48話 えげつのない構造
脳食い虫:パス
主に人類を宿主にする寄生虫。
何らかの方法で体内へと入り込んだ卵が孵化すると、パスは脳にまで移動し、脳を食いながら同化してゆく。
その際に、食べた宿主の脳をパス自身が代替するので、寄生された生き物は全く問題なく生活できてしまう。
寄生期間である1年が経過する頃には、脳の全てが巨大なパスへと置き換わってしまい、同時に、宿主の記憶はそのままに、主導権はパスへと移行する。
自由になったパスは、直ぐに記憶すら引き継いだ自らのクローンを無性生殖という形で作り出す。
卵の数は決まって3つ。
産卵管を伸ばして鼻を突き破り産卵すると、再び宿主を操って、残り1ヶ月程の寿命の中、3つの卵を他の生物へと寄生させようと動き出す。
「しかも。記憶の保持は3世代くらいなら平気で引き継ぐから。世代を重ねると情報量が凄いことに……あら? 気分が悪そうね?」
平気な顔をして[脳食い虫]の解説をするフラベルタとは打って変わって、パスの生態を聞いたりり達はげっそりとしていた。
他人事であるりりとアーシユルでさえ顔が青いのだ。当事者であるシャチは、最早、気を失いそうにしている。
アーシユルは、疲れた表情のまま口を開く。
「寄生状態でも、最後以外異常行動なしか……未発見な訳だ。あたしこんなの知らないぜ」
項垂れて力なく話しているが、頭の中は研究者モードだ。
「ていうか、寄生虫と言うより生物兵器っぽくないですか?」
「生物兵器?」
アーシユルは、りりの言葉に疑問を抱いた。生物兵器の概念を持っていない故だ。
だが、そんな中でもフラベルタは平気で話についてくる。
「そうよね。しかもこいつは魔法のデータ持ちよ? 放っておいたら寿命が1年になる代わりに魔人化する人達がどんどん増えるわね」
深刻な話だが、フラベルタは飄々としたままだ。
「何でそんな他人事なんですか……」
りりの疑問に、ショックのあまり砂浜に突っ伏したシャチが答える。
「ハルノワルドのかみは、こういうやつなのだ。むしろ、おれたちにこうして、おしえてくれてるだけ、こううんというものなのだ」
「……大丈夫ですか?」
「そうみえるなら、おまえは、なかなかなものだとおもうぞ」
全然大丈夫そうには見えない。
フラベルタの説明により、余命が1年を切っているのが確定となったのだ。乗っ取られる前に死ぬか、スワンプマンになって死ぬかの2択。無理もないように思えた。
だが、そんなことはお構いなしと、フラベルタは言いたいことを述べてゆく。
「寄生虫で得た魔法と言えども。実際に見させてもらったものなのだからちゃんとお返しはするわ。でも。お願い事は今言ってね。その程度で命が買えるとなると良いものでしょう?」
「物は言いようとは言いますけど……これは……」
生死がかかっているのだ。そんなに直ぐに決められる事ではない……と、りりは思ったのだが、シャチは違ったようで、起き上がり、息を荒くしてフラベルタを睨む。
「…………いいだろう。フラベルタさま。おれはもらえるものは、もらうしゅぎだ……どうか、おれを、スワンプマンとやらにしてくれ! かみにいのちをうばわれ、かみにいのちをもたらされるなど、そんなけいけん、できるものじゃない」
小さく「そうおもうことにする」と続ける。
完全に虚勢だった。
「じゃあシャチさんは決まりね。ツキミヤマさんはどうする?」
「え? 何がですか!?」
「対価よ。魔法……見せてもらったでしょう?」
「……そうでした。なんかもうインパクト凄くて忘れてました」
生死のかかったシャチの願いの後では、何を言っても浮ついてしまうので、いっそ欲望まみれな事を言ってみようと思い至る。
「じゃあ、スマホを直して、しかも太陽充電出来るように……とか出来ます?」
「なんとも言えないわね。スマホというのは情報で知ったけど。壊れたそれを私は知らないのよ?」
「あ、すみませんこれです」
鞄から、壊れたスマートフォンを取り出して手渡す。
「これ、アーシユルの出した電撃で壊れたんですけど……」
その説明に、アーシユルはバツが悪そうにりりを睨む。
だが、りりに睨み返され、珍しく敗北を期す事になった。
フラベルタは、りりからスマートフォンを受け取り、少し眺める。
「いけそうね。だけど時間を巻き戻したり出来るわけじゃないから。データの回復までは難しいと考えてね。技術体系が違うもの」
「それは仕方ないってもう割り切ってます。でも、カメラとメモ帳と電話……は、こっちじゃ機能しないと思うんで、最低限前2つだけでもあると……あ、できれば防水で」
「良いわよ」
データは戻っては来ない可能性が高いが、前よりも高性能なスマートフォンが復活するのが約束されたので、りりはシャチの事を少し隅にやって、上機嫌になる。
だが、それに水を差すのもフラベルタだった。
「じゃあ明日までに決めておいてね」
「……なにをだ?」
言われ、シャチは心底判らないという表情になる。
「死に方よ。私に殺される記憶も引き継ぎたいんでしょう? そうなると。脳を破損させる以外の死に方をした後に。そのデータを入れることになるから……」
「し、しにかたを……おれがえらぶのか? おれのしにかたを? ……おれが?」
シャチは、水かきのある手で自分自身を指さして目を見開く。
体表が白黒なので判らないが、血の気が引いているであろう事は想像に難くなかった。
「あー、わかりますそれ。この手の人達の話聞いてたら脳みそ追いつかないんですよねぇ」
「何だその浮ついた言い方。りりも追いついてないように見えるぜ?」
「……そんな気もする」
あんまりな提案に、りりは現実逃避をしつつ喋っていたのだが、唯一冷静さを保つアーシユルに指摘され、現実に引き戻される。
「…………おれ、およぐ。こたえ、あした」
弱々しい声が、片言と言う形で変換されて届く。
「落ち込んでると言うか何と言うか……」
「なんて哀れな……」
立ち上がる元気もないのか、シャチは砂浜を這って海に入ってゆく。
その姿は、水族館で見た、餌をもらうためにステージに這い出たシャチその姿そのままだった。
昔は、シャチを可愛いって思っていたりりだったが、海水人魚のシャチに襲われ、捕食されかけてからは、その考えは一度裏返る。シャチは恐怖の対象になったのだ。
だがそれでいながら、今、海へ帰っていくシャチの姿を見て、とても可愛いと思えてしまい、りりは現実逃避をしているのを自覚する。
皆がシャチの背中を見送る中、りりだけ思考が明後日の方向だった。




