205話 祝賀会
浜には、豪華な食事が乗った大テーブルがいくつも並び、食事の香りと潮の香りが、レジャー的な食欲のそそり方をする。
ざっと見渡すが、りりが今まで出会ってきた人から、関係のないゼーヴィルの住人まで。そして普段着の人から、少しおしゃれした人まで。
立食パーティーというよりは、最早1つのお祭りのようになっていた。
先に来ていたケイトが気づいたようで、りり達を呼ぶ。
「りりー、アーシユルー。こっちよー」
声のした方を見ると、ケイトは既に美味しそうに刺し身を食べていたところだった。
隣には例の彼氏もスーツ姿で照れくさそうにしている。
ケイト達に合流すると、そこに一緒に居たガトとシーカーとイロマナは、りりとアーシユルの後ろへと付く。
「えっと……」
困惑するりりにシーカーが答える。
「りり様はわたし達の事を奴隷扱いしないって言ったけど、わたし達はそれでも奴隷なの。だから……」
「奴隷は主人の許可がない限り自由に動いたり前に出てはいけないのだ。それはこの私とて同じだ。だから……」
イロマナがやや高圧的に続く。こう喋るからには意図がある。
「あ、じゃあ自由にしてていいですよ」
「それを待っていた。ではガト。シーカー。行儀よくするのだぞ」
「「はーい」」
イロマナは柔らかな顔で2人と一緒に自由行動しだした。
「あれは……」
「なんかイロマナな。あれでいて疲れてたみたいで、ガトとシーカーの事をまるで自分の子供みたいに扱いだしてな」
「それは……」
実の子であるアーシユルをそっちのけでそんな事をしているのだ。
アーシユルにどう言えば良いか判らない。
「や、あたしは実はあまりショックは受けていない。ただ、お前どうした……っていう気持ちだ」
「……幸せそうなら良いんじゃない?」
「そうかね……」
「それより、りり。こっちのお魚美味しいわよ」
空気を読まずにケイトが入ってくる。
普通ケイトはこういう事はしない。つまり、あえてだ。
「ケイトさんは普段着なんですね」
「まだデート着を買ってないもの。それに、この体を満喫してから元の体に戻るのも悪くはないから、もう少し……ね?」
「でもこのままだと親子みたいに見えますよ?」
ケイトの動きが止まり、ゆっくりと彼氏の方を仰ぎ見る。
「……見えるかしら?」
「はい。正直同僚からからかわれてます。でも俺は、どんな姿のケイトも……」
「……ダーリン!」
「ハニー!」
ケイトがお皿をテーブルにシャっと投げ、彼氏に飛びつく。
一瞬で二人の世界が出来上がった。
「……ケイトこんなんだっけ?」
「うん。なんかよくわからないけど、死後はっちゃけた。それにしても、適当に放り投げたように見えて、お醤油を溢してないの、本当達人じみてる」
先程ケイトが投げた皿から、醤油は溢れていない。
流石に箸までは綺麗に並べられるということはなかったが、ひょんな動作からその動きの熟練具合が見て取れるのがケイトの凄いところだ。
ケイトが彼氏に抱きついてくるくる回っていると、海からシャチ達が網を引きずって来る。
「おう、ちょうどいいところに。りり。ひさしいな」
「シャチさんお久しぶりです」
「きいているぞ。よこのは、アーシユルだな。すこしいいからだになったな」
「おう。判るか?」
「もちろんだ」
アーシユルもシャチも手で狐のようなハンドサインを繰り出す。
こちらの世界でのサムズアップの意味合いだ。
「それより丁度いいって何がです?」
「おおそうだ。パーティのために、さかなをとってきたのだ。とれたてだ。りりもいっしょにのもうじゃないか」
「いいですねぇ! とれたてピチピチ! アーシユル。今日はいいでしょ? ね? パーティだし! お酒はほら飲まないし」
「……程々にな」
アーシユルは若干苦々しい表情でOKを出す。
りりが酒を飲んだ時に人前でのキス地獄につきあわされたのをしっかりと覚えているのだが、パーティは羽目を外す場所だと弁えている。
あとはりりがセーブするだけだ。
パーティがそこそこ盛り上がっているところへ、フラベルタと王達がゲートから出てくる。
皆それに気づいたのか、一瞬騒ぐのを止め、王へとなおる。
「よい! ありがたいが、今日の主役はそこに居る魔人殿率いるギルドメンバー[極め]だ」
「因みに何のパーティかというのを聞いておられない方も多いと思われますので」
クレウス王の説明にレーン補佐官が続く。
そして、パーティの内容はフラベルタから齎された。
「今回の立食パーティ。それは。この……」
パチンという音とともに、ゲートから、ゆっくりと巨大な物が浜辺へと降りてくる。
それを見た全員が、目を丸くするか吹き出すかした。
ゲートから降りてきたのは翼竜の頭。
防腐処置が成されているのか、若干色が濃くなっているが、紛れもなく先日討伐した対象だ。
「翼竜討伐記念パーティでした! なんと。私を除く[極め]の3人だけで。あの翼竜を討伐した。その記念よ」
「「「「「はああああああああああああああああ!?!?!?」」」」」」
[極め]以外の一同の心が一つになった。
一応アーシユルの成人祝いと言われてきたが、パーティの名目としては翼竜討伐記念パーティーだったようだ。
翼竜。
今までに討伐された飛竜は、ただの1匹もいない。
それもダークソードを使ってダメージを与えられた程度のものだったのだ。
それをたった3人で討伐に至る等、ありえないことだった。
「馬鹿な……息子達が着ていた物の何倍あるのだ……」
イロマナがそう漏らす。
イロマナの息子達は黒い鎧を来ていた。見た目は丁度、今の防腐処置のされたドラゴンの革と同じ色だ。
ドラゴンの革は絶縁素材。
その知識があったから、りり達はエディ戦で電気系統のジンギを使わなかった。
イロマナにとって意味合いの強い巨大な物体の討伐パーティ。
イロマナは力なく笑った。
「は……ハハ……勝てないわけだ。ハハハ。ハハハ……ハハ……」
「おばちゃん元気だして」
「そうですよイロマナ。落ち込んでばかりじゃ駄目ですよ」
落ち込むイロマナをガトとシーカーが宥める。
「お前達……あぁ、でももう少しだけ、もう少しだけだ……」
イロマナは確かに2人を娘のように扱っていた。
ガトは確かに娘のような立ち位置に収まったようだが、シーカーは奴隷の先輩の立ち位置に居るようだ。
ちぐはぐで噛み合っていないようだが、不思議とこれで噛み合っている。
少しイロマナがおかしいが、これはこれで良さそうだった。
イロマナ達を見ていると、今度は "馬引き" 達が挨拶に来る。
「お久しぶりですりりさん。アーシユル」
「お久しぶりです」
「おっさん。久しぶりだな」
「そっちは相変わらずの生意気さだなぁ」
思えばりりの逃亡劇の立役者だ。旅の始まりは馬引きと共にあった。
「いやぁそれにしても……ドラゴンをね……それも両方のをとは、すごいなぁ。おっちゃん驚いて "トナカイ" の角に刺さりそうだったよ」
「トナカイも来てるのか……」
アーシユルの視線の先を見ると、トナカイ馬車があった。相変わらず木に角をこすり付けている。
その鋭さは前にも増しているように見えた。
「それより、ウビ……神様に私達が落とされてから何処へ?」
「何処へも何も、おっちゃんは普通通りに仕事をしていただけだよ」
「そう言えばおっさんは無罪とか言われてたな」
「逆にりりさん達はどうだったんで?」
「私達は……」
馬引きと別れた後の旅の軌跡を語ろうとすると、飯抜きグループのリーダーが割って入る。
「ちょっと馬引き! 私も話をしたいんだよ! 母さんに止められておっかけもろくに出来てないんだから」
「ちょっと! "姉御" 今俺が喋ってるだろぉ!」
馬引きは他の人と喋る時は一人称が俺になるようだ。
しかし、りり達にはもっと引っかかることがある。
「姉御?」
そう。馬引きが女性に対して言ったこのセリフだ。
「え、いや……」
「おやぁ? 姉御、まだ話してなかったのかぁ?」
「うるさいね! あんたみたいに仕事にピッタリって名前じゃないんだよ!」
この不穏な空気には覚えがある。
「え、まさか!?」
「おいおい嘘だろ」
「そうだよ。この人、ウチの姉で、名前が……」
「いちいちそんなの言わなくていい! 名前は判らないままの方が素敵だったでしょ!」
"姉御" が馬引きを殴る。
「おお、やるかやるか! 俺だっていつまでも姉御に負けてばかりってわけじゃないんだぞぉ!」
「おおやってやろうじゃない! あ、魔人さん。お話はこの阿呆を相手してからにするわねー?」
姉御はにこやかに、そう言い放つ。
「行こっか……」
「……ああ」
[それ名前かよファミリー]とは何かと縁があるようだった。
喧嘩する馬引きと姉御、そしてそれを見物するギャラリーの間を縫って、りり達は他の人に会いに行く。




