194話 白いあの子
「大所帯になったね」
「そうだな。あたしに、りりに、プロヴァン、メナージュ、ガト、シーカー、イロマナ……と、もうひとりで8人」
「それと、今は私もだね」
クリアメも入れたらここには9人も居る。
「ツキミヤマ。飯だけ食べたら後でギルドまで帰しておくれよ? アーシユルも目を覚ましたことだし、いつまでもギルマスが居ないというのは良くないからね」
「はーい」
晩ごはんを用意するに当たって椅子が足りなかった為、各部屋から椅子を持ってきて鍋にする。
「椅子もそうですが、テーブルも増設しなければいけませんなぁ」
「確かに」
「規模のでかい家になったからな。でかいテーブルを買わなきゃな。いやこれも十分でかいが……」
「家具屋さんに行かないとね。楽しみだな」
鍋はキッチンに大きなのを1つ用意して、各自そこから好きな具材だけ取って席に戻って食べるといった感じになった。
流石にこの人数分の食事はプロヴァン達ではさっと用意するのは難しいからだ。
「幸いキッチンは大きいから、もう1人くらい雇っても良いかもな」
「では王への定期報告の際に、それも王にお伝えしておきましょう」
「助かるぜプロヴァン」
りりとアーシユルとプロヴァンは箸を、残りはフォークとスプーンで食べる。
イロマナはまだ料理には手を付けず、この光景に呆気にとられている。
「……お前達は、亜人達や奴隷達と一緒に、料理を……」
「あぁ、ウチにはそういうのはないんだ。そうだな。イロマナ。これは命令だ。お前の生きてきた環境からしたらあり得ないことだろうが、仲良くしてもらおう」
「……とんでもないことを言うな……しかしそれが敗者のルールだ……仕方ないな。んん。改めてよろしく頼むぞ」
イロマナが咳払いをしてガトとシーカー達にそう挨拶をする。しかし態度は高圧的なままだ。
ガトとシーカーはボクスワの住人で、イロマナの事は十分に知っている。そのイロマナからこういう態度に出られ、2人は戸惑っていた。
クリアメがそれを咎める。
「駄目だよイロマナ。ちゃんと笑顔でやらなきゃ」
「阿呆な事を言うな。そんなずっと笑顔でいるのはお前くらいなものだ!」
「おお? 奴隷がそんなこと言って良いのかな? んん? イロマナ? もういっぺん言ってみ?」
「きっ……さま……」
咎めている……というよりは。からかっている。
ケラケラと笑うクリアメと、怒りに震えるイロマナ。
自然な形で展開されるやり取りから、普段の2人の関係性が伺える。
そんな2人のやり取りの中、アーシユルを見ると、苦く、だが確実に小さな笑顔を浮かべていた……。
殺されかけたとはいえ、実際に殺されたとはいえ、なんだかんだでアーシユルにとっては、たった1人の親になる。
りりが兄弟たちを殺してしまったのでそれは余計にだ。
りりとてアーシユルの兄妹を殺してしまった件について思うところはあるが、アーシユルはそこには触れない。
そもそもあまりそこには固執していなかったように思えるので、実際にはどうかは判らない。
「あのさ、りり」
クリアメと奴隷達の間で繰り広げられる妙な空間。それは置いといてと言わんばかりに、アーシユルから質問が入る。
相変わらずの切り替えの早さに笑ってしまう。
「なぁに、アーシユル?」
「あぁ。そろそろこの白いエルフの事教えてくれないか? 本人にお前は誰かみたいなことを聞いたら、何故かいい気になって、りりから聞けの一点張りなんだ」
アーシユルは親指で色白で白髪のエルフの少女を指す。
髪の毛に白い花の髪飾りを付けた少女も、ドヤ顔をして「そりゃあもう、私から言うのはお楽しみに欠けるってものよ」等とのたまう。
「あー有難うございます。私もアーシユル驚かせたかったから丁度良かった」
「そうよね。そう思って言わなかったのよ?」
「おいずるいぞ。っていうか何でそんなに仲よさげなんだよ」
これに関してはアーシユルのみならず、他のメンバーも付いてこれていない。
そろそろネタバラシに入る。
「アーシユル、さっきアーシユル、私のやったことを奇跡って言ったじゃん?」
「お? おう。言ったな」
「あの奇跡って3つあるんだ。1つは私がアーシユルの身体を乗っ取った転生。2つ目がアーシユルの魂を私の体に入れた蘇生。で、ここで気づいたんだけど、アーシユルの他にもう1つ見知った魂があったんだ」
「………………おいそれって……!?」
アーシユルがバッと白い少女に振り返る。
少女は軽く手を振って返事をする。
「3つ目は生成。私の体の半分を使って作り出した体に、ケイトさんの魂を入れての蘇生」
「嘘だろ……お前……ケイト……なのか……黒くもないし、そんなにちっこいのに……」
「久しぶりねアーシユル」
りりはケイトを生成した後、全力で家中のものを食い尽くし、元の肉体に戻った……という捕捉は、この感動の再開の前には無粋だったので止めた。
「ケイト!」
「アーシユル!」
2人して立ち上がり、皆の後ろを通って、りりの丁度後ろで……アーシユルの拳がケイトの腹に入った。
「ぐっふぅ……」
「お前……っ! 阿呆! さっさと言え!」
「アーシユル……ひどいわ……私まだこの体慣れてないのに……」
本来なら絶対受けないような拳をもらったケイトは、腹を押さえ、中腰になりながら、ちょっと待ったのポーズをして後退りする。
「うるせえ! 言わなかった罰だ!」
「これに関してはりりも共犯のようなも……おろろろろろろ」
「うおお汚え!?」
「これはひどい」
振り返ったりりの見たものは、完全無欠の白髪美少女が見事にゲロっているシーンだった。
「アーシユル加減しないと駄目でしょ! 体格差考えて!」
「はぁ……はぁ……あんまりよ……会えて嬉しい! 感動の再開! みたいなのを期待してたのに……命の恩人に対して腹パンなんて……」
「あぁ、す、すまん。とりあえず床を拭かないと」
「私の……心配をしなさい!」
「これはひどい」
りりは考えることを止めた。
罰として床はアーシユルに掃除させ、更に皆に謝罪をさせてから食事に戻る。
食後、そのまま全員で会議を開く。
ガトとシーカーは関係ないと言えばないのだが、今後の事も考えて会議に参加させる。
「とりあえずシーカーさん。住心地とかガトちゃんとかの様子はどうでしたか?」
「ガトは大人しくしてるわ。正直に言うと、ちょっと喧嘩したけど、もう哀れになるくらい落ち込んでごめんなさいって連呼するものですから、怒るに怒れなくなっちゃって……これで反省してないと言ったら、私はこの世の全てを信じられなくなりそうです」
シーカーからの報告を受けている間、ガトはしょぼんとしている。
確かに見るも哀れになる程だった。
「居心地に関しては、正直微妙です。ここの屋根、日向ぼっこし辛いんですよ。一応バルコニーがあるからそれで代用してますけど……それ以外はやっぱり敷地外に出ないようにっていう執事さんの監視が厳しいのがね」
「あー、日向ぼっこあたりは考えなきゃですね。敷地外へ出るのは正直まだそこまで信用出来てない感じはありま……あ、でも以後、私以外にもアーシユルと一緒でも外出OKにしましょう」
りりの提案に、アーシユルが不安そうに声を漏らす。
「え? でもあたしは魅了に耐性が……」
「大丈夫だよ。アーシユル、今魔人なんでしょ? そうですよね? シーカーさん」
「そうですね。魔力をすごく持ってるのが見えます。りりさん程ではないけど、私達よりずっと多いです」
体の中の魔力が見える2人からお墨付きを貰う。
フィルターを付けたりりの目から見ても、魔力はアーシユルの身体を貫通していなかった。
アーシユルはちゃんと魔力を貯めることが出来ている。少なくともガトとシーカー以上だ。
「なんていうかりりの体で助かったぜ。魔力を使う感覚も貯める感覚も、体が覚えてるって感じだ」
「こっちは私自身が覚えてるから普通に使えるし問題ナシって感じかな?」
「はーん。と、いうことだから、ガト、シーカー。お前等、外に出たかったら、あたしか、りりに声をかけろ」
「私も魔人として強力になったから、私も受け持てるわよ」
「おぉそうだな。と、言うわけだ」
そんなわけで、ワーキャットの2人は、りりとアーシユルとケイトの内の誰かと一緒なら外出できるようになった。
これで2人のストレスも少し緩和されるはずだ。
「じゃあ次の話題」
「私の帰還の話だね」
「ああ。纏めると、この件に関してはフラベルタ様もウビーも手を貸さないと明言している。まぁフラベルタ様はチームで動くと言ったら着いて来そうではあるが……」
少し悩むアーシユルに、イロマナがしかめっ面で問いを投げかける。
「おいアーシユル。ウビーと言うのは……まさか……」
「あぁすまん。ウビー様だったな。いや、でももう呼び捨てで良いだろ。ボクスワから出て判ったけどアイツとんでもないし」
アーシユルの言にイロマナがワナワナと震える。
「おまっ! 我等の神だぞ!? お前! お前!」
「まぁ本当に仮だけどね」
「「あん?」」
りりの発言に、アーシユルもイロマナもビタリと停止する。
「あー忘れて」
「無理だろ……お前、神が仮ってどういうことだよ」
「いやだって本物と会ったらそりゃあ……ね?」
「「…………」」
沈黙が流れる。
本物の神。
りりがアーシユルを蘇生させる時に会った存在だ。
りりも見てはいない。感じただけだ。なのでしっかりと確認したわけではない。
しかし、そう思わせるだけの存在感があった。間違いなくあれこそが神だと。
仮にあれも神ではないとしても、高次元存在であることは間違いないように思えた。
「あー、で、神達は手を貸してくれないから、あたし等だけでエディから転移ゲートのジンギを奪わなきゃ、りりは元の世界に帰れないんだ」
「なるほどな」
2人共、りりの話を無かった事にして話を続けだした。
「確かにエディはゲートのジンギを持っている。あの日に開けたジンギも当然残っている。が、それは魔人が奪いに来るかもしれぬと、肌身離さず持っているように言ってある」
「となると、エディごとふっ飛ばしたり、過度な力で押し切るのは駄目か。勝ってもジンギが壊れましたじゃ話にならないからな」
つまりエディ相手に手加減をしながら戦わなくてはいけないという事だ。
もしくは奇襲をかけるかになる。
「帰りたいというならばそうなるな」
「そりゃあもう。と言っても、アーシユルが強くなってくれたし、家もこうしてある以上、無理に帰る必要性もないんだよね。でもお母さん達には挨拶しておきたいから、やっぱり一度帰っておきたい」
これが今のりりの願いだ。
問題の大半が解決した今、此方の世界が危険というのは最早嘘に近い。
何故なら、りりとアーシユル、そしてケイトですらも、今や世界最強の魔人だからだ。
全員が全員、りりの使える魔法を使えるのだから、嘘でも弱くはない。
「エディはこの家を知っている。故に、何時襲ってきてもおかしくはない。だが逆を言えば、エディが此方を襲ってくるのは確実とも言えるから、探す必要性が薄くなる」
エディがこの家を知っているというのは、イロマナはエディの作ったジンギで転移してきたからだ。同じジンギを使えばエディはこの家へと乗り込んでくることが出来る。
「じゃあエディが襲ってきた時の対策と、逆にこっちからエディに奇襲をかける方法とかも相談しておくか」
「そうだねまず……」
相談が終わり、夜は更けてゆく。
クリアメをシャドウシフトでゼーヴィルのギルドにまで送り届け、今日という日を終える。
勿論アーシユルはボコボコにされたのでそれの治癒も兼ねてのご褒美タイムもあるのだが……。
「……」
「……やっぱそうなるよな」
「そうだよね。自分の顔だもんね」
「うーん……」
そう。キスするとなればよりにもよって自分の顔としなければならないのだ。
余程のナルシストでなければ厳しいものがある。
「目を瞑ってするか?」
「そうするしかないかも。そのうち慣れてきそうだし」
「そうだな」
2人で一緒の布団に入って……と、いきたいところではあったが、どう考えてもシーツを汚してしまうので、海岸にまでシフトしてそこで事に及ぶ事にした。
もう1つ理由があるとすれば、大所帯になったので、隣の部屋になったケイトに声が聞こえてしまうのは迷惑と考えたからだ。
波の音。
ここはゼーヴィルの海岸。りりがアーシユルと初めてキスをした浜辺だ。
「ではいつものを……」
「お、おう。よろしく」
目を閉じ、顔を近づけてゆく。
「…………」
「…………」
「目を瞑りながらだと場所が分かりづらい」
「確かに。手だ。手で……そうそう」
アーシユルの顔に手を添えて、ようやくキスをする。




