185話 決着
ゲートをくぐると近未来的な部屋に出る。
金属製の壁と床。
天井自体が光るという照明システム。
壁にはモニターがあり、謎の図形と、この国の言語がびっしりと書かれたウィンドウが開いている。
その隣には大男形態、子供形態、エルフ形態の姿の男性……ウビーのスペアの培養カプセルが並ぶ。
窓の外には工場地味た光景が広がっており、ゲートがいくつも開いては、鉱石やら何やらがコンベアで運ばれて、各部屋に投入されていっている。
「……工場……かな?」
「ノーコメントだ」
「フラベルタもそうなんですけど、それ言ってるのと同じですよ?」
「あらそうだったのね。1つ賢くなったわ」
ウビーもフラベルタも神と慕われ、畏怖される者だ。試されたこと等なかったのだろう。
故に、思考は早くとも非常に単純だ。
そのウビーが説明を始める。
「今から俺はマスター接続する。それが本来の俺になる。だがその俺は既に魅了を受けている状態だ。なので、接続後再び魅了を受けなくてはいけない」
「つまり?」
「俺がマスター接続して魅了を再度受ける間。ツキミヤマは俺に攻撃される恐れがある。俺ならそうするだろう」
きっぱりと言い放つ。
実質、第2ラウンドが行われる事を示唆している……が、宣言するだけマシというものだ。
「じゃあ私は神様を固定して、防御しておけば良いんですね?」
「そうなるな」
魅了が通るまでの僅かな間、命の危険が有るということだ。
だが、ワーキャットの少女を間に挟んだ上で防御しておけば、およそ問題は無いかに思われた。
「わたしはどうすればいいの?」
少女は目隠しをされたまま怯えるように呟く。
「あなたは神様の手を握っておいて。合図したらさっきみたいに私達に対して危害を加えようとするのを止めさせるようにしてくれたら良いですよ」
「……はい。分りました」
言われた通り、少女はウビーの手を握った。
それを確認してから、ウビーの身体を念力で拘束する。
「では始めるとしよう。フラベルタ」
「はいはい」
フラベルタが壁をいじると、そこから太いケーブルが生えてくる。
そのケーブルは、ウビーの首の後ろに差しこまれた。
同時に、ウビーは目を閉じる。
「SFみたい……ってことは、フラベルタの後ろにも?」
「ええ有るわよ。端子を差し込むところ。でもこれは私達にしか使えないように改造したものだからね。本来は針を直接神経に刺すのよ」
「うわ痛そう」
つまりこのケーブルは、ウビーという名のマザーコンピューターとの接続ケーブルだ。
この壁の向こうに、ある意味本物のウビーが居る。
それと有線接続することによって、ウビーは暴走している状態のウビーへと更新される。
「これどのくらいかかるの?」
「あと7秒くらいかしらね」
「え!? 早い!?」
慌てて戦闘態勢に移行する。
「ガトさんは、そいつが目を開いたら魅了宜しくね」
「え!? 何で名前を!?」
少女は驚いてフラベルタを見る。
少女の名前はガトというらしかった。
「いいからウビーの方見てて!」
慌ててガトの顔をウビーの方へ向けると、同時にウビーの目が開く。
そして案の定、ウビーの攻撃が始まる。
「ゲートよ開け」
「っ!?」
瞬時にゲートが部屋の端に現れ、そこから空気も震えるほどの大音量が流れ出てくる。
あまりの大音量によろけてしまう。
「ーーー!? ーーーーー!?」
少し驚いた後、大声を出してみるも、かすかに自分の声が聞こえる程度。そのくらいの音量。
つまり魅了が通った所で、攻撃中止のお願いが出来ないわけだ。
その上、ガトが爆風を受け、いつの間にかその先に展開されていたゲートへとはじき出されてしまった。
これでは魅了の再設定すら不可能だ。
ウビーは、体は固定されているが、口がとめどなく動いている。しかし、大音量のせいで何を言っているのかが解らない。
《りり。例の猫に耳栓して連れてくるから。少し耐えていて》
フラベルタの声だ。
しかし、この大音量の中、普通に聞こえてきた。
これは、アーシユルまだ神子の時、ウビーから一度だけ受けた神の声と同一のものだ。
フラベルタはこれが出来るのにもかかわらず、りりとはメールをしていた。つまり、ずっと遊んでいた事になる。
振り向くと、フラベルタはゲートを潜っていったところだった。
「ーーーーー!?」
フラベルタ!? そう叫んでみるが、りりの耳に微かに聞こえる程度の音しか発することが出来ない。
ともあれ、フィジカルハイを展開し、各所から目を生やす。
同時に、音を放っているゲートにバリアを展開し、防音措置を施す。
音が止んで、僅かな機会の駆動音だけする部屋に戻った。
まだ耳がキーンとする中、ウビーに攻撃を仕掛けようと念力刀を創り出す……が、マスター接続しているウビーの方が圧倒的に動きが早い。
ゲートが3つ開く。
1つはウビーの真上、2つはりりの左右。
ウビーの上に展開したゲートは、ウビーの頭を包み込むように移動、収縮し、半開きの状態で、ウビーの頭を隠してしまった。
見た目には首なし人間が出来上がる。とてもシュールな光景だ。
何をやっているのか判らないが、左右のゲートは間違いなく攻撃用だった。
直ぐ様、多重バリアで壁を張り防御しようとするのだが、そこから放たれたのは、炎でも雷撃でも水流でもなく、また音だった。
ただし、先程とは比べ物にならないほどの音だ。
その音は反響し、バリアの壁をすり抜け、りりの耳まで届く。
「ーーーー!?!?!」
りりの耳の奥へと激しい痛みが襲いかかる。
超の付くほどの大音量は、耳からの出血と共に、りりの三半規管を狂わせた。
耳をふさぐものの、既に鼓膜は破れている上、狂った三半規管のせいで、地面がどこだか判らなくなり、倒れ込む。
バリアで発生源を囲い、耳の後ろに新たな耳を創り出す。
フィジカルハイでは繊細な修復は出来ないからだ。
続けて追い打ちのように、りりの頭上にゲートが開く。
その先に見えるのは破損したサモンシュレッダー。
だが破損しているとはいえ、部屋で振り回すほどの大きさはない。
そのかわり、それはそのまま振り下ろされてきた。
「んんっ!?」
回避ついでに、全力でウビーに飛びかかり、小さな念力刀を生成し、ウビーの腹に一撃を入れる。
「お!? 入った!?」
意外なことに、攻撃はすんなりと通った。
ウビーの体がビクンと動き、一瞬攻撃の手が止まる。
しかし、シュレッダーがぐるりと刃の方向をりりへと向け始めた。
《りり。ゲートからだすわよ》
フラベルタの声と共にゲートが開いて、中から老猫を抱いたフラベルタが出てくる。
同時に、シュレッダーが動きを止め、ウビーの頭を覆っていたゲートが外れ、ウビーの頭が出現した。
《どうぞ》
「フラベルタありがとう」
「あら? 聞こえてるのね? 耳も増えてるわ」
「ええ」
猶予は無い。直ぐ様ボス猫に念話を飛ばし、緊急事態であることを伝える。
『お久しぶりです。前にあなたに餌付けして、魅了をかけられそうになって解除した魔人です。いまちょっと襲われてまして、今から触れる人を魅了して、私への攻撃を止めてもらえませんか?』
一方通行とは言え、魔物に念話が届いているというのは、蟻で確認済みだ。
後は、この猫が動いてくれるか否かだ。
祈る思いで、猫をウビーの首筋になすりつける。
猫は迷惑そうに「うにゃぁ」と鳴いた。
ウビーはそこで、諦めたかのように目を閉じ、ため息を吐いた。同時に、シュレッダーがゲートへと戻ってゆく。
「やれやれ。弱点がバレているのは予想外だったぞ。そいつはガトの次に攻撃出来ない対象だからな」
「え? そうなんですか?」
「知らなかったのか? となると偶然か。そんなもので……いやだからこそなのだろうな。でなければマスター接続した俺が負けるわけがないからな。それが世界最強と言われる魔人相手でもだ。しかし目をはやせる上に耳までとはな。その気になれば完全に複製体すら作れそうだな……ヒトデナシめ……」
相変わらずのマシンガントークが炸裂する。
その間、猫が魔力を溜め、放出する素振りを見せた。
どうやら言ったとおりにしてくれているようだ。
「これが魅了か。自覚している内にされるのは初めてだな」
「……という事は?」
「困ったことに魅了の対象はこのボス猫ではなくツキミヤマのようだ。たった今まで恨んでいた対象が保護する対象にすり替わるだなど高速演算しているにも関わらず訳がわからんな」
「……え? ……え?」
ウビーの方も理解が追いついていないようだが、りりの方も理解が追いついていない。
「つまり。りりがガトちゃんと同じく。この馬鹿を操れる権利を獲得したって事になるわね。とんでもないわね」
「それって……駄目なのでは?」
「駄目よ」
「駄目だな」
「んなぁー」
ボス猫がしてやったりの声を上げる。
これは念話によるもので、猫から僅かながら感情の機微が伝わってくる。
『あぁ……これ意図的なものなんですね……さしあたり、施しの礼ってことなんでしょうか? ともかく有難うございます。助かりましたボス猫さん。今度なにかご馳走します』
「んなぁー」
今度、プロヴァンにお願いして、猫でも食べられる美味しいものを作ってもらう事を心に決めた。




