58話 デートのつづき1
アーシユルの背の向こうでは、騎士が住人達に囲まれていた。
住民達は少し間を置いて理解が追いついてきたのか、ようやくにも何が起きたのかをハイになりながらも騎士につめより話している。
ただし、肝心の内容は「空を滑っていた!」や「泥棒がひとりでに倒れた」等と要領を得ないものだったので、聞いたところで騎士は困惑の表情を見せるのみに終わっていた。
アーシユルの交渉術のおかげで、りり達は晴れて自由の身になり、当初の予定通りにショッピングへと繰り出してゆく。
行く先は服屋。まずは、濡れた服の代わりを買うことにしたのだ。
服屋の前に到着するや否や、店主と見られる細身の男性が手を擦り合わせながら近寄ってくる。
「いらっしゃい。お客さん、珍しい顔と髪でいらっしゃる。お着替えも持っておられないようで……濡れたままの服では不快でしょう。さあ中へ」
一瞬でりり達の事情を察し、店主の男は返事を聞くまでもなく、2人の背中をグイグイと押して店の中へと誘導した。文字通り押しが強いようだ。
服屋。
他の店と同じく台形のテントでの営業だが、他のテントより少し大きめで、わかりやすいように衣服のピクトグラムの看板が出ている。
品揃えは、日用の物からハンター用の物まで揃えてあるが、その分バリエーションには乏しい。
人気も同じく乏しいようで、りり達以外に客は居ない。店員もこの店主1人だけだ。
「強引だな」
「えっ!?」
アーシユルの言葉に耳を疑い、りりは目を見開き、勢いよく振り返る。
「いえいえそんなことは」
「えっ!?」
店主の反応にも同様のリアクションを行う。
りりからすれば、アーシユルも店主も相当に押しが強いのでどっちもどっちだ。
「……あたし、こんなにか?」
「自覚なかったの? こわ」
「えー」
言われ、アーシユルは腕を組み首を傾げる。言われてなおピンときていないようだ。
「それでお客さん。どのような服がよろしいので?」
小芝居のようなやり取りも、店主の商売人魂にかかれば霧散する。
「ああすまん。とりあえず替えの服だな。似たようなドレスがあればそれを先にくれ。高くないやつな。金は後で払う」
アーシユルの言うドレスというのは、所謂ワンピースの事だ。
「では…………こちらですね」
店主はササッと足を運び、ハンガーに吊るされていた服を選んで持ってくる。
りりが手渡されたのは、今着ている物と同じような服と、水色の半袖の膝手前までくらいのワンピースだ。
広げてみると、丁度よいサイズに思えた。
一瞬で合う服を持ってきた店主に舌を巻いていると、店主が口を開く。
「お客さん女性の方だったんですね」
「あー、よく言われますけど、これでもれっきとした成人女性です」
一体どういうつもりでワンピースを手渡したのだろうとも思ったが、店員はアーシユルに言われた通りに持ってきただけというのを思い出し、言いたいことを引っ込めて事実だけを述べる。
こちらでは成人前のヒトは無性だ。男性らしい格好をしようが、女性らしい格好をしようが関係無い。
そもそも成人として見られていない以上、りりがどんな格好をしようが誰も気にしない……というのをりりは知らない。
「でしたら、こちらもどうぞ」
そう言って渡されたのは、濃い茶色がベースのマーブル模様の小さめの手ぬぐいだった。
奴隷服の色に似ているが、嗅いでみても匂いはしないので、元よりこういうデザインの物なのだと理解する。
「これは?」
尋ねると、店主は困惑した表情を見せた。
「……お客さん、生理用品は見たことがないので?」
「……あ! あー、はい。なるほど。ありがとうございます。丁度欲しかったところです」
つまりは血を拭く用。
この色も、汚れを目立たなくさせるための工夫というわけだ。
女性だからと渡されたのだから直ぐに気づくべきだったと、羞恥に顔を赤くする。
他は自分で選ぶからと、店主に離れてもらいつつ、手渡されたワンピースの色違いと、汚れても良さそうな黒の薄手の長袖に、同じく長ズボンを選んだ。
追加で、心もとなかったパンツとブラを3着づつ。デザインは、日本で言うところのスポーツタイプのみしかないのでそれを。
しばらく寝たきりになっていた為、ブラはサイズダウンしたものを選ぶ。
「前から思ってたけど、女って面倒くさそうだな。下着が特に」
りりが下着を選んでいると、アーシユルはそんな事を呟く。
「アーシユルもまだどうなるか分からないんでしょ?」
「そうだが、どちらにせよあたしはまだだからな」
未成年であるアーシユルは、まだどちらの性別になるかというのが確定していない。
仮に女性に変化したとすれば、ブラを面倒臭がって生活するのが目に見えてしまい、アーシユルに隠れて苦笑する。
「選び終わったか?」
「うん」
「おっさん。りりが着替えるからテント閉めて見ないでやってくれるか?」
「はいはい」
りりそっちのけで話が進むが、りり自身がそれに待ったをかける。
「いや、あの試着室は?」
「試着室?」
「着替える部屋の事ですけど……無いんですか?」
「テントですので」
店主の言う通り、見渡せど部屋や衝立のような物は無い。
監視カメラが無い関係上、死角をなくして監視できるという作りだ。
こちらの世界に順応してきていたりりだ。無い物は仕方がないと、着替えを見ないようにと念を押して、テントの入り口を閉めてもらってさっさと着替えようとする。
台形のテントの出入り口に布が降ろされると、同時に風が通らなくなった。
外気温はさほどではないものの、室内気温は一気に高まる。
早く着替えてしまおうと服に手をかけようとしたところ、視線を感じたのでそちらに視線をやると、アーシユルが普通に見ていた。
「いや、アーシユルも見たらダメだよ?」
「いいだろ別に見ても」
「ダメです」
「なん……」
「ダメです」
「……」
「……」
言ってもアーシユルは振り向こうとはしない。
スケベ心なのか、身体を観察したい研究者精神なのかの判断は出来ないが、今更感はあるものの裸を見られるのは御免に思う。
デートも兼ねているからといって、それとこれとは話は別だ。
呆れてため息を1つ。
「着替えないのか?」
「んふふー」
アーシユルの物言いに笑顔で返す。
ニッコリと笑っているように見えるそれは、勿論作り笑いだ。
そんな表情に、アーシユルは嫌な予感に顔をひきつらせる……と同時。
「念力ぃー!」
「んお!? ちょおー!」
「おお?!?! なんだなんだぁー!?」
他に客が居ないことを良いことに、りりは魔力で作り出した大きな手でアーシユルを掴んで外へと放り出す。
ついでに店主も。こちらはそっとだ。
更に、入られないようにテントの出入り口の外側に魔力の板を張り固定する。
全て、泥棒の時にやったものの応用だ。
「いやー、念力便利だなぁー」
邪魔者を追い出し、りりは今度こそ気持ちよく着替え始める。
本領を発揮した念力少女は、本心からニッコリと笑顔を作っていた。
支払いを済ませ店を出る。
「ありがとうございました。またお越しください」
「ありがとうございましたー」
「勉強になったぜ。おっさん!」
礼を言うりりとは打って変わって、アーシユルは皮肉を返す。
というのも、店主がちゃっかりと店を一瞬貸切状態にした事に対してのサービス料を請求してきたからだ。
金にうるさいアーシユルだからこそ、これは断れず、渋々と追加料金を払ったのだった。
「ごめんねとは言わないからね? そもそも見なければよかった話なんだから」
「それ含めて勉強代だったぜ……」
アーシユルはメモを取り出し[魔人は着替えを見られるのを嫌がる]と書き加えていった。
「私が読めないからって何か変なこと書いてない?」
「いや、そんな事ないぜ」
「本当に?」
アーシユルは本気でそう思って書いているので、誤魔化す意図も悪気もない。
不審なところもないので、りりの追求はそこで終わる。
「ところで、この服は変じゃない? 晴れて奴隷服から卒業したわけだけど」
「晴れる? 何言ってるか判らんが変じゃないぜ? 周りだって着てるだろ?」
言い回しは通じないというのを思い出してアチャーとなりつつ、言われて辺りを見渡す。
男性以外の間ではワンピースは主流のようで、おしゃれな人を除いては皆飾りっ気のない物を着ていた。
どれもがりりと同じような物なので、服装だけで言えばりりは今浮いていないと言える。
だが、りりには東洋系の顔と黒髪という絶対的特徴があるので、服装だけでは意味はない。
それでも、初めてちゃんと現地の服を着用したということで、りりはソワソワしながらもどこか満ち足りた気持ちになっていた。
「しかし、奴隷服じゃないっていうだけで気分が晴れやか! ワンピースって楽で良いわぁ」
スーツや制服を着ている比率が多かったりりとしては、何の締め付けもなくゆったり着られるワンピースは、その少しズボラな性格と合わせてベストマッチに感じるのだった。
いわば、これは人をダメにする服だ。ダメな人が着る服とも言えないこともない。
「あぁ、晴れるってそういう意味か……しかし、本当に安いのを選んだな。金を気にしなくても、そこそこ買い物できるだけはあるんだぜ?」
「わざわざ安いのを選んで買ったってわけじゃないよ? 服は着心地もそうだけど、機能性の方が大事だし」
「ハンター装備をずっと着てるあたしにそれを言うのか」
「言われてみれば」
アーシユルはインナーこそ違えど、ずっとと言って良いほどレザーアーマーという名のハンター装束に身を包んでいる。
手には、ジンギ諸共書い直したアンク状の杖。
肩と胸、腰と足にナイフや予備のジンギを入れるホルダーが付いていて、ポシェットも装備しているというガチガチのこの状態がハンターの標準装備。
旅や遠征となると、ここにリュックが追加される。
「杖以外は機能性の塊だよね」
「そりゃあな。オシャレなんかよりは命のほうが大事だしな」
切実な理由だ。
「逆に、そのまま町の外に出るのが非常識……というか、無茶苦茶なんだよ」
「……まぁ、あの何もない草原見てたらわかったよ」
そもそも町の外は何も無いので、狩りに行く人以外は出ないという話でもある。
「でも、それはそれとして、アーシユルにもワンピースとか着せてあげたいな。似合うはずだよ絶対」
「だろうな。よく言われる」
「やっぱり?」
改めて、まじまじとアーシユルを見定める。
成人する前は無性と言えども、アーシユルは女顔寄り。加えて、子供というだけあって華奢なのだ。筋肉は付いていようとも膨らんではいない。
よって、生意気そうにさえしなければ、完全に可愛い女の子でしかないのだ。どうあってもワンピースやスカートが似合う。
股間以外は。
アーシユルの下着はショートパンツタイプ。とことん中性を地で行っている。
アーシユルは現状では無性なので、女性用の服を着ていても全く問題はない。
だが、りりの感覚から言えば男の子になるので、アーシユルに女性物を着せると女装させる感覚になる。
勿論、りりにそんな趣味はない。
しかし、考えれば考えるほど似合うので、最悪ショーツを履いていたとしてもいけそうという考えに陥る。
女性になる可能性もあるから、今から女の子の格好をさせても……。
と、そこまで考え、思考の暴走に気づき、頭を振るって邪念を飛ばす。
「お前変なこと考えてただろ」
「ソンナコトナイヨ」
「当ててやろう。男になっても女の格好をさせてみたい……だろう?」
「そ、そんっ!?」
そんなことはない。
そう言いたかったのだが、図星であった為に言葉が詰まる。
「安心しろ。よく言われる」
中性的な見た目の人の運命のようなものなのか、言われ慣れているようだった。
「ごめんね?」
「お? ……おう。いや、なんとも思ってないぜ? 実際似合うだろうからな」
こういうやり取りがごく当たり前に起きる[ヒト]であるアーシユルには、りりの謝罪の意味が判らなかった。




