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20話 エルフの森

 



 進路を変えてエルフの森と呼ばれる場所へ移動するまでは1日。

 その間りりは、馴れていない野性味溢れる獲れたての肉や、安全面を考えての見晴らしの良い野外でのトイレで精神をすり減らしていた。

 更に痛む首と腹に加えて、異常な痛みを訴えていた騎士達の事が頭から離れない。

 心を削るヤスリは動き続ける。


 それは生き死にから考えれば小さなことだが、転移以来ずっと非日常に叩き込まれているのだ。ストレスは馬鹿にならない。

 次第に胃の痛みも追加されてゆく。




 一行はエルフの森入り口へと到着した。

 正しくは、エルフが最大派閥で数種の亜人が住む森……なのだが……。


「山……ですね」

「やっぱりそうだよな。おっちゃんも通る度に思ってたんだよ」


 馬引きは同意見の者を見つけ、指を鳴らしてりりを指差しテンションを上げてゆく。


「なんか、神様がエルフと言ったら森だって頑なに主張してるらしいんだ。おかげで、エルフの山とは言われない」


 何でそこで神? と、りりが頭の上にクエスチョンを浮かべると、アーシユルは目ざとくそれを感じ取る。


「お前本当に判りやすいな……エルフは神様のお気に入りなんだ。神様自体、集落に普通に居たりするらしいぜ」

「なにそれ凄い砕けてません?」

「砕ける……砕ける……? 何がだ?」


 アーシユルは首を(かし)げる。

 比喩表現が伝わらないのだ。言葉をシンプルにして言い直す。


「あー、親近感あるなって」

「そういう意味で使うのか……りりの言葉はそもそも判らないのが多いんだ。音声変換器は便利だが万能じゃない。エルフの使うような、前提知識が必要になるような言い回しの類は通じにくい。覚えておけ」


 アーシユルは「言葉の何が回るのかは判らんが」と、文句を続ける。

 その隣で、馬引きが手慣れたように指笛を鳴らしだした。こっちはこっちでマイペースだ。


「何してるんです?」

「エルフの案内人を呼んでいるんだよ。エルフの森はトラップが多いからね。案内人が居ないと命の保証がないんだ」

「ちなみにだが、トラップを張ってるのはエルフで、案内料金を取ってるのもエルフだ」


 アーシユルは苦虫を噛み潰したかのような表情になる。馬引きも苦笑いだ。


「小癪な……」


 つまりマッチポンプだ。

 りりの中で、森の人エルフのイメージがやや崩れた。




 指笛から少し。森の方から声が聞こえてくる。


「お前達は何者か!?」


 声は聞こえど姿は見えず。りり達は辺りを見渡す。


「おっさん。これエルフの声で良いんだよな? あたしは来たことないから判らねえんだけど」

「合ってるよ。けど、普段はこんな遠巻きじゃなく普通に出てくるんだけどね」

「なるほど。警戒してるわけか……でも何でだ? 顔見知りの馬引きに、二つ名持ちとはいえガキのハンターと明らかに害の無さそうな奴隷だぜ? そもそもエルフの方が強いんだ。警戒する理由がない」


 3人共が、なぜ警戒されているのか判っていない。

 考えても出てこないので、エルフの問いには事前の予定通りに応じる事にした。


「あたしらは普通のヒトだが、黒髪のコイツは新種の亜人だ! 友好的だから心配ないぜ!」


 相手の姿が見えないので、声が届くように叫ぶ。

 馬引きが「自分で言うと信憑性が……」とぼやくが、りりは、嘘は真実を織り交ぜると真実味を増すということを知っていたので、アーシユルの発言は逆に良い塩梅だと感じた。


 一呼吸置。森から返事が返ってくる。


「亜人の名は!?」

「ほら、りり」


 アーシユルに小突かれ、りりは馴れない大声を上げた。


「あ、き、鬼人と言います! 鬼人のリリ = ツキミヤマです」


 自分で鬼人と言って恥ずかしくなり、少し(ほほ)を赤らめる。冗談の通じる者ならば、ここでりりを「赤鬼」と笑うところだ。

 しかし、ここにはそもそも鬼を知る者が居ないのでそんな(からか)いは起きない。


 さらに一呼吸。森よりエルフが現れた。

 ボブカットの髪、斜めに尖った長い耳にイヤーカフ、スラッとした体型。

 服はアーシユルよりも軽装で、眼鏡型のマルチグラスをかけている。


 という特徴的な見た目をしているエルフなのだが、りりは違う点が気になっていた。

 それは勿論……。


「……格好いい……」


 顔だ。

 エルフは宝塚歌劇団顔負けの美形だったのだ。

 それは、おっぱいの付いているイケメンと形容出来るようなもので、面食いのりりは釘付けになってしまう。


「何やら興奮しておられるようだが……」

「コイツは名乗るのが恥ずかしいんだ。今のところ、コイツ1人の単一個体みたいだからな」


 アーシユルは最もらしい事を言ってはぐらかす。


 エルフは基本的に顔が良いのは常識だったのだが、りりはその常識を知らない。

 アーシユルは、りりにそれを教えるのを躊躇(ためら)った自身に違和感を覚える。

 同時に、エルフに対してうつつを抜かすりりに、内心、何故か少しだけイラっとしていた。




 アーシユルの説明に納得したのか、眼鏡のエルフはりりの亜人としての詳細を尋ねる。


「あたしが代わりに言うぜ。リリとツキミヤマと名前が2つある。貴族というわけではない……らしいんだが、どうも言動が貴族じみてる。あと、友好的だが、敵対すると怖いとだけ言っておこう」

「どういう事だ?」


 若干不穏な説明に、エルフは渋い顔をして問い直す。

 アーシユルはというと、馬引きのような大げさなリアクションで「さあな」とポーズを取る。


「知らない所から来たんだと。あたしらも出会って間もないからなんとも言えないね。でも、何故かエルフのような言い回しはするから気が合うんじゃないかとは思うぜ」


 アーシユルはりりを小突き、何か言えと催促する。

 代わりに言うと言っておいて普通に喋らせようとするアーシユルに、りりは少し勝手だなと思いつつ、「泥のように眠る」や「惰眠を(むさぼ)る」といった言い回しを披露する。

 眠る事しか考えていないような、欲望垂れ流しの(ことわざ)ばかりが出てきたので、自身の欲求に内心苦笑した。


「なるほど……エルフのような……という意味は理解した。とりあえず寝たいのだというのもな」


 ようやくこの手の言葉の意味が通じて喜ぶりりとは対象的に、アーシユル達はどれだけ寝たいんだ……と苦笑いを浮かべる。


「ふむ。まぁ良い。我々エルフにとっても久しぶりの良い刺激になるだろう。先程は失礼。案内人を務めさせてもらおう。付いて来い」


 言うと、エルフは山道をスイスイと進んで行く。

 りり達はガイドのエルフに距離を離されつつも後を追ってゆくのだった。




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