199話 月見山りり達はヒトデナシ
特になにもない日々を過ごす。
と言っても本当に何もしていなかったわけではない。
ケイトの見た目が別人のソレへと変わっているので、ハンターギルドでパーティの更新をし、実際にクエストを受け、まだ魔法に慣れない2人の魔法の訓練を行なったり。
全員でショッピングに出かけたり。
マナに言って、作ってもらっている途中であるケイトの慰霊碑を、通常の英雄像に変えてもらったり。
ゼーヴィルに足を運んで一足先にシャチの伝記を購入してみたりしていた。
特に最後。
ゼーヴィルに行きついでにシャチと合流して、いつものお刺身パーティと洒落込んだ。
ところがいつもと違い、アーシユルの肉体では若干味覚が違うのか、いまいち美味しいと感じられなかった事に悔しい思いをする。
逆にアーシユルは「これがりりの味覚か! うまい! うまいぞ!」と言いながら、シャチ達と競うように刺し身を食べていた。
あまりにも悔しかったのだが、アーシユルの大人の身体を見るまでは我慢と、りりは味覚の喜びをしばし封印した。
そしてそのまま3週間という時間が流れ、事態は動いた。
フラベルタを介して、エディからの挑戦状が届いたのだ。
「読んだ……けど、なんでフラベルタがこれを?」
「馬鹿から渡されたの。ちなみにその馬鹿からの助言だけど。エディは寄生虫はなんとかしてしまったらしいわ」
「うわぁ厄介……」
ウビーは神子以外には基本的にヒトに助力はしない。
エディは神子ではないので余計にだ。
つまり寄生虫をなんとかしたという事は、フィジカルハイを身に着けたということだ。
「まぁ、でもいけるだろ。りりはウビーを下した経験もあるし、こっちは魔人が3人も居るんだ」
「まぁねえ。アーシユルだけ魔力の霧に注意するくらいだよね」
「あれもフィルターかけたらいいんだろ?」
「それでいいはず」
エディからの決闘の申し込みに対する対策はゆるく進んでいく。
りりはウビーを倒した事と、前回、夜とはいえエディを圧倒したこともあり、全身めった刺しにされるトラウマは頭をよぎるものの、それでも少々の余裕は出来ている。
一方、アーシユルとケイトは力を抜いているように見えた。
この2人はいつもこうだ。これでいて戦闘時になるといきなり歴戦の戦士に早変わりするのだ。
「で、戦う日はいつって書いてあるの?」
「驚くなよ? 今日だ」
「うわひっどい」
準備をさせない気だ。
「因みに招待に応じない場合、ハルノワルドに強襲をかけるそうだぜ?」
とんでもない八つ当たりだが、そもそもエディがりりに対して敵意を持っているのが八つ当たりなので、ある意味とてもエディらしい脅し文句とも言える。
「応じるしかないわね」
「そうですね……どっちみちジンギは欲しいので行きますよ」
エディ対策。
アーシユルは短刀を含めたいつもの装備。といっても、レザーアーマーは新調している。
りりの肉体にレザーアーマーは少々重そうに見えるが、それでもこれはアーシユルの生命線だ。しっかりと装着していた。
ケイトも未成年用のレザーアーマーとアーチェリーを。
白い体には茶色が似合わない。
りりはいつも通りだ。
特別何かをするわけではない。
対策を終えた頃に、ダイニングにゲートが開く。
「これが招待か」
「ゲートの先は草原ね」
「特に誰も見えないけど……」
「背後に居るかも知れないから、各自バリアを展開しておけよ」
「うん」「ええ」
アーシユルの号令と共にゲートへと飛び込む。
りりはプロヴァンやガト達に軽く後ろ手に手を降りながらゲートへと入る。
ゲートから飛び出た先でアーシユルが足を止め、後方を……見上げた。
そしてそのまま、ポカンと口を開ける。
ケイトもりりもソレにつられて、くぐってきたゲートの方を見る。
同じく、自然と口を開く。
そこには30メートルはある黒い巨体。
がっちりとした足、丸太など目ではない程の巨大な尾、長い首に、やや短いながらも太い前足。そして鋭い爪と牙。極めつけが空を覆うように広げられた巨大な翼。
その体は明らかに黒騎士の鎧と同じ物で出来ていた。
「おっ……きい……」
蛇龍の方が本当は大きいのだが、翼を広げた翼竜の迫力は、蛇龍のそれを上回る。
「……翼竜ね」
「これと戦えってか……いくら魔人でも攻撃が通らんだろ……」
翼竜は前回アーシユルが言っていたように、とても強固な装甲が取り柄の竜だ。この装甲はりり達の魔法でも簡単には傷つけることが出来ない。
圧倒されるりり達を前に、翼竜が少し頭を下にやるとそこには……。
「……よう。エディ。ずいぶんな姿になってるじゃないか」
「どうも。驚かれないんですね」
下半身が竜の頭に埋まったエディがそこに居た。
「以前ハーフゴブリンが蛇龍に同じことをしていたからな。となると、お前が出来るようになったのはフィジカルハイか」
「そういう名前なのですか。僕はこれでいて研究熱心でしてね。りりさんの魔法を独自研究させていただきまして、無事できるようになったというわけです」
ハーフゴブリンといいエディといい、魔法を模倣するのが上手いようだ。
おかげで翼竜との融合まで果たしている。
「その存在感には驚いたが、所詮は研究者。あたしら現役ハンターに勝てると思うなよ」
「おおこわいこわい。でも頭数がこっちは足りませんね。なので、せめて同数での戦闘にしましょう」
エディが手に持っていたジンギの血を拭き取ると、ゲートが閉じる。
そして、翼竜の足元から、エディが2人現れる。
同時にりりの顔がゆがむ。
「……エディさん……自分を……」
「ええ。複製しましたよ。その感想を見るに、アーシユ……いえ、りりさんは複製することが出来ない、もしくは抵抗があるのでしょうかね?」
「えぇまぁ……」
りりは複製はできる。しないだけだ。
かつての負傷した自分を新しい自分に置き換えたこともあるし、アーシユルとケイトの為に更に新しい自分すらを犠牲にした事もあるが、進んでやりたいモノではない。
「ところでそのエルフの子供さんも戦うので? 僕は相手がエルフだろうと容赦はするつもりはないですよ?」
「勿論戦うわ。だって私はりりの仲間……いえ、家族だもの」
家族という言葉にエディ達の眉がピクリと動く。
「家族……ですか。あなた達にも家族を失う悲しみを与えて差し上げましょう……この僕の手によってね!!!」
エディはいきなり怒声を上げ、同時にドラゴンが動き出す。
沸点があまり高くない事が伺える。もしくは逆鱗だ。
『作戦成功ね。これで奴の狙いは私になるわよ。りり、アーシユル。しっかり守ってね!』
念話で気楽そうにそう言うケイト。非常にいい性格をしている。
挑発成功とも言いたげだ。
『もう!』
『いいじゃないか。1人足りないが、あたし等[新生極め]の実力見せてやろうじゃないか』
アーシユルも楽しそうにしている。
いや、これはテンションが上っているだけだ。視線をアーシユル達の方へ向けると、2人共遠慮なくフィジカルハイを発動していた。
最初から全開。寧ろ全く油断がないとも言える。
りりも一歩遅れて光輪を展開してゆく。
「フィジカルハイ!」
これに驚いたのはエディだ。
「あなた達も全員!?」
ということは、分身しているエディも全員魔人ということだ。
「ならばいつもどおりで申し訳ないですが!」
ドラゴンの頭部から莫大な量の魔力の霧が展開される。
だがこれで視界が奪われるのはアーシユルだけだ。
「うおお! 確かに見えんな! 一旦下がるぜ!」
「下がらなくていいよ! 片目にだけフィルター張るからじっとしてて!」
エナジーコントロールの応用で使う魔力フィルター。
アーシユルもケイトも使えると言えば使えるのだが、エナジーコントロールに秀でているのはりりだ。
素早く、そして雑把にアーシユルの左目にフィルターがかかる。
そしてりりとケイトも、ここからは魔力を見なければならない。
やはり左目に、アーシユルとは逆に魔力を可視化させるフィルターを展開する。
「これがりりの言っていた魔力光……綺麗……」
「ケイトさん! 呆けてないで!」
ケイトの側にエディが展開した小さな無数のナイフが多数召喚され始める。前にりりが受けた倍量程ある。
規模から判断すると、発動しているのはドラゴンの両サイドに居るエディだ。
「フフン? これはりりが前に受けたやつね? 知っているなら効きはしないわ」
ケイトは自らの体に細かくバリアを展開してゆき、固着させてゆく。
それをリアルタイムで、動きに合わせて刻んで纏う。
ここに一切の隙間のない魔力の鎧が誕生する。
案の定、全てのナイフはケイトに突き刺さることはなく弾かれていった。
「えぐい……」
「すっげ……」
固定バリアの強度は折り紙付きだ。それを隙間なく纏うだなど、りりにも出来ない。
そもそも、りりがエナジーコントロールに秀でているのは、単に魔力が見えるからだ。そのアドバンテージが無くなった今、りりは最早 "念力が得意" とは言えなくなっている。
魔人が6人も集結しての戦闘。
だが、両者には決定的な差がある。
それは戦闘経験の有無と、魔力が見えるか否かだ。
「念力刀ぉぉぉぉぉ!」
フィジカルハイを使用しての念力刀。リーチは10メートル。
横に薙ぎ、ドラゴンの足元のエディ2人を一撃で両断する。
「そんな馬鹿な!」
これで早くも3対1だ。
これがレベルの高いナイトポテンシャルであるならば、両断にされたくらいでは死にはしないが、お互い使っているのはフィジカルハイだ。
痛みは軽減されてもダメージ自体はしっかりと受ける。ちょっとした切り傷レベルなら塞げば終わりだが、両断されたとなれば即死だ。再生など出来るものではない。
「哀れだな。次はあたしだな」
アーシユルは魔力の小さな足場をいくつも作り出し、それをまるで軽業師のようにヒョイヒョイと飛び移っていく。
短い間にりりの肉体の動かし方をマスターしている。
それどころか、りりよりも動かし方に長けていた。
道中、エディにより無数の魔力のナイフが展開されていくのだが、アーシユルは念力で操った無数の投擲用ナイフで、ナイフが生成される前に場をかき混ぜて、ナイフを生成できないようにしてしまう。
フィジカルハイで思考が加速しているとはいえ、この判断速度も器用さもりりには無いものだ。
エディも魔力が見えているのならば、魔力の動きから次に何処にナイフが動くのか把握できるのだが、残念ながらエディは魔人としてはまだまだひよっこだ。
いきなり魔人になったアーシユルだってひよっこと言えばそうなのだが、よりにもよって、そのベースがりりで構成されている。
強くてニューゲーム。
今のアーシユルはこれだ。
「アーシユルも流石ね」
「いやケイトさんも相当ですよ……」
何故ならアーシユルが撹乱しつつドラゴンに向かっていっている間に、安全を確保したと確信し、アーチェリーを既に構えている。勿論[屍抜き]の動作でだ。
「これに毒は無いけど……ここね!」
矢が射られる。
子供の身体から射られたとは思えない程の、風を裂く音を響かせ、矢はドラゴンのエディの右耳を奪った。
頭に命中しなかった理由は、エディが咄嗟に回避したからだ。
「ぐあっ!?」
「あら外しちゃったわ。その霧のせいかしら?」
経験から来るケイトの読みは当たっている。
エディは魔力の霧を感覚器の代わりとして展開しているのだ。
つまり、足元に転がっているエディ達も魔力の霧を展開していたのならば、りりの念力刀は避けることが出来たのだが、これに関しては、今までりりという魔人の視覚を奪っていたことから来るエディの慢心だった。
「くそ! くそおおお! お前ら、お前等だけはああああ!」
エディは叫びながら右耳を緊急修復すると、ドラゴンの体内に溶けるように潜り込んでいってしまった。
同時に、フィジカルハイの光輪がエディの後部ではなく、ドラゴン自体に展開されてしまう。
「これ……」
「ああ。ジンギを探すのが面倒になったな」
「いや、っていうかこんなに混ざったら自我とか……」
今までは、エディがドラゴンを操っていたという形になっていたのだが、身体自体をドラゴンに溶け込ませた今、もはやこれはエディではなくなった。
「……なるほど……それでフィジカルハイがドラゴン自体にね……」
つまり、エディはドラゴンそのものになったというわけだ。
魔人から魔物へ。
かつてのハーフゴブリンよりも下手くそなフィジカルハイの使い方により、エディというヒトはこの世から消え失せた。




