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168話 憎悪

 



 黒の塔から炎の花が咲く。

 天井にフィルターを張ってなかった事に気づき、慌てて光熱フィルターで蓋をする。

 少々熱が失われてしまったが、そもそもあの規模の火炎を束ねた物だ。少しくらい漏れてしまったとしても問題ない程の熱量だ。

 熱量が凄まじいためか、肉の焼ける匂いがしない。


「『魔人殿……これは……やったのでありますか?』」

『はい。一応もう数分だけ待ってください。そしたら多分灰だけになりますから』

「『……恐れ入ります。そして感謝させて頂きたい。我々を救って頂き、心より感謝致します!』」


 ビシッと気をつけをして、真っ直ぐにりりを見つめる騎士団長。


『いえ、お気持ちだけで結構です。これは私の復讐のようなものですから』

「『ハッ! では私は部下の指示に戻りますので、これにて!』」

『お疲れ様です』


 騎士団長は深く詮索しない。

 戦闘になれば、そのようなことはよく起こり得るからだ。




 数分後、黒い塔を持ち上げて、空に放つと、いつものように炎の花が咲く。

 黒い塔の跡地には、骨は骨と分かる形では残っておらず、ジンギ鉱も狂信者が装備していた武器も、全てが溶け、原型を残してはいなかった。

 それほどの火力だったのだ。


「終わり……だな。あたしは何もしてないが」

「ううん。一緒に居てくれてただけで心強かったよ」

「とりあえず、そろそろ降ろして欲しいです。足がだるいです」

「あ、はい」


 ガラスの巨神を構成していたバリアと魔力プールを解除すると、プールされていた魔力が濁流のように流れ出し、辺り一帯を光の海にしてしまった。

 だが、それで何かが起きるというわけでも無い。魔力は、何もしなければ、ただそこにあるだけだ。


 ガラスの巨神消失により、2重展開していた日輪の、大きな方が消失する。

 伸ばしていた体組織も再度身体に取り込んでゆく。

 そして、少しぶりの地上に3人で降り立つ。


 2人を念力から開放して、フィジカルハイを解除する。

 同時に、痛覚の鈍化も解除され、ケイトから蹴られた横っ腹が軽く痛む。

 ケイトからの忘れ形見に近いその痛みは、りりにケイトの居ない現実を思い出させるには十分だった。


「う、うぅ……ケイトさん……」


 アーシユルは何も言わず、りりの頭を撫でる。

 それがトリガーとなり、緊張の糸が切れてしまう。


 りりは、その場にへたりこんで、大声で泣いた。


 泣きながら、ぐちゃぐちゃの頭で、ぼんやりと考える。

 此方の世界には天国や地獄という概念はない。

 仮にあったとしても、ケイトはごく普通に殺戮者だった過去がある。まず天国には行けないだろう。


 死すると、そこにあるのは無という概念。

 だが、死者はしばらくは夢枕に立つと言う。その話を信じるならば、ケイトは、消滅したわけではない。


 ケイトにこんな姿を見せれば、困った顔をされてしまうだろう。

 それでは自分達を生かしてくれたケイトに申し訳が立たない。

 そう考え直し、嗚咽をぐっと堪える。


「やるじゃないか。良い復帰の速さだ」

「う……ん。だっで、ゲイドざんにがっごわるい所見ぜられないもん!」

「本当に面白い考え方だな……だが、嫌いじゃない」


 マナが懐からケイトとの筆談用のメモ帳を取り出し、ページを3枚破いて配る。


「りりさんのところでは、お焚き上げっていうのがあるんでしたよね? メッセージを何か書いて燃やせば、ケイトちゃんのところに届くって事にはならないですか?」


 止めていた涙が再び溢れそうになる。

 燃やしただけではお焚き上げになんてならないだろう。

 だがこういうのは気持ちが籠もっていればそれで良いという話も聞いたことがある。


「私、書ぎまず!」

「あたしもだ。りりはペン持ってたっけ?」

「ううん」

「じゃあ、あたしの使え」


 アーシユルはポシェットからペンを取り出し、手渡してくる。


「ありがど。でもアーシ……」

「おい! 騎士様! ペンを1本貸してくれ!」


 アーシユルはそう言い、騎士のもとに駆け寄っていく。


「アーシユルさんは逞しいわね……」

「アーシユルらじいでず」


 呼吸を落ち着け、ケイトへの気持ちを紙に書く。

 ケイトは時間が無かったとはいえ、最後の言葉を簡潔に、感謝の言葉で纏めた。

 ならば、同じ様に返そう。

 そう思い、紙には「私も楽しかったです。ありがとう。あなたの家族で友達 りりより」とだけ書いた。

 紙には涙が数滴落ちた。これ含めてメッセージだ。


「書いてきたぞ」

「私も書き終わりました」

「私も」


 ズビと、鼻水をすすり、アーシユルにメモを渡す。


「んー。りり。これはケイトに伝わらないと思うぜ?」

「……なんで?」


 怒気を込めて返事をする。

 気持ちをこれでもかと込めて書いたものにケチをつけるというのは、流石にアーシユルでも許せない。


「りり、お前は勘違いをしている。日本語で書いてるからだ」

「……」


 りりが此方の言葉を読み書きできないように、ケイトもアーシユルも日本語が読めない。

 そんなあたり前の事すら気付け無い程、視野が狭まっている。


「ほら。呆けてないで、この日本語、なんて書いてあるか教えろ。訳してやるから」

「ごめん。それは……」


 文字の意味を伝え、翻訳文を書いてもらう。

 その後、アーシユルはペンを返しに行って、一緒にケイトの墓へ向かう。




 ケイトの墓の奥には、未だ蛇龍が鎮座している。

 フラベルタの指示により、蛇龍へ近づいている住民は居ない。皆、遠巻きに巨体を見上げるばかりだ。


「しっかし、でかいな」

「そうだね」

「……気になることがあるから、先にお焚き上げとやらをしてしまおうか」

「うん。アーシユルとマナさんはなんて書いたの?」


 アーシユルがメモを取り出して、りりの目の前に持ってきて読み上げる。


「これはあたしのだ。おつかれ。これだけだな」

「アーシユルらしいね」

「わかりやすさが良いんだよ。で、こっちがマナの。貴女はもうそれ以上強くなれないから、いつか私に抜かれる運命ですよ。だ」

「マナさんらしい……」

「まあそうかもですね……でも、書いたからには現実のものとしなきゃですね。じゃなきゃ、弟子として失格ですから」


 マナもマナなりに、ケイトのことを高く買っていたようで、少し嫌味は残っているが、しっかりとケイトに対する愛情の念があるようだった。

 少し心が暖かくなる。




 ケイトの墓の横で火を炊いて、メモを燃やしてゆく。

 メモが燃え、僅かな煙が上がる。その煙は、自然と空へと上り、やがて空気に溶け込み消えていった。

 皆で空を見上げる。


「これで良し」

「ケイトさん、読んでくれると良いなぁ……」

「そうですね」

「……さて、りり。もう一仕事だ」

「何?」




 アーシユルに先導され、来たのは、憎き蛇龍の頭の前。

 自然と怒りが、憎悪が息を吹き返す。


「りり。念力刀で、ゴブリンの頭を割れ」

「……まさか」

「ああ。この手の予想は嫌でも当たる物だ」

「……そういうことですか……確かに、1ヶ月程経ってますね」

「あぁ……」


 フィジカルハイを展開し、蛇龍の正面に立ち、特大の念力刀を構える。


「でやああああああ!」


 両手で思いっきり縦に切り下ろす。

 念力刀は、ハーフゴブリンを真っ二つにし、蛇龍の額を軽く割るにとどまった。


 念力刀を引き抜き、更に横に薙ぐ。

 ハーフゴブリンは蛇龍から完全に分断され、右半分と左半分に別れる。

 念力で、ハーフゴブリンの亡骸を近くにまで寄せ、覗き込む。


 1ヶ月と魔法の因果関係。


「やっぱりか……」

「こいつのっ……せいでっ!」


 真っ二つになったハーフゴブリンの脳の7割。それが、白濁色のプルプルとした生理的嫌悪感を溢れさせる何かに置き換わっている。


 寄生虫だ。


「確かにこいつのせいだ。コイツがなけりゃ、蛇龍はあそこまで絶望的な強さじゃなかった。ケイトの矢が刺さった段階でのたうち回っていたはずだ」


 アーシユルの説明を半分聞き流す。

 念力刀を短くし、宿主と共に既に事切れている寄生虫に対し、何度も何度も突き立てる。全ての憎しみをぶつけるように。それが意味のないことだと判りつつ……。


「……気持ちは解る。だが、こいつはオマケだ。こいつはただこういう生態だったというだけだ」

「……悪いのは誰……? 私もう……我慢ならないっ!」


 怒りと憎悪に支配される。

 これこそが復讐者の気持ちなのだろうと理解してしまった。


「悪いのは、ハーフゴブリンを創り出したゴブリン達。それの討伐に手を貸さなかったエルフ。それを取り逃したあたし達……そして、寄生虫をばら撒いているイロマナ、蛇龍を乗っ取るほどの力を見せたハーフゴブリン。簡単に乗っ取られた蛇龍。そしてこれを送り込んできたウビー。どれだろうな」


 怒りのやり場が無い。


 ゴブリンは、これですべて殺しきった。

 エルフは全て焼け死んだ。

 りり達はハーフゴブリンの運の強さに力が及ばなかった。

 ハーフゴブリンはケイトの毒により既に死んでここに転がっている。

 蛇龍はただの被害者。

 ウビーは何らかの原因で狂っている。

 イロマナはアーシユルの母親だ。


「私はっ……誰を!」

「……殺そう」


 アーシユルの口が、りりの望む答えをこぼす。


 人を殺すというのは、りりの本心ではない。

 しかし、イロマナとウビーの死を望んでいないかといえば、しっかりと望んでいる。

 りりは狂信者達を殺している。既に復讐者だ。

 1人や2人、殺す相手が増えたところで、何ということはない。

 そう思えるほどに、今のりりの心はどす黒く塗りつぶされている。


「イロマナはもう駄目だ。あたしが生きてると知らないなら何でもないと言い聞かせていたが、実害が出たんだ。許しちゃおけない」

「……いいの?」


 アーシユルの決定が覆って欲しい気持ちが半分、そのまま是として欲しいのが半分。


「良くない。りりはハーフゴブリンとウビーを殺るんだ。あたしは……イロマナを……」


 アーシユルは胸に握りこぶしを当てて震わせている。

 どう見ても迷っている表情をしているが、今のりりには止める気がない。


 その時、ゲートが開き、フラベルタが現れる。

 その右手は指パッチンの構えをしている。


「りり。アーシユル。あなた達。少し頭を冷やしなさい」


 パチン


 指が鳴らされ、りりとアーシユルの前に小さなゲートが開く。

 そこからガスが噴射され、2人の顔にかかる。


「ぷわ!? なにす……」

「んむ……わ……」


 凄まじい勢いで意識が遠のいてゆく。これは睡眠ガスだ。気付いた時には既に遅く、身体から力が抜けてゆき、そのまま地面にゆっくりと倒れていった。



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