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167話 擦り減る心

 



 狂信者のリーダー格の男が叫ぶ。


「『……はったりだ! あの奇襲だ。国宝も持ち出せていないだろう! 国宝も無しで、蛇龍をどうにか出来るわけがない! 皆ぁ! 大火炎ジンギだ! 合わせろぉ! 遠くても大火炎なら届く!』」

「「「「「「「「おおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」


 士気が上がりきっている狂信者達。りりの警告もどこ吹く風と無視をする。




 大火炎ジンギ。

 情報屋が、ボクスワで解放されたと言っていた物だ。

 情報通りに、狂信者達が既に所持している。

 火は束ねるとそのまま大火になる。世界は違えど、その事実は変わらない。

 確かに有効な手だろう。




 相手がりりでなければだ。




 不可能を可能と信じて疑わない姿に、哀れみすら感じてしまう。

 マナが、りりの方を見て口を開く。


「りり。貴女、確か水持ってましたよね?」

「はい。でもこれは、火に対抗するためじゃありません」

「え?」

「だろうな。じゃなきゃ、りりは圧縮したりなんてしない」

「流石アーシユル。よく判ってる」


 りりは、右前上方に、30センチ程に圧縮した水を持ってきている。

 それを更に圧縮し、5センチほどの大きさにする。ここらが精一杯だ。

 それを狂信者達の前に持ってゆく。


「『……なんだこれ?』」

「『ガラス玉……か?』」

『残念それは水です』


 圧縮されすぎていて、水は最早、水とも認識されていないようだった。


『そして今からあなた達を行動不能にする兵器でもあります。もしかしたら死んじゃうかもしれませんので、耐えるか避けるかしてください……できるものならねぇ!』

「『チッ! シールダー! 前に出ろ!』」


 寄せ集めの割に統制が取れている。

 大盾持ちが前方にでて、盾を地面に突き刺ししゃがむ。


「いい動きだな。さて、りりの攻撃に耐えられるかな?」

「さて、どうだろうね。私も試したことないし」

「それって武器としては欠陥なのでは?」

「かもですね。でも、これだけ圧縮したんです。生半可な威力じゃないはずですよ」


 あえて待ち、狂信者達が完全に防御態勢が取れたのを確認してから、攻撃に移る。


 やることは少し難しい。

 圧縮を維持したまま、狂信者のいる側に水平に、細い出口を作るのだ。


『くらえ! ウォーターカッター!』


 5センチという小さな水玉から、凄まじい勢いで、細い水圧の刀が扇状に広がる。


 狂信者達は、その位置取りで明暗が分かれた。

 大盾がその水圧に耐えれたのは一瞬だった。

 水刃は大盾を弾き飛ばし、シールダー全員と、前方に居た狂信者達の足を切断する。

 完全に切断された者、皮一枚残る者、肉だけが切れた者と様々だ。


「『ぐああああああ!?』」

「『俺の足! 俺の足があああ!?』」

「『おい! おい! 嘘だろ! 死んでる!』」


 一部、痛みに耐えきれず即死した者が居るようだ。


「殺し……ちゃった……」


 蟻の時は、殺意こそ込めていたが、なんだかんだで他人任せにしたところがある。

 しかし、今回は完全にりりの攻撃による死者だ。


「これ程の威力か……仕方ないだろう。りりだって判らなかったんだろ?」


 アーシユルはりりの念力で宙ぶらりんの状態なので、りりに近寄れない。

 なので言葉だけでもサポートをするのだが、りりの心はそれを必要としていなかった。


「呆気ない……ケイトさんが死んだ時はあんなに悲しかったのに、あの人達が死んでも、対して罪悪感も湧かないの」

「……そんなもんだ。生きるために、守るためには相手を害する。それが出来るやつじゃないと、ここでは生きていけない。まして争いだと尚更だ」

「うん。今ならその言葉の意味、解るよ」




 目をつぶり深呼吸をし、ゆっくりと目を見開く。

 心臓の鼓動が大きく、そして早くなってゆく。

 平静を保てているようで、内心はぐちゃぐちゃだ。

 だが、だからといって休みはしない。


『あなた達の攻撃は私には届きません! そして、私は一方的にあなた達を攻撃できます! こんな風に!』


 魔力の塊を作り上げる。棍棒のような棒状の物だ。

 それをガラスの巨神の腕に固定して、狂信者が居ない位置に思い切り振り下ろす。


 ゴガァ


 大きな破砕音が鳴り響き、石畳が大きく陥没した。

 その衝撃で飛び散った破片が、狂信者の数人にかすり傷を与える。

 りり以外の全員の目からは、突然地面が砕けたようにしか見えていない。


『これが不可視の攻撃です。あなた達に私が持っている棍棒は見えますか?』


 絶句が返ってくる。

 騎士達ですら声を発していない。


『いい反応ですね。さ、武器とジンギを捨てて投降してください。でなければ、次は[現れたる絶対者]を差し向けますよ?』

「『………………は?』」

「『何を……言って……』」


 狂信者どころか、騎士達からも動揺の声が上がる。


『私、蟻さん達を呼び出す事が出来るんですよ。お話する事も出来ます……そして、あなた達が敵だと吹き込むことも……』


 先程実践した事なのでこれは確実だ。

 だが、12人分の肉を食べた蟻達がこれ以上食べられるとも思えないので、蟻に頼む気はない。


「『…………はったり……だ……』」

『ついさっき、蟻さん達に食い尽くされた亡骸を持ってきましょうか?』


 少し沈黙が流れる。


『答えが出ませんか? 分かりやすく言うと、あなた達の負けです。投降してください』

「『……命だけは助けてくれ……』」

『それは私じゃなく、この国の法律が決めることです』


 冷たく言い放つ。

 騎士を殺した狂信者、そんな危険極まりない存在を国が許すはずはない。


「『くっ……投降……してたまるか! 皆ぁ! 投降しても死罪だ! 神の為ぇ! その身が朽ちようと、魔人だけは殺せぇ!』」


 この一言で、狂信者達は、なけなしの士気を取り戻し、一斉に大火炎ジンギを起動する。


「手に負えないですね」

「これだから狂信者ってやつは嫌なんだ……」

「これを見ていると、如何にフラベルタ様が人格者だって事が判りますね」


 神子たるマナが言うのだからそれなりに贔屓目な意見だが、狂信者達と比べるならば間違いなくフラベルタは人格者だ。


「そうだね。ちょっと変態だけど」

「ハッ。りり、笑わせるなよ。っと、来るぞ」

「大丈夫」


「『喰らえ魔人! 連合大火炎!』」

『おぉ……』


 あまりの火力に思わず声が上がる。

 火炎ジンギでさえ、火災レベルの炎が出現するのだ。

 大火炎ジンギはそれの上をゆく。それも複合で使用されている。

 それは、火の海がそのまま迫ってくるかのような範囲と熱量を伴って押し寄せる。

 その火力は、りりであったとしても抑えられるものではなかった。


 だがそれも、以前のりりであればの話だ。

 ガラスの巨神は、それすらも可能にする。


 向かってくる炎全てを黒球で包み込む。

 約10秒間もの間、炎は出続け、そして消えた。


「『これならば魔人も! ……なんだあの黒いのは……』」

「『さっき巨人が現れていた時の黒いやつ……だな……丸いが……』」


 黒球がどんどん小さくなってゆく。

 やがて狂信者達には、全く無傷のりり達の姿が映る。


「『……ば……かなっ……』」

「『ありえん……』」


 開いた口が塞がらない。

 狂信者たちはそんな状態になっている。

 なにせ、国で「危険すぎる」と制限されていた大火炎ジンギ、それを複合して使ったにもかかわらず、りりに届きすらしなかったのだ。


『投降する気……無いんですね? それで良いんですね?』

「『魔人を殺すのは無理! これは神に任せるぞ! 俺達は騎士を少しでも減らすぞ!』」


 無視。

 それが狂信者達が取った選択だ。

 そしてそのまま、負傷者の救護に当たっている騎士達に向かって突撃を始める。


 北に居た狂信者達は少数だった為、集団心理で気が大きくなったりというのも僅かだったが、こちらは数が揃っている。

 その為、1人が動けば、無謀な行動も勇敢なる行動に見えてしまう。

 結果、そこに居た全員が騎士達に害を加えようとしたのだ。


『残念です』


 りりは弱い者いじめが嫌いだ。

 いじめるのならば、いじめられる覚悟を持ってもらいたい。

 事がある度にそう考えていた。


 りりは体格に恵まれなかった。

 力が無い故に、ちょっと体格が大きいからと言って、腕力で何もかも片付けようとしたいじめっ子がいれば、動画に撮って、先生に遠慮なく告げ口をするという方法で、相手を黙らせてきた。

 だが、今ならそういう搦め手を使わなくても良い。




 殺す覚悟があるならば、殺される覚悟を持ってもらいたい。




 結論はこうなる。


 心が停止し冷ややかになってゆく。ゴブリンを殺戮した時以来の感覚だ。

 狂信者達全員をバリアで囲い、どんどんと狭めてゆく。


「『なんだ!』」

「『ってぇ……これは……見えない壁がある!』」

「『迫ってきてるぞ!』」


 この世界には映画は無い。

 故に、壁に挟まれて圧死する等という発想もない。

 そもそも圧死という概念が存在するかもどうか怪しい。

 だが、りりのしたいことは、バリアで押しつぶすことではない。


 バリアを狭めてゆき、狂信者達を一箇所に固める。


「『ハハハハハ出れねえな』」

「『ああ。だが、それは同時に俺達も安全だということだ』」

「『一方的に壁の向こうから攻撃が出来るものならやってみなぁ!』」


 下品で無知な神の飼い犬が吠える。

 煩わしいが、少しだけ図に乗らせることにした。


『ええ。確かにこの"壁越し"には私からは攻撃できません』


 この言葉に、案の定調子に乗る狂信者達。


「『は、ハッハー! やっぱりか!』」

「『時間稼ぎか! 魔人の力はすごいが、攻撃できないんじゃ対して怖くもねえ!』」

「『あっははははは』」


 狂信者達はゲラゲラと笑う。

 もう正気では無いのだろう。その目は明らかに狂気を宿している。


『壁越しでは……ね』

「『はははは……は……?』」


 笑いが止まる。

 一呼吸置いて、何人かが気付いたようで、空を見上げる。それに釣られて、他の狂信者達も一斉に天を仰ぐ。

 そこには巨大な黒球。

 どんどん圧縮されていって、30センチ程の黒い球になる。

 それを、狂信者達のすぐ手が届くほどの位置にまで下ろす。混乱は起こらない。これが何か解っていないのだ。


「『なんだこれ……』」

「『さっきのガラス玉……水みたいなものか?』」

「『黒い穴にも見えるが……』」

「『さっきの炎をかき消したやつだろ? それが今更なんだっていうんだ?』」


 どうやら、炎を留めているという発想は無いようだ。

 そもそも黒球は、光を遮断するが故に立体感が無いので、何かが中に入っているというのは考えつかないのだろう。

 しかも、りりが人前で黒球を披露したのはハルノワルド領での話だ。

 ボクスワでも1度使ったが、それは洞窟内だ。誰の目にも触れていない。


『エルフの里が滅ぶ前に、ゴブリンが1夜にして100人以上も死んだ事件って知ってますか?』

「『……』」


 無言の返事が返ってくる。


『あれ、やったの私なんですよ。その方法っていうのが、炎を溜めた黒球を炸裂させるっていうものなんですけど……』


 狂信者達の目が一斉に見開かれ、黒球に注がれる。


「『ま……さか……』」


 離れていても解るほどに、狂信者達の顔色が、みるみるうちに青ざめてゆく。


『連合大火炎でしたっけ? 凄かったですよね』

「『だ……』」

「『出せ! 出せええええ! ここから出せえええええ!!!』」

「『水流ジンギだ! 一斉に浴びせろぉ!』」


 狂信者達が一斉にジンギを構える。

 だが全てが遅い。

 りりの心は、黒球の中の恐ろしい程の熱とは対象的に冷え切っている。


 狂信者達を囲っていたバリアの周りを黒く塗り潰すと、そこに黒い塔が出現したかのような形になる。

 光熱フィルターだ。これで内部の熱は外に漏れ出る心配はない。

 そして、中の惨劇も誰も見ることはない。


 りりの信条である、死者から目を背けない。初めてこれに背く形になる。


「やれ、りり。奴らは駄目だ」

「うん」


 乾いた返事をする。

 アーシユルが止めない以上、りりを止められるものはどこにも居ない。


『焼き尽くせ! バックドラフト!』


 漆黒の球が、白熱した球に代わり……その皮が破れる……。

 圧縮された炎の凄まじい光熱。

 その光は、黒くそびえる塔の天辺から、上がるのだった。




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