198話 強者の今と子供の昔
時間を潰して家具工房に顔を出し、テーブルを受け取りシャドウシフトで持って帰る。
かくして晩御飯までにテーブルが間に合った。
椅子に関しても同じ椅子を購入出来たようで、ひとまず全員分の物が統一されて揃う。
「ケイト。ほれこれアーチェリーだ。ゴブリン用の大弓と思われるが、どうする?」
「私そういうの気にしないわよ。ありがたく使わせてもらうわ」
「せっかくだから新しい体での弓の腕前っていうのを見せてくれよ」
「そうね。ご飯ができるまで少しあるものね」
プロヴァン達に夕飯までに戻ると言って、王城の騎士の訓練場にまで足を運ぼうとしたのだが……。
「こんな事もあろうかと、裏庭に的をいくつか作っておきました」
「そんなん笑うわ」
りり、思わず素が出てしまう。
「こんな事もあろうかと」をリアルに耳にする日が来ることになろうとは思っていなかったからだ。
「流石ねプロヴァンさん。ありがたく使わせてもらうわ」
ケイトはウインクをして裏庭へと出てゆく。
それを追って、りり達もついて行く。
庭に的はたしかにあった。
しかし、3種類ある。
1つはやや分厚い木製の人型。
1つは無骨な板状の的。
1つは木製の人の頭の形の物。
「頭型があるな……あたし等、プロヴァンにケイトが[屍抜き]って言ってたっけ?」
「言ってない気がするけど」
「え、屍抜きってワーウルフを絶滅に追いやったっていうあの!?」
「え!?」
ガトとシーカーが震え上がる。
「やっべ。これ外で言うなよ。言ったら本当酷いぜ?」
2人は一瞬間を置き、頭を縦にブンブンと振る。
[屍抜き]は言わば生きる伝説だ。それがこの眼の前に居る少女。
2人は一瞬疑ったのだが、ケイトから出る闘気のようなものを感じ、直ぐ様これは本人だと認識した。
「さて、でもこの体とこの弓で出来るかしら?」
「さてな?」
「とりあえずただの的から……ね!」
ケイトが両の手を使って矢を射る。
一見普通の事のように見えるが、かつてのケイトは隻腕だったのだ。手だけで矢を射る等、ケイトにとっては久しい。
「狙い通り。威力はまぁこんなものね」
矢は的の中心に刺さっていたが、貫通はしていない。ケイトの言う通り、こんなものだ。
念のためにもう数発射る。コントロールに関しては問題がない。
だがガトとシーカーは納得がいかない。
「……屍抜きって確か、頭を貫通するとか聞いたんですけど……」
「うん。そのはず。もしかしてただの噂だったの?」
疑いの眼差しだ。
「んー。この体じゃ難しそうだけど……試してみましょうか」
ケイトはそんな失礼な言動に怒ることもなく、ぶ厚めの人型に向き直る。と同時に纏う空気が変わる。
かつてりり達が見たことのある、あのケイトだ。
片足立ちになり、弓を足で握り、左手で思いっきり弦を引く。
その姿は奇妙であり、同時に神々しくもある。
りり達は見慣れているが、ガトとシーカーはその姿にギョッとする。
「全くブレてない……ケイトさんはワーキャット並のバランス感覚なんですね」
「でもこんな姿勢でかまえてつよいの?」
「まぁ見てろ」
観客になりゴクリと息を呑む4人。
間もなく矢が射られる。
スコンという間の抜けた音とともに、矢が人型に食い込んでいた。
「駄目ね。多分ちょっと矢の先が出たか出てないか程度の威力しか無いわ」
真偽を確認しようと人型の後ろに回ると、ケイトの言った通りに、矢尻が僅かにはみ出している程度だった。
「「ヒエ……」」
身体を縮こまらせて怯えあがるガトとシーカー。
このターゲット、実際の人よりは薄っぺらいが、強度で言うと実際の人と同等かそれ以上。
それをギリギリ貫通しない程度の威力の矢を放っているにもかかわらず「駄目」と言ってのけるケイトにおびえているのだ。
「この体型でもこうってことは……」
「そうね。やっぱりアーチェリーね。この弓が凄いわ。簡単に引けてしまうから、威力も簡単に出せてしまうし」
となれば、かつて蛇龍に向かって射られた矢の威力は、割ととんでもない威力だったということになる。
「ん? ということは、ケイトさんって、この弓じゃなくて普通の弓で?」
「そうよ?」
「写真にケイトさんが前に使ってた弓の画像が残ってましたね。これですよ」
スマートフォンを取り出して、シーカー達に見せる。
「え、これからかってるとかじゃなく?」
「こんな手作り感満載の弓で屍抜きを? え? 本当に? っていうか黒っ!」
何度も白ケイトと黒ケイトを見比べる。
しかし確かに顔は似ている……というか本人なので、若干の混乱は伴っているが納得したようだった。
そりゃあ神にも勝てますよ……と、シーカーはそう零していた。
食事が出来たので、新しいテーブルでいただく。
昨日お祝いが出来なかったので、アーシユルの蘇生とケイトの復活祝いに、料理も豪華なものが取り揃えられる。
「っと、プロヴァンさん。これってネギとか使ってませんよね?」
「りり様希望の牛肉に関しては使っておりますが、そちらの鶏肉には使っておりませんね」
「じゃあこれ、ちょっと切ってゼーヴィルのお世話になった猫さんに上げたいんですけど構いませんか?」
「ええ。問題ありませんよ」
許可も得たので、丸焼きの鳥をナイフで切ってゆく。
「どうしてネギ?」
「猫とか犬ってネギアレルギーなんだ」
「アレルギー……」
アレルギーの概念自体が無いようだった。
「アレルギーっていうのは身体が出す拒絶反応のこと。これが強い人は最悪死ぬんだ。猫とかにネギってそれほどじゃなかったと思うけど、それでも体調崩したりしたら可愛そうだしね」
「はーん」
これに関してはりりも間違えている。
正しくはアレルギーではなく中毒だ。
そして、症状もそれなりに重篤なものになる。
りりは専門家ではない。所詮一般人。持っている知識等こんなものだ。
「じゃあ行ってきます。ご飯は先に食べててね」
「行ってらっしゃい。んー。美味しそうね」
ケイトはもうご飯の虜だ。既に何も見えていない。
少し呆れながら、料理をこぼさないように影へとゆっくりと沈んでゆく。
例の裏路地に、盲目のボス猫は居た。
『やっほー。今は身体アーシユルだけど、お世話になりました。りりです。覚えてますか?』
近づいてゆくと、猫はりりの気配に気づいたのか警戒態勢を取るが、すぐに美味しそうな鶏肉の香りに反応し、尻尾を振って座り直す。行儀が良い。
「はいどうぞ」
ボス猫の前に皿を持ってゆくと、ガツガツと食べ始めた。
それを眺めていると、アーシユルがガトを連れてりりの影から現れた。
シャドウシフトも問題無く使いこなせている。
「アーシユルどうしたの?」
「いや、ガトがな」
「ボスはわたしの大事なともだちなの。だから久しぶりに会っておきたいなって」
聞けば昔このボス猫はワーキャットの街に居たそうで、その時からはみ出し物だったガトの親友だったそうだ。
後に1人流浪の旅に出るとか言い街を出たらしい。
「ボスってばすごいんだよ。わたしが教えた魅了を、わたし以上につかいこなしてるんだ。っていうか街のだれよりも使うのがうまいんじゃないかな?」
思えばウビー戦の時も、非常にスマートに魅了をかけていた。それも対象をりりにずらすという離れ業までやってのけていたのを考えると、魅了という魔法の第一人者なのかもしれなかった。
「……ってことは、魔法を使える猫っていうのは最近の話で、それはこのボス猫が持ち込んだもので、元を辿ればガトからって事になるのか?」
ボス猫を撫でていたガトの動きがピタリと止まり、表情を固めたまま、アーシユルへとゆっくり振り返った。
「お、おまえええええ!」
「ぴゃぁあぁぁ! ごめんなさいごめんなさい!」
「フシャー!」
怯えるガトに呼応するかのようにボス猫がアーシユルに威嚇する。
「んぐぅ……怒るのは後にしておいてやるぜ……」
「ぴえー……」
ひとまず場が落ち着く。
ボス猫の警戒心を解いてやるために銀皿を爪で叩いてやると、安心したのか再び美味しそうに食べだした。
「や、でもガトちゃん。ちょっと不用意すぎるよ」
「……はい」
ガトは尻尾を丸め込んでしゅんとする。
意図していないだろうが、あまりにも可愛い仕草に強く叱れなくなってしまう。
「りりそれだけかよ。じゃあやっぱり後であたしからお説教だな」
「……はい」
だがそんな仕草も、アーシユルには通じないようだった。




