38話 解決の糸口
リズムが狂って夕方頃に目を覚ましたりりは、アーシユルに頼んでご飯を持ってきてもらう。
昨日と変わらず持ってこられたのは水ご飯だが、今は嗅覚がしっかり戻っているので、美味しく食べられる。
「あーやっぱりお米最高」
「りりは米が好きなのか?」
アーシユルから二口目をもらう。
腕は片方だけなら動くので自分で食べられると主張したのだが、怪我人は怪我人らしくしてろと、バッサリ切って捨てられた。
事実、食べされて貰う方が楽なのだが、そこには恥ずかしさがついて回った。
「日本人の主食なの。まぁ、最近じゃパンとか麺とかシリアルとかバラけてるけど、私は断然お米かなぁ」
「シリアル?」
「バランス栄養食の事。牛乳かけて食べるんだ」
「ふうん」
そっけない返事が帰ってくる。
「うわ、興味無さそう」
「いや、文化が違いすぎて……? どうもハッキリとしないものが多くてな。名前から想像できないものを聞いたところで判る気がしないんだ。ほれ食え」
「んむ」
スプーンを差し出され、水にひたひたに浸かった米を頬張る。
今の所、彼氏彼女の関係というよりは、単純に介護者のそれだ。
「ウイルスだってそうだ。そもそも概念として知らないものを理解するっていうのは難しい」
「でも聞きたいんでしょ?」
「そりゃあな。あたしは知りたがりだからな」
りりは一般的な教養がある程度と、後は趣味程度の知識を持っているだけだ。知識の泉を持っているわけではない。
説明も上手いかと言われるとそんな事はないし、間違えた知識だって多分に持っている。
それでも、アーシユルの探究心を刺激できるのならば、いくらだって知識を吐き出してやろう。と、そう考えていた。
アーシユルとの関係は成り行きや空気に流されたものだったが、なんだかんだで、りり自身満更でもないのだ。
食後、少し休憩してから、肩を借りて外に出る。
昨日に引き続いて魔法の開発へと赴くのだ。
足に力は入らないが、昨日と比べて体力がある分、辺りを見渡す余裕があった。
「アーシユル。あの子達も性別無いの?」
視線の先には鞄やノートを持った子供の集団。
見た感じだけで言うと、男の子も女の子も居る。
「無いぜ? 見た感じあいつら勉強帰りだな。あの数だったら2グループだろう」
男の子顔の子はともかく、女の子顔の子であっても無性……則ち、男性器が付いている。
生殖機能こそ持っていなくても、りりからすれば皆男の子だ。違うとわかっていても生物性の違いに混乱を覚える。
「ここから成長するにつれ、体の大きさが一番目と二番目の奴が露骨に女顔になっていく。それ以外なら、成人した時に一気に変わる……例外もあるがな。男になるやつはあまり変わらないが」
「でもアーシユルは身長の割には女顔だよね」
覗き込む。
アーシユルは完全に女顔だ。小さいなら男顔になるはずなのにだ。
「あたしはグループに居なかったからだと思う……事情があってな。ハンターギルドには同世代も居なかったからな」
アーシユルは少し顔を逸らす。
「1人で居ると女になるんだよ。実際、王族貴族とかだと、グループに小さいのを集めて性別調整したりするんだ」
「へぇ……」
「でもどうなるんだろうな……今はりりが居るからな……あたしどっちになるんだろうな」
女性のりりとそれよりも小さいアーシユル。普通に行けばアーシユルは男性になるが、りりは人間でアーシユルはヒト。種族が違うのだ。
今後アーシユルがどうなるのかなど誰にも分からない。
「不安じゃない?」
「さあな。どっちでも良いからな……って思ってたけど、今では男になれればなと思うぜ?」
アーシユルはりりの方を見てニマリと笑う。完全に恋人を見る目のそれだ。
りりは自分が年上であるという事を忘れてニヤけて目を逸らしてしまった。
歩き始めて10分程。息は切れてきたが海岸にまでたどり着く。ようやくとはいえ記録更新だ。
昨日の岩にもたれて海を見る。
昨日とは違ってまだ光があるので、遠くまで透き通る海に心を撃たれた。昔、修学旅行で見た沖縄の海よりも綺麗だと感じる。
だがそんな爽やかな気持ちに浸りきる前に昨日の事を思い出してしまい、爽やかな気持ちは全て煩悩で埋め尽くされてしまった。
「まだ光は要らないな」
「ふわ!? そ、そうだね」
声が裏返る。正にアレな事を思い出していた時だったからだ。なんならそこから発展させた想像に手をかけていたまである。
今日、またこれからそれをするのだと思うと余計に顔が火照った。
「あのなりり」
「は、はい!?」
姿勢を正して身構える。
「落ち着け」
「せやな」
羞恥のあまり、芸人のようなリアクションになってしまう。
「昨日のようなのは最終手段にした方が良いと思うんだ。そもそも、あの魔法は1人でやるものなんだぜ?」
「そ、そうだよね」
アーシユルの言う通りだ。
思春期か! と、自分にツッコミを入れたくなるほど頭の中がピンク色になっていた。
考えを追い払う為にブンブンと頭を振るが、首は痛めたままだったので、思い切り痛みが出て「ぐえ」と、無様な声を出してしまう。
「阿呆。だいたい、そろそろシャチも来るんだ。いきなりあんな事してたら、見えないとはいえ気になるだろう」
「確かに」
噂をすれば、丁度シャチが海から上がってきた。
「あ、来たみたいだよ」
「ん? おお本当だ……おーい! シャチこっちだ!」
アーシユルが叫ぶ。こうでもしないと波に声がかき消されてしまうのだ。
シャチは声に気づき、のしのしと大きな尾を揺らしながらやって来た。目が見えないにも拘わらず一直線で迷いなくだ。
近づいて来れば来る程、改めてその雄々しい身体の大きさと、濡れ輝く体表に圧倒されてしまう。
「流石……やっぱり、海にいるだけあって空間把握能力高いんですね」
「まあな……どいうが、ぐわじいな」
「あー……まぁ」
海洋生物が耳が良いというのは動物番組で得た知識だが、テレビの概念を教える所から言わないといけないので、面倒くさくなって説明を省いた。
「りりの持ってる知識が変なのは今更だ。それよりシャチ。ナイトポテンシャルやってみてくれ」
「なぜだ?」
りりは「失敬な」と言うタイミングを逃して少しムスッとする。
「いや、りりの魔法の話を聞いたんだが、どうやらシャチのそれは自動回復で治るやつかもしれないんだ」
「ぼんどうが!?」
魔法の正体がウイルスであるというのは、ボクスワの神の言葉からも明らかだ。
アーシユルは、これが[魔法]という意味不明なものではなく、毒のような何かだと判断して、治るという結論を出した。
正体がウイルスである以上、免疫を高めれば撃退できるのは道理だ。
ナイトポテンシャルの使えるシャチならば造作もない。
「飽くまで可能性の話だがな」
「やっでみよう」
言うや否や、シャチの身体が淡く光る。
「何か……光、弱いですね」
「りりと戦ってた時は月光背負えてただろ。調子悪いのか?」
「まだ、よるじゃないがらな」
「あ、そうか」
ナイトポテンシャル。名の通り夜に使う魔法だ。
まだ日が沈みきっていないので、この程度が限界なのだ。
魔法に強弱が出る。この現象には思い当たる事があった。
「念力は昼由来のものなのかな? 思い返してみたら、神子さんのところで使って調子良かったのは朝だったし」
「……つまり、りりは吐瀉物とか血とかを持ち上げるのが限界ってわけじゃないのか?」
「多分」
こちらの世界に来てから念力の出力は上がっているが、その最大出力がどれほどのものなのかは検証していないので、今はまだ、りり自身判らない。
「でも、なんで昼と夜で威力が変わるんだ?」
「光の質が変わるからかな?」
「うん?」
りりの目にだけ見えている光。それは、昼どころか夜でも、部屋の中ですら見えている、光ではない光だ。
そもそもそう見えるだけで光ではないので眩しさはまるでない。
これが、時間帯によって濃度や色が変化するというのを知っているのは、りりだけだ。アーシユルには判らない。
「なるぼど。おれにば、わがらんわげだ」
「そうかシャチは知識があるだけで見えてはいないのか」
「あー……」
脳の寄生虫から知識を得ているシャチは、光の存在を知ってはいても見ることが出来ない。その目は特別性ではないのだ。
「シャチさん。もう少し夜も更けたら、もう一度ナイトポテンシャルしてくれませんか? 光がどうなってるか見られたら少し判るかもしれないんで」
「ああ」
話は纏まり、日が暮れるまでは雑談で時間を潰す事にした。




