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166話 蟻の立ち位置

 



 今回判明したことがある。

 僅かでも魔力を持つ生き物は、念話の対象になりうるということだ。

 相互コミュニケーションは不可能だが、一方的に話を通すことは出来る。


 伝えたのは2つ。

 そこに居る12人は魔物を撲滅しに来た敵であるという事。

 実質的に襲ったのは蛇龍だが、それは既に死んでいて、体中が毒で汚染されているので食料足りえないという事。


 これを念話で飛ばした結果、蟻達は、黒い波と呼べるほどにまで増殖し、狂信者達をぐるりと囲んで、目標をそれだけに絞って襲いかかったのだ。


「『助けてくれえええええ!』」

「『死にたくない!』」

「『蟻がああああ! 蟻があああああ!』」

「『虫けらが! この! このっ! ふは、ふははははは!』」

「『服の中に! ぎゃあああああ!』」


 この阿鼻叫喚は念話にもなっている。

 当然の様に、蛇龍に囲まれて内輪もめしている狂信者達にも届く。


「『……魔人は[現れたる絶対者]まで操れるのか……』」

「『終わりだ……俺達は皆殺されるんだ』」

「『慈悲を……魔人だってヒトだろ!? もう2度と魔人には手を出さない! 神に誓う! だから!』」


 命乞いだ。

 自分達も蟻の餌になると思い込んでいる。

 だが、その手のひら返しは許せない。

 信念を持っていたからここまで転移してきて襲撃してきたはずなのだ。


 りりはこちらに関しては殺す気はない。

 とぐろの中に居るのは20人近く。少々人数が多いが、全員騎士に身柄を引き渡すつもりだ。


 けれども、都合のいいことだけ言っているのは不愉快で仕方がない。

 よって、少し意地悪をする。


『あなた達は、私をヒトと呼びましたね』

「『あ、ああ。そうだ! 魔人とはいえ、お前も、いや、あなたもヒトだろう! 心苦しくは……』」

『ありませんね。私、ヒトデナシなんですよ。それに、そもそも私の種族は人間です。ヒトじゃあ……ないんですよね……』

「『なっ……なぁ!?』」


 絶句するとぐろの中の狂信者。

 ボクスワの、ウビーの教えでは、亜人に人権は無い。


 りりが[ヒト]でない[亜人の一種]と判った次点で彼らが思うことは1つ。

 ボクスワで亜人に対して行ってきた事、それがそっくりそのまま返ってくるという事だ。


 ウビーの教えを盲信している彼らがしてきた事。

 それは問題なく、りりの想像の上を行く。


『蟻を1匹そちらへ召喚しました。早く殺さないと大変な事になるかもしれませんよ』


 嘘だ。

 しかし、これくらいの恐怖は持ってもらう。

 ケイトは、この蛇龍に1人で立ち向かったのだ。それを考えると、蟻の1匹くらいどうということはないはずだ。


「『魔人めぇぇぇ!』」

「『蟻を探せ! 早く殺さないと増殖するぞ!』」

「『1匹だぞ! 見つけられるわけが無いだろう!』」


 とぐろの中はさらに仲間割れが起きる。


「ふふ……」


 りりの顔がゆがむ。

 怒りと、憎悪で笑いがこぼれる。




 一方、外の狂信者達に動きがあった。


「『ジンギを! 誰かジンギをおおおお!』」

「『やってる! 死ね魔物共!』」


 黒い波が男達の下半身を、既に全身飲まれた者も居る中、誰かがジンギを起動したようだ。

 バイザーのズームを使用し、男達の手元を見る。

 1人、ジンギを握っている。


『没収します』


 そう冷たく言い放ち、大出力の念力で、男の指をへし折り、ジンギを取り上げる。


「『がああああ!』」

「『おまええええ! ジンギ取られてる場合じゃないだろうがああああ!』」


 そう叫んだ1人が、指を折られた男を殴る。

 こちらでも極限状態の中、仲間割れが発生しだした。


 空中では、奪ったジンギから水流が発生する。これで押し流そうとしたのだ。

 だが、りりはこれを許さない。


 断水のエナジーコントロールを使用して、その水全てを囲ってしまう。

 やがて直径2メートル程の水球が出来上がる。

 それを10センチくらいまで圧縮する。

 多少集中力が必要だが、動かしやすくなった。




 万策尽きた狂信者達は、蟻に纏わりつかれたまま暴れまわり始めた。

 少しでも蟻を払い落とそうというのだが、その体はどんどんと齧られてゆく。


「『いてえ! いてえよ!』」

「『払っても払っても蟻が!』」

「『全身纏わりつかれたやつが動かなくなった! はは、はははははは』」

「『神よ!』」

「『神よおおおお!』」




 そう言っていた男達は、少しして骨になった。

 自業自得だ。

 何も楽しくはないし、何も悲しくはない。

 りりの心は晴れなかった。


 蟻達が、散ってゆく。向かう先が3方向に分かれている。

 どうやら違う群れの混合だったようだ。




「さて……アーシユル。私のポーチからスマートフォン出して、フラベルタに電話かけて」

「おう。でもりり、大丈夫か?」

「何が?」

「あたしには、自分を痛めつけているようにしか見えない」


 アーシユルの心配そうな視線が心を撃つ。


「……そうかも……うん。そうかも……ありがとう」


 やや暴走気味だったりり。それを止めるのはいつだってアーシユルだ。

 感謝してもし足りない。


 だが先程の狂信者達の殺害を止めなかったのは、アーシユルも殺したほうが良いと言っていたからだ。

 2人共が暴走すれば手がつけられなくなる。

 これは心に留めておく。


「でも、私戦争止めたい。こんな人達が攻め込んできてるなんて耐えられない」

「そうだな……りり。やってやろうぜ。お前なら出来るさ。ほれ」


 アーシユルは、スマートフォンを操作し、フラベルタにコールをかける。

 いつものように、ノーコールでフラベルタが出る。ので、スピーカーにしてもらう。


「はぁい。りり。さっきの蛇龍を動かすやつ。凄かったわね。蟻を従えていたのも驚きを隠せないわ」

「うん。私も驚いてる。それよりフラベルタ。私、戦争に介入する事にしたんだ。他の襲撃が何処で起きてるか教えてくれない?」


 りりの決意。

 相変わらず状況に流されている感は否めないが、これもりりの性格だ。

 そして、そんな決意表明にもノータイムで返すのがフラベルタだ。


「良いわよ。残る襲撃場所は。真逆の南側よ。蛇龍の居たこちら側とは違って、規模が大きいわ。襲撃人数は403人。内、死者が2名」

「騎士さん達は?」

「ついさっき接敵したわ。でも被害がなかなかのものよ。襲撃者が流血すると。ジンギが起動して。前方に火炎ジンギを撒き散らすっていう素敵仕様よ」


 凄惨な光景が目に浮かぶ。

 火だるまになっている騎士が大勢居るのだろう。

 だが、一応騎士達にも水流ジンギはあるので、多少は持ちこたえれるだろうが、時間の問題のように思えた。


「ひっでえな。近接戦が出来ないに等しいじゃないか」

「そうね。しかも。今回は彼らも本気よ。死んでも必ず相手を道連れにする意気込みよ。これには。騎士団の士気も大低下よ。今までの彼らではないわ」


 今までのというのは、過去に幾度か起きた戦争の事を言っている。

 いつもはハルノワルドの亜人との連合の力で勝っていたそうだが、今回は奇襲なため、連合軍が構築されていない。


 そもそも当初の予定では、アルカに攻めて来ようとする軍の兵糧をりりが奪って戦意喪失させ、アルカよりもずっと手前で迎撃する予定だったのだ。

 当然アルカ側は、ほぼ何の準備も出来ていないに等しい。


「チッ。りり。急ぐぞ! 今のりりなら、完全に射程外から攻撃できるだろう!?」

「もちろん! 蹂躙してやる!」

「頼んだわよりり。蛇龍が今居る位置以外の血の処理は。私がしておくわ。安心して行ってきて。出来ればこれ以上。私を慕ってくれている国民達が死んでいくのは辛いわ」


 いつになく弱々しい声だ。

 フラベルタは、神の持つ制約故にしゃしゃり出ることが出来ない。

 そのフラベルタから直々のお願いだ。

 これは神子として、いや、友達として、決して裏切ることは出来ない。


「任せて! 私が到着したら、それ以上の被害は出ないから!」

「頼もしいわ。任せたわね」

「うん!」


 気合いっぱいの返事をして、通話を切ってもらう。


「行くよ! 舌噛まないでね!」

「おう!」

「ええ!」


 2人も気合いっぱいだ。

 ある意味、最高に安全な場所から観戦するだけなので、2人共そんなに緊張はしていないように見える。


 ともあれ、ガラスの巨神で現場に急行する。

 移動方法は念力スライダー。


 出力がある分燃費が悪い。

 それは蛇龍のように、エネルギー吸収能力が低い場合だ。

 りりならば、それを100%の効率で行えるので、燃費は一切気にしなくて良い。

 ガラスの巨神が受けた魔力は、全て余すこと無く、りりのものだ。




 少しして、現場に到着する。

 あちこちで炎が上がり、その度に消火が行われている。

 そんなジンギの使い方をしているため、直ぐ様電撃が発生、次々と騎士達がやられていっている。

 肉眼で確認してからという、この僅かな間だけで、既に3人がやられている。


 ガラスの巨神が降り立つ。

 敢えて背後を取らず、狂信者達からよく見える位置に陣取る。

 そして直ぐ様、広域に魔力プールを形成し警告を行う。


『ボクスワから来た方々へ通告します! あなた達の切り札である蛇龍は既に魔人の手に堕ちました! 北の襲撃者は既に全滅しています! あなた達もそうなりたくないのであれば、すぐに抵抗を止めてください! でなければ……』


 ほんの僅かな間、ガラスの巨神の表面を光熱遮断フィルターで覆う。

 こうすることにより、巨大な棒人間にしか見えていなかった物が、まるで冗談のように立体感のない、黒い虚空の異形の巨神として発現する。


『この巨神が相手になります!』


 そう言い放つ。

 出来れば相手をしてやりたい。そんな邪な気持ちを込めながらだ。




「『な、なんだありゃあ……』」

「『これは……夢か?』」


 戦闘の手が止まる。

 狂信者達は可能な限り距離を取り、りりを、漆黒のガラスの巨神を見上げる。


 人は未知を恐れる。

 狂信者達の目の前には、そんな未知が巨大な異形として現れているのだ。


「『頭に声が……いや、あれは……まさか!?』」

『私の名前は月見山りり! あなた達が狙う、神を超えたる魔人です!』


 騎士達も流石に手を止め、狂信者達と同じく、距離を取り振り返る。

 そこに居るのは漆黒の巨神。

 やはり自然と見上げてしまう。


「『あれが……魔人殿……』」

「『訓練場の時ですらあれだったのに……ハハ……勝てる! 勝てるぞ!』」


 騎士達の士気が上がる。


「『魔人殿! 申し訳ありません! 我々では防戦一方です! お力をお貸し頂きたい!』」

『もちろん! そのために来ました! 騎士さん達は負傷者の救護をお願いします! あと、この人達を捕らえる縄と!』

「『ハッ! 聞いたか皆の者! ここは我々は邪魔にしかならん! 直ぐに後退し、負傷者の救護に当たれ!』」


 話をしていたのは騎士団長だったようだ。

 話が早くて助かる。


 直ぐに統制の取れた動きで、海が割れるかのように騎士団が左右に展開し、巨神の後ろへと後退してゆく。


 長時間光熱フィルターをかけていると、あっという間に熱が籠もってしまうので、フィルターを解除する。


 漆黒の巨神が棒人間に変わる。

 パッと見は頼りない姿だが、それがかえって異質な不気味さを醸し出す。


「『蛇龍がやられただって? そんな阿呆な事があるか! 魔人がそれだけ巨大になろうが、蛇龍は50メートルはあったんだぞ! いくら魔人でも……』」

『殺しましたよ』

「『……あ?』」


 現実を受け入れられないのか、間抜けな声を漏らす狂信者。


『殺しました。蛇龍は魔物でしたが、アレが上げた戦果は、街の破壊。そして、人を1人だけ殺しましたね』

「『……1人? 100人の間違いでは?』」


 実際は、建物ごと押しつぶされて亡くなっている人々がごまんといるだろう。

 だが、りりにとっては、それはただの知らない人だ。


『1人です。でも、私にとってのかけがえのない1人を殺しました……私の……家族です』

「『……』」


 狂信者の顔が青ざめる。ここへ来て、やっとりりがブチ切れているのが解ったようだ。



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