163話 エディの終わり
アーシユルとグライダー。
この2つはドラゴンに毒が回るまでの逃走の生命線だ。どちらも失う訳にはいかない。
失ってしまえば、いくら身体能力が上昇していようが、ドラゴンに敵うわけがないからだ。
りりが両肩から目を生やして、前方と左右から来る剣を叩き落とすなり逸らすなりする。
ケイトは後方だ。
ケイトはまだいい。後ろから追ってくるのを弾くだけだ。
だがりりは違う。高速で上空を飛び回りながら、単純計算でケイトの3倍も数をこなさなければいけない上に、グライダーが動く位置に来る剣の起動まで計算しなければならない。
しかも前から来た場合、弾くのにエネルギーも必要になる。
『…………っ!』
剣がいよいよ殺到する。
りりは決して馬鹿ではない。だが、脳の回転はそう早くはない。それはフィジカルハイで加速していてもだ。
寧ろ動体視力が上がった分だけ、感覚とのズレの修正に脳の容量を使う事になる。
剣をひたすら弾く。弾く。弾く。
弾いて弾いて弾きつくす。
1つでもアーシユルに当たればグライダーは誰も操作ができなくなるし、1つでもグライダーに当たればグライダーはもうそれだけで飛べなくなる。
ただの一発も受けてはいけないのだ。
歯を食いしばりながら、瞬きをするのも忘れて、死に物狂いで剣撃を弾きながらドラゴンから遠ざかる。
やがて、剣が薄っすらとしたものになり………………完全に消えた。
後下方を見ると、ドラゴンが丁度膝を付き、ズシンと横倒しになるところだった。
『やったか!?』
『そのようね。死んだふりをしてなければね』
2人は完全にフラグ的な発言をするが、りりはあえて黙った。
今はそんな時ではないし、それがフラグ的発言だと理解する者がここには居ないからだ。
地に降り立つ。
だが、いざという時の為にグライダーは置いたままだ。
3人で近づく。
ドラゴンはぐったりとしており、まだ浅くではあるが、短く呼吸をして、りり達を憎々しげに睨み、唸っていた。
しかし、最早背の光輪は消え去り魔力はどんどんと漏れ出している。キープすることすら出来ていないようだ。
しっかり毒が回りきっているように見える。
「効いた……な」
「効かなかったらどうするつもりだった?」
「……知らん。戦ってる内にどうにかするつもりだったぜ」
ノープランだった。
そもそも戦う対象はエディの予定だったのだ。決してこんな強大なドラゴンなどではなかった。
「そういえば飛ばなかったね。翼竜っていうのに」
「多分だが、エディが飛び方を知らなかったとかじゃないか?」
「え!? そんな理由!?」
思わずアーシユルに振り返る。
「有り得そうね。私も最初自分の歩幅にびっくりして何度か転んだもの」
「だろ?」
「えー」
「そんなことよりトドメと行こうぜ。まだ死んでないからな」
「……そうだね」
気持ちを切り替えて協力してドラゴンにとどめを刺す。
といっても外部からダメージを与えるのはその皮膚のせいで通りづらい。
よって、巨大な黒球でひたすら熱を奪う作戦に出る。
これはりりが1番作るのが上手く早い。
「そーらそーら」
「そーれそーれ」
「それ言わなきゃ駄目?」
「やればやるほど弱っていくんだ。ここくらい楽しまなきゃな」
りりそっちのけで、2人は楽しそうに黒球を作り出し、ドラゴンの肌を撫でては消してゆく。
2人が中くらいの黒球を作り出す内に、りりは大型の黒球を作って纏めて熱を奪う。
効率にして2人の2倍くらいだ。
「そろそろ半分くらいか。大きいと大変だな」
「そうだね。内部からの熱を取るためとは言え、同じところ何回もしないとだもんね」
上半身の熱を奪い尽くした後、下半身に移ってゆく。
その時、ケイトが飛び上がり、魔力の足場に降り立ち、りりの方へ向かって弓を構える。屍抜きの姿勢ではない。
『りり。絶対に防御しないでね』
『え!?』
ケイトの矢が放たれる。
防御をするなとは言われたが、突然のことに反応できない。
正しくは、これが敵だというのなら反応できたが、これをやったのはケイトだ。
一瞬の混乱が、りりに無抵抗という行動を取らせた。
りりは目を瞑って、来たるべき衝撃に備える……が、痛みは来なかった。
代わりに、りりの背後から小さく悲鳴が聞こえた。
「え!?」
バッと振り向くと、そこにはゲートと、かき消える魔力のナイフ。
そして、腹に矢が刺さったエディの姿があった。
「……い、いつから……気づいて……」
そう言って、エディが膝をつく。
「残念ね。貴方の陳腐な殺気なんて、森の向こうからだったとしても判るわよ! 因みに最初からよ」
ケイトがサラと髪をかきあげる。
そこへ、アーシユルが異変を察して、ドラゴンの向こう側から走ってやって来た。
「エディ!? ってことは奇襲用にもう1人居たのか……ハー……ケイトすげえな……あたしでも判らなかったぜ」
つまり、エディはこの草原の向こうにある森の茂みから、りり達に……いや、りりに致命の一撃を加えようと様子をうかがっていたのだが、ケイトがこれを看破してしまっていたというわけだ。
更にもう一撃、ケイトからの矢が放たれ、エディの手首に刺さる。
この一撃で腱が切れたのか、その手に握られていた金属がぽろりと落ちる。
「ぐっ!? そんな!」
エディは痛みもどこへやら、落とした金属へと飛びつこうとする。
「りり!」
「はい!」
エディがもう一方の手で拾う前に、即座に念力で奪う。
「ぐお……おのれぇっ! おのれぇ……!」
エディは倒れ込んだ勢いで、腹に刺さっていた矢が深く食い込ませた。
「おのれえええ!!! フィジカルハ……ッ………………」
「あ……」
今になってようやくエディが戦闘態勢に入る……が、遅すぎた。
駆けつけたアーシユルのナイフの投擲が、エディの頭に命中したのだ。
エディの背後に展開されだした光輪は、宿主を失ったかのように霧散してゆき、すべてが消えた頃、そこにはうつろな目をしたエディだけが残った。
「…………テー……レ…………や………………」
エディは、力なくドサリと前倒しに倒れ、頭に刺さったナイフがそのまま更にめり込み、身体をビクンと何度か震わせて……息絶えた。
恨まれていたとはいえ、殺されそうになったとはいえ、それでもお世話になった人だ。
手を合わせる。
「…………ドラゴンの体内を探す手間が省けたな」
アーシユルが近寄ってきて、嫌な空気を払拭するように言う。
「そうね。恐らくそれが目的の転移ジンギ……よね?」
そこへ、ゲートを開いてウビーが現れる。
「ご明答だ。おめでとうと言うのは少々不快だが、これは神からの迷惑料だと思って聞け。今のでエディも複製されたエディも最後だ。これ以上は居ない。正真正銘お前達の敵は居なくなったわけだ。改めておめでとうヒトデナシ共」
「……どうも」
相変わらずのマシンガントークで、嫌味にも似た祝福を受ける。
「さてそのジンギが紛れもなくツキミヤマの居た世界へと繋がるジンギだ。それを起動してさっさと帰れと言いたいところだが。俺も馬鹿ではない。別れの時間くらいはくれてやろう。今から1週間以内にもう一度ボクスワで俺を呼べ。手土産を渡してやろう」
「手土産?」
「それは秘密だ。話はそれだけだ。そちらからは何かあるか?」
「……何かある?」
アーシユルとケイトへと目配せするが、特に何もないようで、2人共首を横に振るだけだった。
「無いようだな。ではまた会おうヒトデナシ共」
そう言ってウビーは、嵐のようにゲートをくぐって去っていった。
再び黒球を展開し、完全にドラゴンにトドメを刺した後。
ようやくフィジカルハイを解除し、一同休憩に入った。
「「「疲れたぁー!」」」
3人共、ドラゴンに寄りかかり、ずるずると座り込む。
「ケイトさんお手柄でしたね……もう何度死ぬかと思ったか……」
「結果的にそうなっただけよ。それよりアーシユルのグライダー突撃すごかったわね」
「偶然だ。それこそ "なんとなくそこに来ると思った" だけだ」
サラリととんでもない発言が成される。
「え、それって……」
「私もそれ聞き覚えがあるわね。クリアメだったわよね?」
そうクリアメの能力だ。
未来をなんとなく見通す魔眼。
これによりクリアメは今まで最強の女の名をほしいままにしていたのだ。
「つまり、あたしには魔眼の才能があって……」
「りりの身体で魔力の扱い方が解った結果……」
「クリアメさんの能力が使えるようになった……」
というわけだ。
「血の繋がりって怖い」
「クリアメと直接血の繋がってないあたしがこうなってるってことは……」
「ソーボの家系がそうなのかもしれないわね」
「ハー。一番魔人は外敵って熱を上げてた奴が、まさか魔人の家系だったとはなぁ」
考えてみれば、クリアメだけが魔人である等という事は考えにくかった。
りりの家系が魔人家系であるように、アーシユルの家系も魔人家系だったのだ。
たまたまそれが発現していたのがクリアメだけだったというだけだ。
「で、ドラゴンどうする? 毒があるからこれまた売れないんでしょ?」
「そうね。それより……」
「そうだな」
「うん?」
アーシユルとケイトが起き上がり、真っ二つになったエディ2人と、最後のエディを念力で一箇所に固めだした。
何をしているのか気になって見てみると、2人共、エディの服を脱がせて物品を漁り始めた。
「ちょ!? いくらなんでもそんな盗賊みたいな真似」
「何言ってるんだ。あたしらは決闘に勝っただろう。エディには親族が居ない以上、あたし等は好きにする権利がある」
そう言いながら、言葉通り物色を止める気配はない。
「ゲートのジンギは欲しいところね」
「これがそうっぽいな」
「そっちは?」
「判らんが、書いてある図柄が似ているから、多分同じくゲートの……」
「ちょっとってば!」
「なんだ?」
たまりかねて再度止めようとするが、アーシユルに振り返られ何も言えなくなる。
こちらではアーシユル達の行動のほうが正しい。
りりの倫理観は完全に無意味なのだ。
りりもそれを学習しているので、煮え切らない想いのまま再度着席する。
それを見て、アーシユル達も物品漁りに戻った。
「戦利品はゲートジンギが3つだけか」
「1つがボクスワの……多分王城の何処かね。もう1つがウチの近く」
「最後がりりの世界へと繋がるジンギか……」
「魔人に……というかドラゴンになったことで、攻撃系ジンギなんて無駄って考えたんでしょうね」
「判らなくはないな。なってみて判ったが、本当に魔人強いもんな」
だがそのおかげで戦闘はまだましなものとなっていた。
エディが研究者だったおかげで、攻撃方法は魔力の剣とナイフと霧だけだった。
凶悪とはいえ、ジンギとの組み合わせや、フィルターの応用等も絡め手として使って来たのならば、恐らくりり達ももっと苦戦を強いられたはずだ。
エディの敗因はいくつかある。
1つ。ケイトの挑発に容易く乗ってしまい、その賢い頭を戦闘に生かしきれなかった事。
2つ。りり達への復讐心がエディを焦らせ、自身の研鑽する時間を惜しんだ事。
3つ。実戦経験があまりにも貧困だった事。
もしもエディが研鑽し、実戦経験をもっと得ていたのならば……もしも、りり達を目の前にしても頭に血が登らずに冷静に事を運べていたなら……エディはりり達を倒しうる存在になっていただろう。
だが、仮定の話に意味は無い。
現実として、エディはそれが出来ずに死んだのだ。
「でもこれで終わりですね」
「ええ……そうね。長かったわ。まさか私の復讐がりりの方まで飛び火するとはね……」
エルフの里の生き残りは僅か。
ケイトの毒も、正真正銘これで最後だったらしい。
復讐の体現者エディも死んだ。
これでケイトの復讐から始まった騒動の全てが途絶えた。
「復讐なんてするものじゃないわね」
復讐が出来なかった本人が言う言葉だ。なかなかの重みがある……のだが、りりから言わせれば若干ながら復讐は成っているので、微妙な気持ちになる。
「さて、じゃあドラゴンは頭だけ切り落として、ウチの庭にでも飾るか」
「え、悪趣味……」
「? かっこいいじゃないか」
だがアーシユルがこう言い出したのなら、りりとしては聞いてあげたい。
そもそもあの家はアーシユルの家なのだ。りりの家ではない。
「まぁ、アーシユルがそう言うなら? やってみようか?」
「とは言えどうやるの?」
「アーシユル前に鉄骨のジンギ買ってたよね?」
「……あぁなるほど」
前に、ハルノワルドの研究員がやったのを見た後で、ちゃっかり購入していた物だ。
要領としては国宝のサモンシュレッダーと同じで、引き裂くか叩き潰すかの差と、時間制限の有る無ししか差はない。
ドラゴンの横に立ち、アーシユルからジンギだけ借りて鉄骨のジンギを起動する。
間もなく小さなゲートから鉄骨が出てきて、ニョキニョキと伸び始めた。
実際に伸びているのではなく、フラベルタの持つ工場から送り出されてきている最中だ。
程々の長さになった所で、ドラゴンの首に向かって思い切り振り下ろすと、ドラゴンの首の一部が、まるでプリンのように、いともたやすくえぐり取られる。
「解ってたが、えげつないな」
「ケイトさんの屍抜きでやっとだったのに……」
「まぁまぁ。返り血に気をつけて。あともう2回ほどよ」
今の攻撃で削れたのは1/3程。まだ後2回はしなければいけない。
ので、バリアで返り血を防ぎつつ、そのままもう2回行う。
出した鉄骨は、アーシユルが屑ハンター時代に獲得していた鉄除去のジンギで、じわじわと削り取られるように、綺麗さっぱり消滅していった。
そうして、りり達はドラゴンの首を獲得したのだった。




