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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
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47話 乱れる場

 



「そろそろ魔法を見せてもらえないかしら?」という、至極真っ当なフラベルタの意見に対し、シャチは「いいだろう」と不遜に答える。

 りりは、ハルノワルドに於いての神との付き合い方をそろそろ学習してきたが、アーシユルはまだまだ(おそ)れが残っていた。

 そんなアーシユルを尻目に、シャチは立ち上がり、即座に月光を展開する。したり顔だ。


「なるほど。これがナイトポテンシャルね。やっぱりデータで知るのと肉眼で見るとじゃ違うわね。ありがとう。もう良いわ。参考になったわ」

「むっ」


 フラベルタが全く動じなかったので、シャチは拍子抜けし、月光を引っ込めて再び胡座(あぐら)をかいた。


「これの魔法が寄生虫由来とは厄介ね」


 フラベルタにとってナイトポテンシャルは既知の魔法だ。驚きこそないものの、知っているものだけに厄介さが理解できる。


「次はツキミヤマさんね」

「はい……じゃあ念力を……こっちじゃエナジーコントロールって言うらしいんですけど……」

「カースの方が良いんじゃないか?」


 アーシユルの提案は、既に知れた魔法よりも、りり固有の魔法の方が……というものだ。


「あれはイマイチ使い方判らないし、見ても判らないかなって」

「それもそうか」


 カースはウイルス、あるいは菌を大量に発生、もしくは増殖させる魔法……ではないかという話に落ち着いている。

 シャーレも無ければ顕微鏡も無いのだ。肉眼での確認は難しいので、視覚的に判りやすい念力をチョイスした。


 りりは、念力で足元の冷めた砂を持ち上げる。

 こぶし大の大きさなので然程(さほど)重くはないが、夜故に念力の出力が落ちているので、それなりに集中を要した。


「凄いわね。重力を遮断してる。目に見えない質量ね。不思議だわ」


 フラベルタは、浮いた砂の周りに手をやって、砂が何にも触れていないのを確認する。

 正しくは念力という不可視の物質以外に触れてはいないということをだ。


「私からしたら、ジンギの方が余程魔法じみてますよ。電気出したり、ワープしたり」

「ワープって転移の事かしら? アレは魔法じゃないわよ? ちゃんと理屈があって解明されているものよ」


 解明されているということは、ジンギとジンギで発生する現象は科学ということになる。


 ジンギは、起動から10秒でそれに応じた空間の歪みが発生し、そこから何かしらが出てくる。火であり水であり電撃でありだ。

 時空の歪みが科学的なものなのだとすれば、ジンギとは、別の場所にある何かを移動、放出させてきているだけの代物に過ぎない。


 だけどそれらは何処から……? りりはそう考えて頭を(ひね)るが結論は出ない。何処かからとしか言いようがないのだ。

 フラベルタにそれを聞くと「秘密よ」と流されてしまう。神はこれに関して話す気がないようだった。


「ジンギに理屈はあるとして、魔法には理屈って無いんですか?」

「さあ? 私は。魔法解らないもの。起こり得た結果のデータはあるけれど。何度検証しても物理法則とかを完全に無視してて。何故そうなっているのかが判らないのよ」


 神は "ほぼ万能" と言っていたが、これがその "ほぼ" の答えだ。

 神には魔法が判らないのだ。

 その面だけで言えば、りりもシャチも、この時点で神を超えていると言えた。




 魔法に関してのあれやこれやが一段落した後、フラベルタが上機嫌で切り出す。


「さて。私のお願いを聞いて貰えたことだし。何かあげないとね」

「え、いや良いですよ。そんな勿体無い」


 遠慮をする。りりにとって、念力とはその場でジャンプをする程度の労力しか用いない行為故だ。

 その一方で、シャチは遠慮なく要求を()べた。


「おれは、のうの、きせいちゅうを、はいじょしてほしい」

「あら切実ね。でもそれ。多分だけど排除したら危ないかもよ? 多分だけれど。貴方が貴方でなくなるわ。既になくなってると思うけど」

「……どういうことだ」


 シャチは険しい表情になる。

 シャチとて、そんな不穏な言葉を聞き逃すほど馬鹿ではない。


「それを聞くのが対価でいいかしら? 私は慈善家ではないのよ」

「……」


 フラベルタの言葉に、シャチは黙って固まってしまう。良い案が思いつかないようだった。




 沈黙するシャチの代わりに、仕方がない。と、アーシユルがしゃしゃり出る。


「フラベルタ様。シャチを元の状態に極めて近く出来る方法があれば教えて欲しい。です」


 (かしこ)まらなくても良いとの言葉に迷った結果、結局アーシユルは敬語で話す事にした。


「寄生される前って事でいいのよね?」

「または寄生されてない状態のまま、魔法だけ使えるみたいな都合のいい方法があればそっちを優先で」

「シャチさんはそれで良いかしら?」

「え!? 出来るんですか!?」


 りりの驚きに、フラベルタはフフンと鼻を鳴らす。

 人智を超えた自身の智。それを超えた能力を持つ者を驚かせることが出来たが故だ。


「伊達に人智は超えてないわよ?」

「凄い……」


 りりの方も現代医学をチラと漫画から獲得しているので、その凄さが理解できる。

 フラベルタも、まさかその感想が聞きかじり程度のものでしかないとは夢にも思わない。


「で、シャチ。どうするんだ?」


 アーシユルの問いに、シャチは真剣な面持(おもも)ちで口を開く。


「……たのむ。まほうをつかえて、よかったのはたしかだが、なくても、もんだいなくいきていけるほどに、われわれはつよいのだ。だから、もんだいはない」


 そこには嘘や虚勢は一切無い。ナイトポテンシャルが無くとも、シャチは紛れもない最強生物の一角なのだ。


「天敵がいるとしたら蛸くらいだものね。そりゃあ要らないわよね」

「蛸……ってあの蛸ですよね? 足が8本で墨を吹くやつ」

「ええ。その足8本で墨を吹くので間違いないわよ」


 りりは頭上にクエスチョンを浮かべる。こんなにも(たくま)しいシャチが蛸ごときに負けるとは思えなかったからだ。


「凄く大きいとか?」

「大きいをどう定義づけするかによるわね。でも、海水人魚より小さい程度と言えば判るかしら?」


 たしかに大きいが、それは人間に比べてだ。だが、比べる対象が海水人魚とあっては相対的に大きいとは評価されない。

 りりの頭上にクエスチョンが増えてゆく。


「りり。今度説明してやる。どうせまた齟齬(そご)があるんだろう」

「た……ぶん……」


 持っている常識のすり合わせは次回に回された。


「話を戻して良いかしら?」

「あ、どうぞすみませんでした」


 りりは謝罪して話の続きを聞くことにした。

 話の腰を折ってしまったので、反省として自主的に正座をする。

 フラベルタも何故か正座を真似して、アーシユルも胡座をかいた。


 夜の砂浜で淡い光が灯る中、4人が各々座っている。それを遠くから猫達が眺めているという何とも変な光景が広がる。

 だが、展開される話が話なので当事者達はそれに気を回している余裕は生まれなかった。




「さてシャチさんが寄生されたであろう虫の名前は。"脳食い虫のパス" という種で……」

「「ん、んんんん!?」」


 予想よりもずっと酷いアンサーに、りりもアーシユルも顔を引きつらせた。

 胡座(あぐら)をかいている当人は、可愛そうなほどに目と口をこれでもかと開いて固まっている。


「つまり。シャチさんは脳を食べられていて。食べられた分はパスが代償してると言うことなの。ね? 取り出すと駄目でしょう?」


 取り出すという事は、そのまま脳が欠損すると意味を同じくする。これが、シャチがシャチでいられなくなるという真相だ。

 既に脳が食われているので、切り離せば死ぬ。と、そういう事だ。決して比喩表現ではない。


「キュウイイイイイ!」


 シャチは吠えた。

 翻訳はされていないが、(なげ)いているのは明らかだった。


「なんて哀れな奴なんだ」

「……私、見てられない」


 余りにも哀れ過ぎて、2人共シャチを直視できない。

 そこへ、フラベルタが問題発言をねじ込んでくるのだから目も当てられない事になる。


「だから。シャチさんをコピーしてから。複製して。記憶を引き継がせたら。結果的に脳食い虫の無いシャチさんが出来上がるわ」

「「複……製……?」」

「うわぁ……」


 シャチにもアーシユルにも、言葉自体は通じているようだが、2人共、未知の概念に頭が着いてきていない。

 唯一ついていけているのはクローンの概念を理解しているりりだけだ。


「そんなコピペしたらオッケーみたいな……ん? 待って。それ出来……るんでしょうね。でもそれシャチさんであってシャチさんじゃないんじゃ……」

「そうね」


 厚家羅漢(あっけらかん)と答えるフラベルタに、聞いている側のりりも、思わず苦笑してしまう。


「どういう……いみだ……」

「あたしにも判らん。りり。説明してくれ」


 りりは思考停止気味になっている2人から質問を受けるが、それ以上に気になることがあるので、そちらを優先する。


「その前に……フラベルタ様、それをした場合、"元のシャチ" さんってどうなるんですか?」

「処分よ」

「ですよね!」


 表情を崩さず言ってのけるフラベルタに、りりは、いっそ笑って力いっぱい返事をする。

 意味の判らぬはシャチとアーシユルだ。

 だがシャチは、処分という言葉に言いしれぬ不安を感じていた。




 りりは、とりあえずなるべく落ち着いて、シャチに判るように説明を入れる。


「えっと、つまりフラベルタ様は、脳を食べられていない状態のシャチさんを新しく作ろうって言ってるんです。今ここに居るシャチさんは殺してです」

「なんだと!」


 シャチは信じられないという表情で叫ぶ。

 その横では、ようやく理解したアーシユルが考察を始める。


「あり得な……くはないのか。神様だもんな。でもそれ新しく作られる……でいいのか? そのシャチは……その……シャチなのか?」

「……理屈ではそう……かな。複製した段階でシャチさんは2人になるから……そんなのまるでスワンプマンだよ」

「まるで。じゃなくてスワンプマンよ」


 フラベルタは、そう断言する。


 スワンプマンとは、簡単に言えば、Aという男が死んで、時を同じくしてその場に全く同じ存在が発生した場合、その男は果たしてAと呼べるのか? というものだ。

 これは思考実験と言われる答えのない問答である……のだが、神の手にかかれば、それは実現してしまう事象になってしまう。


「……何で神様がスワンプマン知ってるんですか……」

「データはある。って言ったじゃない? ツキミヤマさんは。アイツにスキャンされたでしょ?」

「あああああ……私の記憶とか知識とかも丸裸なんですか……」


 りりは頭を抱えてうずくまった。

 そして、理由こそ違うが、隣でシャチも同様に頭を抱える。


 それを見たアーシユルの「酷え……」と、ぽつりと呟いた声が、浜辺にやけに響いたのだった。




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