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189話 嵐の前

 



「言い合っても仕方がないし、ご飯にしましょう? メナージュさんのご飯らしいですよ」

「メナージュ?」

「そこに居るおっきいメイドのお姉さん。こっちに居るおじいさんがプロヴァンさんです」


 この大陸に於いては本来女性は大きいものなので、大きいという形容詞は要らないのだが、りりの常識からするとメナージュは相当に大きいのでうっかりと出てしまう。


「ハーイ。メナージュっす」

「どうも。執事のプロヴァンと申します」

「あ、どうも」

「ども……」


 挨拶が終わり、全員を連れてダイニングへ。

 椅子は丁度6脚だったので全員で座ることが出来た。何気に大所帯になってきている。


「では本日の軽食。トマトと魚介のスープで。白米かパンかはお好みっす」


 メナージュの手により各人の前に、朱色のスープが注がれた銀食器の器が並べられてゆく。

 追加で、りりの前にはご飯。アーシユルの前にはパンだ。


「御二方はパンか白米かどちらに?」

「私はパンで」

「わたしもそれで」

「かしこまりぃ」


 メナージュの敬語は相変わらず安定しない。


「そういえば、ゼーヴィルでは刺し身とか焼き魚とかは食べてたけど、煮魚とかお吸い物はしてなかったなぁ」

「どちらにせよ美味そうだ」


 アーシユルは出されたパンを半分に千切って、その半分を更に小さくし、スープの中に投入してゆく。

 実に美味しそうな食べ方だ。

 いただきますをして皆で食べる。




 皆満足そうに食べているのだが、りり1人満足できない。

 魚はともかく、トマトとご飯があってアレが足りていない。


「すみませんメナージュさん。チーズとかってあります?」

「チーズとは?」

「えー、ミルクが発酵したやつです」

「おお!?」


 何故かアーシユルが声を上げる。


「……どうしたの?」


 キッチンに居るメナージュから、隣に座るアーシユルに目を移す。


「いや、りりが悪食なのは知ってたから、もしかしてと思ってな……」

「この間アーシユル様から、珍味と呼ばれる変わった味のものを買ってくるように言われてまして、その中に、今りりお嬢様がおっしゃったチーズに該当するものがあってですね……」

「え? やった! チーズあるんですか!?」

「発酵固形乳って名前のやつですけど」


 そう言ってメナージュが、キッチン足元の倉庫から取り出した物は、紛れもなくチーズそのものだった。


「やったー!」


 立ち上がり駆け寄り、チーズをひとつまみだけ千切って口にしてみる。

 少々臭みはあるが、やはりチーズに違いない。


「因みにこれなんのチーズです?」

「これは馬です。肉食や雑食のミルクは美味しくないので。他にも牛や猪のもあるっすよ」

「じゃあ次は牛のでお願いします」


 味的には問題がないなら、なんのチーズでも問題がないが、りりとしては牛のものが食べたい。


 チーズを薄切りにしてもらって席に戻る。

 そしてチーズをスープに投入すると、周りから「ヒエッ」という小さな悲鳴が聞こえた。


「え……せっかくのスープが……」


 シーカーが勿体無いと言わんばかりの声を漏らす。


「流石のあたしも、それは予想外だったぜ……」

「悪食とは聞いてたっすけど、これほどとは……」


 まぁまぁと言いつつ、ついでにご飯も投入して魚とトマトのスープリゾット的な何かに仕上げる。

 周りはドン引きだ。

 それを他所に、りりはスプーンでそれを口に運ぶ。チーズとトマトの香りが鼻孔をくすぐる。


「ん。いい感じ」

「りり。いつも悪いが、あたしも一口くれ」

「いいよ」


 そうは言うが、アーシユルは若干苦い顔をしている。

 いつもりり食べる料理の味付けが合わないからだ。

 今回もいつものように挑戦し玉砕するかと思われたが……。


「ん? ちょっとヌチャっとしてるが……いけ……るだと? って言うか、むしろ旨いぞ。嘘だろ」

「嘘って何よ。でもアーシユルが美味しいって言うんだから皆美味しくいただけるんだねこれ。折角だから皆一口づつどうです?」

「いえ流石に使用人がお使えしているお嬢様からいただくなどと……」


 メナージュは好奇心を募らせていたようだが、プロヴァンは拒否をする。

 料理が嫌というよりは吟醸的な事だ。


「プロヴァン。そういうのは気にせんで良い。ほれ」


 アーシユルが勝手にりりの皿からスープリゾットをすくってプロヴァンの前に差し出す。

 それこそ家主の言うことだ。ここで逆らうのはプロヴァンの意に反する。


 やや恐る恐るではあるがプロヴァンも咀嚼し、それを舌で転がす。実に様になっている。


「……んん? 確かに……いけますな。味からして、これはワインに……いえ、失礼」

「欲しかったら買ってきていいぜ?」

「ありがとうございます。では今後、たまにだけ頂戴することにします」


 りりにもアーシユルにも酒の旨さは判らない。

 正しくはりりは醤油もどきでソレを知っているが、その怖さも味わっているので、ちょっと引け気味だ。

 プロヴァンがこれと酒が合うと言っているのだから、老人のちょっとした楽しみくらいはさせてあげてもいいというのがアーシユルとりりの考えだった。




 プロヴァンが好評を入れた事によって、結局皆チーズを入れて食べだした。

 結果は1人も漏れず好評。

 おかげでチーズは無くなってしまう。

 だが、りりとしても初めて皆と意見の合ったことだったので、料理の感想に共感ができたのは喜ばしいことだった。


 スープ、改めリゾットは皆に平らげられた。


「あー夕食前だっていうのにガッツリたべちゃった」

「メナージュの料理もなかなかだったな」

「ありがとうございます……って言いたいところっすけど、これどっちかって言うと、りりお嬢様の仕上げた料理ですよ」

「確かに」

「私も今度試させてもらうわ」


 この場に居ないはずの人物の声がする。


「出た」

「人を神出鬼没みたいに言うのはどうかと思うわ」

「みたいにっていうかまんまじゃん。で、フラベルタどうしたの?」


 フラベルタがこんな用もなく出てくるわけがない。


「別に? ただ。馬鹿を探す時にばら撒いたアレの回収をお願いしに来たのよ」

「……あー、アレは夜しか出来ないですもんね」


 アレ。

 フラベルタが行動範囲の拡大の為に、りりに大量に設置させた中継アンテナの事だ。


果として、ガトと同じようなことをしていたことになる。


「オッケー。あ、でもその前に……シーカーさん。フラベルタって魅了かかってます?」


 一応除去したものだが、その後の確認をしていないので、ここで確認しておく。


「いえ……何も……」

「良し! ありがとうございます」

「これで完璧ね。でもガトさんの事もあるから。りり。この仕事が終わり次第。貴女を神子の座を解任します。以後。私が協力する事はなくなるわ」

「はい」


 先日はどうでもいいと言っていたが、今は神としての立場がある。

 今話しているのが実際にすることなのか建前なのかは不明だ。


 罰としての神子という地位の剥奪。

 措置としては非常に軽いように思えた。

 デメリットというよりはメリットの喪失しかない。


 当然だがこの措置に不服そうにするのはシーカーだ。


「ツキミヤマさんまで魅了が使えるなら、ガトの魅了を監視する必要ないじゃないですか!」

「そうだな。違いがあるとすれば、りりの方が力があるのと、理性的なところだな」

「納得いかないです」

「お前等が弱いから悪い」


 アーシユルの答えは、この大陸に住む者には、特にハンターにとっては当たり前の答えだった。


「それに、神を魅了したと言う点では同じかもしれないが、神の暴走を食い止めたりりの方が功績がある。諦めろ」

「ぐっ……」

「ちょっとアーシユル。言いかたってものが……」


 この物言いは酷以外の何者でもない。


「シーカーにとっては不服だろうが、決して悪いようにはしない。それは約束したはずだ……ただし、ガトと違ってお前は脅された立場だ。どうしてもと言うなら返してやらんこともない」

「じゃあ今す……」

「直ぐにと言うわけにはいかない。ガトがもう少ししっかりするまでは居てもらう」

「……どうして私がこんな目に……」


 シーカーが、がっくりと肩を落とす。

 可哀想だが、ガトが信用ならない以上仕方がない。


「シーカーさん。もし他にも私が魅了してる人みたいなの見つけたら教えてください。消して回るので」

「……はい」


 シーカーも諦めたようだ。

 空気はギスギスとしているが、これはもう何ともできない。




「よし。じゃあ夜になる前に首輪を買いに行くか」


 アーシユルのあえて空気を読まない発言に、場の空気は凍りつく。


「助けて……」


 りりの口からぽそりと本音が漏れる。

 せめてもう1人友好的な心許せる魔人がいたのなら……と、そう考えたあたりで閃く。


「シャチさんがいるじゃん!」

「あー、でも預かるのを引き受けたのはりりだし、シャチは普段ずっとってわけじゃないしな」

「だめかー」


 もっと言えばシャチは水生生物だ。

 シャチに協力してもらう案は秒速で没になった。




 結局奴隷商のところで首輪を購入し、複雑そうな表情をする2人に取り付ける。

 アーシユルの持っている偽物とは違い、遠隔ジンギは小雷撃が内側に展開し流れるタイプのものだ。

 親機はアーシユルが所持する。りりではジンギが起動できないからだ。


 帰り道では、周囲から好奇の目で見られた。

 ハルノワルドでも奴隷は居る。だが、それが魔人の所有物となると、珍しさがグンと跳ね上がるのだ。


「ごめんねこんなことになって」

「いいえ。ガトの奴が悪いんですから気にしなくていいですよ」


 シーカーは自分の鬱憤をガトとりりにチクチクと精神攻撃をするという形で発散している。

 このやり方はマナに似ていた。




 そうして家に帰る頃には日が落ちていた。


「じゃああたし等は待ってるから、りりは仕事してこい」

「はーい」

「あたしはフラベルタ様を呼んで……」

「大丈夫よアーシユル」


 そう言ってフラベルタが玄関扉を開けて出てくる。

 感知能力は流石と言ったところだ。


「失礼しました。あたし等は留守番しておきます。帰りはいつぐらいに?」

「さあね。りりの頑張り次第よ」


 そりゃあそうだと納得して、アーシユルは2人を連れて家に入っていった。


「さてじゃあ早速行きますか」

「回収は北東のものからにしましょう。次に南東。最後に東」

「はーい」


 シャドウシフトでフラベルタを連れて影へと落ちる。

 いつもの浮遊感とともに、あっという間に最北東のアンテナまでたどり着く。


「これをシャドウシフトで取り除くのはいいんだけど、どこに持っていけばいいの?」

「全部マナの部屋にお願い。マナにはもう言ってあるわ」

「……結構な量ありますけど?」

「行けば解るわ」


 言われた通りに、杭状の中継アンテナを影の中に引きずり込み、マナの部屋にまでシフトする。

 そこにはゲートが開いていた。

 ゲートの先の景色は、先日ウビーのマスタールームと同系統の部屋が広がっていた。

 物置のようだ。


 マナが本を読むのをやめて立ち上がり、りりの元へと歩いてくる。


「お疲れ様りりさん。そこに置いていってくれたら私が運んでおくわ」

「お疲れ様です。でも結構量ありますよ?」

「貴女よりは体力あるから大丈夫よ」

「流石エルフ」


 りりが体力がないのもあるが、マナはエルフだ。

 具体的に言うなら、エルフの子供よりもりりは身体能力が低い。

 りりがマナの体力の心配をするだけ無駄というものだ。


「それよりフラベルタはどうしたのかしら?」

「流石にこれを持って、しかもフラベルタも連れてとなると……あれ? 呼び捨て?」

「ふふ。まあね」

「進展してますねー。このこの」


 肘でマナを突っつくと、マナは照れ臭そうにしている。


 失われるものもあれば得られるものもある。

 マナは得られる側だった様だ。

 しかし、フラベルタは弱いながらもりりに魅了されていた。

 もう少し長いこと曝されていたならば、マナとフラベルタがこういう関係になることもなかっただろう。


 心の中でセーフと思いながら、フラベルタの待つ次のアンテナへと移動する。




 北東のアンテナを抜き、南東のアンテナを抜き、最後に東のアンテナを抜きにシフトしていくと、最東のアンテナの側に、フラベルタの他にエディとイロマナが居た。




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