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月見山りりはヒトデナシ  作者: ふる里みやこ
ゼーヴィル編
28/208

28話 興味と道連れ




 シャチはようやくりり達の方を向き、語りだす。

 そのつぶらな目は閉じられているが、外傷はまるで無い綺麗なものだった。


「まぼうには、2じゅるいある。びるのどぎに、づがえるものど、よるに、づがえるものだ」


 この時点でアーシユルの推測は的中した。

 りりは、その口だけではない洞察力に息を呑む。


「びるは、エナジーゴンドロールが、ぎぼんになる。がらだを、うげざらにじで、まりょぐを、だめるのだ」

「あ、それ私してる……というか見てる限り、それができる人とできない人が居るみたいですよね。私も無意識でしてるから、どうやるかと言われると教えられないんですけど……」

「むいじぎ……だど……?」

「……初耳だぞ。どういう事だ」


 サラッと言ってのけるりりに、聞き逃さなかったぞ。と言わんばかりにアーシユルが詰め寄る。


「えっとですね……陽の光と月の光、どちらもそうなんですけど、他の人には見えていないだけで、普通の光とは違う光っぽいものがエネルギーとしてずっと空から落ちてきてるんですよ。それを受け止められる人と受け止められない人が居てですね……」


 これはりりと、りりの事を知っている故郷の人々にとってだけの常識。

 りりと、りりの祖父には見えていたという謎のエネルギー光の存在が確かにあるというものだ。

 当然、それ以外の殆どの人にとってはそもそも知らない話であり、異世界人たるアーシユルと、最近魔人になってその事を知ったシャチの衝撃は凄まじかった。


「おーまーえー!」

「いだいいだい! 揺さぶらないで! 痛い! 痛いの! 本気で痛い!」

「シャチも見えてるのか!?」


 アーシユルは肩からパッと手を離してシャチへと向き直るが、シャチは首を横に振って答える。


「びがりが、みえる……どいうのば、じっでいるが、おればみえない」

「……うん? なんでシャチには見えてないんだ? 魔法使えてるよな?」


 アーシユルの疑問に、シャチは目を()らして続きを喋ろうとするが……。


「言えないのか……という事は、魔法を教えてもらったという事に関係するんだな? ……ハハーン」


 情報とは目に見えるものだけが全てではない。

 目に見えない、聞こえないものというのも確かな情報なのだ。アーシユルはそれを知っている。


「さて、りり。それはそれとして、後で酷いからな」

「そんなー。むしろアーシユルの聞きたいこと言ったじゃないですかー」


 軽快なやり取りを繰り広げるが、会話内容は人の(ことわり)からは逸脱している。


「づづぎだ……まりょぐば、がらだをどおりぬげる。ぞれを、エナジーゴンドロールをづがっで、うげどめるのだ。ぞうずれば、まりょぐばだまっでいぐ。あどばづがうだげだ」

「どうやってだ?」


 アーシユルの問いに、シャチは再び沈黙した。

 ……僅かな間の後、アーシユルはひらめく。


「お前、さては魔法の使い方知らないな?」


 その言葉に、シャチはビクリとする。図星だ。


「やっぱりか。[月光を背負う者]みたいな事してたな。あれは夜に使ってたから夜の魔法って事だろ? それなら教えられるだろ? それがあればとりあえずりりが回復する。それはシャチの治療にも繋がる事だ……さあ教えろ! 対価は今後のお前自身の人生だ!」

「ギュオオオオオ」


 アーシユルの(まく)し立てに、シャチは鳴き、頭を左右に揺らして悩む素振りを見せる。

 声は特に意味のない音なのか、音声変換器は変換を行わなかった。




 少しして、シャチはもったいぶって口を開く。


「じがだない……だが、ぜづめいば、じづらい。がなり、がんがぐでぎなものなのだ」

「いいから早く」

「はよ」


 りりも悪乗りしてゆく。辛いことが立て続けに起こったのでそれの発散も兼ねていた。

 そんな軽口に、シャチはなお悩む素振(そぶ)りを見せるのだが、それはポーズだ。ただもったいぶっているだけだ。

 シャチも、この状況をそれとなく楽しんでいた。


「づぎのびがりを、あびるのだ。げっごうよぐ、どいうのをじっでいるが? ぞれだ。づぎのびがりが、がらだをうるおわぜるイメージだ」

「抽象的過ぎないか?」


 感覚的と聞いていたものの、もう少し具体的だと思っていたのか、アーシユルはいまいち要領を得ない言葉に肩透かしを食らう。


「あー、でも私が使ってる念力もかなりぼんやり使ってますよ。だからこそ、他の魔法だって使えるかもしれないっていう話も聞けてたんですから」


 アーシユルが理詰めの技巧派なら、りりは感覚派だ。

 故に魔法が使えているというのを誰もが知らない。


「だいじょうぶ、なのだろうな? ほんどうに……」

「が……んばるとしか……とにかく、やり方が判ったんですから試してみましょう。丁度夜なんですから」

「ぞうだな。おれも、ばやいぼうがいい」

「ふはっ」


 2人共がやる気を見せる中、アーシユルは人に見せられないような顔をして笑った。

 そんな妙な笑い方をするアーシユルを正気を疑うように見る。


「……どうしたんですか?」

「いやな? 亜人研究者という肩書をな、持ってな? それでな、魔人が、本当の意味で魔法を習得しようとしているところを……な? 唐突にな?」

「は……はぁ……?」


 少し引き気味になる中、アーシユルはテンションをどんどんと上げていった。

 笑いも、笑いたくてというよりは漏れ出てきているものだ。

 その顔は笑顔とは認識しづらいものになっている。


 放っておこうかとも思ったが、アーシユルは切り替えが早い。

 溜息を一つ吐けば、直ぐにいつもの調子に戻った。


「だがりり。調子には乗るなよ? お前はこの大陸において神にも並ぶ異質な存在なんだからな」

「はい……ところで、神様のことを呼び捨てにしたり異質とか言ったりして大丈夫なんですか? その……信仰心とか」


 多神教の考えが身についている身としては気になるところだった。

 況して、この世界の神はあやふやな存在ではなく顕現(けんげん)しているのだ。

 だが、そんな心配は無用だと、アーシユルはこの世界の、そして己の持つ宗教観を語る。


「神は2人居るんだ。ボクスワとハルノワルドに1人づつ。綺麗に国境を挟んで、その先の事は感知していないらしい」

「え、それって……」


 つまり、ハルノワルドに入った時点で、ボクスワの神の目からは逃れているという事だ。


「あたしの考えでは神は常に1人。2人居る時点でどちらかが偽物……もしくはどちらもだが……予想ではどちらもだな。両方人智を超えているのは確かだが、行動理念がなんか神様って感じじゃないんだよな……少なくとも、ボクスワに居るのは神じゃない」


 重みのある言葉を発するアーシユルの顔は、悟ったような諦めたような……そんな表情だった。

 短い付き合いながら、アーシユルの初めて見せる影に切なさを覚える。


「さあ、あたしは話したぞ! ボクスワじゃ独り言でもヤバイ話しだ。次はりりの番だぜ? 居たんだろ? りりのところにも神が。どんな奴だった?」

「えーと……」


 言葉に詰まる。

 理由は単純。アーシユル達の理解が及ぶ話ではないということが判っていたからだ。

 だが、知りたがりのアーシユルの輝く瞳を前にしては、流されやすいりりなど、何の防衛力も持たない砂上の楼閣に等しい。


「や……」

「や?」

「ヤオヨロズ……つまり八百万程……」


 りりが神子(みこ)の前で念力を使った時。

 アーシユルの前で初めて魔法を披露して騎士相手に吐瀉物をぶつけた時。

 りりの目には魔力と思われる光が見えていると言ったつい先程。


 アーシユル達は、りりが見てきたそれらの驚きのどれよりも力強く……。


「「はぁ!?」」


 と、そう信じられない事を聞いたというリアクションを取ったのだった。




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