59話 デートのつづき2
お次に来たのは干物屋だった。
街から街へと移動する際、中継地点に乏しいこの大陸で重宝されるのは、同行するハンターと保存食、そして馬車だ。
漁港の店な以上、主な商品は魚の干物。ピクトグラムも同じく魚のひらき。
「干し肉 "は" 大丈夫なんだよな?」
りりがうさぎの目玉を見て気絶した事件を考慮して放たれた言葉だ。
嫌味ではない事は経験からよく判っているので「大丈夫」と短く返事をする。
「それより、こんなに雑に並んでて万引……えーと泥棒とかされないの?」
りりの素直な疑問に、アーシユルは意地悪そうに笑って答えた。
「してみるか? 途端に商人ギルドに名前が出回って、どこでも買い物ができなくなって、最終的にはさっきの泥棒のようになるか野垂れ死ぬかになるぜ?」
「私はしないよ。でもバレなきゃ犯罪じゃないともいうしね?」
りりの発言は単純な知的好奇心から来ているのだが、これには、アーシユルも側に居た店主も怪訝な表情を浮かべる。
りりも直ぐに誤解されていると気づいたので、胸の前で両手をブンブンと振ってその気は無いぞアピールをして弁解に努めた。
「いや、しないしない。しないから! ただそういう諺みたいなのがあるだけで!」
「なんだその物騒なの……大体、専用のマルチグラスを見たら一瞬で判るんだ。誰もそんな事しねえよ」
そう言いつつ、アーシユルは店主に向かい、自分の頭を指でトントンと叩いて「コイツは頭が悪い」という旨のジェスチャーをすると、店主もやや気の毒そうな表情を浮かべて方から力を抜いた。
「流石に私でも今どういう意味で動いたかは判ったよ? 酷くない?」
「酷くない酷くない」
そんな風にじゃれ合いつつ、干物を選んでいく。
とはいえ、りりには干物の良し悪しは判らないので、基本的には全部アーシユルの見立てだ。
購入した干物は紐で縛って持ち歩く。携帯保存食として使うのだが、移動日数を考慮して購入するのでそれなりにかさばった。
次に向かったのは装備屋。
客が皆筋肉質なのが特徴的だ。
ピクトグラムはナイフと杖。剣と盾よりも需要があるが故と言える。
りりはアーシユルと違って見る物が無いので、箸に代わる物が無いか物色する。
しかし、ここは装備屋。そういう物は扱っていない。
そもそも、こちらの住人からすれば、棒きれ2つに価値をつけて売るという発想が無いのだ。
代わりに、アーシユルの言っていたデルタスピアらしき物を発見する。
ちょっとしたカラクリ仕掛けで、歪な形の大きめのフォークと呼べるような代物だ。
ボタンを押すと、ナイフ状の先端が鷲掴みをするかのように閉じる。
「へー、面白……」
動きがしっかりとしていて、ボタンを押すだけで楽しくなる。
何度もシャカシャカとギミックを動かして満足した頃に値札を見ると、そこには金貨1枚と書かれていた。
「うっわ、たっかい」
日本円にして1万円。
使い勝手の良さから、ハンター達の間では安いと評判なのだが、りりにとっては使いにくそうなフォークとナイフが合体したような何かでしかない。
自然、こういう言葉が出る。
ついでに言うなら、りりは現時点で一文無しなので、買い物は元より、食事だって寝床だって全てアーシユルが稼いだお金で支払われている。よって、何を対象にしたとしても高と言えてしまう。
「ダメだ……これは大人としてダメだ……」
現状、りりはアーシユルの研究対象であり所有物だ。
だが、それは飽くまでトラブル回避の為の名目上の話。身体も良くなって奴隷のフリもしていない今、何もしていないというのは、収まりがつかないところだった。
実際のところ、アーシユルはりりの情報も少しばかり売っているので、りり自体が商売道具化しているのだが、それは伝えられていないので知らない。
「流石に何かお金稼ぎしたいなぁ……志望動機は遊ぶ金欲しさで」
リクルートスーツに身を包み、面接試験会場を飛び回っていた頃を思い出す。
志望動機を聞かれて、素直に「お金のため」と答えたら落とされるアレだ。
就活戦争の事を思い出し少し胃を痛めたが、何のことはない。だったら稼いでしまえという結論に行き着いた。
思い立ったが吉日と、行動派のアーシユルに感化されたか行動に打って出る。
「ねえねえアーシユル。私ちょっと外に出とくね」
「おーう。こっちはもう少し待っててくれ。なんせ装備品に関わる物だからな。適当にはできないんだ」
「はーい」
油の入った瓶を見比べて店主と交渉を始めるアーシユルを尻目に、りりは1人店から出た。
お金稼ぎ。
りりはこちらの住人からすれば、魔人である上に住所不特定無職である。当然誰も雇おうとはしない……であろうというのがりりの予想。
だとするならば、働くのは無謀……だが、なにも人の下で働く必要はないとの結論を出す。
アテは勿論、使いこなせるようになってきた念力。
日本に居た頃は弱かったそれは、こちらへ来て強くなり、そして既に魔人と呼ばれてしまっているが故に、人目を気にしないで良くなった。
逆に堂々と行使することができると言って良いとまで言える。
思い浮かぶは、種も仕掛けもない大道芸パフォーマンス。力の弱まっていない日中の今ならば可能だ。
準備は一瞬。場所を決めるだけ。何せ、小道具すら必要としないのだから。
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「待たせたな……りりー? どこだー?」
少し。
買い物を済ませテントから出てきたアーシユルだが、愛しい魔人の出迎えが無いことに違和感を覚える。
見渡せど姿は無い。代わりに、先程まで居た服屋の前に人集りが出来ているのを発見した。
「嫌な予感がするな……動けるようになったからってはしゃいでるんじゃないだろうなまったく……」
若干面倒くさそうにそう言って、値切り交渉で発生した釣りを指で弾き、懐の銭袋で華麗にキャッチして小走りする。
向かうは謎の人集りだ。
お得意の図々しさを持って人集りの中心へ向かうと、案の定、中心にはりりが居た。セールス用の笑顔を振りまいて大衆向けにパフォーマンスに興じている。
これは社会人になってからというより学生時代の文化祭等で鍛えられたもので、これにより周囲には人当たりが良いやつという程度の認識を与えていた。
「はーい。不思議な不思議な見えない椅子だよー! 騙されたと思って。いや、騙されてもいいぞって人は銀貨1枚、この帽子の中に入れて声かけてくださいねー!」
そう言うりりの周囲には、すでに大人2人に子供3人と、合わせて5名が至福の表情を浮かべてくつろいでいた。何も無い空間でだ。
アーシユルは一瞬面食らったものの、直ぐに冷静さを取り戻し現状把握に努めようと近づく。
「……おいりり。これは何をしているんだ」
「あ、アーシユル! フフフ……大道芸だよ。今の所いい感じだよ」
そう言って、りりは自慢げな表情を浮かべた。その笑顔は、大衆向けにしていたものとは若干の差がある。好意故に緩んだ表情だ。
アーシユルは直ぐにその表情の違いに気づいたものの、照れくさいので気づいていない体で話をつなぐ。
「芸って言ってもお前立ってるだけじゃねえか」
言葉通り。
大道芸と言っているものの、りり自身は一見何もしていないように見える。
だが、りりから出るのは「そんなことないよ?」という否定の言葉。
アーシユルが本気で判らないという顔をしているのをよそに、新たな客が置いていた帽子の中に銀貨を入れる。
帽子の中の銀貨の枚数は、既に2桁に到達していた。
「魔人さん。俺はどうすれば良いんだい?」
興味津々に客がそう尋ねると、りりは営業スマイルに戻って客の方へと向かう。
アーシユルも何が起きるのか気になるので、考えを一時中断して観客の1人になる。
「じゃあこっちへ。はい。そこです。では、まるで椅子があるかのように座ってくださーい」
「見ててもちょっと怖いな」
「では……ドーン!」
尻込みする客を後押しするかのように、りりは勢いよく客を突き飛ばした。
突き飛ばされた客は、地面に激突……せずに、何もない空間で尻もちをついたかのようにバウンドして停止した。
「あ……これ……いい……」
驚きの表情は途端に至福の表情へ。他の客5人と変わらぬものになった。
「……魔法……か?」
「その通り! その名も、人を駄目にする念力!」
りりは再びドヤ顔になる。
りりの作っているのは、スライダーで止まれなくなった際に作られた衝撃吸収用の壁。それの形を変え、ソファーのように転用したものを提供しているのだ。
密度の濃い硬いものから、疎で柔らかいものまで。
りりの念力は、成長過程である現時点でさえ、凄まじく汎用性が高いものとなっていた。
それを見ていたアーシユルはつばを飲み込む。
金の匂いがするというのもそうだが、客の表情を見ての好奇心から来るものだった。
「アーシユルもする?」
「いや、あたしはいい……やるにしてもまずは調べるところか……」
「ドーン!」
いたずら心全開のりりに突き飛ばされた上に、見えない何かに躓き、そのまま前のめりに落ちる。
勿論、落下先は地面ではなく、人を駄目にする念力の上だ。
モフりとした至高の感触に、一瞬でアーシユルの研究者魂は霧散した。
「んあああああ……このヒトデナシぃぃぃ……」
「んふー、参った?」
「ダメになるぅ……これダメになるやつぅぅぅ」
アーシユルは、その場で頭をうずめてジタバタとする。脱出のためではない。思う存分にもふもふするためだ。
「あと10人くらいなら出来ますよー。早い者勝ちですよー」
ゼーヴィルに来てからすっかり有名人となっていた2人。その内1人のキャラクターブレイクと言っても過言ではない豹変ぶりに、尻込んでいた人々は僕も私もと殺到したのだった。




