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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
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46話 人類に似て非なる者

 



「判らないわよ?」


 これはりりの、地球への帰還方法は有るか否か? という問いに対しての、フラベルタの回答だ。

 あまりにもバッサリと切り捨てられたので、りりはいっそ気持ち良いとすら感じた。

 その驚きのせいか、地球への帰還の可能性がグッと下がったのにはまだ気付けない。


「勘違いしないでほしいのは。起きたのはボクスワでの事だから。私が判らないというだけ。でも、ボクスワの[アイツ]なら知ってるはずよ。聞いて素直に応じるとは思えないけど」

「……あ、そうか」


 アーシユルにより、神は国境を境に相手国の出来事の一切を把握していないという情報が既に(もたら)されているので、フラベルタがボクスワで起きたことを知らないというのに合点がいく。


「神様でも万能ってわけじゃないんですね」


 少々口を滑らせたりりの言葉に、フラベルタは、怒るわけでもなく異を唱える。


「いいえ。恐らくほぼ万能よ。ただしてないだけ。そして、私はアイツ以上にしてないの。それにさっきも言ったけど。私は神を名乗った事はないわ。周りがそう呼んでるだけよ」

「口ではこう言ってますけど、フラベルタ様は出不精なだけで、れっきとした神様で、私達人類にはできない事いっぱいできますからね。一応ね?」


 砕け過ぎな態度をとるフラベルタを、神子(みこ)であるマナがサポートして威厳を保つという、理想的な関係がそこにはあった。

 もっとも、目の前で姿が変化したのを既に見ているので、言われずともだ。嫌でも信じるしかない。




「ツキミヤマさんの確認が出来たから。私はこの子と休んでからボクスワに。と思ってたんだけど魔人さんには興味があるのよ。ここはひとつ。魔法を見せてもらえないかしら?」

「え、あっと……」


 答えようとするりりを(さえぎ)って、アーシユルが一歩前に出て、提案をする。


「待って下さい神様。魔法ですが、ある理由により、こちらの海水人魚のシャチが魔法を会得しております。そちらからご覧になっていただきたいのです」

「そんなに(かしこ)まらなくてもいいのよ?」

「いえ、しかし……」


 神とは人間臭い存在であり、ある種の隣人という宗教観念を持っているりりとは違い、アーシユルは幼い頃から、神は異質且つ絶対である。という事を教えられて育ってきたのだ。

 例え神を偽物と判断していようが、その存在そのものを眼の前にして(かしこ)まらないというのは、アーシユルには不可能だった。


「いいわ。亜人が魔法を使えるのはたまにある事だけど。そちらから見ようかしら。でも。わざわざ海水人魚の方から見せるっていうことは。何か訳ありなようね?」

「はい」


 え!? そうだったんですか!? という言葉を飲み込んで、アーシユルは事情を伝える。


「この海水人魚はシャチという名なのですが、どうやら謎の寄生虫の卵を飲んだらしく、突如魔法を使えるようになったのです」


 アーシユルの説明に改めてショックを受けたのか、シャチは苦虫を噛み潰したような表情になって目を(つむ)った。


「それで?」

「はい。問題は、シャチに寄生虫の卵を飲ませた奴が、どうやら[アルカ]方面に向かったようなのです」


 それを聞いてもフラベルタは顔色を変えない。動揺を見せるのはマナの方だ。


「フラベルタ様!」

「ええ。マナとはここでお別れね。一緒にゆっくりしたかったけど。私は魔法を見せてもらってから行くわ」


 アルカとは、ボクスワのキューカと対を成す規模の、ハルノワルドの首都になる。そこへ、魔人製造機とも言えるような寄生虫を持ち込もうとしている(やから)が向かったのだ。


 フラベルタの主義は傍観だが、マナはそうではない。彼女は神子(みこ)である前に、ハルノワルドの一住人なのだ。

 これを聞いて、黙っているマナではなかった。そして、フラベルタもそれを理解している。


「今回は急ぎね。転移はあそこで良いわね?」

「はい。ありがとうございますフラベルタ様」

「任せたわよ」

「任せて下さい」


 フラベルタの尋常ではない決断速度に驚きを覚える。が、これには覚えがあった。ボクスワの神と同じなのだ。


 独特の間があるので判り(づら)いが、思考時間が限りなく0に近い。

 これが、りりの見出した神の共通点だった。




 間もなく、ヒト1人が通れる程の空間の歪みが現れる。


「で、アーシユルさん。その人が向かったというのはいつ頃の事かしら?」

「1ヶ月と1週間程です」


 この数字は、シャチが卵を飲んだ期間に、りり達の滞在期間を合わせたものだ。


「後手に回ったわね。じゃあマナ。そういう事よ」

「大変そうですね……」


 そう言って、マナは躊躇(ちゅうちょ)することなく、空間の歪みへと入って行った。

 マナの姿はそこから消え、その後直ぐに空間の歪みは消失する。


「あたしらもこんな風だったのかな……」

「私達は落とされたじゃない」

「……にゃろう! ムカついてきたぜ」


 アーシユルは、ボクスワの神の仕打ちを思い返し、怒りを再燃焼させる。

 りりは罪悪感もあってそこまでは怒れなかった。


「ところで、[転移]だけどフラベルタ様も使えるみたいだね」

「そりゃあ神様の専売特許みたいなものだからな。ヒトにはこんなの制御出来ない」


 りりとアーシユルがヒソヒソと話していると、フラベルタが「何を話しているの?」と、興味ありげに話に参加してくる。


「え? 神様って、話してる内容とか全部筒抜けなんじゃないんですか?」


 ボクスワの神が、逃亡中のりり達の会話内容を把握していたので、フラベルタにも同じ能力があるという先入観があり、素直に驚いてしまう。


「私は。アイツみたいに情報かき集めたりしていないのよ。それにしても神様神様って。アイツにはウビーっていう名前があるはずなのだけれど」

「……あたし、フラベルタ様の名前を知らなかったのは当然として、ボクスワの神に名前があったとか初めて知ったぜ……」


 アーシユルは、ぼそりとそう漏らす。


 井の中の蛙は大海を知らず。

 研究者気質のアーシユルといえど、ボクスワでしか活動していないのなら、他国の情報や、そこを介した自国の情報は耳に入り(づら)い。

 亜人の多いハルノワルドだからこそ確認されている亜人の魔人化や、ボクスワでは知られていない神の名前に、りりの持つ未知の情報と概念。そして寄生虫。

 だが、そんな、自らを置いてゆく数々の情報を前に、アーシユルは心を踊らせていた。


 苦笑しつつも目を輝かせるアーシユルを見て、フラベルタは呆れ返る。


「あのバカ。まだ言ってなかったのね」

「ハハ……凄い……神様がバカ呼ばわりされてる」


 アーシユルは少しおかしくなって顔を引きつらせて笑う。


「アイツはバカだから。バカって言われても仕方ないわ。そして私もバカなのよ」


 自虐に聞こえる言葉だが、フラベルタの表情は変わらない。

 感情のコントロールが上手いように見えるが、これはクリアメのような崩れないアルカイックスマイルとは訳が違った。まるで感情が表に出ていない。そう言い表せられるようなものだった。


 りりは、独特の間を取って話す事も合わせて、フラベルタを、どこか機械的だと感じたのだった。




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