186話 ガトの処遇
ウビーと約束事をする。
内容はたった1つ。魔人も人と同様に接する事。これだけだ。
「後はガトちゃんでしたっけ? あの子から受けた魅了を消してもらわないと……とは言え、一度魅了されてしまった気持ちは消えないらしいので……」
「そこは魅了を解除してもらってから考えるとする。俺もフラベルタも "そういう事" が出来るからな」
「そういう事?」
「データの書き換えが出来るのよ。感情とかも、ただの情報にすることが出来るわ」
つまり、感情や記憶をデータ化できるということだ。
「え、それだと魅了消す必要とかなかったんじゃないですか!?」
「それはないな。何故なら俺はこの感情を捨てる気はないからだ。少なくとも今はな」
「それは私も同じよ。りり」
2人して同じことを言う。
「ってことは、やっぱりフラベルタも魅了されてるってことだよね?」
「恐らくそうね。最初は興味の対象であっただけだもの。今みたいに。りりに対して恋心を持っているというのは。かなり異常だと思うわ」
「……じゃあ至急解除しないとですね」
申し訳ない気持ちになりながら、建設的に話を運ぶ。
「残念ね」
「かもですけど、その感情は、私じゃなくマナさんと育むものだと思うので……」
念力プールを、フラベルタの足元からすくい上げるように上へ。
フラベルタの体の中に入っている僅かな魔力を除去する。これで、りりがいつの間にかかけていたと思われる魅了が解除されたはずだ。
「どうです? 今やったんですけど」
「そうね。変化があるとは言い難いわ。でも。強いて言うなら。好意の上昇量が軽減されたわね」
という事は、やはり今まで魅了による補正が働いていたのだ。
それをデータ的に感じ取れるというのはウビーとフラベルタの特性だろう。
「ごめんなさい」
誠心誠意、フラベルタに頭を下げた。
意図していないところだが、りりもフラベルタの感情を操っていた事になる。
人にやって良いことではない。例えそれが神と言えどだ。
「良いのよ。私もいい思いさせてもらえたからね。と言っても。これも魅了による補正かと考えてしまうと馬鹿らしいから。この気持は宝物にさせてもらうわ」
そう言って、フラベルタはりりの頭を撫でる。
「俺の方もしてほしいのだがな。感情の上昇速度がおかしい」
「駄目です。ウビーさんに関してはもう少しの間だけでも魅了されててもらわないと、また危ないことをしかねませんから」
「りり。やってあげて。こいつ馬鹿だけど。よほどのことがない限り約束は守るわ」
そう諭される。
「約束……信用ならないんですけど」
「ウビーがした約束破りは。国境超えのみなの。他はちゃんとしてるわ」
約束と言うのは、神同士での決めごとだ。りりに理解出来る物ではない。
フラベルタがそう言うのだから間違いでは無いという事は理解出来る。
しかし、りりとしては命を狙われた身だ。
とてもではないが、安心できない。
ウビーを見る。
ウビーは腕を組み、ただじっとりりを見るだけで言葉を発しようとはしない。
しかし、その目は誠意に満ちているように見えた。
「……先にガトさんの魅了を解除してからなら……どうも私の解除は強制的なものなので、勝手が違うと思うので……」
「よし。ではそうしよう。これ以上俺がブレない内にな」
ガトがゲートから呼び出され、ウビーにかかった魅了を解除する。
続けて、りりがウビーの魔力を全てはじき出す。
これで両者の魅了は解除され、ひとまずウビーの暴走は解決したと言える。
「ところでだ。俺が暴走した以上ワーキャットの街でのガトの立場が無い。そこでツキミヤマにガトを任せたいのだが」
「え!?」
思わぬ提案に、りりの頭が停止する。
「ウビーそれは駄目よ。りりは元の世界に帰るんだから」
「あ、そうです! 私の世界、地球の日本の座標が消されてるとかってフラベルタから聞いたんですけど!?」
ウビーが意図的に削除したらしい日本へのゲートの座標。
ウビーが消した以上、ウビーが知っていると言うのは道理だが……
「消去したのは復旧はできないようにしてある。こんな事もあろうかとというやつだ」
「そんな……」
聞きたくなかった言葉が帰ってくる。
日本へ帰る道は絶たれた……かに思われた。
「俺は消去した。しかし、エディがその日本へ繋がるゲートを持っている。あれはエディが開けたゲートなのだからな」
「本当ですか!? え、でもそうなると……」
「エディからそれを奪う必要があるな。奴はイロマナに唆されてツキミヤマを復讐対象にしているからな」
「またイロマナさん……」
愕然とする。
ただでさえエディは、りりのトラウマ第一位に輝いている。
それに加えて、アーシユルの実母が背後に居る。やりにくいなどというものではない。
「イロマナか。奴はすごいぞ。なにせ実力で脳食い虫の魔法を記憶している寄生虫を見つけ出してしまったのだからな。奴は俺の信仰者の中で一番の働き者だ」
「……今どのくらい居るんですか? 寄生虫由来の魔人って……」
「エディ含めて3人だな。内1人は海水人魚で、内1人がハーフゴブリンだ。イロマナは俺の熱心な信望者に寄生虫を与えて増やしている。だがイロマナに反逆する者も居て、その度に処分しているから数があまり増えんのだ。ちなみにイロマナが手にしてから寄生虫は4世代目だ。ついでに寄生虫は品種改良されていて、俺に対する忠誠心を植え付けていくようだ」
つまり、寄生されたら最後、魔力の知識とウビーを信仰せねばならないという意識までもが引き継がれるのだ。碌なものではない。
もっとも、それに従うか否かは本人次第ではあるが、従わなかった場合処分されるだけというわけだ。
ソードはともかく、ハーフゴブリンまで言うことを聞いていた理由がりりには解らなかったが、これではっきりした。
ハーフゴブリンもまたイロマナに操られていたということだ。
ともあれ、寄生虫による魔人はこれでエディ1人ということが確定した。
「ウビーさんからイロマナさんに言ってもらうことは可能ですか?」
「駄目だな。俺はフラベルタとは違う。お前を特別扱いするつもりはないし、お前に対する詫びも必要無い。おれは神だからな」
「ぐぅ……」
ウビーを無理やり魅了して従わせる事も考えるが、それではガトのやったことと大差がなくなってしまう。
命がかかっているので四の五の言っていられないといえばそうなのだが、やるとしても最終手段にする。りりはそういう人間だ。
「……交渉といきませんか? 私がガトちゃんを引き受ける代わりに、イロマナさんにやめるよう言って下さい」
「それなら構わん。ただし言うだけだ。それ以上の譲歩はせん。もし欲張るようなら俺は再びお前の敵になると言っておこう」
「……いえ、約束してもらえるならそれで結構です」
これでイロマナも止まるはずだ。
だが、エディが止まるかどうかまでは解らない。
何故ならエディは若くして、その命を1年に縮めるという決断の上、魔人化してりりに復讐せんとしているのだ。
そんな人物が、上司に、例え国のトップに限りなく近い人物からやめろと言われて簡単にやめるとは思えなかった。
りりが悩んでいると、静かになったからかガトが疑問を漏らす。
「あのわたし、話について行けないんですけど……」
「あ、ごめんね。えっと、ガトちゃんはえっと……その……」
「りり。私から説明するわ。ガトちゃん。貴女がどうしたいかは自分で考えてね」
そう断り、フラベルタがガトの現状を説明する。
フラベルタ曰く、街ではガトの処遇をどうするかの話し合いが行われているらしく、並みの処罰では済まない方向に進んでいるらしい。
これはウビーに聞いても同じだった。
理由は単純。やらかした事の大きさと、成人だという理由からだ。
子供だからという情状酌量はない。
りりからしてみればガトは子供以外の何者でもないのだが、ワーキャットの文化としては違うのだ。
「だから。ガトちゃんは選ばなきゃいけないのよ」
「…………何を?」
ガトは目隠しをされたままだが、憔悴している様子が伺える。
「ウビーを……神様を魅了して。私やりりと敵対するか。肩身の狭い思いをしながらりりと一緒に行くか。魅了を駆使してこの世界で1人で生きるか……ね」
ごくりと、ガトの喉が鳴る。
両手を胸の前で握って、身体を小刻みに震わせながら悩んでいる。
あんまりにも哀れなので、相談に乗る事にした。
「きっとガトちゃんの能力があれば、1人でもやっていけると思うんだ」
「え?」
意外だったのか、驚きの声を上げるガト。
「だけど、魅了って思い込みの激しい人相手に使うと、今回みたいな事件を引き起こす事もあるんだ。それはガトちゃんも身をもって味わったでしょう?」
「……うん」
「それに、私の存在を期に、この世界には魔人が増えると思うんだ。魔法って解っちゃえば簡単なものだから……で、魔人が相手になると、ガトちゃんの魅了は役に立たなくなるのは判る?」
「うん……わたし、街の誰よりも魔力ためるの下手だから……魔力持ってない人くらいにしか魅了かけられないし……」
この発言に、りりもフラベルタも顔をしかめる。
魔法の才能の基本になるエナジーコントロール。今回の事件は、それがとんでもなく下手な少女が引き起こした事だったと知らされたのだ。
やり場のない感情を抑えながら、少女に諭してゆく。
「ガトちゃん。私の育ったところでは、取り返しの付かないものでない限り、失敗は水に流す……っていう言葉があるんだ。私はガトちゃんを許します。だから、もしよかったら私と一緒に来ない? 勿論、魅了を悪用しないっていう条件は付けるけど」
「りり。本気?」
フラベルタがそう尋ねる。
「勿論……と、大きく言えないところはあるかな……けど、だからといって放っておくと処刑とかされちゃうわけでしょ?」
そう言ってウビーの方を見る。
「そうなるな。となればツキミヤマ。ガトに奴隷の首輪を付けさせることを薦める」
「どうしてです?」
ウビーの提案に、少しムッとして返事をする。
ガトも、衝撃の提案に驚いているように見えた。
りりはこのガトという少女を保護したいだけだ。
しかも、本心というよりは良心から来るものだ。決して奴隷にしてこき使ってやる等という意図はない。
「話はちゃんと聞け」
よもやこれをウビーに言われる等、想像もしていなかったので面食らってしまう。
だが、それ自体は最もなので、耳を貸す。
「残念な事だがツキミヤマの実力は凄まじいものがある。故にガトをただ連れているよりも奴隷という所有物と主張している方が安全性が高いということだ」
「あー、首輪だけしておいて普通に扱ったら良いってこと……ですかね?」
「そうだ。かつてアーシユルがツキミヤマにやっていただろう。あれと同じだ」
「……そっか……私、あの時から守られてたんだなぁ……」
旅の始まり。その時から、アーシユルがりりに付けていた首輪にはそういう意図もあったのだ。
アーシユルはあの時から二つ名持ちのハンターだ。しかもクリアメというバックが居る。
本来は余程のことがない限り手は出されないはずだったのだが、当時は事情が事情だったので、アーシユルの力及ばずというだけの話だったのだ。
苦い気持ちにもなるが、アーシユルから守られていたという事実に、ほんのりと心が温まる。
が、直ぐに今はそんな時ではないと気付き、軽く頭を振ってガトに向き直る。
「そんなわけで、形だけ奴隷っていう風にするけど、それでも良いなら……になるけど、どうしますか?」
「………………お願いします」
少し悩んだようだが、ほぼ即断即決だった。
深く考えていないのか、考えた上で返事をしたのかは定かではないが、どちらにしても目を離してはおけない。
魔力を使うのが下手とはいえ、一切才能の無い者からしたら、魅了という魔法は驚異以外の何者でもないのだ。
況して、一度その便利さを知ってしまった者ならば尚の事。ガトは放っておいたら確実に再び魅了を悪用するのは間違いない。
「でもそんな事言いだしたら、ワーキャット全体がそうなんですよねえ……」
無意識に考えていることが口からこぼれる。
「それはなるようにしかならないだろうな。俺達は世界に少々の干渉はするが基本的には観測者だ。ワーキャットが魔法により覇権を取るのも時代の流れというものだ」
「あ、口に出てましたか? ……でもそうですよね……私がそれに口出しするのは内政干渉に当たりますもんね……」
りりが悩んでいると、フラベルタが口を挟んでくる。
「りりはこっちの世界に馴染んだっていっても。やっぱり異世界人なのね」
「どうして?」
「こっちに暮らしてる人なら。魔法が使えるとわかった時点で。ワーキャットをゴブリンと同様の扱いをするわねきっと。種族的に強いことに加えて。魅了という魔法で。神すら手球に取れる種族よ? 当たり前のように敵性魔人として扱われるでしょうね」
「うーん…………ちょっと考えが纏まらないから、アーシユルと相談してみます」
「そうしなさい」
ひとまずそうなった。
「じゃあウビー。私はりりとガトちゃんと一緒に。中継機を回収しながら帰るとするわ」
「そうしてくれ。だが帰る前に……」
ウビーがガトに歩み寄り、愛おしそうに抱きしめた。
「ガト。お前が神子であることは変わらない。変わらないが俺の声を聞いたり会えたりするのはボクスワにいる間だけだ」
「え、そんな!」
「名残惜しいがこれで暫くサヨナラだ。元気でな」
「…………」
りりには解らないが、今までこの2人には2人だけの時間があったのだ。
といっても、ガトがウビーを魅了したせいで出来たものだが、それはこれから無くなる。
ある意味感動的な場面かもしれないが、りりもそこまで鬼ではない。
「あのー、ウビーさんが無理なら、私達の方からたまに会いに行きますから、今生の別れって事でもないと思いますよ?」
「それもそうなのだが暫くは会えんのだ。気持ち自体は残っているのだからもう少し時間は使わせてもらうぞ」
「……はい」
有無を言わさぬ物言いに、壁にもたれて休憩することにした。
数分して、ガトが開放される。
別れが済んだようだ。
ガトは少し泣いていた。
「じゃあウビーさん。また」
「ああ。俺自身はあまり会いたくはないがな」
「はは……じゃあフラベルタ。アーシユルのところまでお願い」
「良いわよ。ゲートオープン」
フラベルタがいつものように、パチンと指を鳴らしてゲートを開く。
それを見ていたウビーが一言。
「ほう。格好いいじゃないか」
どうやら、次からはウビーもこれをやりそうだった。




