197話 新しい暮らしの準備
王城の食堂で安定のサンドウィッチを食べる。
ケイトは少し離れて恋人と一緒だ。
「あそこだけ、花が咲いてるんじゃないか……っていうくらい、甘ったるーい空気が流れてるよね」
「あたしもりりもああいう感じじゃないしなぁ」
「ねー。ケイトさんモジモジしちゃって。まぁ可愛いこと可愛いこと」
「見た目が変わっても、お前のケイト愛変わらんな」
アーシユルは呆れ顔になる。
「いやぁ、だってケイトさん可愛いじゃん? 前は見た目が黒かったけど、いや黒の綺麗さもあったんだけど、今はその色に誤魔化されないから、その可愛い動きがもう全面に出てて、これがまたかわ……」
「分かった分かった。とりあえず飯食ったら家具買いに行こうぜ。金もたっぷりだから、良いのを買おう」
「良いねー」
「これだけあればしばらくハンター業休んでも全然いけそうだ」
へっへっへとだらしない笑顔になるアーシユル。
良い守銭奴っぷりだが、これだけの大金だ。誰だって顔が緩む。
食事を終え、ケイトから彼氏を引き剥がして一緒に買物へと向かう。
「まずは椅子とテーブルかな」
「そうだな」
「部屋の家具も欲しいけれど……」
「そっちはまた今度で。いっぺんに全部ってのは難しいですから」
至急必要なのはダイニングのテーブルだ。
元々住んでいた人は老夫婦の2人家族だったので、使用人含めてもアレで足りたのだろうが、今やアーシユル家は大所帯だ。とてもではないがあの長テーブルでは料理を置くスペースが足りない。
というわけで家具屋に来たのだが……。
「そっか。そうだよね」
「あたしもこれは失念してたぜ。いや、あたしにとって家ってギルドだったから……」
「そりゃあ無いわよね。特注でないと」
そう。通常の家具屋には通常の家具しかない。
豪邸に入れる大型家具となると、オーダーメイドでしか無理だ。
となれば、必然的に向かう場所も決まってくる。
「じゃあケイトさん。後はよろしく頼みます」
「ガトとシーカーを連れて部屋の家具ね? 任されたわ。今やりりの念力が使えるから、多少重くてもなんとかなるから心配ないわよ」
頼もしい返事を聞き、グライダーを召喚し、アーシユルと共にドワーフの村にまで飛ぶ。
久しぶりの二人っきりの空の旅だ。
前と違ってバリアを張るノウハウが有るので、全速力で飛ぶ。でなければ向かうだけで半日仕事になる。
「そうか。今はあたしじゃないと操縦出来ないんだな」
「盲点だったよね。グライダーは "りり" 専用のジンギだしね」
「操縦、なかなか大変だと思ってたが、結構簡単なんだな」
そんなわけで、今グライダーを操縦しているのはアーシユルだ。
リリジンギは、もうりりでは起動できない。
代わりにりりは、2人を包むように流線型のバリアを張っている。
これは今やアーシユルでも出来ることだが、りりのほうが圧倒的に燃費がいい。
「こんな簡単なはずないんだけどね。絶対ウビーの持ってる技術が何かしら使われてるはず」
「はーん」
アーシユルがグイと伸びをする。
「あー……疲れた」
「お疲れ様。3時間半ってところかな?」
「前より3時間位早いな」
「グライダーってすごいんだね」
「っていうか爆風のジンギが常時出ている状態がすげえんだよ」
「そう言えばそうだったね」
駄弁りながら、前回まで行っていなかったドワーフの家具屋へと入ってゆく。
「失礼しま……あ、クエムさん。お久しぶりです」
入って直ぐのカウンターには妖精クエムが座って、猫じゃらし的な何かのモサモサした部分を指で一本一本抜いてカウンターを散らかしていた。
「……誰だー? 見たことあるようなー?」
クエムは直ぐ様飛び上がるが、その風圧で猫じゃらしが舞う。
りりは咄嗟に目を瞑ったが、一向に顔に猫じゃらしが当たる感触がしない。
恐る恐る目を開けると、アーシユルがバリアを展開していた。
「りりは突発的なことに弱いのは相変わらずだな」
「……アーシユルは逆になんでそんなに使いこなせてるの? それ私の!」
「いや、今や念力はあたしのものって行っても過言じゃないなぁ」
りりの抗議もどこ吹く風と、アーシユルはニヤニヤとするばかりだ。
「あー! 思い出したぞー! 敵じゃないけどお前嫌なやつじゃないかー!」
りりに向かってプリプリと怒りながら、クエムはアーシユルの肩に乗る。
「ねー! あんたもそう思わないー?」
よりにもよってアーシユルの悪口をアーシユルに言っている。
りりはもうハラハラものだ。
「そうか。お前はそういうふうに思ってたのか」
アーシユルがクエムの足を掴んで軽く振り回す。
「ぴゃー!?」
甲高い悲鳴が聞こえ、直ぐに止む。
アーシユルが振るのを止めると、そこにはノビたクエムの姿。
悲鳴を聞いてか、工房の奥から店主が出てくる。
案の定他の工房の店主と兄弟のようで、見た目がそっくりだった。
「お客さんかえ? あまりクエムをいじめてやるととんでもないことになるやで、程々にし……おや、その姿は魔人さん達かえ?」
「おう。その魔人さん達だ。ちょっとでかいテーブルが欲しくてな」
ノビたクエムを釣り銭入れにそっと置いて商談へと入ってゆく。
「サイズは?」
「8人……と言いたいところだが、それ以上が良い。12人くらいか。 "ーーー" の形してるならいいな」
何かの文字の形を言っているのだが、流石に異国の文字単品までは翻訳機でも役せないようだ。
しかし変換的に解読するならば、コの字型だろうと推理する。
「12人掛けのテーブルかえ? そんなの作れても持ち運べないえ?」
「そこは安心しろ。こちとら魔人だ」
「……となると豪邸かえ……4人掛け3つでええんでないかえ? それでいいならしっかりとした作りのええやつがあるえ」
「見せてくれ」
展示スペースにはそういった物は無かったが、どうやら倉庫にあるようで、そっちまで案内される。
ランタンに火を灯し、少しだけ奥へ入ると、店主の言っていたテーブルが姿を現す。
それはガラス張りで、中には海岸を模した装飾が施されている、いかにも丈夫そうな……。
「却下だ」
「おおう? 気に入らなかったか」
「いや、キレイだとは思うが、もっと普通のでいい。客人をもてなす場に置くなら良いんだろうが、家で使う用なんだ」
「あぁ、それならこっちのほうがええでな」
そう言って店主は2つ隣のテーブルを照らす。
そこにはニスが塗ってあるだけの木製の大型の角テーブル。
しかし、そこからは上品さが漂っている。
「そうそうこう言うのが良いんだよ。これにするぜ」
「これを3つでええな?」
「あ、ついでに内2つの2角だけちょっと削ってもらえたりしますか? このままだとぶつかったりしたら怪我しそうなので」
「構わんえ。じゃあ全部で金貨60枚になるえ」
「たっか!」
目が飛び出る。
1つあたり金貨20枚だ。
先程金貨を400も貰って財布の紐も緩くなっているはずだが、この金額では紐も固くなる。
「んー。いやまぁこれくらい立派な木だとこれくらいの値段はするだろうな……」
「そうだえ。寧ろこれでも安いくらいだえ」
「うんー……」
アーシユルも悩んでいる。
流石に即決とは行かないようだ。
「これ、全部で金貨30枚くらいの予算ならどんなのありますか?」
「無いえ」
「え?」
無情な返事が帰ってくる。
「あるにはある。だけど、金貨30枚で豪邸に合うテーブルっていうのが無いんだて」
店主がランタンをかざしてあたりを照らす。
確かに店主の言う通り、無骨な鉄製だったり、アウトドアに似合いそうなそんな大型テーブルしかない。
「因みに向こうには合うのも有るが、あれはもっと値段が高いえ。王城用だて」
「あー……」
「無いんじゃ仕方がない。買ったぜ」
金貨60枚という大きな買い物の割に、ほぼ即決だった。
無いのでは仕方がない。
「加工はどれくらいかかる?」
「20分もあれば出来るえ」
「そんなものか。ゆっくりでいいぜ。3時間後くらいに取りに来るぜ」
「おう?」
若干困惑する店主を尻目に、倉庫を後にする。
3時間後、シャドウシフトが使えるようになるくらいの時間だ。
それまでは適当に時間を潰す。
「とりあえずケイトさんにアーチェリー買ってあげなきゃね。子供用の」
「子供用……っていうか小さいのだと威力出ないだろ」
「それでもやっぱりケイトさんの相棒っぽいところあるし……ね?」
そんなわけで武器工房。
「子供用アーチェリー? しかも殺傷力のあるやつ?」
「すまんな。子供用って言っても体格がそうっていうだけなんだ」
「これでええかえ?」
店主はスッと工房奥から持ってきてしまう。
「あるんだ……」
「……」
「おい。これもしかしなくても……」
「まぁ、ワシ等が生きていくためだて。それに、わし等は商人だて。客の区別はせん」
「……とりあえず買っておこうか。気に入らなかったら使わなければ良いってだけだ」
りりには解らない話が展開されてゆく。
そんなりりを他所に、金を払って折りたたみ式アーチェリーを受け取り、工房を後にする。
「アーシユルさっきのは?」
「ん? ああ。これゴブリン用だろうな」
「え!?」
確かに言われてみれば、買ったアーチェリーはゴブリンが使うならば大弓に当たるくらいというサイズだった。
「ドワーフが増えるには近親相姦を行うか、新しいドワーフを作り出すかしかない。よって、エルフとゴブリンはドワーフにとっても有用なんだろう」
「持ちつ持たれつの関係ってわけだね……深い」
「あまり公には出来ないことだろうがな」
村の外れまで移動して、腰掛ける。
サラサラとした風が草原と髪を撫でる。
しかしあれからまともに風呂に入れていないので、髪はあまり靡かない。
「お風呂入んなきゃだね」
「良いな。ガト達にも体験させてやろうぜ」
「そうだね」
それだけで言葉が無くなる。
2人きりの時間。どちらともなく体を寄せて手を握ると、それだけで心が満たされた。
「……そう言えば、りりはあたしの体でのトイレは上手くいってるのか?」
いいムードがいきなり台無しになる。
しかし重要なことだ。
「……アーシユルそういうとこあるよね……いやまぁ出来てるよ……ちょっと違和感はあるけど」
「あたしは手こずったぜ。いちいちトイレした後にりりが水で洗ってたの何でかって思ってたけど、しないと痒くなるんだなあれ」
「え!? 洗ってなかったの!?」
肉体が中性(男性)になってなお、りりはトイレの後、水でキレイに洗っているのだが、アーシユルはそうでなかったらしい。
トイレットペーパーが無い以上、洗うしかない様に思えるのだが、アーシユルの話を聞く限り男性器はどうやらそうでもないようだ。
「洗って! 面倒でもそうして! あと布で拭く時はキレイなやつで、前から後ろに向かってだよ! じゃないと雑菌が入るから!」
「雑菌? なんか見えない悪いやつだっけか?」
「そう。それが入ると炎症起こすから。それで痒くなったり痛くなったりするんだよ」
「詳しいな」
現代の女性のりりとしては当たり前の知識だが、此方の世界の中性であるアーシユルには無い知識だ。
「助かる。しかし女の体っていうのは面白いな。キスしたら腹の中がギュウウって……」
「言わなくていいから!」
「ええでもアレ気持ち……」
「いいっていってるでしょ!」
アーシユルの肩を持って前後にガクガクと揺らす。
「おおうおおぉぉぉ」
少し落ち着いて、話の流れで生理に関する事も教えておいた。それもメモにかかれていくが、このメモはアーシユル個人用だ。




