49話 神の性癖
シャチを見送った後、話も一段落したので宿へと戻る……が、そこにフラベルタも付いて来た。
「えっと……フラベルタ様?」
「宿はこっちで合ってるのでしょう?」
「え!? 神様でも宿使うんですか!?」
驚くりりに、フラベルタは丁寧に答える。
「ツキミヤマさんのところでは顕現って言うんだったわね? 肉体があるからには休息も必要でしょう?」
「……いや、もっと良い所に泊まるのかなって……転移も出来るんでしょうし、お気に入りの所とか……」
りり達の泊まるのは、金銭面の都合で仕方なかったとはいえ、必要最低限の格安の宿だ。
ベッドのクッション性も失われていれば、掛け布団だって若干臭い。
りりは、そんな所に神が出入りするのはどうかと思ったのだが、心配に反して、フラベルタは落ち着いた様子で答える。
「私は神じゃないの。人智を超えているだけ。良い?」
「……はい」
「じゃあ一緒に行きましょう」
「はい」
当人が否定していようが、周りがフラベルタを神と呼ぶ以上、無下に扱うことが出来ない。
結局、ご機嫌そうにするフラベルタを後ろに連れて、宿まで向かう。
「今日は "アレ" する雰囲気でもないし……あたしも疲れたし……良いよなりり」
「うん……私も疲れた。後はうっすら残ったケロイドだけだし問題ないよ」
とんでもない話の連続で、2人とも疲れていた。
とてもではないが、気絶するまで快楽に狂うキスをして朝帰りをしようという気持ちにはなれないので、これは後回しにする。
だが、フラベルタが "アレ" という言葉に食いついてしまった。
「アレって何かしら?」
「いやそれはちょっと……」
「さては教えない気ね? こういう時にはぐらかすのは。決まって夜のいとな……」
「ええそうですよ! 当たらずとも遠からずですよチクショウ!」
見事な的中に、りりは逆ギレ気味に返すのだが、その瞬間、アーシユルが冷や汗をかいて狼狽えだす。
「りり。落ち着け。落ち着け本当に。神様相手に畜生呼ばわりはマズイ! な?」
「私を畜生扱い……!?」
フラベルタは、目を見開いて言葉を反芻する。
「いや、神様、これは何かの間違いで! おい! りり!」
「あ、えっとごめ……」
アーシユルの必死さに、流石に我に返って謝罪をしようとするが……。
「悪くないわね」
と、フラベルタはそう言って、なんとも言えない絶妙な表情になった。
2人共が嫌な予感を感じ、目を合わせて絶句する。
「生まれてこの方。正面切って罵倒されたことなんてなかったのよ。新鮮だわ。なんならもっと言ってくれても良いわよ?」
「……へ、変態!」
りりは、思ったことをそのまま口に出してしまう。それは、意図せずフラベルタの望む罵倒になってしまった。
「…………うん。悪くないわね……」
フラベルタは、何かを噛みしめるように、胸の前に拳を作ってうっとりとする。
「おい、ジーンとしてるぞ」
「あかん……コレあかんやつや……」
「あまり聞きすぎても。勿体無いわね。今度会う時にまた。頼むわね」
「アッハイ」
嫌な予感そのままの神の性癖に、りりは反射的に返事をしてしまう。そこに思考は存在していなかった。
「ハイじゃねえ! りり落ち着け!」
「えっ!? あ、あぁそうやな……いや、そうやね、うん」
ふと正気に戻り、なんとか今の言葉を取り消そうと頭を回転させだすのだが、言った言葉は帰って来ない。既にフラベルタの耳に届いている。
「罵倒とはいえ。お願いするわけだから。何か対価がいるわね。何が良いかしら?」
フラベルタの提案に、2人は全力で首を横に振る。
神を罵倒して対価を得るだなどと、間違ってもしてはならない。と、2人の中の常識と道徳心が珍しく一致した。
フラベルタは少しばかり食い下がったが、2人の全力拒否に、間もなく大人しくなった。
その様子に、りり達もホッと胸を撫で下ろして帰路に着く。
りりの視界の端々に映る猫達もドン引きしているように見えた。




