182話 荒ぶる国宝
「ボスの人。私、このウビ……神様に迷惑被ってるって言いませんでしたっけ?」
「言ったな。だが、俺達には関係のない事だ。それにもう神が味方に付いているのだ。恐れるものなど何も無い……そう思わんか?」
ニタリと笑うワーキャットのボス。
先代ボスが相手なら話は通じただろうが、今ここに居ないという事は、魔人と交戦する派閥により抑えられてしまっているという事だ。
遣る瀬なさと怒りが込み上がる。
「ほんっとムカつきますね。あなた達」
「何だと?」
りりがボスに指をさす。
劣勢のはずのりりの方が横柄な態度に出た事に、ボスはたじろぐ。
「言葉通りの意味です。目には目を歯には歯を……あなた達がそういうつもりなら、こっちもそのつもりで行きます……あまり気乗りはしないんですけど、私……人殺しは初めてじゃないですよ……」
ゴブリン討伐、狂信者達の襲撃で、りりは軽く3桁を超える人を殺している。
殺す度に泣いて、吐いてしていたが、もう人を殺すということに対しての躊躇いは強くはない。少なくとも今は……だ。
その経験が、りりに歴戦の騎士やハンターとはガラリと違う、凄まじく陰鬱な殺気を出させる事となっている。
だが、それで怯むのもほんの数人。
ここに集まるワーキャット達は武闘派なのだ。
それも、その全てが魔人で、りりの魔法を視認することが出来る。
その事実が、りりの出す警告を無視させた。
そして、りりに不満を覚えるのは神だ。
「ほう? お前はこの俺を無視してしかも勝とう等と言っているのか? ハハハハ! 愚か者め。爆ぜろ」
りりの背後に、隣り合って2つのゲートが開く。
本来のウビーならばこんな悪手は取らない。
これはウビーが本体から切り離され、感知能力が使えなくなっているが故だ。
りりの後頭部の目の存在に気づけていないのだ。
ゲートから火炎と爆風。
重なり合ってそれは爆炎へと昇華する……。
はずだった。
「ふん。それが魔法だな。ただの火のみならず、威力のある爆炎でも抑え込むか」
そう。爆炎は、りりの黒球により阻まれた。
実際は、火、水、雷、最後に物理をフィルタリングする4層構造のバリアによってだ。
ウビーは、りりがゴブリンの洞窟で見せた黒球レベルのモノしか知らない。
よって、この一撃は小手調べのようなものだった。
爆炎の音に一瞬驚いていたアーシユルも、りりの様子を見て、体勢を立て直す。
「アーシユル。大雷撃!」
「おう!」
りりが叫ぶと、アーシユルは直ぐ様大雷撃ジンギを起動させる。
だが、ワーキャット達もそれを許すほど悠長にはしていない。
「止めろぉ!」
ボスの叫びと同時に6人のワーキャットが動く。
ワーキャット達の身体能力をもってすれば、多少の距離など無いに等しい。離れていても射程圏内だ。
通常の相手ならば、例え称号持ちハンターであろうとも、ワーキャットが畳み掛けるだけで簡単に仕留められてしまっただろう。
これに関してはアーシユルでさえ危ない。
だが、このアーシユルの側には魔人が居るのだ。
「させない!」
りりが念力刀を展開し、横薙ぎにする。
全員がそれを、しゃがむなり跳ぶなりして回避してしまう。
クリアメ等の例外を除いてはあり得ない事だった。
お互いが魔人。
魔力が見えている以上、ちょっと素振りを習った程度のりりの剣撃等、児戯に等しい。
それはりりも解っているので、追撃にとワイヤーを3本取り出す。
3本全てをつなげて、1本の長いワイヤーにする。
長さはそれだけで30メートル。
それを、前方から向かってくるワーキャット達へと向かわせる。
ワーキャット達は先程と同じ様に躱そうとするが、今度は念力刀ではなく変幻自在のワイヤーだ。
しゃがんだ者が居ればワイヤーを下へずらし、跳んだ者が居ればワイヤーを途中で停止させ、着地と同時に全員を絡め取る。
「うお!?」
「これが魔人の魔法か!?」
それを見てもウビーは、今の所、高みの見物と決め込んでいるようだった。
「ほう。やるではないか」
「助けないんですか?」
「何故だ? 俺は神だぞ。いくら贔屓しているとはいえこの程度躱せないようではな」
りりの前でゲートが開き、大雷撃が発動する。
それを多重フィルターで取り込み、ワイヤーで絡めた6人の元へやり、解除し放電する。
雷撃ジンギはジンギの展開時間の都合上、3連撃で発生する。
だが、りりが纏め上げてしまうと、それは1撃に収束される。威力は単純に3倍だ。
その大雷撃が、ワーキャットを襲う。
今回は水系ジンギも使っていないので、雷撃はワイヤーを伝い直撃の形をとる。
ワーキャット6名は、悲鳴をあげる事すら出来ずに感電し、沈黙した。
実際、雷の直撃に等しい威力だ。恐らく全員が今の一瞬で死んでいる。
これに激怒したのはボスだ。
「貴様ぁ! 許さんぞ!」
吠えるボスを尻目に、りりはアーシユルと考察に入る。
内容は、ウビーがあまりワーキャットに執着しているようには見えないところだ。
「アーシユル。どう思う?」
「多分だが、ワーキャット全体じゃなくて、術者だけを特別扱いしているんだろう。あと、魔人を排除するっていう認識のほうが強いんじゃないか?」
「なるほど。あ、アーシユルはウビーの攻撃に注意しなくていいよ。理由は言えないけど」
これは、以前フラベルタが言っていたものだ。
実は、神は人に攻撃することに対する制約を背負っている。
これにより、アーシユルは攻撃対象から外れのだが、りりは人類であるにはあるが、此方の大陸の人類ではない。よって攻撃対象になりうるとの事だった。
アーシユルがウビーに攻撃すればその限りではないが、ウビーからアーシユルに攻撃することは無い。
りりにとっても神にとっても、お互いがお互い攻撃出来うる対象なのだ。
アーシユルはワーキャットだけを相手していれば良い。
「判ったぜ」
「仮に攻撃されたとしても、私が全部防御するから安心して」
「おう」
そんな話をしていると、アーシユルに向かって弓が射られる。
これは、[屍抜き]のケイトの最高峰の矢。それを間近で見て、体験したりりだから言えることなのだが……ケイトの物よりも遥かに遅かった。
とはいえ、嘘でも矢だ。バリアを空間固定するほど時間は無い。
そこで、バリアを斜めに幾層にも展開し、アーシユルから矢を逸らす。
当然このバリアも見られている。
「ちっ! 皆展開して多方面から仕掛けろ!」
ボスは瞬時に単発の矢では意味がないと悟ったのか、そう叫ぶ。
ボスの部下達はその通りに展開していった。
しかも、困ったことに最初の25人とは違い、援軍だ。
しかし、りりが困ると言うのは、苦戦するだとかそういう話ではない。
ただ、殺す事になるかもしれない対象が増えたというだけだ。
「アーシユル!」
「防御は任せた!」
「判った!」
ここへ来て、アーシユルは攻撃をしようとしている。
それだけりりの防御への信頼があるのだ。
「お前と居ると、防御や回避に気を配らなくていいから楽だな。神も怖くはないぜ!」
「ほう? 言ったな」
ウビーがゲートを開き、その中に手を入れる。
そこから取り出されたそれは、漆黒の剣。りりの黒球にも似て、立体感を感じさせない影そのもののような、ただ十字を象っただけの剣だ。
その手元にはトリガーのようなものだけ1つ付いている。
「りり! 防御だ! あれがダークソードだ!」
「了解!」
「嘘でも国宝だぞ? いくら魔人とて耐えられるわけがなかろう。爆炎などというものとは規模が違うのだぞ」
ダークソードのタネは以前聞いたもので割れている。
あれは黒球と同じく、光を吸収するタイプの物質で構成されている。
内部には凄まじい光熱を蓄え、それを放出することで熱光線を発するというものだ。
熱ならば黒球で防御が可能だ。
直ぐ様黒球を正面に展開し、頭頂部から目を1つ創り出し、そのまま上に伸ばす。
光線という性質上、見えてからの防御は出来ない。
ので、視点を1つ上に置いて視界を確保し、ダークソードとの車線上に黒球を配置する。
ウビーはダークソードを別のゲートの中に放り込む。
一瞬何をしているのか解らなかったが、直ぐに合点がゆく。
あれはチャージだ。
ウビーがダークソードを魔人を殺しうるレベルの物に仕上げているのだ。
「気をつけて! 防御はするけど、生半可な攻撃じゃないと思う!」
「そんなのが来たら諦めるしかない。だから、あたしは攻めるぜ」
アーシユルが杖をかざす
そんなこんなしている間に、ジンギの起動が終わったようだ。
りりの正面にゲートが開き、そこから水流がボスに向かって流れる。
続いてもう1つゲートが開く。こちらは大雷撃ジンギだ。
遠隔ジンギの場合、同時起動出来ないという制約は無いようだった。
誰が相手でも、この規模の水と電気には太刀打ちが出来ない……が、水流の殆どは、新たにできた巨大なゲートに吸い込まれてしまった。
ウビーがワーキャット達をサポートしたのだ。
手を出したり出さなかったり訳が解らないが、ウビーの事なので、思いつきでやっている可能性があった。
そのウビーに対して、先程逸して回収しておいた矢を念力でけしかける。
それはそのまま子供ウビーの腹に命中した。
「え?」
「惚けるなりり! 防御しろ!」
アーシユルから怒号が飛ぶ。
展開したワーキャット達から射られた矢が四方八方から襲い来ているのだ。
崩れ落ちる子共ウビーの1人をしっかり視界に収めながら、アーシユルの元へ行き、バリアにて矢を全て防御する。
ウビーに矢が当たった事に呆気にとられはしたが、矢が来る事自体は予期できていたので、バリアは一応間に合った。
全ての矢が、りり達の手前で弾かれ落ちる。
「全方位からってのは迫力あるな……」
「そうだね。でも、ゲートが有る限り遠距離攻撃は届かないかも」
「それだが、ウビーはりりの攻撃は防御できていなかった。ジンギしか防御出来ないんじゃないか?」
「そんなまさか?」
だがしかし、確かに矢は受けていた。
事実、ウビーの内1人は苦い顔をして片膝を付いている。
「そうなると、あたしは鉄球とナイフしかないが、ワーキャット相手に当たるとも思えない」
ワーキャットは念力刀を目視で躱してしまえる程動体視力が良かった。
アーシユルの投擲も、簡単に躱してしまうだろう。
「すまん。あたしは役立てそうにない」
「……アーシユル、確か前に何か言ってたよね……アンリミテッドアーマー……だっけ?」
「あ? あぁ。見えない鎧を纏うってやつな……出来るのか!?」
アーシユルは思いっきり、りりの方へと振り向く。
囲まれている以上、目を配っていても無駄なのは確かなのは事実だが、その目が輝きすぎている。
実践向けだとかそういう事を考えているような顔ではない。そこにはロマンを目の当たりにする少年の姿しかなかった。
「調子狂うなぁ……それをアーシユルの体に固定するから……近接戦なら、アーシユルも引けをとらないでしょ?」
「まぁ……遠距離よりはまだ戦えるな」
「おっけー。もう付けたけど、重さとかはないよね?」
「え? もうか?」
アーシユルは自分の体を短刀の柄で軽く殴る。しかし、体に当たる手前でそれは阻まれた。
「固定バリアをアーシユルに直接くっつけてるから、防御力は十分。だけど、関節だけは気をつけてね」
「良いぜ。これならいけそうだ。だが、相手に見えてるのも計算に入れておかなくちゃな……あたし自身が見えてないから、そこら辺りがちょっと心配ではあるが……」
要は関節部の隙間を狙われる可能性があるということだ。
そこはアーシユルの戦闘スキルにおまかせする他ない。
「咄嗟にやってることだから万全じゃないってのは解ってるけど……」
「すまん。無茶を言ったな。助かるぜ」
アーシユルは、そのまま胸のホルダーからナイフを取り出そうとするが、それもバリアに阻まれる。
「……杖に装備してるジンギと短刀だけで戦えってことか……」
「その分、防御は強いから、多少の無茶は利くよ」
「それもそうだが……やるしかないな」
アーシユルは、腰から短刀だけ引き抜き、そのまま、背後に居るワーキャットの方へと転身して駆けてゆく。
退路の確保に向かったのだ。
一方、りりは受けた矢を全てウビーに仕向ける。
先程負傷した子供ウビーへだ。
矢が刺さる瞬間、心底悔しそうにする子供ウビーの顔が見えた。
呆気ないが1人仕留めた。
それに怯む事もなく、りりもアンリミテッドアーマーを装着し、2人目、大男のウビーの元へと駆ける。
「させるかぁ! お前達! 神様は魔力がお見えにならない! お守りしろぉ!」
「「「判りましたボス!」」」
だが、それは遅い。
ただでさえりりはフィジカルハイで身体能力が上がっているのだ。
「吠えるだけで動かないから1手遅れるんですよ!」
りりの言う通り、ワーキャットはりりどころかウビーの元へと到達出来ない。
何故ならば、りりは大男ウビーと自分を結ぶ道の両サイドにバリアを展開したからだ。
「くっ! これでは!?」
「指を加えてみてて下さい……これが……神殺しです!」
念力刀を展開し、振りかぶる。同時に、大男ウビーの真上にゲートが開く。
ぞくりとした嫌な予感がする。だが、なんとなくではない。
そもそも、ゲートがりりの方に向かっていない時点で確信じみていた。ここから出てくるのは間違いなく……。
「教えてやろう。これが国宝級ジンギだ」
大男ウビーから発せられる太い声。これはかつて、ボクスワの神子により転送された時に聞いた声だった。
勘違いだったとはいえ、過去の恐怖が顔を覗かせそうになる。だが、それよりももっと恐ろしいものが顔を出す。
それは幾重にも連なる歯車だった。
「サモンシュレッダー」
特に抑揚が有るわけでもなくそれは言い放たれ、巨大なシュレッダーとその柄が生える。
フラベルタの出した物と同じく、その真新しい輝きが目を見張る。
しかし、柄からシュレッダーまでのゲートの距離が短い。近距離向けに調整してあるようだ。
ゲートごと動かす物理攻撃は、その性質上、バリアの硬さをものともしない。
ゲートの移動の方が物理法則的に強いのだ。
大男のウビーがそれを手にし、即座に振り下ろしてくる。まだ歯車は回転してはいない。
してはいないが、かするだけで致命傷になるのは間違いがない。
無駄とは解っていながら、一応バリアを左斜めに落とすように展開しながら右に躱す。
振り下ろされた歯車によって、当然のようにバリアは砕け散り、その破片がりりを襲う。
「んん? なるほどバリアを展開していたのか。この攻撃だとバリアは意味を成さないようだな」
即座に見破られる。
割れたバリアで傷ついた身体を修復し、突撃する。これ以上受けるわけにはいけないので、超接近戦に持ち込むしかない。
腕をウビーに伸ばし、ウビーの手元をバリアで空間に固定する。
シュレッダーは物理法則的に有利な位置にある。なので、いくら固定しようとしても、それは蹴散らされるしかない。
だが、その柄の部分は物理法則に従う。ここを固定してしまえば、シュレッダーを封じることが出来る。
「む? 動かんな」
「今度こそ! ウビー覚悟!」
「お前は馬鹿だなツキミヤマ」
再び振りかぶろうとしたところ、隣に食い込んでいたはずのシュレッダーが動き、地面から引き抜かれてゆく。
しかし、依然ウビーの手元は動いていない。
「っ!?」
考えている時間は無い。
シュレッダーが完全に引き抜かれてしまう前に、懐に飛び込もうとする。が、正面にゲートが展開されてゆく。
中に炎。そして、そこに浮かぶは黒い十字。ダークソードだ
それが浮遊し、りりの前に躍り出て、その剣先をりりの方に向けた。
今このタイミングで出したという事は、チャージが終わったのだ。
危機を感じ、直ぐ様眼の前に巨大な黒球を展開する。
直後、黒球を境に、真っ白な光が辺りを埋め尽くした。




