45話 親しみのある超常存在2
親しげな距離感を取る神相手に2人が返事に困っている中、シャチだけがいつものペースを保っていた。
それどころか、胡座をかいて頬杖をつきはじめる。まるで物怖じをしてなどいない。
その態度が正しいものなのかどうか判らず、2人の混乱はより加速してゆく。
それを見かねて、神子のマナが口を出す。
「まあまあ、落ち着いて。ほら、他でもない神様が良いって言ってるんですから。そこの人魚の方の様にリラックスしてお話ししてくれたら良いんですよー? 神様怖くないですよー?」
人を小馬鹿にしたような態度にも見えるそれは、マナの空気の読めなさ故なのだが、りりはこれを知らない。
「そんな子供をあやすみたいな……」
「え? 子供でしょう?」
「……お幾つで?」
りりの疑問に、アーシユルが「阿呆が」と小声で漏らすも、りりにはその理由が判らない。
マナの見た目は23歳前後。これは、こちらの世界のヒトが日本人のように童顔ではないという事を加味して想像した年齢だったのだが……。
「40は超えてる筈だけれど」
「アッハイ。ごめんなさい。余裕で年上でした」
倍以上生きている人に対して失礼なことを言ってしまったと、りりはペコペコと頭を下げる。
そんな姿に、アーシユルは頭を抱えた。
「見てわかるだろ……エルフだぞ? 見た目から年齢なんか判るかよ」
「そんなこと言ったってー」
これでは、どうやって年長者を見分けているのか判らない。それ程までに、今までりりが目にしてきたエルフ達は、皆この辺りの年齢に見えたのだ。
「エルフだから。の一言で片付いちゃうのよ」
アールヴじゃないからねと小さく続くが、その意味はりりには解らない。
エルフとはそういうものなのだということで鵜呑みにするしかなかったのだ。
「ところで一応の確認ね。貴女。リリ = ツキミヤマさんで良いのよね?」
「あ、はいそうです」
答えると同時に身構える。
これは神相手にというよりは、神という存在がわざわざ自分に会いに来るという事そのものに対しての警戒だ。
そんなりりに、フラベルタは手を平にして宥める。
「落ち着いて。ただのボクスワの神からのメッセージよ。『もしも生きていたら約束どおり許す。[リリジンギ]も使用制限を解除してやる』だそうよ」
これに、りりとアーシユルはピタと動きを止め、顔を見合わせる。
「……あれから今までグライダー使えなかったのか?」
「そう言えば起動してなかった」
りりは首に下げたリリジンギを持ち上げた。外見的には特に変化はない。
「……いや、でも仮に使えたとしても、海から飛んで逃げるとかいう発想自体が出てきてなかったから、無意味だったよね」
「ボソッと何言ってんだ。そもそも、あんな金属の塊が浮くわけないだろ」
「飛行機とかって基本的に浮くようになってるんだよ。グライダーも、乗った感じだと見た目よりずっと軽そうだし、たぶん浮く」
「阿呆! お前そんな……いや、どちらにしても使えなかったのか……」
「「はぁ……」」
当時必死だったとはいえ、そんな簡単な帰還方法があったのだと思いつかなかった事に、2人して肩を落とす。
だが、思いついたとしても使えなかったという事を知らされたので、その時に無意味に絶望を重ねなくても良かったのは幸いとも言えた。
グライダーのなんたるかを知らないシャチは、落ち込む2人を余所に、フラベルタに問いかける。
「フラベルタさまも、そんなようじで、きたわけじゃないのだろう?」
落ち込みは変わらないものの、シャチの不遜な態度に2人は再び困惑する。
これがハルノワルドに於いての神との付き合い方なのか、ただシャチが偉そうなだけなのかの判断がつかないのだ。
しかし、フラベルタはこれに笑って返す。
「いえ? ほぼそんな用事よ? アイツから、『面白い奴がいたが神として罰を与えてやった。生きてるかどうか見てきてくれ』って言われたから来ただけ。アイツがあんな事を言うのは珍しいからね」
そこへ「その割にはスキャン情報以外渡してこなかったけど」と愚痴を続ける。
それを聞いて、アーシユルはホッと胸を撫で下ろした。
「と、言うことは、りりが騎士達にした事とかも無かったことにしてくれるのが確実になったわけだ! りり。複雑だろうが、ひとまず喜んどけ」
「わ、わーい」
りりは見事な棒読みを放つ。
この世界で神は絶対的。それ故、どんなに恨まれていようとも、復讐や報復という事は起こりえない。
一応事前に許すとは聞いていたが、やられたことがほぼ処刑に近いものだったので確信が得られなかったのだが、ここへ来て許すというのが口約束ではなかったということが確定したのだ。
これにて、晴れて2人は犯罪者ではなくなった。
ひとまずの胸のつかえが下りる。
「それとこれ。預かり物ね」
フラベルタの言葉からきっかり10秒。
空間が歪み、そこから使い古された鞄とリュックが現れた。りりとアーシユルの所持品だ。
「わー! ありがとうございます!」
中身を確認すると、壊れたスマートフォンに、替えの奴隷服とスーツとヒールだけだったが、これらは、りりにとって掛け替えのない所有物だ。
変にくちゃくちゃにされていたりしていなかったので、感謝を込めて目一杯のお辞儀をする。
その横で、アーシユルは買い直した道具達と戻ってきたのを見比べて「重複した分はどうしようか……」と、顎を指でつついていた。
2人が一通り持ち物に目を通したのを確認すると、フラベルタが口を開く。
「さて。ところで。神は容姿を変えられるのは常識よね? なのに私を見て。瞬時に魔人と判断したのは何故かしら?」
フラベルタに真っ直ぐな視線を送られ、アーシユルはギクリとして言い淀む。
「別に罰したりはしないわよ。ツキミヤマさんが魔人ということでいいのかしら? 確認してるだけなんだから答えてほしいわ」
「……はい」
フラベルタという神の思考が読めないので、返事に困るアーシユルの代わりに、りりが正直に答える。
人智を超えている存在が相手なので、下手に誤魔化すのは得策とは言えないと思った故だ。
「えっと……私は魔人っていうか、こちらの世界で言うところの魔法を使えるっていうだけで、そもそも[人間]という種族でして……」
「この世界。人間。なるほど。と言うことは。貴女は異世界から来たのね?」
「え!? はい」
瞬時に言い当てられる。フラベルタは神だけあってか、異世界という概念を理解していた。
だが、この発言に驚いたのはりりだけではない。
「たったそれだけで異世界人を特定するのか……やっぱり神だな……あたしもう訳わからん」
「いせかい?」
「え!? 異世界って私たちエルフの戯言じゃなかったんですか!?」
シャチはまだしも、神子であるマナですら驚いていた。
パラレルワールドの概念は、哲学というよりは戯言として扱われていたようだ。
「あら。やっちゃったわね。忘れてね」
「いくらフラベルタ様の言うことでも……」
「無理だぜ」
「むりだな」
「あらぁ?」
ハルノワルドの神、フラベルタ。
彼女は、ボクスワの神よりもずっと……。
「いや、砕けすぎっ!」
りりは思わずツッコんでしまった。




