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18話 魔人を知るためのあれやこれや

 



 異なる世界の魔法の話。


 1つは[月光を背負う者]が使う自動回復。

 1つは[現れたる絶対者]が使う増殖。

 1つは[武装猪]が使う念力。これはりりのものと近いか同じもの。


 判明しているものはこれだけ。

 しかも、これは飽くまでヒトが「多分そうではないか?」と、読み解き考えているものに過ぎない。

 ともあれ、アーシユルの持っている魔法と魔物の知識は出尽くした。魔物とはそれほどに珍しい存在なのだ。

 今度はりりの番になる。


「えっと、まずこっちでは魔法って言っても結構種類があって、超能力と魔法と術と奇跡と……」

「待て待て……多くないか?」

「いやこれ国によってかなり色々違うんですよ。名前だけじゃなく中身もそれなりに違います」


 初めからそういうものがあるという認識の世界で生きてきたりりと違い、概念からを持っていないアーシユルは釈然としない表情を浮かべる。

 この差は一朝一夕では埋まらないので、認識は横に置いたまま説明を続けた。


「分類分けされてるんですよ。魔力ってものを消費して使うのが魔法。これは火とか水とか風とかみたいな自然的なやつを意図的に発生させるみたいな? ……そういう意味ではジンギを使える人達に近いかもしれませんけど、魔法使いっていうのは作り話の存在なので、実際には無いとされています」

「なんだそら。ていうか魔力ってなんだ?」

「魔法を使うために必要ってされるエネルギーってされてますね。これは普通の人には見えるものじゃないです。ちなみに、そもそもが創作話なので、なんか無駄に凝った名前からシンプルなものまで多様ですよ。終焉の焔とか、エクスキューションソードとか、ブリザードとか。代名詞的なもので言うならファイヤーボールとかがあります」


 どれも友達のやっていたゲーム由来の物だ。

 りり自身はプレイしていないものの、何度も見ているうちに覚えてしまっていた。


「ファイヤーボールは火の球か。ジンギは火を出す事しか出来ないから、球状にしてっていうのは……なるほど魔法だな。他はなんかもう判らん」

「剣は魔法でそういう形のを作り出すだけで物理的なものです。あ、でもブリザードは判るんじゃないですか? 天候を操って吹雪を起こすイメージです」

「いやだから判らん。吹雪ってなんだ?」

「おっちゃんも判らないな」


 2人共、頭上にクエスチョンを浮かべる。


「え、待ってください。もしかしてここって冬がない感じですか?」

「なんだそれ」

「oh...ナンテコトネ」

「なんだそれ阿呆っぽいぞ」

「えっとですね……」




 ボケつつのリアクションをしてから少し。情報を(まと)めた。

 この大陸は常春で四季の存在しない地域。当然雪は降らない。

 その上、台風すらないという珍妙な気候を備えている。


「雪はともかく台風が無いっていうのはおかしいです」

「それは神様がなにかしてるんだと思うぜ。海の外に出る人魚達は台風を知ってるからな。死ぬほどに凄まじい雨風って認識で良いんだよな?」

「はい」


 神が気象すら操っている。それがアーシユルの見立てだった。確認が取れない以上、真偽は不明になる。

 だが正しいのであれば、りりの想像以上に、自称神は神に(たが)わぬ存在を示しているのだ。りりは、改めて神は侮れないと噛み締めた。


「そんなことより次は超能力だ」


 りりの興味のある神の力は「そんな事」と流されてしまう。アーシユルにとっては今更な話なので興味の(らち)外なのだ。

 今はりりが説明する番なので、言いたいことは飲み込んで続ける。


「超能力っていうのは私の使うやつですね。サイコキネシス、テレパシー、テレポートとかがそうです。テレポートは離れた場所に瞬間移動出来るやつで、テレパシーが言葉を発することなく頭にイメージを直接送り込めたりするやつ……で、サイコキネシスが直接触れないで物を動かす能力で、私の念力がこれに当たります。呼び方が違うのは言語の差です」

「……それだけか?」

「それだけ……のはずです」


 アーシユルの言わんとすることは理解している。先程、騎士達を撃退した謎の能力の事だ。あれは明らかに胃液混じりだったからという理屈では説明しきれない事象だった。


「さっきの騎士達の苦しみようは尋常じゃなかった。吐瀉物が目に入ったらたしかに痛いだろう……だが、それでもきっと強く染みる程度だ。口に入ったやつなんて、ちょっと苦い程度なのは間違いない……何をした?」

「嘘っぽく聞こえるかもなんですけど、誓って本当に念力で投げただけです。それ以外は……多分何も……」


 間違いなく何もしていない……そう言い切ろうとしたが、先程まで頭に血が登っていたのも事実だ。もしかしたら無意識に何かをしているのかも? という可能性が(ぬぐ)いきれず、語気を弱めていく。


「おっちゃんの素人考えで悪いんだが、そこら辺りにたまたま劇物があって、それがたまたま混ざったとかじゃないのかい?」

「その可能性もあるが、あたしはりりの固有の魔法な気がするんだよなぁ……本人が知らないだけで……大体、神話に出てくるような魔人でありながら猪と同じ能力っていうのが気になるんだよ。確かに武装猪は油断ならないが、昼でもジンギがあれば戦える相手だからな」


 アーシユルは口を尖らせ、腕を組んで背を反らす。

 かなり無防備な姿だ。りりに対する警戒心は不自然とも思える程に出ていない。

 りりはその不用意な無防備さに安らぎを覚え、思わず軽口を叩く。


「仮病だったとか?」

「ハッハー! その発想はなかったなぁ。今度おっちゃんも使わせてもらおうかな!?」


 馬引きは楽しそうに身体を左右に揺らすが、それもアーシユルの「仮病なんてマルチグラスで即バレる」の一言で止まる。


「イケると思ったんだがなぁ……」


 馬引きは指をパチンと鳴らし、大げさにしょんぼりとしてコミカル路線に走り出した。話に飽きた……というよりもキャパオーバーを起こしている。

 それはりりも似たようなもので、ややぼんやりとしてゆっくりとやってくる眠気に巻かれ始めていた……。


「騎士の事は一旦忘れよう。ほれ、続きだ続き」


 しかし、その眠気も吹き飛ぶ。

 眼の前の人物の目が、まるで宝物を見つけた男子のように爛々(らんらん)と輝いているので、微笑ましく思ってしまい眠るに眠れないのだ。

 話を続ける。


「はい……えっと、術っていうのは……なんだろう。極めたらできそうな感じのやつ……かな?」

「えらく抽象的だな」

「一応火遁とか水遁とかあるんですけど、他にも煙幕焚いてそれが消える頃には姿をくらませてたり、風景に溶け込んだり、凧に張り付いて空を飛んだり……」


 術と言いつつ忍術ばかりを答えてしまう。この知識の偏りをツッコめる者はここには居ない。

 ついでに、日本の台所のシンク下には忍者が居るというネタも言おうとしたが、流石に脱線しそうだったので取りやめる。

 英断であった。


「それ凄くないか? どれか1つでも出来たら隠密行動が出来るじゃないか。なんでそれが頑張ればできそうとかいう発想になるんだよ……」

「いや、だってこれはれっきとした技術によるものですし……」


 忍術は、他と比べれば道具を使用する分、その気になれば出来ることもいくつかある。

 だが、りりの説明がふんわりしていて、明らかに情報が足りていないのでそれは伝わらない。


「いやいや。そんな技術があれば、あたしらだってやれてる……っていうか、もしかして出来そうだと思う事自体が魔人故なのか?」

「魔人……」


 りりは露骨にテンションを下げる。不服なのだ。

 自分は今も昔も変わらず自分のまま。それがりり自身の認識……。

 なのに、周りが勝手に魔人と呼ぶので、自身がまるで異質なものに変異しているかのような気分になっていたのだ。


「確かに希少な力かもですけど、私は本当普通の女の子なんです。精々落ちたペンを拾ったり、ちょっと食器取るくらいの事しかできないのに」


 言い終わってからズボラ生活を暴露していた事に気づき、やってしまったと少々顔を赤くする。だが、アーシユルはそのようなことは気にしている様子を見せない。


「確かに、その程度で魔人って言われたらな……だが安心しろ。あたしは亜人には偏見は少ない。魔人と聞いて驚いたのは本当だが、話を聞いてみればこんなもんだ。亜人も魔人も変わらんもんだぜ」

「おっちゃんも副業で逃がし屋しているからね。同じ様なものさ」


 クリアメより「ボクスワは亜人差別が強い国だ」と聞いていた。

 しかし、どうやらこの2人は例外に当たるみたいだとホッとする。

 明確な味方宣言に安心すると、緊張の糸が切れて一気に眠気がやってきた。

 その様子を見て、情報交換はそこで終わる。




 少し。

 りりは横になって、眠りに落ちるまで2人を観察する。


 アーシユルは1人ブツブツ言いながら、暗い中、空中に淡く光りを放つジンギを起動し、取り出したメモ帳にペンを走らせていった。

 言ってしまえば研究者モードだ。今は周囲の出来事を全く気にしていない。

 と言っても、グライダーを見ている時やスマートフォンを見ている時より静かになっただけで、その本質は同じだ。


 馬引きもしばらく追っ手は来ないだろうと判断し、トナカイ馬車を適当な木に括り付ける。

 そして、ジンギで発生させた水を皿に張ってトナカイに水をやっていた。


「おっちゃんは先に寝るからね」


 そう言って、馬引きはトナカイの横の木にもたれて寝息を立て始める。

 寝つくまでの速度が尋常ではなく、座った瞬間にはもう眠りについていた。

 あまりの速度に、りりは思わず少し起き上がり二度見をする。


 二度見で一瞬目が覚めたものの、ただ物凄く早く眠ったというだけの話だと理解し、再び入眠を試みた。

 眠れるだろうか? と、再び寝転んでみると問題なく眠気がやってきたので、鞭打ちした首を気遣いながら眠りにつく。




 りりが話しそびれた奇跡については、音声変換器の都合で聞こえていなかったのか、単に莫大な情報量にお腹いっぱいと忘れてしまったのか、2人共それを追求する事はなかった。


 この時、りりを含めた誰もが、後にその奇跡を垣間見るとは夢にも思わなかった。




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