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17話 共犯者

 



 疾走するトナカイ馬車の中。

 少し痛みに余裕が出てきたりりは、アーシユルに奴隷服をめくりあげられ腹を見られていた。

 いつもならば何か言うのだが、馬車から伝わる振動で腹が痛み、禄にリアクションが取れないせいで無言のままだ。

 もっとも、アーシユルの目的は簡易診察なので、そもそも拒絶はするべきではないという理解もあった。


「少し紫になってるな。痛かっただろう」

「はい……痛いけど、さっきよりはマシです。まだ動くのはキツイですけど……」

「こういうのは後からキツくなったりするから休んでおけ……と、普段ならそう言っているところだが……」


 アーシユルは御者(ぎょしゃ)との間の布を取り払って会話に参加させる。


「まったく……誤魔化して逃げるというならともかく攻撃しちゃったからね……無関係というのも通らないだろうね」


 御者は便宜上無関係でいなければいけなかったのだが、既にそうはいかなくなったので腹を割る。

 実際に手を出してしまったりりとアーシユルを責める言葉は無い。

 飄々としているが逃がし屋をしている以上、既に覚悟の上なのだ。


「まずは自己紹介をしようか……おっちゃんはね……うん馬引きだ」

「うん?」

「……そうだな」


 アーシユルは片膝を立てて座ったまま次の言葉を待つが、御者からの言葉に続きはない。

 りりは、何かがおかしいと思い尋ねる。


「えっと……馬引きって、ジョッキーとか飼育員さんとか御者さんとかのこと……ですよね」

「それは職業名。僕のは名前なんだ」

「……え、肩書とかじゃなくてですか?」

「嘘だろおっさん……」


 御者……改め馬引きは、ヘラヘラと苦笑いしつつ話を続けた。


「何て聞こえてるんだろうね。これな、翻訳機の変換によっては馬引きとか、馬引きとか、馬引きなんてふうに聞こえてる事もあるらしくてね」

「……すみません。私には馬引きとしか聞こえてないです」

「あたしは馬引きって聞こえてるな」


 元の声や文脈から、全員違う言葉を発しているというのが判る。

 だが、翻訳機の都合か、りりの耳には全て「馬引き」と聞こえてしまっていた。


「馬引き……」

「馬引きか……」

「そう。親がそんな絶妙なバランスで名前を付けたせいで、名前なのか職業なのか判らん名前として届くから困ってるんだよ……ハッハー! でも、おっちゃんはくじけないのさ! なんたってこの道20年のベテランだからね!」

「開き直ってるわけじゃないみたいだが……」


 アーシユルは呆れ顔だ。

 一方でりりは、馬引きの相変わらずなテンションに少し驚いて……いや、少しばかり引いていた。




「君達の自己紹介は良いよ。聞こえていたからね。君がりりちゃんで、そっちは[鉄塊]だろう?」

「なんだ。おっさんハンターじゃないのに知ってたのか」

「鉄塊って?」


 アーシユルは、鉄塊と呼ばれたことに対しさも当然と返す。ついて行けぬはりりばかりだ。


「あたしの2つ名だ。鉄塊投擲が得意だから、その内付いた二つ名ってやつだ」

「俺は御者してるからそこのあたり情報が入ってくるんだよ。クリアメ様に恐れ知らずに接するから[阿呆のアーシユル]とも言われてるとかっていうのも知ってるよ」

「そんな事言われてんのかよ……」


 知らぬは当の本人。

 アーシユルは僅かにショックを受けていた。




 短い自己紹介を交わした後、いよいよ本題に入る。


「さて、次はりりちゃんの番だよ……君、何者だい? おっちゃんには……魔人に見えたけど」


 馬引きの声は柔らかなまま。

 騎士達のような反応ではなかったため、りりは、魔人はもっと恐怖されるような対象ではなかったのか? と、逆に不安になる。


「そうだな……魔法を使えないみたいなことを言っておいてこれだ……事と次第によっては、馬車から降ろす。嘘をついても降ろす。良いな?」


 馬引きとは違い、アーシユルは警戒心を全開で睨む。目だけではなく声色にもそれが出ていたので、りりは萎縮してしまう。

 同時に、これが本来この国での魔人にする正しい反応なのだと痛感した。


 りりは覚悟を決め、隠していた事を「クリアメに言わないように釘を刺されていた」との説明も入れて謝罪し、自分の事を出来るだけ判りやすいように簡単に説明する。


 皆が魔法と呼ぶものは自分の世界では超能力と呼ばれるもので、それを使える人間は極々少数だった事。

 本来自分は小石を浮かせられる程度の能力しかなかった事。

 自分は転移事故でこの大陸に来た迷い人である事。


 馬引きに対しては、流石に面倒になるのでパラレルワールドの住人であるという事はだけは伏せて伝える。




「つまり、りりの使ったアレは魔法じゃないんだな?」

「判りません。こちらの魔法というものを私は知らないので」

「……まぁいい。りりが何か厄介な奴っていうのは判ってた事だ。それに、あのクリアメが逃したってことは悪い奴じゃない……ていうか、もう普通に共犯だしなあたしら」


 言いながら、アーシユルは困り顔で頭を掻く。りりの目には、言外に「あーあ、やっちまったな」と言っているように見えた。

 ともあれお許しが出たのだ。りりは置き去りの可能性がなくなったのを確信して力を抜く。


「じゃあ、とりあえず魔法から教えてやらないとな……と言ってもあたしの知ってる範囲だけだぜ?」

「ありがとうございます」

「それは おっちゃんも聞いても良いことなのかい?」

「良いぞ。ハンターギルドの魔物全集っていうのに書いてあることだしな」


 そう言って、アーシユルはメモ帳を取り出す。

 それは簡易的に魔物のことを(まと)めてある物だ。

 りりは、言動の割に案外マメだな……と、アーシユルの評価を改めた。


「まず、目撃者が色々言うせいで誤情報も多いっていうのは念頭に置いておいてくれ」

「はい」

「よし。じゃあ……」




 こうして、アーシユルによる魔法、魔物講座が始まった。


「りりの知ってる魔法と相違あれば教えてくれ。まずは、魔法そのものは目に見えない」

「同じです。一部見える人が居ますけど概ね見えない感じです」

「お、そこは同じなのか。これのせいで目撃情報が変なことになるんだよ」

「それ含めて同じ感じですね」


 目に見えないものというのは信じられにくい。それは異なる世界でも共通のものだった。


「魔物は固有の魔法を使う。確認されてる奴の中では、異様に肉体の回復速度が早い[月光を背負う者]っていう狼とかが有名だな。こいつは背中がちょっと光ってて、まるで月を背負ってるように見えることから付いた奴だ。早い話、魔法を使う奴にそのまま2つ名が付いてる感じだ」

「ゲームの自動回復スキルみたいですね。こっちではそういう人は居ませんね」

「ゲーム……遊びで回復? 自動で?」

「ごめんなさい気にしないでください」


 故郷の友達が言っていた「自動回復はRPGにおける最強スキル」という持論を思い出していた。

 果たしてリアルでも最強なのかどうかは興味があったが、狼と対峙して命を天秤にかけてまで検証したい内容ではない。

 その事は脳内の引き出しにそっとしまい込む。


「ちょっと意味解らなかったけど、それはまた次に聞こうか。ともかくそっちには[月光を背負う者]に当たる者は居ない……と」


 アーシユルは、その事をメモしてゆく。


「……これに関しては判らんのが現状だ。光ってるってのと群れのリーダー的存在って事、静と動のはっきりした独特の動きをするっていうところしか判っていない。回復速度も相まってか当然のように未討伐だ」

「狼で、しかも群れは怖いですね」

「そうだね。おっちゃんも一応剣を持ってるけど、これは(ほとん)ど護身用だからね。いざとなったら頼むぞハンター君!」

「いや、おっさんは戦え。あたしは今回護衛とかじゃないんだ。それに、どうせそれ炎剣だろ?」


 アーシユルは、何故自分だけなのか! と、目線も込みで抗議をする。

 だが、馬引きは前を見ているのでそれには気付かない。


「いや、おっちゃん火が怖いから、これは炎剣じゃなくて高温剣なんだよ。切れ味は良いけど、火を出して牽制っていうのは出来ないのさ」

「あー……まぁ火は扱いにくいからな」


 アーシユルは毒気を抜かれて頭を掻く。

 生き物が火を恐れるなら、それは人間だって同じ。馬引きもそうというだけだ。


「仕方ないな……で、あとは(あり)だな」

「蟻? 蟻って蟻ですよね? 虫の」

「そう。その蟻だ。ていうかこいつが一番厄介だ。こいつと敵対したら全力で逃げるしかない。戦うとか考えたら駄目だ」

「有名なやつだね」


 真剣な面持ちの2人に対し、りりは蟻でしょ? くらいな表情。

 りりは動物番組が好きなので、軍隊蟻や毒持ちの蟻の怖さは知っている。

 あれは羽根がないだけの小さな蜂である……という認識だ。

 だが、ジンギを使えてしまえるアーシユル達の方がずっと強く思えたので、2人がいったい何を恐れているのかが判らない。


「こいつの2つ名はすごいぞ? その名も[現れたる絶対者]だ。何が凄いって、名前通りのヤバいやつってところだ。しかも、こんな名前だが、個体じゃなく種族全体が魔物だ」

「何がヤバイのか判らないんですけど……燃やしたり流したりしたら良いんじゃ?」


 アーシユルは、こいつ判ってないな。という顔をして、わざとらしく溜息を吐く。

 りりは少しだけイラッとした。


「こいつの怖いところは、ただの蟻なのか魔物なのか判らんところだ。うっかり魔物じゃない蟻を殺し続けてみろ。代わりにこいつが繁殖する。だからといって殺さないでいると、それが魔物でしたっていう可能性もアリアリなんだ」

「蟻だけに?」

「あーん?」


 アーシユルはりりの発言に心底判らないという表情を浮かべる。

 その表情は迫力があるものの、同時に可愛さも孕んでいたので、りりは少し笑ってしまった。


 なお日本語での言葉遊びになるので、「蟻」と「アリアリ」がかかって聞こえているのはりりだけだ。

 りりが音声変換器は万能じゃないという事を知ったのはつい先程の事なので、日本語として聞こえているのは自分だけだという認識に至っていないのだ。


「んん! 続きお願いします」


 わざとらしく咳払いをし、腰を折ってしまった話の続きを乞う。


「まぁいい。この蟻だが、増えるんだよ」

「増えるのは普通なんじゃ?」

「増えるって増殖だぞ? 繁殖じゃないぞ?」

「……え、なにそれ……やばくない?」

「当然やばい」


 説明は続く。

 敵対した瞬間から、蟻は倍に倍にと増えてゆく。

 小さいのでヒトからは見分けが付きづらく、いざ魔物だと気づいた時には手遅れになる程。

 そこからジンギを起動させて発動させるまでの間に、(ほとん)どの場合でまとわりつかれてしまい……あっという間に、比喩でもなんでもなく骨までしゃぶられることになる。


「仮に全滅させることが出来ても、それはそこにいるやつを倒せたっていうだけで、完全に駆逐は出来てないんだ。で、この魔物を駆逐したいなら、この大陸中の地表全体と土の中全部を水没させるか焼き払わなきゃいけない。つまり、実質的に駆逐は無理……な? 絶対的だろ?」


 りりはゾッとし、これから足元には気をつけようと心に誓った。




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