184話 小さな黒幕
とにかく話をしなければいけないので、少女を宥める。
「……ごめんなさい。なんかわからないけど、貴女は私のことが怖いんだね? そのままでいいから聞いて欲しいんだけど……」
「……すけて……」
「うん?」
「助けて神様ぁ!」
途端、横にゲートが展開され、中から大男が姿を現す。ウビーだ。
ウビーにはまだ気取られてはいない。速攻を極める。
気取られでもしたら厄介なことになるのは間違いないからだ。
外に待機させていた黒球を天井から侵入させ、ウビーを真上から強襲する。
ウビーはゲートから出てきたばかりで、状況を理解する前に、呆気なく黒球に飲まれ、一瞬で灰になった。
「ひ……」
「か……かみ……が……」
少女は、顔を恐怖で歪ませる。涙も出ない様子だ。
先代ボスに至っては絶句に近い。
「安心して下さい。ウビ……神はまだ健在です。こんな事で死にきってませんから」
「……はっ……は?」
少女は息が途切れ途切れになりながら、りりを凝視している。
もう遅いかもしれないが、できるだけ優しく声を掛けた。
「貴女にお願いがあるの。神様にかけた魅了を解いて欲しいんです。それと、私に干渉……えっと、攻撃してこないように頼んで貰えますか? 私、すごく迷惑してるんです……判りますか?」
少女は、身体を強張らせたまま必死に頭を縦に振る。判ったから殺さないでとさえ聞こえた。
先代ボスが少女を宥め、水を飲ませる。
やがて多少落ち着いて来た頃、今までりりが味わってきた話を、少女にも判りやすいように聞かせる。
ウビーがエルフの里を見捨てた事。
必要以上に魔人を……というより、りりを目の敵にしている事。
暗殺部隊を送り込んできた事。
実際に心臓を貫かれ、死ぬ程苦しかった事。
ハルノワルドを襲撃させた事。
そして、大事な家族を失った事。
ついさっき、ウビーがダークソードでボス達を巻き添えにした事。
時間もないので、これらを雑に話した。
少女は途中から顔を覆って泣いていた。そんなつもりじゃなかった……そう言いながらだ。
少女の言い分はこうだった。
2年前、神子と神が一緒に出歩いている時に遭遇し、いたずら心に魅了をかけてしまった事。
ひっそりと神子に選ばれていたという事。
神が自分の思うように動いてくれるのは楽しかったという事。
自分には多少ながら念話の才が有る事。
ゼーヴィルからやってくる旅猫と仲がいい事。
その猫達から、恐ろしい魔人が現れたという話を聞いて恐怖した事。
それをそのまま神に話してしまったという事。
そして今に至るという事……。
それを聞いて、りりもアーシユルも眉間にシワを寄せる。
「なんだ? じゃあ神は、お前が魔人が怖いっていう話をしただけで……」
「意訳したんでしょうな……この子から怖いものを取り除いてあげようという……好意からの行動だったと……しかしこれは……」
先代ボスすらどう言って良いのか分からないようだ。
「……ふざけてるのか?」
「ふざけてないの……本当にそのとおりなの! わたし、ウソ言ってない!」
「そんな事でケイトは死んだっていうのかよ!」
アーシユルが声を荒げ、机を叩く。
目が見えていたならば、問答無用で殴りかかっていただろう。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
「アーシユル……この子、子供だよ……」
「子供だからって許されるか! こんな!」
「ケイトさんだってほら……これは不幸な事故だよ……」
なんとか平静を保ちながら喋るりり。それとは対象的に、アーシユルは激高する。
「……それを言われちゃ……糞がっ……」
ケイトも毒をばら撒いていた過去がある。
りり達はそれをなあなあにしていた事もあり、一概にこれを責めることはできない。
「私だって辛いよ……っていうか、正直もうなんか疲れた……怒る気にもなれないんだ……」
大きな、それでいて途切れ途切れな溜息をつく。
怒りを抑えている状態でもあるが、同時に安堵もある。
今回、りりはウビーを3人。そしてワーキャット達を6人殺しただけだ。他はウビーが勝手に殺した。
自分が手を汚したわけではない。その事実が、りりの心の荒を少し和らげていた。
といっても、不幸中の幸い程度の話だ。殺した事に違いはない。
一息つく。
その頃にはアーシユルも落ち着きを取り戻していた。気持ちの切り替えが早いのがアーシユルの良いところだ。
「やることは解ったな?」
「はい。神様をもういちど魅了して、魔人さんに攻撃しないようにお願いするんですよね」
「あと、イロマナってやつを止めるのもだ」
「解りました」
「じゃあ私達は出てますから、宜しくおねがいしますね」
外へ出る。
少女に呼ばれ出てくるウビーを刺激しないためだ。
「ワイヤー使わなかったな」
「そう言えばそうだね。っていうか、冷静に考えたらワイヤーって通じないんだよね」
ナノマシンがある以上、そもそも物質を使った攻撃は効果が薄い。
だが、ウビーはそれを攻撃に用いたりはしていないのを見ると、制約があるか、そもそも扱えないかという推測こそ立つが、判断は出来かねた。
「それにしても、フラベルタにお願いしてたのまで使わなくてよかったね」
「猫を連れてきて、念話でお願いするってやつか。どっちにしろ、魅了の重ねがけじゃアイツの魅了を破れなかっただろうから、結果としては良かったんじゃないか?」
フラベルタに事前に言ってあった作戦。
ゼーヴィルの盲目のボス猫を、合図と共によこしてもらうというものだったのだが、使う場所がなく空振りに終わった。
しかし、この作戦自体、ワーキャットが非協力的な場合で、しかも猫が盲目の関係上、ウビーが油断していて動いていない時に……という限定的な条件の場合にのみ使える手だったので、どちらにしても使う機会はなかった。
少しして、少女と少年ウビーが家から出てくる。
少女は今にも泣きそうな顔でウビーに隠れながら、そしてウビーは憎々しげな表情でだ。
「これが魔法か……憎い気持ちは残っているが徐々に上書きされていくのが判る。俺は玩具ではないのだぞ」
ウビーは不服そうだ。
それもそうだろう。眼の前には、最愛の少女を脅かす存在が居るにもかかわらず、その最愛の少女から攻撃するのは止めてと言われているのだ。
腸が煮えくり返っているのは間違いない。
魅了。
かけてしまえば、その後は言葉1つで人が思い通りになってしまう。恐ろしい魔法だ。
ともあれ、これでひとまずの安全が確保された。
後は解決へと向かうだけだ。
とにかくウビーと交渉をする。
「ウビ……神様。私は貴方の事、多少解っています。貴方の "本体" の方も同じ状態にしないといけないんですけど……」
「くっ……キサマ、自分が何を言っているのか理解しているのか!?」
「理解しています。その女の子を連れて、なんとかして下さい。そうじゃないと……」
チラと少女に目をやり、暗に少女を殺す……そう脅しをかける。
勿論りりにそんなつもりはないが、ウビーと対等かそれ以上の力のある存在になった者がそう言うのだ。この言葉は脅し足り得る。
「ちっ。フラベルタを呼べ」
「はいはい来たわよ」
ウビーがそう言った瞬間、ゲートを介してフラベルタがやってくる。
「キサマ国境超えを!? 中継機をばら撒いたか!?」
中継機。
此方へ来るまでに打ち込んだ杭状のアンテナのことだ。
「先に破ったのは貴方の方よ。それに。貴方を止める為の措置よ。ちゃんと事が終われば回収するわ。さて、貴女ね? 今回の事件の原因は」
フラベルタがワーキャットの少女に鋭い眼光を飛ばす。
整った顔自体は崩れてはいないが、その瞳の奥に渦巻いているものは、用意に想像がつく程だった。
そんな視線を投げかけられ、少女は更に怯える。
呆れてフラベルタはウビーに視線を戻す。
「ウビー。私はりりの同行を求めるわ。私まで魅了されたら溜まったものじゃないからね」
「いいだろう。残念ながら魔法を使わないという確証が得られないからな」
ウビーも魅了の恐ろしさというものを身をもって体験した故か、最愛の少女に対しての信頼が揺らいでいるようだった。
「というワケよりり。貴女も付いて来てもらうわね?」
「え? あ、はい」
神同士の会話はトントンと進む。
思考時間が0に限りなく近い為、相談していると言うよりは、決定事項をなぞっているだけに見える。
「そういう訳よ。だから。アーシユルは待っててね」
「仕方ないですね。時間はどれくらいかかりそうです?」
「直ぐよ」
アーシユルはこの件に直接の関係はない。
りり、フラベルタ、ウビー、目隠しをした少女の4人でゲートへと入る。
今から行く先は機密のようだが、りりは魔力の動きを見なくてはいけないため、目隠しはナシだ。




