164話 裸の付き合い
「で、これどうするの?」
「血抜きして、肉を取り除いていく……かな?」
「……よし。フラベルタを呼ぼう。そんで、竜の皮を売るっていう名目ならフラベルタも[極め]としてなら協力してくれると思うし」
「良い案ね」
「んじゃ早速……」
メールで呼び出すと、フラベルタはゲートからホイホイと出てきた。
「考えたわね。確かに[極め]の一員としては協力しなきゃ駄目ね」
こうは言っているが、その実、嬉しそうでもある。
「じゃあ。ズルしちゃいましょうか」
「ズルとは?」
「フフフ。それはね……」
パチン
フラベルタが指を鳴らすと、ドラゴンがまるごとゲートで何処かへと落とし込まれた。
「何してるのこれ……」
「出来上がるまでに少し時間がかかるわ。だから。アーシユルの家に行きましょう? 私にもプロヴァンさんの料理を振る舞ってほしいわ」
「それはいいですね。是非にそうさせましょう」
アーシユルの敬語に、フラベルタは少し複雑そうな顔をして、りりとアーシユルを見比べる。
「しかし。解ってはいたけど。本当に入れ替わっているのねぇ」
「まぁね。知ってる人は驚くだろうね」
「あたしとしては仲間ってのも加味してもフラベルタ様にタメ口きいてるりりの方が驚くぜ」
「それはそれこれはこれ。じゃあ、ゲートのジンギの試し撃ちでもしようか」
2つのゲートのジンギを持って見比べる。
3つある内の1つは帰還用とウビーが教えてくれたのでいいのだが、残り2つのどちらがアーシユルの家にまで通じている方かは判らない。
こればかりは試すしか……。
と思っていると、フラベルタが口を挟む。
「右手に持ってるのがアーシユル宅へ座標ね。左手のはキューカの座標585の663ね。で。アーシユルが持っているのがりりの世界へ繋がるジンギよ」
「座標? 座標ってなんだ?」
アーシユルが首を傾げる。
「座標っていうのは場所を示す言葉だよ。例えばここが座標0の0だとすると、アーシユル側に一歩進んだこの位置が座標0の1になるわけ」
「はーん……それは……」
「共通基準として設ければ便利そうね。地図とかに使いやすいんじゃないかしら」
「………………ケイト、お前すげえ賢いな」
「フフン? もっと褒めてもいいのよ?」
ケイトは腰に手を当て、その場で腰を振る。
褒められて素直にご機嫌になっている。
だが実際にお手柄だ。
こちらの世界では地図というものが漠然としか発達していない。
書く人によって地図はまちまちなのだ。
そこに座標という概念が入ると、地図の完成度が上がるのは間違いない。
「ねえフラベルタ」
「言わないでりり。判ってるから。私またやらかした感じよね?」
「せやね」
フラベルタが口を滑らせて技術のブレイクスルーを起こしかけたのはこれで何度目かになる。
その殆どをりりが止めているのだが、今回は止められそうにない。それに、りりも止めるつもりはない。
これがきっかけで、この大陸の地図の完成度が高くなるのは、もう少し先の話だ。
ゲートを起動すると、フラベルタの言う通り、アーシユル宅へと繋がっていた。
「ただいまですー」
「帰ったぜ。それと、フラベルタ様も来ておられる。改めてプロヴァン達も挨拶しろ」
「かしこまりました。直ちに参ります」
2階からプロヴァン達の動作音が聞こえる。
どうやらメナージュがガトとシーカーを読んでいるようだ。
間もなく4人が降りてきて[極め]一行を出迎える。
「これはアーシユルお嬢様方。無事にお帰りになられて、わたくしめ等も安心致しました」
「おう。なんたって、このパーティで一番弱いのがフラベルタ様っていう異常なパーティだからな」
柔らかなムードが流れる。
プロヴァンはこういうところが上手い。
そのままプロヴァンはフラベルタに2人を紹介する。
「フラベルタ様。恐らくご存知でしょうが、改めまして。こちら、ガト様とシーカー様です。アーシユルお嬢様方が引き取られた奴隷……となっておりますが、その実保護された方々です」
ガトはたしかにそうだがシーカーは違う。
しかし、りり達がシーカーの家に侵入しているところを誰か見ている人物がいたなら、シーカーもガトと同じ運命を辿る事は目に見えていたので、保護したと言えないでもない。
少なくとも、プロヴァンの中ではそうなっている。
「ほら。こちらがハルノワルドの神、フラベルタ様です。お二方共、挨拶なさってください」
「ど、どうもシーカーと言います」
「……ガトです」
「どうもよろしくね。ガトさんにシーカーさん」
一応初対面ではないが、自己紹介をしたのはこれが初めてになる。
何事も礼儀だ。
これでガトやシーカーがこれで気兼ねなく……とまではいかないが、少しマシに接することが出来るようになる。
「さてじゃあ風呂にしよう。あたし等は疲れた」
「アーシユルはだらしがないわね」
「あたしっていうか、りりの身体が疲れやすいんだ。何もしてなくてもどんどん体力が奪われていくって結構しんどいんだぜ?」
アーシユルはそう言って、二階への階段へ座り込む。
「りり。悪いが風呂頼む。あたしはもう無理だ」
「おっけ。今はガラスの巨神があるから、前と違って直ぐにできると思うよ」
「頼もしいな。あたしはほんのちょっとでも寝る……おやすみ」
アーシユルは頭を伏せて、そのまま眠ってしまった。
油断しきったその姿は、りりの姿であろうと非常に愛らしいものに映る。
「アーシユルお嬢様もお疲れのようですな」
「アーシユルも慣れないでしょうしね。私の身体。寧ろ私の方はまだ元気だし、如何に私の体がこっちに合ってないか解りますよ」
重力が違う。
ただそれだけの理由で、りりはこの世界に適応できていない。
それが今、アーシユルにバトンパスされているのだ。
重力に慣れた体から高重力下へ。これはりりが経験した事だが、アーシユルも同じ経験をしている事になる。
とはいっても、りりがある程度慣れてきた上での肉体交換なので、アーシユルの負担は、当時のりりよりずっと軽い。
逆にりりはその重力に適した体になっているのだから、元気も有り余っている。
況してアーシユルの鍛えられた肉体だ。調子の良さは折り紙付きだ。
「さて、じゃあさっそく。お風呂は裏庭で良いかな? 作るの」
「それが良いと思われます」
「そいじゃまさっそく……」
アーシユルとプロヴァン以外の全員で裏庭へと向かい、そこでりりがガラスの巨神を展開する。
メナージュもそうだが、ガトとシーカーはりりが本気で魔人をしているところを見るのは初めてだ。
そして、その初めて見るのがこの巨神。
メナージュには棒人間のように見えているが、ガトとシーカーには……。
「滅ぼせる……確かに、こんなのが来たら街1つ簡単に滅んじゃう……アーシユル様の言ってたことは嘘じゃなかった……したがって正解だった! 私偉い!」
「ふぁー……」
シーカーは乾いた笑いを放ちながら、自己肯定に走り出した。
ガトはその場で放心して、そのまま漏らした。少々ゆるいようだ。
「りり様ぁー! ガト様のお世話をしに少し部屋にまで戻ってますねー!」
「はーいよろしくー!」
地上と空中。
距離が離れているので、お互い叫んでやり取りをする。
ガトがメナージュに連れられて家へと入って行くのを見届けると、早速、鉄筋ジンギと火炎ジンギと黒球を使って作業に入る。
といっても工程は変わらない。
規模と強度を増して作るだけだ。
小一時間程で、鉄製の風呂桶が完成した。
水を入れて、先程まで使っていた黒球を使い、お湯を沸かしてしまえば露天風呂が出来上がる。
ガラスの巨神を引っ込めて、下で待っていた皆と合流する。
「待っててくれたんですね。有難うございます」
「いえ……ただただすごいなと思うばかりです……私は間違ってませんでした」
「そう? なら良かったね?」
シーカーはりりに目を合わせようとはしなかった。
「さて。ケイトさんアーシユルを……あれ? フラベルタは?」
ケイトにアーシユルを起こしてもらおうと思い声をかけたのだが、この場にフラベルタが居ない事に気づき、そのまま問いかける。
「あぁ、フラベルタ様はアーシユルを起こしに行かれたわ」
「神様に起こされるのか……ゴッドモーニングじゃん」
「は?」
くだらないことを言っていると、アーシユルがさっさと起きてやってきた。
「おーう、りりありがとう。しかし、でかいの作ったな」
あくびをしながらアーシユルはフラベルタの後ろに付いて来た。
まだ寝ぼけているのか、あくびを繰り返している。
「皆で入れるようにね」
「なるほどな。じゃあ皆で入るか」
「いえ、わたくしは後でで。直ぐにメナージュに皆様のお着替えを用意してまいります」
プロヴァンは目ざとい。
りりが単純に巨大な風呂桶しか作っていないのをすぐに見抜き、混浴に男性が混ざるのを回避した。
「……あー、プロヴァンさんごめんなさい。しっかりしてたつもりなんですけど」
「いえいえ構いません。全員で家を空けるわけにも参りませんので、皆様の入浴中は私が留守番をするだけでございます。そのかわり、わたくしは熱めが好きでございます故……」
「解りました。お風呂上がる時にちょっと熱めにしておきますね」
「有難うございます」
プロヴァンとそんなやり取りをしている間に、アーシユルとケイトはさっさと服を脱いでお風呂へと飛び込んでいった。
「こらー! お風呂は静かに入るものなんですー! 飛び込んだり暴れたりしないの!」
「ほほほ。ではわたくしはこれで」
「あ、はーい」
アーシユル達を叱っていると、プロヴァンはメナージュを連れて家へと戻っていった。
「さて、ガトちゃんも、シーカーさんも一緒に入りましょう? 気持ちいいですよ?」
「え? 奴隷を風呂に? しかも一緒に? 正気ですか?」
「……うれしいけど、いいの?」
「前も言いましたけど、奴隷っていう体なだけで、実際に奴隷として扱うわけじゃないですから。ささ」
2人の背中を押して、簡易脱衣所にまで案内する。
「フラベルタも入りなよ」
「そうね。じゃあお先に」
そう言ってフラベルタは服を着たまま入ろうとする。
「あ、フラベルタ! 服はこっち……で?」
脱ぐようにと言おうとして止まる。
フラベルタの衣服は、湯船に近づいていく間に、まるで最初から無かったかのように、空中へと溶けて消えていった。
ナノマシンを無駄遣いしたハンズフリー脱衣だ。
「おぉー。フラベルタ様すげえ!」
「どうなっているのかしら? 不思議ね」
「フフン。良いでしょう? あら、ちょうどいい温度ね。流石りりね」
フラベルタはチャプンとお湯に使って、やや寝転ぶような姿勢でくつろぎ始めた。その顔はこれでもかというくらい緩んでいる。
それを見たガトがぼそりと漏らす。
「まるでウビー様みたい」
それを聞いて、シーカーは複雑そうな表情を見せる。
「……そっか。あんたの前ではウビー様はあんなのだったのね。私には想像もつかないわ」
魅了された者の前で見せる姿。
フラベルタがりりに見せる顔は、ウビーがガトに見せる顔なのだ。
複雑な気持ちになりながら、後ろからガトとシーカーを脱がせて、一緒にお風呂に入る。
りりはアーシユルの身体になってから初めてのお風呂だ。
アーシユルの身体は以前のような傷は微塵も無い。全てナイトポテンシャルのソレで消えてしまった。
今あるのは若々しい少年のような肉体。りりは特に下が気になる。
玉は無いし、ちっちゃいのがプランとしているだけだが、本来りりには存在していない器官だ。トイレではもうお世話になっているが、それでもまだ慣れきってはいない。
若干前を気にしながら風呂に入るが、入ればその考えは吹き飛んだ。
「ん"ああああ……たまらーん」
「りり、何か年寄りっぽいぞ」
「お風呂では誰もが老人になるのじゃよ」
「なんだそれ」
アーシユルが馬鹿かお前という顔を浮かべるが、ケイトは頭を縦に振る。
「あー判るわ。なんかこう、子供になってはしゃぐ気分か、ふにゃふにゃになってくつろぐ気分かどっちか迷う感じよね」
「あー確かにそうですね。私は後者ですけど」
「普通風呂って滅多に入れるものじゃないからはしゃぐほうが得だろう」
「それも分からないではないけど、もう風呂桶は作ったから、これからそう珍しいものでもなくなるよ?」
そう言うと、アーシユルも軽く首を縦に振り出す。
「確かにな。じゃああたしもくつろぐか」
そう言ってアーシユルは、だらんと身体を大の字にして思いっきりくつろぎだした。
現金だ。アーシユルはこういうところがある。
「ちょっと股閉じてよ!」
「男は居ないんだから良いじゃないか」
「居なくてもするの!」
アーシユルの足を持って無理やり閉じさせる。
アーシユルもそこまでされたらと、仕方なく足だけ閉じた。
一仕事終え、ワーキャット組みにも話を振る。
「シーカーさん達はどうです?」
「しふくのひとときです……んなぁー」
「んなぁー」
見ると、二人共目をつむってゴロゴロと喉を鳴らして猫なで声を漏らしていた。
全身の毛は短毛だが、ペタリと体に張り付いている。
胸からお腹周りには毛がないので、そこだけ見れば人と変わらない……ということもなかった。
「……ワーキャットって副乳なんですか?」
「おや、りり様知らなかったんですか? ワーキャットはおっぱいがいっぱいですよ?」
シーカーが各胸をムニムニと触る。
それぞれ大きくはないが、そのどれもがほのかな膨らみのある女性の乳をしている。
ガトも同様だが、シーカーよりも小さい。見た目通り幼児体型のようだ。
そんな珍しいものをまじまじと見ていると、メナージュが籠一杯に着替えを持って来る。
「お嬢様方。着替えをお持ちしましたので、こちらに置いておきますね」
「おう。メナージュ。お前も入れ」
「フーゥ待ってました! では早速……」
そのメナージュが脱衣所でメイド服を脱ぎ始める。
若干脱ぎにくそうではあるが、りりが知っているゴテゴテした無意味なメイド服と比べるとずっと脱ぎやすそうだった。
だが、メイド服の下から、サラシが出てきた時には、そんな考えは吹っ飛んだ。
まさか!? そう思った。
そんなお約束があってはならない。そう信じていたかったのだが……。
現実はお約束だった。
サラシが解かれて出てきたのはハリのある巨乳。
背が高いだけの印象しか無かったメナージュだが、服の下にはとんだモンスターが隠れていた。
「ふぅ。ではお風呂ご一緒させていただくっす」
メナージュが風呂に入ると同時に、全員の視線がメナージュの乳へと向かう。
「う、浮いてる……」
「でけえな」
「貴女、実は経産婦とかでは?」
「ないっすよー」
ヘラヘラと笑うメナージュ。
そこへ、ガトが疑問を投げかける。
「皆はメナージュさんみたいなおっぱい羨ましいんですか?」
ナイスな質問。りりはそう思った。
といっても、アーシユルの感想が気になるだけだ。
「私はそうでもないわね。ていうか胸は大きくても邪魔だもの」
「私も……程々がいいかな。いやでも、もうちょっと欲しいなとは思うかな」
アーシユルは? とでも言いたげにアーシユルに目を運ぶ。
「あたしはまだ性別無いからなんともだな。まぁそれだけあれば揉みごたえは抜群だとは思うが……」
特別興味は無いようだ。
ある意味アーシユルらしいと言えばらしかった。
「肩が痛くなるので、無いほうが楽だと思うっすよ。ワーキャットの人達はこんな乳にならないっていうのは聞いてるっすけど?」
「ええ。私達皆小さいからね? 赤ちゃん出来てもそれぞれがちょっとづつ大きくなるだけだから、そこまで大きいと圧倒されるなぁ……って」
「同じく」
こう聞くと、ワーキャット達はどちらかと言えば猫に近いようだ。
ふむふむと知的欲求を満たしていると、ケイトから衝撃の一言が発せられる。
「あら? でも私達はフィジカルハイで姿を変えれるから、胸の大きさも自在よ?」
「え!?」
りりに衝撃走る。
「……気づいてなかったのか」
「発想が天才のソレ。アーシユルの……おと……な……の……」
話している途中、突如力が抜け、意識が遠ざかってゆく。
のぼせたわけではない。本当に突然のことだ。
混乱する中、どんどんと力が抜けていく。
「りり? おいどうした!?」
アーシユルが慌ててりりを抱きかかえる。
「アーシユルお嬢様心配することないっすよ。これは……」
遠くで声が聞こえるが、意識は遠ざかっていく一方で、りりはやがてそのまま意識を失った。




