42話 魅了する者
早朝。
外での仮眠を野宿と言うのなら野宿の後。りり達は、海岸から宿へと向かう。
昨日と違う点は、アーシユルが支えているのではなく、りり自身がアーシユルに軽くしがみついている程度で歩けているというところだ。
気絶している間にナイトポテンシャルが発動しているのは確かなようで、その回復は目覚ましかった。
ついでに、りりの肌も艶々になっている。逆に、アーシユルはややげっそり気味だ。
「今まで見る余裕あまりなかったけど、街並み綺麗だね」
朝焼けに染まる家々。
この時間は、ヒトの活動時間とも海水人魚の活動時間とも被っていないので、そこら中に居る猫を除けば生き物の気配がない。
ある意味、アーシユルと2人っきりの空間だ。
「そうか?」
「うん。建物が一々大きい所とかがちょっと気になってたけど、シャチさんみたいな人魚の人とかが居るからなんだよね」
町並みはボクスワのキューカとは異なり、どれもが1階建て且つ背が高かった。
「そうだな。ボクスワではたまにエルフを見かける程度だったが、ゼーヴィルでは海水人魚がウロウロするからな。飲食店とかだとどれもでかい。まぁ、ウロウロと言っても、全体で2〜30人くらいらしいがな」
「詳しいね。ガイドさんみたい」
「あたしはお前のガイドも兼任してるんだよ! 忘れたのか!」
「冗談だよー」
笑いながら言うと、意地悪気に耳を引っ張られる。
少し痛いのも事実だが、それも楽しく思えたのも事実だ。
りりにとって、アーシユルはもう無くてはならない存在になっていた。
「ごめんごめん。ところで、ガイドさん。他になにか無い?」
「調子が良いな……後は猫が多いくらいだ」
「ふぅん?」
漁港に猫が多いのは当たり前。
そんな日本人しか持っていないような認識を、漏れなくりりも持っている。
別段違和感を感じないまま辺りを見渡すと、アーシユルの言った通りに猫を見つけた。
「あ、本当だ。かわい……うん?」
「どうした?」
見間違えかと、目を擦って再度猫を見る。
猫は、尾が二又になっていた。
「猫又……?」
「何だそれ?」
「尾が2本ある……こう……霊力を持った猫?」
漠然としか知らないものは説明出来ない。りりの説明はここが限界だ。
「……りりのとこの猫は尾が無いのか?」
「いや、普通1本なんだけど……2本あるやつは魔法みたいなのが使えるっていう言い伝えがあってね」
「……言い伝え?」
アーシユルは、コイツまたか。という顔で見る。
ファンタジーに片足を突っ込んでいる話が、さもあるかのように言われているのは日本の特徴だ。りりは、指摘されて初めてそれに気づいた。
一応、知りたがりの為にどういうものかの説明をする。
「御伽噺的な物なんだけど、日本人は何かまことしやかに信じてるところあるんだよね。狐と狸と猫は人を化かすみたいな。鼬もそうだったかな?」
「終わりか?」
「え、はい」
「良しじゃあいつものだ」
「いつもの? ……あぁ、いつものね」
いつもの。
文化や言語の擦り合わせだ。
こちらの世界には御伽噺の概念が無いので、真偽はともかくとして、昔から伝わる事柄だと。
化かすが伝わらなかったので、魔法等を駆使して騙す行為だと。
霊力とは魔力的な概念で良いと……そう伝えた。
「なるほどな。まあ確かに、あの近寄ってきたときの全部どうでもよくなるような愛おしさといったら……確かに魔法のようなものかもしれんな」
アーシユルは、猫のことを思い出して微笑む。
「猫好きなの? 確かに可愛いけど、そこまで? 大袈裟じゃない?」
「当たり前だろ? あたしは猫す……き? あれ? いや別にそんなに好きじゃないけど……可愛い……じゃないか?」
一瞬前までにこやかだったというのに、アーシユルはあっという間に疑問一杯の顔になって、何かがおかしい。と、首を傾げた。
「歯切れ悪いね」
「……いや、何もかもどうでもよくなるくらい愛おしく感じてたんだが……よくよく考えてみたら特に好きじゃないんだよな……」
もっと言うならば、ハンターであるアーシユルからしたら、猫は愛玩動物ではなく食料だ。故に、これほど首を傾げている。
りりはそれを知らないので、アーシユル以上に意味がわからない。
「何それ?」
「いや、本当なんだって! ちょっと待ってろ」
アーシユルは猫の方に駆けてゆく。
1人残されたりりだが、昨日と違って自立はさして苦ではないので、大人しく待つことにした。
数分後。
アーシユルは、遠くからでも判るくらいの満面の笑みで猫を抱いて帰って来る。
「その笑顔こっちに向けてくれたら良いのになぁ……」
そんな事をぼそりと呟いて、りりは頭の中が恋する乙女のソレになっている事を自覚し、ボッと顔を赤くさせた。
「見ろよぉ! りり! こーんなに可愛いんだぜぇ!」
「キャラ違いすぎない?」
浮かれる気持ちは、アーシユルの豹変による驚きで上書きされてしまう。
帰って来た顔の緩みきったアーシユルの腕の中には、灰色の固太りした2尾の猫が居た。
ふてぶてしい顔の、ある意味最高に猫らしい猫で、猫好きならば「そこが良い」と力説するような雰囲気だ。
アーシユルは可愛いと言うが、りりの目からはあまり可愛くは見えない。
尾が2本あって、それぞれが別々に動いているという以外は、単純に猫というだけだ。
そんな猫に、りりは大いに睨まれていた。
「良いから抱いてみろって。本当にもう……愛おしいっていうか」
「う、うん」
騙されたと思って抱くと、見た目通りの重量がりりの右腕にかかる……と同時に、触れている所から妙な感覚が伝わる。
「良いだろう?」
「良い悪いっていうか、この猫やっぱり魔物に見えるんだけど」
「………………何だって?」
アーシユルは真剣な表情になり、研究者モードに切り替わる。
「光が猫を通過して出てくるときに弱まってるし……多分受け止めきれないのが溢れてるか、受け止め方が下手かだと思う」
そっと抱いていた猫をリリースすると、猫は見た目通りのふてぶてしさで去って行った。
「アーシユル魅了されてない? おかしいよ」
「魅了? まさかだろ。そんな魅力たっぷりなのはクリアメを始めとする体格の大きな女だぜ」
「そうじゃなくて、魅了。チャーム。そういう魔法。特別猫が好きってわけじゃないんでしょ? なのにそれはおかしくない? って話してるの」
ついでに、触れていた時に妙な感覚がしたことも加えて伝える。
アーシユルは心を操られるという概念がピンとこないのか、梟もかくやというほどに首を捻った。
「……つまり、ゼーヴィルの猫は魔法が使える獣……魔物だと?」
「分からないけど、魔力ってエナジーコントロールで受けるんだよね? なら、あの猫はエナジーコントロール使ってたよ。弱いけど」
魔物かどうかの判断は、本来ならば魔法を行使したかどうかでしか判断できない。
だが、りりは魔力そのものを感じることが出来るので、魔法を使える生き物かどうかというのは見るだけで分かる。
これを聞いて、アーシユルは苦々しい顔をして納得した。
「そう言われたら、昨日、猫と遭遇してから、何か考えてたのがすっ飛んでどうでもよくなってた気がする……」
「確定じゃない?」
「かもな。でも、りりには効いてない……んだよな?」
「うん。妙な感覚はあったけど、猫に対する認識は変わってないし」
魅了という魔法があるならば、りりにだって効いていても良いはずだが、りり自身にそういう自覚はない。
魔力を溜め込んでいるせいで効いていない可能性を考えたが、そもそもが仮説なので答えは出なかった。
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2人がやることをやって、揃って朝帰りして二度寝に入った頃。
ハルノワルドの首都アルカで、出不精が久しぶりの外出と洒落込んでいた。
「全く。アイツは。何が『2人が生きていればそちらに流れ着く頃だろう』よ。私はアンテナ張ってないのに。確かに興味はあるけどね。探すならゼーヴィルかしらね?」
溜めの無い独特な喋り方で、女は自らの神子に問いかける。
神子は、ベッドに座って本に目を落としたまま返事をした。
「そうですね。流れ着くと言えばそこですね」
「マナ。手配してくれないかしら。大層にしなくていいからね」
「もちろんですよ。フラベルタ様」
読んでいた本をパタンと閉じて、神子であるマナは支度を始める。
間もなく、フラベルタと呼ばれるハルノワルドの神と、その神子マナが、りりとアーシユルを探し始めたのだった。




