

 りりに変身している神、フラベルタだ。


「うわぁ……」

「近づきたくねぇ」


 神という無茶苦茶な存在。それが目的不明で、しかし意味ありげに待ち構えているのだ。

 アーシユルは勿論だが、化けられているりりの不快指数はそれ以上だ。

 2人共、眉の間に(しわ)を寄せる。


「窓から入るか?」

「そうしたいのはやまやまなんだけど、もう夕方だから念力の威力落ちてきてるから、2階の窓に入るのは難しいと思う」


 つまりは浮遊ができないということ。


「しかも鍵がしまってるはずだ……諦めよう」

「そうだね」


 僅かにフラベルタが何かに気を取られて気づかない可能性に賭けたのだが、それは叶わなずフラベルタと接触する事になった。

 フラベルタの顔は真顔で、若干目を見開いて怒っているように見える。


「「こわい」」


 声が重なる。

 2人はフラベルタのアレなアレを見てしまったので、若干邪険に扱っても許されるという、そんな認識になっていた。

 フラベルタはそんな認識に違わず、立腹している様子だが咎めず口を開く。


「こんな顔をしているのはワザとよ? 私を置いていったのは良いわ」

「あ、それは良いんだ」


 りりの顔がりりを睨む。


「私は。ツキミヤマさんの魔法が見たかったの。だというのに。市場方面からギルドに来たハンター達が口々に。魔人が空を飛んだとか言うじゃない? なんなのそれは? 非科学的じゃない」

「科学じゃなくて魔法ですから。こっちだって物理とかの授業真面目にやってた頃を思い出すとかなり馬鹿らしくなりますよコレ」


 念力。

 概ね物理的な力として作用しているそれは、その手前の部分で重力と質量保存の法則を軽く無視している。

 こちらは物理法則が元の世界と同じなので、双方の言い分は正しい。


「見せなさい!」

「あー、飛ぶなら無理だと思います。夜になると力が落ちるんで……あ、でも人をダメにする念力なら出来ると思いますよ」

「広場でやってたというやつね? 物騒な名前ね。そちらも見せてもらえるかしら?」


 既にパフォーマンスをしていたという話は聞いていたようで、表情はパッと平時のものへと戻る。


「んむ……出来そう。そのままそこに腰掛けてみてもらえませんか?」


 言われた通り、手をかざして念力を用いてクッション状のものを作り出す。

 しかし、日中に比べて魔力の消費量と集中力が膨大になっていたので、1つ作り出すのが限度だった。


「ここに何か? なにこれ? フワフワしてるわね」


 フラベルタは人を駄目にする念力の存在を確認する。と言っても、触れたりはしていない。直立不動のままだ。


「フラベルタ様?」

「幅が1メートル15センチ。高さが32センチ。いや。動いているわね。これは不定形の見えない物質。粒子とも言えるわね。計測してみるだけ無駄ね」


 フラベルタは、見えていないはずの物をしっかりと認知していた。

 なまじ魔力が見える分、りりにはどうしてしっかりと把握されているのかが判らない。


「これの一部を採取させてもらってもいいかしら?」

「え? 構いませんけど、切り取られたら霧散しちゃうと思います。お昼なら保つと思うんですけど……」

「そうなの?」


 言うと同時。フラベルタが鋭く手刀を放つと、念力クッションの一部は一瞬で断ち切られてしまった。


「ほわ!?」


 驚き見ると、振り切られたフラベルタの手の側面が刃状に変化していた。

 顔も背丈も変えられるのだ。この程度のことは朝飯前といえる。


 りりは漫画やアニメ等でそういうものは見たことはあるが、実際に見たのは当たり前だが初めてだ。それが無い世界で生きてきたアーシユルはもっとだ。


「すっげぇ……」

「それどうやってるんですか?」

「ツキミヤマさん相手に迂闊なことを話すと。翻訳されかねないから秘密よ。ところで切り離したコレ。なくならな……あ。失くなったわね」


 フラベルタの切り裂いた魔力の塊は、りりの支配下から抜けると、そのうち煙のように空気に溶けて消えた。


「物理現象としては観測出来るのに。そこに何も物質は無い。電波や量子もない。意味不明ね。解析のしようがないわ」


 フラベルタは早々に調査を諦め、りりの方へと振り返る。


「じゃあ明日。魔法が使えるようになったら飛行を見せてもらうで良いかしら?」

「それは構いませんけど……」

「対価なら無茶苦茶なものでなければなんでも良いわよ。人類が単身で大地を離れるだなんて。絵空事ですもの」

「あ、対価とかもらえるんですか? あ、じゃあ、お箸を一(ぜん)。高級だとかじゃなくてい良いので使いやすいので」


 即答する。

 もともと探していたので直ぐに思いついた。


「あらそんなので良いのかしら? お安い御用よ。先に渡した方が良いかしら?」

「あ、じゃあお願いします」


 フラベルタが指を鳴らすと、ジャスト10秒で空間の歪みから箸が現れ、りりの掌に落ちる。

 サイズはピッタリ。黒い漆塗りに、桜の花びらとラメの入った上品なデザインだ。


「わぁ、ありがとうございます。ただの変態じゃなかったんですね」


 さらりと発せられた言葉にアーシユルは小さく悲鳴を上げる。


「おいりり! お前っ!」

「いや、この方が喜ぶかなって……」

「何…………あぁ……」


 視線の先には、目を逸し、たまらずニヤける神の姿。


「私は慣れたけど……アーシユルは?」

「あたしか? あたしはなぁ……」


 と、アーシユルは鬱憤を晴らし始めた。


「あたしが想像してたのとはぜっっっんぜん違う! だってハルノワルドの神って言ったら親しみ深い優しい神だって! こっちどころかボクスワのキューカにまで流れてきてた噂なんだぜ!? ソレがコレだ! 幻滅もいいところじゃな…………」


 よほどギャップに差があったのか、アーシユルは力を込めて自棄糞(やけくそ)気味に言葉を放つ。

 放っておくと止まらなさそうだったので、りりはげんなりとした顔でアーシユルの袖を掴んでクイと引き、再びフラベルタの方を見るように促す。


「なん…………あぁ……」


 それを見て、アーシユルは脱力する。

 視線の先には、両手を胸に当てて天を仰ぐ神の姿。

 一見神々しく見えなくもないが、よく見ると身体が小刻みに震えており、口元は緩みきっていた。


「……私の顔でこんな表情してほしくないんだよね。普通に話してる時は無表情なのにどうしてこんな時だけ……」

「……帰ろうか」

「うん」




 デートの最後を台無しにされつつ、神を放置して自室へと戻り、そのまま布団へ倒れ込んだ。


「疲れたー……私このまま寝るー」

「おう。お疲れ」


 返事もせずに、気怠さに身を任せて眠る。

 自然回復を(もたら)すナイトポテンシャルは発動中しかその効果はない。

 結局、りりの体力はまだまだなのだった。




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